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4月15日 金曜日寝不足。体調不良も続行中。しかも予定になかったことが次々入り、やってもやってもTo-Doリストが減らない。その上、肝心の書き作業が、三歩進んで二歩下がってる。これ以上書くと泣き言になりそうなので、全然違う話題にて。先日、Lansing State Journalを読んでいたら、“Emoticons”の紹介をしていた。Emotion + iconsで、Emoticons。要するに顔文字。日本でも随分知られてきたけれど、こっちの顔文字は日本とは全然違っていて、さーっぱりわからない。だいぶ慣れたけど、なんせ見た目ではわからないから、クラスメートが使ってきたりするとLansing State Journalはいくつか、頻出&超レアものだけ紹介していたが、ネタ元のNerd TimesはSmiley⇔English辞書になっていた。Happy :-) or :)Angry :- or >:(Sad : ( or (:-\Abraham Lincoln =):-)=Butterfly } {A smile. Sarcastic or joking statement .:-) Big smile :))Really big smile :-)))リンカーンなんて、全然わからん。まさしく文化の違いです。これって、英語圏は共通なのかしらん?
April 15, 2005
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4月14日 木曜日Spartansスイミング・プロコーチ、M氏の寛大&ご親切なコーディネートで、Spartansバスケットチームの本拠地、Breslin Centerに隣接した“バスケット・ビル”の施設見学に行ってきた。来月か、再来月の「出たっきり邦人」掲載原稿用取材が主たる目的だが、体育会出身、仕事上スポーツイベント関連組織にも関わってきた身としては、興味津々の取材対象である。ほとんど徹夜の頭もミーハーに冴えわたって、いざバスケ・ビルへ。ありえないことに、男子バスケチームのOperation Director氏自らの施設ガイドツアー。光栄すぎて、適当なお礼の言葉も見つからないほど。そのうえ!なんと!信じられないことにぃぃぃぃ!! M氏と一緒に訪れたバスケット・ビルの入り口前で、携帯電話でエネルギッシュに話しながら、こちらに向かって微笑んだアナタは、コーチP!!(NCAAでファイナルまでいった、女子バスのヘッドコーチ)そして、施設を案内していただきつつ、Directorのお話を伺いつつ、通りかかったミーティングルームには、男子バスケのヘッド・コーチ、Izzo!! Oh, my goodness!! しかも・・・しかも・・・Directorと一緒になって、Izzoは私たちを会議室に招き入れ、握手までしてくれたではないかっっ(感涙)。情けないことに、ファイナル4のお祝いを口にするのが精一杯。これまでやってきた、いわゆる著名人のインタビュー取材でも、相手が“有名人”だからって言葉をなくすことなどありえなかったが、気構えのないところに、仕事ではなく、個人的尊敬の念をともなう相手が予告ナシで出てくると、まさにアワアワ・・・状態。ただのミーハー。Izzo。評判にたがわぬ、なんともフレンドリーな、でもオーラの漂う人でした。え?バスケ・ビルの凄さ?もう一言やワンパラブラフではとても追いつきません。取材の詳細は、来月か再来月の第一週に、「出たきり邦人」掲載原稿としてご報告予定です。
April 14, 2005
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4月13日 水曜日このポストが楽天日記での365件目になる。この日記に移ってきてからはもう370日になるのだが、以前使っていた日記システムからの移動に数日を要したり、その後書いてない日もあったりで、開設以来の日数はあまり意味がなく、この“365件目”というほうが、「へぇー、そんなになるのかぁ」と多少感慨深い。日記を書き始めることにしたのは、Izzyluvさんの日記を拝見したのがきっかけだった。「友達へのメールがわりに書いている」とお聞きし、ナルホド!と思ったのが最初。渡米してきて以来、日本にいる家族や従姉、メールをくれる友人達にも近況や日々の冒険を知らせたいとも思うのだけど、文字通り学業に追われて、それぞれのメールにマメに返信することもできずしばしばご無沙汰しがちだったり、誰もへの返信に同じようなことを何度も書いたりすることもあって、何か言い方法がないものかしらん、と思っていた矢先だった。確かに、オンライン日記を書いて、見たい時に覗いてもらえれば、とりあえず生きていることはわかってもらえるし、気が向いた時に、異国生活で引き起こしている珍談奇談の数々も読んでもらえるだろう。最初は、適当に見つけたオンライン日記サービスを使っていたのだが、楽天日記が随分サービスも充実してきたことを知り、引っ越してきたのが去年の今ごろだった。この日記のコンセプトは、タイトル下にも書いているように、ミシガンで戻り学生生活の中で出会う、母に話したいと思ったことが基本。渡米してくるまでは実家で毎日ベラベラと、その日あったこと、思ったこと、考えたことを片っ端から母にしゃべってたものだが、それをそのままこの日記でもやっている。したがって内容は、“多くの人にウケルもの”“読者に何か提供できるもの”などでは全くなく、私が母にしゃべりたいこと(爆)。要するに、非常に独りよがりにできあがっております。そうやって始めた日記だったけれど、しばらくたってから、別の効用も発見した。ひとつは、日本語力の維持。英語はさしてうまくならないのに、日本語力の減退は目もあてられない。日記をつけていてすら、昨年のものと今のものとを比べると、文章のバラバラ具合、て・に・を・はの怪しさ、言葉のチョイスの稚拙さは拍車がかかるばかり。これでこの日記を書いてなかったら、ヒドイことになっていただろうと思う。もうひとつは、メモ機能。異文化生活で、あんなに強烈にいろんなことに驚かされたり、悪戦苦闘したり、それによって色んな事を考えたりするのだけど、時間が経つと以外に忘れているものだ。数ヶ月前の日記を読み返しながら、「あー、こんなこともあったっけ」とか「そんなこと考えたっけな」と思うこともしばしばあり、この日記に書き留めていなかったら忘れてしまっていたんだろうな、と思う。これには、滞米も3年半を過ぎ、アメリカという異文化での生活にもなれ、カルチャーショック・ステージも次段階へ進みつつあることも作用しているのだろう。この社会にも慣れてきて、多少は経験値もあがり、当然物事への新鮮味は薄れてくる。もちろんそうでなければいけないのだけど、比較文化の中では、感覚が新鮮なうちにしかキャッチできないこともたくさんある。それを、まだ新鮮味を感じるうちに書き留めとめてきたのは、良かったかな、とも思う。・・・とまぁ、極めて個人的なサイトなのですが、日々覗いてくださるお客様もあり、掲示板や、直メールでいただくコメントにも励まされて、365件を迎えることができました。皆様ありがとうございました。今後とも、お付き合いいただければ幸いです。ところで、肝心の母は、この日記を読むためにPCの前に座るということはない。でも読んでないわけではない。それは、せっせと画面を“プリントアウトして”くれている、我が弟の働きに他ならない。オンラインなのに“プリントアウト”とは(爆)
April 13, 2005
