デニムデザインの虜です!

デニムデザインの虜です!

2008.11.02
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全日本大学駅伝が終わりましたね。今年も「駒沢大学」ですな・・・。母校の応援もありますが、テレビに殆ど映らない順位なので見ていてもつまらないのですが、私にとって興味があるのがゴール地点の「伊勢神宮」です。
この駅伝が「熱田神宮」から「伊勢神宮」間を走るというのも面白い・・・。

伊勢神宮・内宮
あまり知らない方が多いのではないか?と思いますが、この「伊勢神宮」は他の神社とは「格」が違うのである。
前もって言いますが、私は無宗教主義で神道を勧めるつもりもない・・・。

しかし、ケタ外れに凄い歴史があるのです。「日本の神話」なら聞いたことがあると思いますが、昔「天照大神」(アマテラスオオミカミ)が「岩戸隠れ」で世界が真っ暗になってしまった為になんとか外に出てもらおうとして、岩戸の外で誘い出そうとした際に「鏡でキラキラ」させて誘った鏡を「ヤワタの鏡」と言いこの「伊勢神宮」にあると言うのである。

説によるが、平家滅亡の折「壇ノ浦」の海に沈んだままだと言う説や、剣とともに海底から引き上げたという説もあり定かではないが・・・。

記録が定かではないが銅製の「丸い鏡」らしい、「ヤワタ」というのはこの当時の円周の単位で「8ヤタ」で「1ヤタが0.8尺」になるので直径が約46cmの鏡という事なのであろう。

ついでにご説明しますが、天皇として即位するためには「三種の神器」=神器(ジンギ)は「依代」(よりしろ)とも呼ばれる、つまり世間でよく言う「よりどころ」の意味と同じで「神器をヨリドコロにして天皇に即位」する道具という事である。
<補記追加です>

「鏡」と言うのは古代から支配者の象徴であり、「魏志倭人伝」では「和」の国の王に100枚を贈ったと記されている。これが、「日本書記」に書かれている「最初3年」の事。
この「王」とは「卑弥呼」の事であり、その鏡の名前が「三角縁神獣鏡」(さんかくぶちしんじゅうきょう)と言います。これを「卑弥呼」が国内の豪族に自分の地位を示す為に贈ったと言うのが定説です。ところが、日本各地で450枚以上も出土しており「数が合わない」という矛盾がありナゾになっているのですな・・・。歴史ロマンだなあ~。


「三種の神器」はこの「鏡」と「八尺ニノ勾玉」(ヤサカニノマガタマ)と言う「赤いマガタマ」=あの「でんでん太鼓」に描かれている「おたまじゃくし」みたいな装飾品で普通は「ヒスイ」で出来ているようです。
この「ヤサカ ニノ マガタマ」という文字の「ニノ」という文字は漢字で「赤い」を意味する言葉なので恐らく赤いのだろう?と言うのですが・・・。
なにしろ歴代天皇も見た事が無いようです。
この「マガタマ」が二つ目で、現在も「皇居」(御所)の天皇陛下の寝室脇の保管部屋にあるらしい。
一度「三種の神器」を「国民にご披露」願いたい物ですな・・・・・。
恐らく天皇陛下がOKと言っても「宮内庁」が拒否するのだろう。

さて、もう一つの「神器」は「剣」なのであるが、これがまた面白い由来があるのだ。
この剣の名前は「アマムノムラクモノツルギ」が正式名称ですが、通称「草薙の剣」(クサナギノツルギ)とも言われます。遠征中の「野火」に対しこの剣で「草を薙いで(草を刈る)」難から逃れたと言われているのが由来ですが・・・。

この剣は「スサノオノミコト」が「ヤマタノオロチ」=昔の怪獣映画キングギドラみたいに首が8つある大蛇(オロチ)と闘って倒した際に「尻尾から出てきた剣」だと伝えられており、「伊勢神宮」に安置してありました。

そしてこの剣を「ヤマトタケル」が「伊勢神宮」で受け取り「東征伐」=関東征伐に出かけたというのである。
そしてその遠征中にヤマトタケルが結婚したのが「ミヤズヒメ」という女性であり、遠征中になんとヤマトタケルが病死してしまうのですな・・・。
そこで「ミヤズヒメ」がこの「神の剣」を納める場所に困り、急きょ造った「ヤシロ」というのが「熱田神宮」になる訳です。

凄い関係でしょう?つまりこの駅伝の「熱田神宮」と「伊勢神宮」の間には「1000年以上前からこんな関係があった」という事を想像しながら見ていると実に壮大なロマンが広がりませんか?


「ロマン」ついでですが、上の写真にある「伊勢神宮」の「内宮」は20年に一度すべてを壊してお隣の敷地に引越ししますがそれを「式年遷宮」(シキネンセングウ)と言います。

なんとこの作業は1300年以上続いている「古事」なのです。
見たとおり(中は撮影禁止)ただの「茅葺の小屋」ですが、実は歴史的にも貴重な「弥生時代」の「高床式穀倉」(ネズミに食われないように工夫した雑穀を入れておく倉)そのままの建物(掘っ立て小屋)なのです。

さらに、中身に納める物や建築材料はすべてこの「伊勢神宮」敷地内で調達されるているのです。(日常の「お供え物」も敷地内で調達する完全自給自足です)
ところが、「建築職人や式典を継承する人間が永遠に途絶えないように」と考えられたシステムがこの「20年おきに総建て替え」をする「式年遷宮」なのです。
昔の日本人って凄いと思いませんか?世界中でこんな伝統継承システムを考えた文明があったでしょうか?


次の式年遷宮は平成25年です。
この時見ておかないと、今50歳のオヤジは恐らく二度と見られない儀式なのですな・・・。





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Last updated  2008.11.03 01:33:23
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