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4月12日 火曜日2週間前に、「今週は多少は余裕があるはず」などと甘い考えで、ヘアカットの予約を今日にしてあった。その考えはホントに甘かったのだけど、いつもカットしてもらっている理髪師・Tさんの予約をとるのは大変なので、がんばっていくことにする。東南アジア人のTさんは、年明けから新しいヘアサロンに移った。年末にカットしに行った時に、新しいお店の電話番号などをもらってあったから、今日はその新しいヘアサロンへ行ったのだ。前のヘアサロンも悪くないところだったけど、新しいお店は清潔だし明るいし、しかも設備がよくてとってもいい感じ。年末に、Tさんが店を移ることを教えてくれた時に、「(今度の店は)設備がよくて、いろんな新しいこともできそうだったから移ることを決めたんだ」と話していたけれど、ナルホドである。適度に愛想も良くて、その辺もプロの理髪師さんなTさんは、とってもニコニコしながら出てきて「Pupa、よく来てくれたねぇ!」と言いガッチリ握手してから、席へ案内してくれた。いつもTさんは私にヘアカラーやらなんやらをしたがるのだけど、私はガンとしてカットしかしないので、彼ももう諦めて奨めない。「いつもと一緒・・・なんだよね?」なんて言いながらカット開始。「本当にいいお店ねぇ。ここで働くの、素敵でしょうね!」と言うと、そうなんだよ、と嬉しそう。彼はこの店には請われて移っている。この店のオーナーが前の店で働いていた彼に電話してきて、引き抜いたのだ。彼の技術とプロっぷりを考えれば不思議な話ではないけれど、より大きくて人気のある店からの誘いだから、いわゆる出世である。それにしても、年末に前の店で、カットしてもらいながら彼がお店を移る件を話している時から思っていたのだが、彼は前の店の中で、大っぴらに店を移る件を話していたし、前の店の人々も別にそれを気にとめる風も、眉をひそめる様子もなかった。私が帰るときにも、はばかる様子もなく、移る先の店の連絡先をくれたものだ。私の日本人的感覚では、エッ、いいの?ってな感じだったものだ。彼が前の店で、他のヘアドレッサー達との比較ベースでどのくらい集客力があったかは知る由もないが、“明日の予約を入れる”などは不可能な程度には人気があったから、前の店でも惜しくなかったわけではなかろうと思われる。事実、今日聞いてみたら、私同様、彼のロイヤルカスタマーは、ほとんど新しい店にスイッチしてしまっているから、前の店でもダメージがないわけではない。その辺のコンフリクトはないのかしらん。「う~ん、僕が店のために働いてる立場だったらそういうこともあるかもしれないけど、僕はいわば自分のために働いてるっていう感じだからねぇ。」というのが、Tさんの回答。要するに彼はフリーランスの理髪師さんのようなもので、彼を抱えたがるお店を拠点にしてビジネスしてるってことになるらしい。だから、前のお店でも惜しがってくれたそうだが、より大きくてモダンな店からの誘いということで、喜こんでもくれたそうな。一時間弱でカット終了。いつも通り仕上がりはバッチリ。やっぱり、アジア人の髪はアジア人の理髪師さんじゃなきゃなぁ。ストレート黒髪の客のカットが珍しいのか、お店の他のスタッフも通りかかっては仕上がりを見ていく。手鏡でバックも確認させてもらいながら「Tさん、東京へ来ないの?最近東京でもノン・ジャパニーズのビジネスマン増えたから、英語が出来て技術の確かなヘアドレッサーはきっと重宝がられるよ。カットの単価も高いしね。」なんてふざけると、「いやぁ、実家(カンボジア)にも近いし、いいかもねぇ。東京では給料がいいと聞いたこともあるよ、でも生活費もとっても高いじゃない(笑)」以前に、あなたならN.Y.とかChicagoでもやっていけるんじゃないの?と聞いたら「僕は、モデルさんを綺麗にするよりも、普通の人をモデルさんのように綺麗にする方が好きなんだよ」と言っていた彼だから、東京には来てくれなさそうだ。また7月に来るね、と約束して店を出た。夏以降、どこへ行くことになるのかいまだに皆目見当もつかないが、海外にしろ日本にしろ、また彼のようないい理髪師さんを見つけるのは大変だろうなと思う。
April 12, 2005
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4月11日 月曜日打てば響かないオツムの私は、開発のクラスのTerm paperで停滞していた。追加資料を加えて書き直すだけならなんてことなかったのだけど、掴みきれていないコンセプトがあってひっかかってしまったのだ。一人で延々と考えても仕方がないし、こういう時には教授に聞くしかない。先週金曜日以来、教授とやりとりしたメール8通。こういう時、オフィスアワーがあれば訪ねていって、直接いろいろ話ができて、たいていはそれで疑問も解決できるのだけど、なんせオンラインクラスの教授は現在アリゾナにいらっしゃる。クラスメートの多くはもうほとんど完成のようなペーパーをポストしているのだけど、私は最初半分のドラフトをとりあえずポストして、スタック。根本的な事にひっかかっているのはわかってるので、とにかくなる早で“何がわかってないのか”を解明して先へ進まねばならない。私がひっかかっていたのは、analysisパート。もともとの発端は、descriptionパートを書きながら、どうしても内容がanalysisと混じるので、どう分けるべきなのか質問したのが最初。その件については指示をもらって前進したのだが、どうにもすっきりしない。これまでの経験上、このすっきりしなさ加減は、1)何か根本的に勘違いしている、2)大事なことを見落としている、3)論理がねじれている、のどれかだから、大いなる危険信号。なので、Analysisパートを書き始める前に内容のメモを教授に送って、方向性がこれでいいのか相談したのだ。そしたら教授からの返事は、「私は、このクラスでの取り組みで、ピックアップしたプロジェクトに関するjudgmentを求めているわけではないのです。やってほしいことはAnalysisです。」ドッキリ。これまで、analysisを苦手だと思ったことはなかったし、仕事でもアカデミックでもやって違うと言われたこともなかった。だが、今回はどうやら、あきらかに踏み違えているらしい。JudgmentとAnalysisの違い。言葉じゃわかるし、意味もわかってるつもりだったけど、“つもり”にしか過ぎなかったようだ。う~ん・・・正直に「どうやら根本的に思い込んでしまっていて、まだイマイチよくわかってないようです。」と返事をしたら、「私の考えでは、judgmentとは何かを評価することです。それは、何が良いか悪いか決めることであり、それは、それが好きか嫌いか(の判断)である可能性もあります。このクラスでのペーパーに限らず実社会でも、良いjudgmentは可能かもしれない、その前に、まずanalyzeできていれば。(中略)なぜ私がこの取り組みをTerm paperでやるかというと、私は現実世界であまりにも多くの開発プロジェクトが、案件を最初にdescribeできず、analyzeもできない人々によって評価し、判断されてきたと思うからです。明確になりましたか?」目を通して、もう一回読み直して、思わず「It’s clear to me now.」と声に出してしまった。やっぱり、わかってるつもりで、わかってなかった。教授のjudgmentの解釈は私も賛同するものだし、決して目新しいものではない。それでありながら自分の思考の中ではいつのまにかdescription、analysis、judgment、evaluationがぐちゃぐちゃになってしまっていたのだ。そりゃ、すっきりしなかったわけである。しかも、無意識のうちにケースのjudgmentにジャンプしてしまっていたことが、なんとも情けない。この教授が書かれたクラスのテキストの中で『アカデミックの人間は、何が間違っていたのかを探しがちだし、現場の人間は何がうまく行きそうかを考えるものだ。』 (Chambers, Robert. (1993). Challenging the Professions-Frontiers for Rural Development. London, Intermediate Technology Publication.) という引用が紹介されている。思い出して読み返してみたが、耳が痛い。でも、ここでわかって良かった思うことにしよう(苦笑)。そして、この教授の下でこのクラスを履修して本当に良かったと思った。
April 11, 2005
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4月11日 月曜日PCの前に貼りつきっぱなしで日曜日が過ぎて、月曜日になって。某所からスピーチ原稿のアイディア出し依頼があって、結構時間をとられて涙目。いや、頼んでいただけるんだから、ありがたいんです。それはマジメに。でも、4月に入ってからやたらとこのスピーチ原稿関係が多い。日本の暦じゃ新年度ですから不思議でもないけど。 こういう急いて考えている時、打てば響くようなオツムがほしい、と思う。でも、どっちにしても奇抜な発想が求められるような話は私にはこないから、地道で手堅い理詰めのばっかり。よって裏とりに時間がかかる、と。いつものパターン。昼過ぎに郵便屋さんがやってきて、荷物を届けてくれた。マニラに出張してた友達から、マニラの新聞どっさり。その新聞のおもしろそうなことは、書き始めたら一晩かかるのでおいとくとして、見事なのはこの切手。思わず撮影。
April 11, 2005
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4月9日 土曜日良くないことに、ここ数日の後遺症か夜昼が逆転していて、朝8時ごろまで勉強していて、昼12時半くらいまで寝ていた。朝は日本の実家に電話し、母としゃべりこんでから、イギリスのロイヤル・ウェディングの中継を見ながら眠りについた。最近早寝早起きをめざすルームメイトは、無理やり5時半に起き出して土曜日朝の礼拝に出かけてゆき、そのまま昼寝しないようにカフェ、図書館と渡り歩いて、期末ペーパーを書いていたらしい。彼女が部屋に戻ってきたのは夜中も1時過ぎ。こっちも、(彼女曰く)彼女が早朝に出かける時も彼女が帰ってきた時も同じ格好でコンピュータに向かっていたから、お互いに苦笑。院生二人住まいで学期末を迎えるとこんなもんである。昼間韓国マーケットにも行ってきたんだと、ルームメイトはいろいろ食材を買い込んできてキッチンでゴソゴソ片付けていた。午前1時半過ぎ、もはや完全に煮詰まって、思考が先へ進まない私があきらめて、寝酒にとワインをとりにキッチンへ行ったら、彼女はなにやら一生懸命料理をし始めている。すっかり煮詰まっている彼女も、気晴らしにチゲ鍋を作ることにしたらしい。彼女はキッチンで料理しながら、私は隣のリビングで呑みながら、四方山話にしばし華を咲かせる。北京の反日運動の話と日本の歴史教育のこと、最近の韓国事情、三十路話、キャリアのこと、親のこと云々。魚の入ったチゲ鍋、彼女は「甘すぎる~!あと、何を足したらいいんだ?」なんて首をかしげていたが、私にはすでに充分おいしかった。真夜中2時半のチゲ鍋。忙殺されている毎日の中で、ちょっぴり時間が止まっているようなひと時だった。
April 9, 2005
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4月8日 金曜日オンラインで履修している『International Rural Development』のクラスは、期末に向けてTerm Paperが進行中。成績の60%を占めるこのペーパー、自分で開発関係のプロジェクトを見つけてきて、そのプロジェクトをクラスで学んできた様々なポイントに基づいて記述することと分析することが課題。私の国際開発へのアプローチは、様々なプロジェクトにおけるCommunication Strategyが主眼だから、このTerm Paperもいわゆる“Public Relations disaster”といえるボリビアのあるケースをピックアップしていた。なんせ暴動まで起きたケースだから、新聞記事やら反プロジェクト派のWebsiteやらで、資料の量には困らないのだけれど、プロジェクト実施組織のオフィシャルの資料が手薄。組織の出している別件のレポートやら何やらで、例としては何度も触れられたりはしているのだけど、ドンズバで書かれたものは4Pものの評価レポートしか見つからず、存在するはずのプロジェクトそのもののレポートは、手を変え品を変え、検索ワードをいろいろ変えてみても、見つけることができずにいた。修士論文に使う資料なら問い合わせてでも探すけど(実際、そのために霞ヶ関でめんどくさい情報公開請求までしたんだし)、どこか他に出す予定もないTerm paperだし、相談した教授も「手に入るものだけでOK。何もかもを正確に記述することが主眼じゃないから」(そりゃそうだ)ってな回答だったから、手に入った資料をつなぎあわせて前半のプロジェクト内容の記述パートをラフドラフトながら書き上げてあった。で、昨夜。分析パートを書きながら、サポートできるような類似例をさがして資料を検索していたら・・・なんか、全然想像もしてなかったようなタイトルで、でも明らかに該当プロジェクトの、立ち上げのプラン書と7年後に出された経過レポートがあるじゃないの ・・・誰か私に、これはウソだ、何かの間違えだと言ってくれ。見つけちまったものは読まねばならない。が、そのレポート、なんと175ページ。しかも添付資料に含まれているプロジェクト実施地方の役所が書いた見解書はスペイン語のみ。英語読むのだってそんなに早くないのに、スペイン語なんてもう、三歩進んで二歩下がるスピードだというのに。もちろん、スペイン語パートなんて精読したわけではないけれど、全175ページ、とにかく目を通させていただきました、ハイ。読み終えたら、とっくに朝日がさしこんでました。しかも、やっぱりつなぎ合わせの資料では補いきれてない部分や、誤解してる部分もあって、記述パートも三分の一は書き換え決定。くぅ~。最初に資料を見つけられなかった、我が無能っぷりを呪う。分析パートだけなら土曜日いっぱいくらいであがるかな、と思っていたのに、やっぱり、そうは問屋が卸さなかった。ガックリ・・・
April 8, 2005
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4月8日金曜日相方が東京の桜を送ってきてくれた。通勤途中の携帯カメラ撮影。昨日はCNNでワシントンの桜が咲き始めたことを言っていたっけ。日本の桜は、もう4年見ていない。来年の桜は、東京で一緒に見るのだろうか。
April 8, 2005
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4月7日 木曜日&英語で電話するってのはまだまだ大変で、込み入った内容の時は、アンチョコを作っておかないとアチャーっという結果になりかねない。3年前なんて、とてもじゃないけど電話なんてできなかったし、去年あたりからやっと、full transcriptなしでも電話できるようになったから、マシにはなってるんだけど、そもそも私の英語そのものが、体調とか脳が起きてるかどうかにかなり左右される脆いものだから、絶対に間違えてはいけないような電話の時は今でもメモがかかせない。で、何を気合い入れて電話したかというと、Chicago White Sox vs. Seattle Marinersのチケット予約。Detroit Tigersのスタジアムにはよく通ったけれど、なんせChicagoはクルマで4時間の距離だから、ちょっと野球観に行く・・・という感じにはならず、White Soxの試合にもスタジアムにも行ったことがなかったのだ。そろそろミシガン撤収態勢に入っている私の、「野球も今シーズンの、見たいんです・・・」とのワガママに乗っかってくださる方4人。ちょうどSeattle Marinersがやってくることがわかり、出かけることになったのだ。この忙しいのにで、もちろんチケット手配は言いだしっぺの私の役目。野球のチケットは、席にこだわらないならTicketmasterのオンラインで購入するのが一番簡単なのだが、これはほとんど席が選べないに等しい。しかも、チケット5枚をオンラインのシステムで検索すると、横並び5席でゲット可能なところしか探してくれないから、2階席や3階席しか買えなかったりする。だから席を指定したければ電話に限る。去年松井を見にTigers vs. N.Y. Yankeesを観に行った時も、電話をかけてバックネット裏の席をさがしてもらったら、前後の席で4席とれるところを見つけてくれ、おかげでバッターボックスの松井をとくと観戦できたものだ。同じように、今回のような、イチローのプレーを見たいからライトにできるだけ近いとこ、なんてことになるとオンラインでは無理。やっぱり電話だ。ところが、これを英語で説明するのは(私には)意外に難しい。そこで、いくつかのパターンで英文を作ってメモしておき、それを手に電話をかけた。電話はあまり待たされずにつながったが、先方の声を聞いて早くもアチャー。ゴモゴモしゃべり系の男性である。苦手なんだよなぁ。面と向かって聞いてても聞き取れないのに、電話じゃかなり辛い。かけなおそうかなぁ、とも思いつつ、とりあえず頼んでみる。「ライトフィールダーに一番近くて、しかもフィールドからもできるだけ近い席を探してるの。BOX104から114くらいまでの間で、一番フィールドに近い席を探してくれませんか?」「無言」「・・・(英語ワケわかんなかったかなぁ)」「・・・5席?」「そう。(なんだ通じてるじゃん。愛想悪い人だなー)」「・・・あったよ。BOX110の7列目。」「エ?! 7列目?! (急いで目の前のコンピュータ上のシーティングチャートを確認して)うわぁ~、すごい!!」「・・・だろ?」(無愛想な声のままだが、ちょっと得意げな響きあり)「念のためになんだけど、ブルペン上はどう?」「・・・あるけど、24列目だね」「あ、じゃぁ、もうその110の7列目でいい。ありがとう!」どうやら、単に口数が少ないだけで、無愛想だとか、私の英語に嫌気がさしてる、というわけではなかったらしい。「じゃ、まず名前から」「〇〇〇、これファーストネームで、△△△、これがファミリーネームね。」「△△△・・・うーん・・・」「△△△って発音するの。知ってるわ。これ、英語ネイティブの人にとっては変な音でしょ」「ハハハ、おもしろいね。」「(あ、なんだ結構ダイジョウブじゃん)」「じゃ、次、住所。」「えーっと、〇△◇の、※※、☆☆・・・・・」「あ、最初のナンバー確かめるよ。〇△◇?」「そう。あ~、私、0(zero)が発音できないのよねぇ。ちゃんと聞こえなかったかな。」「難しい音なんだね。でも全然マシだよ。スペイン語ネイティブの連中は、zeって音がないから『セロ、セロ』って言うからなぁ」「あぁー、知ってるよぉ。去年スペイン語のクラスとったんだけど、先生zeroって言えなかったもんね」「そうだろ(笑)」「私、日本人なんだけど、何回練習しても、英語ネイティブの人が出してる音にならないんだよね。」「あー、日本からか。だからライト・フィールダーに近いとこなんだね。」「あ、わかる?」「Ichiroだろ?」「そうなの。Seattleまで行けないけど、Chicagoなら行けるしね」「いいゲームになるといいね。ま、あんまり活躍してもらっても困るけどな」そう、私はChicago White Soxのボックス・オフィスにかけてるんだから、彼にとってはIchiroは敵のスターなわけです。チケットはすぐにPDFファイルでメールに送られてきた。良かったヨ、ちゃんと説明できて。
April 7, 2005
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4月5日 火曜日&(その1からの続き)その原因はいくつもある。アメリカ内外でいろんな人がこの事態を分析してきたけど、整理すると以下のようになる。まず、9・11以降のアメリカは、反戦、反アフガン/イラク政策=反愛国者という図式が形成されてしまい、Spiral of Silence(沈黙の螺旋)現象が生じている。ヒステリックな風潮の中では、物事を対極で語る傾向が強くなるから、愛国者でも反戦でありえるといった論も、特に公の場でヒステリックな白黒論争に打ち消されてしまう。したがって反戦を唱える社会のオピニオン・リーダー層をはじめ一般市民は、まともな議論にならないため沈黙してしまう。ヒステリーが相手では道理は通じない。冗談ではなく命の危険まであるのだから、沈黙が蔓延しても不思議とは言えない。(大げさに言えば、イチ大学院生にしかすぎない私にしても、日本語だからこうやって好きに書いているが、もし英語でアメリカ人社会の中にあるシステムを使ってブログを書いていたら、恐らくもっとトーンダウンしているor匿名性を高くしていることだろうと思う。私のサイトなど極めて私的なものだから、本サイト・さてらいと版あわせて一日のお客様は250人くらいのものだが、検索エンジンを使えばどこからでもひっかかる。ブログで盛大に反戦を提唱していて、何かの弾みで、日本人留学生である私が書いていることを知ったヒステリックな愛国者に、ある日キャンパス歩いていたら殴られたとか、或いはクルマに乗ったところを撃たれたなんてことになっても、筋書きとしてはさして不思議でもない。私がVIPでないから、余計にそういう危険性がある。例えばマイケル・ムーアを襲ったら、誰がやったのか大騒ぎになるだろうが、私みたいな一般人に何かおこっても取りざたもされないだろう。Patriot Actも問題だが、それよりもっと厄介なのは巷のヒステリックな愛国者の方である。“秘密警察”など存在しなくても、自らその役目を演じたがる人々は社会の中には存在する。その構造は何もアメリカに限ったことではないと思う。随分と大げさな例えを挙げたけれど、そういうことだと思う)マス・メディアも同様である。反戦・反アフガニスタン/イラク政策をポジティブにフューチャーすれば、盛大なバックラッシュと恐らく何百通・何千通という抗議の電話・メール・手紙を受け取ることになるだろうし、スポンサーがつかなくなる可能性も大いにある。商業メディアなのだから、スポンサーがつかなければ番組そのものが作れない。商業メディアである以上、時流にのっかっている方が手堅いのだ。したがって、マス・メディアにインプットされる“反戦論調とその論拠”が少ない上に、メディアはそれを取り上げたがらない。それゆえ、反戦をサポートできる裏付け情報は出回っているのだけれど、破片になってあちこちに散発的に出てくるだけで、そのパズルがつなぎ合わされてビッグピクチャーがメディア・アジェンダ、或いはパブリック・アジェンダに上ってくることがない。さらに別の方向に、この状況をドライブするベクトルが存在する。上のような要素があっても、このドキュメンタリー映画の監督やMichel Mooreに限らず、すでにたくさんの人々が、ブッシュ政権がなりふり構わず戦争に急ぐメカニズムと背景に気づき、全体像を描いている。いろんな障害があったとしても、ブッシュ政権が持ち出した、イラクの大量破壊兵器説なんかよりは、よっぽど辻褄が合っているそれらの全体像が、なぜ大きなムーブメントを形成するに至らないのか。いろんなところに飛び散っている破片が一つになることがないよう、社会が反戦=反愛国心という図式を持ちつづけるよう、注意深くマス・メディアを管理或いはコントロールしているのは誰か。アメリカ憲法の、かの有名な第一条で保護された『言論の自由』だが、この『First Amendment』に唯一勝るのは『Homeland Security』である。2003年、大学院に入って最初の学期でとっていたクラスで、教授がこの点を指摘していた。当時はまだイマイチ良くわからなかったが、今になってその重大性に気づく。『Homeland Security』を盾にとる限り、政権はマス・メディアに対してかなりの管理を及ぼすことができる。少なくとも、世論が『Homeland Security』に気をとられている限りはOKというわけだ。ドキュメンタリー『Rush to War』は、ショートフィルム『On Alert』と同時上映だった。このフィルムはThe American Film Instituteの学生による修士課程仕上げのフィルムだということだ。失業中の元警備員の男は、毎日マス・メディアの報じる「テロの可能性」「テロの攻撃は今日か?」といった報道をクリップしながら、だんだんそれに取り付かれていく。男の目には、何もかもがテロリストの策略にうつる。男は街の美術館の警備員として再就職したが、忘れ物のバックパックを見つけて、テロだと大騒ぎし、一日で解雇されてしまう。美術館の警備チーフに「そんなことではダメだ。俺達はテロに備えなければならないんだ!」とつめよる彼を振り払うチーフを殴りつけて失神させてしまった男は、チーフを自室に軟禁してしまう。パトカーのサイレンが近づいてくる中で、男は・・・・『On Alert』のワンシーン・・・というお話。筋書きはありがちなものだが、今のアメリカに重ね合わせると非常におもしろかった。『Rush to War』の中で、誰かが言っていた。「アメリカがより安全になる方法は、よりいいヤツになるしかないんだ」。多くの人がなかなかそれに気づかず、Homeland Securityのかけ声の元に警備レベルを上げ、アメリカに入ってくる人みんなに指紋と写真を要求し、Patriot Actでeメールまで詮索し、上げ下げされるテロ・アラームを見ながら怯えている。管理・コントロールされるマス・メディアに加えてもう一点。Social Changeにおいてマス・メディアの果たす役割は大きい。その逆は、Propagandaにおいてもマス・メディアの果たす役割は大きい、ということになる。3月13日のNew York Timesが『Under Bush, a New Age of Prepackaged TV News』というタイトルで、ブッシュ政権の下で、夥しい数のビデオニュースがマス・メディアに配布され、使われている事をレポートしていた。ビデオリリース自体は目新しい手法ではないし、TV局側も取材の手間隙と経費を浮かせることができるため、結構ビデオリリース映像を使っているという事実についてはいくつも調査結果が出ている。が、政権が莫大な金と労力をつぎ込んでこれをやるというのは話が違ってくる。それで、教育や医療政策のプロモをやるならまだ話はかわいいが、戦争政策のプロモということになると話が違ってくる。''Thank you, Bush. Thank you, U.S.A.,'' a jubilant Iraqi-American told a camera crew in Kansas City for a segment about reaction to the fall of Baghdad. A second report told of ''another success'' in the Bush administration's ''drive to strengthen aviation security''; the reporter called it ''one of the most remarkable campaigns in aviation history.'' A third segment, broadcast in January, described the administration's determination to open markets for American farmers. To a viewer, each report looked like any other 90-second segment on the local news. In fact, the federal government produced all three. The report from Kansas City was made by the State Department. The ''reporter'' covering airport safety was actually a public relations professional working under a false name for the Transportation Security Administration. The farming segment was done by the Agriculture Department's office of communications….“ From Under Bush, a New Age of Prepackaged News. by David Barstow; Robin Stein. The New York Times, March 13, 2005 (なんちゃって訳:カンザス・シティで、歓喜のイラク・アメリカ人が「ありがとうBush、ありがとうアメリカ!」と、バグダット陥落のニュースに応じてカメラに向かって言う。次のレポートは、ブッシュ政権が航空の安全強化策においてまた新たな快挙を遂げたと報じる。レポーターは「航空史の中で最も素晴らしいキャンペーンだ」という。3つ目は、政権がアメリカ農民のために、市場開放する決定をしたことを報じている。視聴者にとっては、どれもローカルニュースの90秒枠に見えたかもしれないが、これらはすべて連邦政府によって製作されたものだ。カンザス・シティからのレポートはState Department作。空港警備に関するレポートは、Transportation Security Administrationに雇われたPRのプロが、偽の名前でレポーターになりすまして撮ったもの。農業の話題は、Agriculture Departmentのコミュニケーション部が製作したものだ)いやぁ、すごいですねー。
April 6, 2005
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4月5日 火曜日&先週金曜日の夜、第8回East Lansing Film Festivalの一環で上映された、ドキュメンタリー『Rush to War』とショートフィルム『On Alert』を見てきた。会場はキャンパス内の、いつもの週末はキャンパスシネマになる教室のひとつ。キャンパスで観る映画としては高い、学生$5という料金設定のためか、会場に観客は多かったが、学生よりも大学の教員やスタッフ、その他大人の観客の方が目立っていた。『Rush to War』は、9・11の3週間後から、DirectorのRobert Taicherとカメラクルーが西海岸から東海岸をカメラをかついで移動しながらひろった一般アメリカ人の声に加え、政府役人、外交エキスパート、ジャーナリスト、連邦議会議員、元在外大使、ノンフィクション作家、外国人映画監督、反戦アクティビスト、学生のインタビュー、そしてNorm Chomsky、Howard Zinn、元国連武器捜査官チーフのScott Ritter等々の講演会からの引用などで構成されていた。なぜアメリカは戦争をしているのか。なぜ、他国をめちゃくちゃにし、こんなに世界中から憎まれ孤立し、また自国の若い兵士達を毎日失いながら、戦争をしているのか。いろんな分野のエキスパートや知識人が持っている破片をつなぎ合わせて描き出した結論は、「この戦争おかしいじゃないか」映画が終わってから、映画祭に招待されていたこの映画の監督、Robert Taicherによる質疑応答があった。いくつか興味深いやりとりもあった。イランで育ったという女性観客が、フィルムの中で非常にクレバーな中東の人々のコメントが紹介されていたことについて、「こういう、まともなコメントを言う人々を取り上げてくれてありがとう。9・11以降のマス・メディアの中東の人々、中東出身の人々の紹介の仕方はバイアスがあってひどいものだった。中東の人々、中東出身者だって、みんながみんな好戦的なわけではないし、ちゃんと考えてもいるのに、そういう面はちっとも出てこない。」とコメントしていた。9・11以降の中東系の人々に対する有形無形の社会的プレッシャーは凄まじい。第二次世界大戦時の在米日本人社会への扱いがしばしば引き合いに出されるほどである。メディアの取り挙げ方もかなりバイアスがかかっている。同じ女性が、「アメリカの人々は、もっと地理を勉強すべきだ。アフガニスタンとイラクは同じ国ではない。間にはイランがはさまっている。そんな常識的な事を、知らない人が多すぎるのではないか。」ともコメントしていた。いや、ごもっとも。この日記でもしばしば書いてきたけれど、アメリカ人の地理及びその周辺知識に関する知識はかなり怪しい。このコメントで彼女がほのめかしているのは、フセインとビン・ラディン/アルカイダの関連をとりざたしてイラク戦争を始める理由の一つにしたブッシュ政権への批判だと思うが、そのブッシュ政権の言い様に、まんまとひっかかるアメリカ一般大衆の、世界に関する知識の乏しさを彼女は嘆いているのだろう。ある男性観客は「この映画を誰に観てほしいのか」と監督に質問した。「本当に観てほしい人は、たぶんこの部屋に来ている人々ではないと思うが」とつけたしながら。聞いていた私まで思わず苦笑してしまった。これは私が最近勝手に「Super Size Me の法則」と名づけている現象のこと。映画『Super Size Me』は、強烈な啓蒙メッセージを含む秀作ドキュメンタリーだと思うが、本当にこれを見て啓蒙されなければいけない人々はこの映画を見ないのである。(2004年9月23日の日記より)監督は「いや、誰でもみんなに観てほしいと思っている」なんて当り障りなく答えていたけど。若い、学生とおぼしきアメリカ人の兄ちゃんが、ベラベラと自己満足チックなコメントをしていた。まぁ、何か言わなくちゃ、言いたい、という気持ちはわかるのでそれはいいんだけど、「僕が言いたいのは、今日ここへ来ている人たちが、物事の深層をよく見て考えてほしいってことなんだ」とノタマッたのには、思わず苦笑してしまった。あのねぇー、考えなきゃいけないのは、キミ達なんだよ。この日一緒に部屋に座って映画を観た、明らかに他国出身の人々(私たちのような見るからにアジア人を含む)をはじめ、世界中の人々は、アメリカの行動を見て、いろんなこととっくに考えてるの。監督は、アメリカ人自身が気づいてないこと、考えてないことを憂いてこのドキュメンタリーを撮ったんじゃない・・・と言ってやりたかったヨ。監督も苦笑して「たとえばさっきコメントしたイラン育ちの彼女などは、その必要はないじゃないか」と返していたが。現状に対して批判的な視点を持ってるだけマシだけど、アメリカの多くの人々だけが、他国の人々の認識・理解レベルから大きく取り残されていることに気づいてないあたりが“アメリカ的だ”なんて思った。自分だけが事態に気づき愁いている、といった思考回路も青いけどサ。実際、私にとって、このドキュメンタリーが伝える視点も事実もメッセージにも、特に目新しいことはなかった。すでに多くの人が考え、言ってきたことである。例えば、インタビューや識者のコメントの中で、アメリカの短絡的でアグレッシブな中東の石油政策にもしばしば言及していたが、そんなことは今さら・・・というレベルの話である。1993年にD.C.のThe Brookings Instituteが出版した『Do Institutions Matter?』の中で、George Washington Univ. とMITとBrookingsの学者が、アメリカ、カナダ、フランス、西ドイツ(研究当時)、日本、各国の、石油を含むエネルギー政策について比較政策ベースで研究しているが、アメリカのエネルギー政策が他国に比べると短期的で一貫性がなく、しかも多くのveto pointとinterest groupsに振り回される傾向にあることを指摘している。短期的で一貫性がなく、interest groupのvetoにドライブ・・・まるで現状を言い当てているような話だけれど、1993年段階でこういう研究が出てくるんだから、その参考文献リストを見ても、それ以前もそれ以後も多くの人がすでにその点を指摘し、考え、研究してきているに違いない。問題は、それら戦争の原因になっているポイントの数々がアメリカ人の中で論じられていないことではないだろうか。いや、この言い方には大いに語弊がある。だいたい、アメリカ人なんて括り方には無理があるのだけど、その話は今日はおいておくとして、9・11以降だって、私が知っている限りでも多くのアメリカ人がブッシュの政策、アメリカの向かっている方向、戦争そのものに疑問を唱えて、その原因について推論を展開して論じていたし、反戦デモンストレーションだってあった。が、まずいのは、その声や意見がマス・メディアで大きく扱われることがないから、ムーブメントにならないことだ。Social Changeにおいてマス・メディアが果たす役割は大きい。マス・メディアの報道は、一件一件を単発で捉える限りは、一過性の性質が強く、一瞬は大きなインパクトを作れても、後に続くフォローアップ報道がなければ、大きな論調を生み出すには至りにくい。たとえば、New York Timesあたりがブッシュ政権の石油政策を糾弾する記事を一本、充分な裏付け調査と共に掲載したとする。が、この記事に、NY Times自身がフォローアップ記事を継続的に掲載し続け、またNew York Times以外の新聞、TV、雑誌メディアがネタに飛びつき、自らも報じ始める、世論を形成する一般市民の中にある論調を生み出すには至らない。これは、記事にウォーターゲート事件のようなスキャンダル性があれば、周辺メディアがわっと飛びつくので話は別だが、スキャンダル性があるのかないのかグレーゾーン内にある件の場合は、たとえN.Y.Timesが報じてもなかなか追随は出てこない。そうするとその記事は、たまたま目を留めて呼んだ人には問題提起できるし、将来的に、何かのテーマで記事を検索している人の資料になったり、引用されたりすることはあるかもしれないが、大きなムーブメントにはなりにくい。また、たとえその件にスキャンダル性や違法性があって、ワッと他メディアが飛びついたとしても、メディア・アジェンダのキャパシティは常にゼロ・サムだから(単純に言えば、30分のニュース番組が、その日ニュースが多いからといって45分にはならないということ)、その件によっぽどの即日的即物的インパクトが一定量以上の人々にない限りは、やはりその件に関する報道は日が経るにつれてあっという間に減少していく。(それゆえ、企業のスキャンダル報道に対する対処の中に、“とにかく波風を立てずに一定期間をしのぎ切る”という作戦が成立しうるのだ。どんなにメディアに叩かれてもそれは一過性に過ぎず、相当なダメージがあっても、ある程度のブランド力or優位的ポジショニングができていれば、時間さえ経てば事態はある程度落ち着くのが見えているからだが、それは置いといて)9・11以来、一般人並にTV、新聞報道を見てきたが、まずは反戦・反イラク/アフガニスタン政策論がマス・メディアで扱われる絶対量が少なく、その上、たとえどこかで報道されても、それが大きな論調を形成するところまで育たないのだ。(続く)
April 6, 2005
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4月5日 火曜日どうにか課題を終わらせポストして、夕方の道をM氏のお宅まで急ぐ。途中のスーパーでサラダの材料を買い、M氏のお台所をお借りして準備。週日にもかかわらず、7人が集合。バスケット女子決勝戦までに、味噌煮込みうどん、サラダに焼き肉で腹ごしらえをし、いざ試合開始。うーん・・・強い。相手のBaylor大である。みんな小柄なのだが、切れのいいプレーと抜群の機動力でSpartans女子、何もさせてもらえず。ワンゴール返しても、すぐにワンゴールとられる。スリーポイントなんかも決められて、点差はみるみる開く。結局大差で敗れてMarch madnessは終わった。いやぁ、よくぞここまで頑張った。オフィスで仕事中の相方に、メールで結果を知らせたら、「このSpartansが(男女チーム一緒に)歴史的な活躍をした時にミシガンにいて良かったじゃないの」と返事が来た。仰るとおり。ミシガン在住3年半、ここを去る間際になって、こんなに自分の大学のチームを応援できるチャンスがあったなんてラッキーだった。
April 5, 2005
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4月4日 月曜日&・・・机に向かう一日。わき目もふらず。はぁ~。友人が成田から北京経由でモンゴルへの長期出張へ出発するので、東部時間の夜、日本時間の午前中、そろそろ成田でゲートをくぐったかな、という頃合に電話してみる。北京で一泊できるそうで、天安門広場を見に行くと言っていた。モンゴルはまだまだマイナス10度ワールドだが、北京はどうなのかしら。夜が明け始めてからベッドに入った。ペーパーは完成せず。明日、クリアな頭でもう一度読まないと、とても修正できそうにない。
April 4, 2005
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4月3日 日曜日昨日はたっぷり遊んでしまったので、今日は朝からせっせと机に向かう。修士論文を書いてる間に大いに遅れをとったオンラインのクラスの課題もやっつけないといけないのに、日本からパラパラと頼まれ仕事も舞い込んで、それもどうにかこなさねばならず。良いお天気の戸外を眺めつつ、結局一歩も外へ出ずに日が暮れた・・・といっても、昨夜からサマータイムが始まって、一時間前倒しで進行しているので、すっかり日が暮れるのは20時半頃なのだ。男子同様ファイナル4まで勝ち上がったSpartans女子バスケットボール準決勝。仕事しながら見ていたのだが、後半開始直後に16点差が着いた時には、昨夜ズルズルと点差をあけられて負けた男子の試合の二の舞を見るようで気がのらず、できるだけ横目で見る程度にしていたのだが、ガンガン追い上げはじめたラスト5分は、もうすっかりそっちのけでTVの前で大騒ぎ。混戦の末逆転、そして見事なインターセプトから鮮やかなドリブルシュートで駄目押しのゴールが決まると、思わずガッツポーズ!すごい~!! 見てよかったヨ・・・と興奮冷めやらぬところへ、M氏から仲間内へ一斉メールが入る。火曜日夜の女子決勝戦を見るための「召集」である。宿題が終わればモチロン参加。いや、そのために、終わらせるぞー!
April 3, 2005
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4月2日土曜日朝、5時過ぎに目が覚めてしまい、「うわぁ、5時過ぎてる!!」と時計を見てびっくり跳ね起きてから、もう土曜日にはこんなに早く起きなくてもいいことを思い出して大苦笑。習慣とは恐ろしいもの。おかげで、寝坊は一度もしない2年間だったのだけど。そこからお茶を飲んで、仕事のない喜びをかみしめつつ、ゆっくりベッドにもぐりこんだのがいけなかった。携帯電話の音で再び目覚めると、10時10分。今度こそ、うひゃぁ~。M氏とM女史と10時に待ち合わせをしていたのに、寝過ごしたのだ。M氏も電話の向こうで苦笑されている。ゴメンナサイ(泣)。迎えに来てくださるとのことで、大慌てで着替えて出かける。今日は、1時間ほど離れたデトロイト近郊のノバイまで、買出しに連れていっていただくのだ。結局40分以上も出発を遅らせてしまい平謝りである。遅刻したくせに、ノバイではM氏にランチを奢っていただき恐縮・・・。これまで知らなかった和食レストランだったが、すし定食のおいしかったこと(感涙)。満腹幸せな胃袋を抱えて、日本人がパンを焼いてるパン屋さんで食パンとあんぱんをゲットし、日本食材マーケットでY女史から指令のあった今夜の鍋料理の材料も購入。ついつい、自分のチキンラーメンも買ってしまったり。うーん、こういうものが食器棚にあると、非常に危険なんだけど。快調に街へ戻ってきたら夕方4時。今夜の男子バスケNCAAトーナメント準決勝戦のTV観戦鍋の会は7時から。2時間ちょっと勉強してからM氏のお宅へうかがう。今日はN氏のお誕生日も“ついでに”お祝いしようということで、バスケには興味ないと仰るO氏も参加。総勢10人になった。Y女史調理による石狩&家康鍋で乾杯。そしていよいよSpartansの試合。強豪North Carolina相手に前半リードしちゃったのがまずかったかなぁ。後半に入ってからバタバタバターっと点をとられ、後は追いつけず。コーチIzzoの顔にあきらめかのような笑みがあるのを見て、Spartansの2005年NCAAは終わったことを感じる。North Carolinaのエース、Mayが化け物ぶりを見せつけてくれるのに対し、Spartansは、Kentucky戦では決まっていたシュートも攻撃も通用せず。無理もないよ。これ、全米大学の準決勝なんだもん。どこのチームも強いに決まってる。いやぁ、ここまで良くがんばった。充分夢を見せてもらったよ。ハーフタイムの間に、M氏と一緒に今日は試合観戦のために無料開放されているキャンパスのアリーナ、Breslin Centerまで行ってみた。思ったより人が集まっていて、アリーナ上の4面スクリーンで試合を見ている。音響さんも会場に来ているようで、TV放送の音とは別に、後半戦の最初には応援歌のFight Songも流されたりして気がきいている。一緒にFight Songを歌い手拍子して、後半戦開始を見守った。5分くらい見ていて、ワンプレーごとにオーッとかワーッとかなってる会場を後にして、走ってM氏宅まで帰ってきたら、えらい点差をつけられていた。ファイナル4戦で負けて、大学当局も地域コミュニティも心配していた「暴動」はどうなったか。やはりダウンタウンでは人が集まったそうなのだが、まだ「暴動」というほどでもない段階で警察が催涙弾を放ったとかで、今現在(4月5日)大いにもめている。この試合後の、ダウンタウンとキャンパス傍のアパートメントコンプレックス計2ヵ所の騒ぎの中で、結局43人が逮捕され半分が大学の学生だったそうだが、警察のアクションはprematureだったとして、随分非難の声もあがっているそうな。どうなることやら。それにしても、運悪く巻き込まれた類は別にして、あれだけ「やるな」と言われるのに騒動を起こすのは、「やるな」と言われるからこそわざとやる、という確信犯なのだろう。バカをやりたい年齢の身に覚えは大いにあるけれど、何にせよ子どもじみた話ではなかろうか。
April 2, 2005
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出たきり邦人・北米・オセアニア編330号/4月1日配信号に掲載していただいた原稿です。---------------------------------------------〓アメリカ・ミシガン発〓道草みのむし三十路のみしがん第19回★Big Dance on and around the campus「それにしても、スポーツの話題が多いですねぇ」と時々メールをいただく。私が体育会出身だからということもあるが、なんせ娯楽の少ないこの中西部のド田舎では、スポーツ以外にさしたる楽しみがないというのも原因の一つ。とは言え、いつもスポーツの話ばかりではイカン、と今月は全然違うトピックを準備していたのだが・・・あまりにもホットな出来事が現在進行中なので、やっぱりスポーツの話題。しかし、ここはアメリカ。残念ながらサッカーの話ではありません。こちらは大学バスケットボールシーズンたけなわなのである。“March Madness”とか“Big Dance”と聞いて、NCAA男子バスケットボールトーナメントのことだとわかる方は、アメリカン・カレッジスポーツファンに違いない。アメリカにいると、3月中旬から下旬にかけては、スポーツチャンネルでも新聞でもこのフレーズばかりが飛び込んでくるようになる。全米大学バスケットボールの頂点を決めるこのトーナメントは、全米スポーツファンにとっては3月の風物詩でもあるのだ。今年このNCAA男子トーナメント、そして平行して行われているNCAA女子トーナメントでウチの大学のチーム・Spartansが揃ってまさかの快進撃。4月1日時点で、男女共にファイナル4まで勝ち進んでいて、今週末の準決勝戦に向け、大学町は文字通り大騒ぎになっている。男女揃ってのファイナル4進出は史上6校目の快挙だとか。Spartansの男子は、2000年のNCAAトーナメントで優勝し、その時の話は今だに教授・学生問わずに好まれる伝説。それ以前には、マジック・ジョンソンがエースだった1979年にもタイトルを勝ち取っていて、バスケットでは有名校のひとつ。特にヘッド・コーチのTom Izzoは若い選手・若いアシスタントコーチを育て上げることに定評がある有数の名監督。2000年のチャンピオンシップも彼による功績だが、大学コミュニティを虜にしたのは、彼が数々のNBAチームからの巨額オファーを断って、Spartansを率い続けていること。北部ミシガン出身の彼の、その破格のロイヤルティが、このコミュニティの彼への支持を絶対的なものにしている。キャンパスショップで人気のTシャツのひとつは“Izzoism”とプリントされたものだし、2000年の大統領選挙の折、この界隈で一番ポピュラーだったバンパーステッカーは、ブッシュのものでもゴアのものでもなく、“Bush×、Gore×、Izzo 〇”というものだったほど。デトロイトの大手新聞は彼のことを「単なるヘッドコーチではない。大学全体の大使なのだ」と称した。そんなIzzoに率いられながらも、2000年以降のSpartansは揮ったり揮わなかったりで、2001年こそファイナル4までいったが、2002年は初戦敗退、2003年はエリート・エイト、昨年はまたしても初戦敗退で、話題にすらならなかったものだ。それが、第5シードでスタートした今年のトーナメントでは、スウィート・シックスティーン(ベスト16)戦で、大本命・第1シード校のDuke大学を破ってスポーツ・コラムニスト達をあっと驚かせ(いや、慌てさせ?!)、先週日曜日のエリート・エイト戦では、第2シード校の強豪Kentucky大学を、目まぐるしいシーソーゲームと二度にわたる延長戦の末に下して、ファイナル4をもぎとったのだ。たかが大学スポーツで“街中が大騒ぎ”とは大げさな、と思われるむきもあるかもしれないが、アイビーリーグ校でもなければ、東海岸や西海岸の超有名校でもない地方州立大学にとって、大学スポーツが果たす広告塔としての役割は生半なものではない。全米ネットワークやスポーツチャンネルで盛大に放送されるバスケットボールやフットボールの出来は、大学の寄付金集め、優秀な学生のリクルーティング、スポーツ特待生のスカウト、或いは卒業する学生の就職活動に至るまで、良きにつけ悪しきにつけ、大学経営のあらゆるところに影響を及ぼす。大学の名声が上がる・・・以上に具体的な波及効果があるから、ウチのようなマンモス大学がスポーツチーム運営にかける気合はハンパではない。この快進撃による財政面でのプラスはすでに見え始めている。例えば、ウチの大学が所属するBig Tenと呼ばれる11の大学からなるスポーツカンファレンスは、今回のトーナメントで3チームがエリート・エイト進出を果たしたことによりメンバー大学それぞれが130万ドル(約1億3650万円)を受け取ることになる。お金の出所は、NCAAとトーナメントのTV放映権を持つCBSスポーツとの契約金。このインセンティブをどう使うかは、各大学に一任されているそうだ。大学当局はもちろん、キャンパス内外の騒ぎは言うまでもない。日曜日試合直後から、日刊の大学新聞はもちろん、地元紙、地元テレビ局、そしてデトロイト地区の新聞やテレビ局にいたるまで、ファイナル4進出に大フィーバー。ダウンタウンの大学グッズショップも火曜日にはファイナル4・Tシャツや帽子を売り出し、飛ぶように売れているそうな。大学新聞のオンライン投票では、66%の回答者が何らかのファイナル4グッズを買うつもりだと答えている。大学側は今週土曜日の準決勝戦では、キャンパス内のアリーナを、セントルイスで行われる試合を大型スクリーン観戦するために無料開放することを決定し、ローカルニュースやケーブルチャンネルでその案内が流されている。同じBig Tenカンファレンス内でファイナル4まで生き残ったIllinois大学とSpartansのオフィシャル・ファンチームは、セントルイスの会場前でお互いに応援Tシャツを交換し、互いの健闘を祈ることにしたそうだ。この話題がこんなにホットなのは、ただ浮かれ騒ぎばかりでなく、大学街コミュニティにはさらなる深刻な懸案もあるためだ。1999年にSpartansがファイナル4戦でDuke大に敗退した時、ダウンタウンで約1万人の暴動が起こり、クルマに火をつけるは、商店の窓ガラスは割るはで被害総額25万ドル(約2625万円)という騒動になった。投入された催涙弾類は135発、132人が逮捕され、うち72人が大学の学生だったこの暴動で、全米に“暴動大学”というおよそありがたくないニックネームが流布してしまった。大学側もいろいろ対策を講じたのだが、2003年、エリート・エイト戦でテキサス大に負けた時にも再び暴動発生。規模は2000人と前回よりマシだったが、被害総額4万ドル(約420万円)、催涙弾など135発が投入され、30人が逮捕されてしまった。さすがにこの時には州議会も怒り狂い、州立大学への予算カット提案が議会で取りざたされただけでなく、州政府・市政府共に、使用した催涙弾の請求書を大学へ転送するか否かといった話まで持ち上がったほどだった。そんな経緯があるから、日曜日のエリート・エイト戦直前のダウンタウンはあちこちにパトカーが待機。試合直後のローカル・ニュースのダウンタウン中継は『暴動ナシ』の大見出しでスタートするという有様。大型スクリーンを備え、スポーツゲームの折には客で溢れるダウンタウンのレストランやバーでは、店で使う食器を、陶器やガラスからプラスチックに変えて土曜日の準決勝戦に備えるのだそうだ。キャンパス界隈では、“節度ある観戦パーティ”を訴えるチラシやポスターがいたるところに張り出され、ローカルラジオの公共アナウンス枠でも同様のメッセージが流される。大学当局が今日行った記者会見では、学長が地元警察と市当局のスタッフと一緒にプレスの前に立ち、大学側の暴動防止にかけたやる気と本気をアピールしていた。さらに今日昼過ぎには、大学留学生課からメールが届き、留学生課のホームページ内に特設された『Celebration 101』というページを読めとのお達し。当のページは「暴動は逮捕の対象」、「あまりよく知らない人々とのパーティに出かけるな」「パーティによる騒音行為は1000ドルの罰金と3日間の刑務所」「誰かが急性アルコール中毒になった時には」と微に入り細にわたる内容を、非常にわかりやすい英語で説明してあった。続いてアカウントに届いたメールの差出人はなんと『Coach Tom Izzo』。「Make no mistake, the world is watching... Your celebrations have been full of Spartan Pride and they’ve been appropriate and respectful of others.(適当訳:世間が注目する中で過ちを犯すな。キミ達の祝い方はこれまでSpartansの誇りにかない、適切で他への敬意もあったのだから)」3段落にわたるe-mailは、これまでのサポートに感謝を述べつつ、暗に「暴動は起こすな」というメッセージだった。大学当局、スポーツ運営部、学内の各セクションやキャンパス自治警察、市当局や地域警察と周辺コミュニティが連携した危機管理対策が透けてみえる。いい加減懲りているからとはいえ、大学と周辺コミュニティ、大学生と周辺コミュニティが、隣の他人ではなく同じコミュニティのメンバーとして普段から関係を築いているからこそだとも思う。東部時間の4月2日土曜日夜、SpartansはNorth Carolinaと決勝進出をかけてのゲームである。下馬評では断然North Carolina有利というゲームの勝敗の行方は、もちろん気になるどころの騒ぎではなく、私も友人10人と誘い合わせてTV観戦の予定だが、ゲーム後のキャンパス界隈の動向も気になるところ。地域コミュニティあげての危機管理対策が機能してほしいものだ。今週末はまた氷点下、雪模様になるらしいミシガン。三寒四温で、少しずつ春の気配が感じられるようにはなった。バスケット騒ぎが終わる頃には一気に春がやってくることだろう。Pupa
April 1, 2005
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