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1年以上もの間、「道草みのむし三十路のみしがん」におつきあいいただき、本当にありがとうございました。毎日更新している時などは、サテライト版をあわせると、毎日200人以上の方々が読みに来てくださっていて、続ける励みにさせていただいておりました。感謝感激でございます。また、駄文であるのみならず、たいしてチェックする間もなくUpする毎日で、誤字脱字も多く、大変失礼いたしました。東京生活が始まったら、「道草みのむし三十路のみしがん」をどうしようか、としばらく考えていました。なんせ、とっても「ミシガン」なタイトルなので、このタイトルのまま続けるわけにもいきません。その上、この日記は、大阪にいる母に、異国異文化暮らしでのいろんな経験を話す、という主旨でこれまで書いてきましたが、はたして日本に帰っても、こんなに書きたいこと(つまり、母にしゃべりたいこと)があるのかしら、との不安もあります。まぁ、どの程度書くことがあるのか、は謎ですが、とりあえず日記サイトを引っ越して、新しいブログサイトにて、しばらく続けてみようと思います。引越し先は「寄り道 坂道 東京 徒歩通勤」です。広報についての私見、逆カルチャーショックな経験、相方との二人三脚生活での珍談奇談などを中心に、母に話したい諸々の事、という主旨はそのままに、やっていくつもりでございます。もしまた、お気がむかれましたら「寄り道 坂道~」にも、お立ち寄りいただければ幸いです。本当にこれまで、ありがとうございました。心からお礼申し上げます。Pupa
August 11, 2005
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いよいよ、出ミシガン。サマーリースの部屋を拭き清めてピカピカにし、鍵をして出発準備完了。鍵は、奇しくも隣の棟に住むT先生に無理をお願いして預かっていただき、ライドの労をとってくださったO先生のクルマに乗せていただいてアパートを出る。O先生にも、それから昨夜ご挨拶をしたM氏にも、残り物をいろいろひきとっていただいて、最後までご迷惑かけっぱなし。感謝感謝である。チェックインはスムーズ。なんせ田舎の空港だし、人が少ない。決しておいしくないコーヒーを飲みながらO先生とおしゃべりして待ち時間を過ごす。同僚のO先生には、この2年間、どれほどお世話になったかわからない。セキュリティゲートをくぐり、何度も手をふってお別れした。もう一度、論文のディフェンスのために来春かえってくると思うと、寂しさがあまりなく救われる。これが最後だったら、感慨深すぎて辛かったかもしれない。それでも飛行機が離陸して、眼下にキャンパスが見えた時には涙が出たが、デトロイトに着いた時には、気持ちは東京へ向かっていた。アメリカに残る方法もあったのに、考えた末に選んで帰国するのだから、後悔はすまい、ともう一度自分の気持ちにリマインド。デトロイトから成田へ向かう飛行機の中で、4年ぶりのシャバだから、ゆっくりと頑張っていこう、という思いがはっきりしてくるのを感じた。
August 10, 2005
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1年間暮らした部屋を訪ねる。韓国人のルームメイトと、今ミシガン滞在中の彼女のお母さんに挨拶をするためだ。行き着けの花屋に寄って、手土産の花束を買い、ついでに25日に誕生日を迎える友人へ送る花束の予約もする。この花屋では始めてみた、男性スタッフの彼は、大学の3年生になるところで土の勉強をしていると言っていた。フラワーアレンジメントは決して上手ではなかったが、ノリのいいヤツで、「花束と一緒に何か贈りたい?」と聞くから「愛、ね」って答えたら、「OK、真紅のバラの花束1ダース、愛をたくさん一緒に」などと予約伝票に書いていた。ルームメイトのお母さんは英語ができないし、私は韓国語はしゃべれないのだけど、コミュニケーションなんて結構できてしまうものである。今夜は彼女の手料理がズらーっと並べられて、激ウマの韓国料理Dinner。ウマすぎて食べるのをやめられないほど。唯一知ってる韓国語「マシソヨ(おいしい)」を連発して、夕食をよばれる。幸せ。ルームメイトとしゃべりまくって、別れを惜しみ部屋を辞す。あー、本当にミシガンを離れるんだなぁ、と実感がわいた。
August 8, 2005
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午前中は勉強&片付けを終わらせ、午後からクルマで1時間ほど走ったところにあるBirch Runのアウトレット・モールへ出かけた。相方に頼まれた買い物をするため。1年前、東京でのインターンが決まった時には、アメリカのビジネスカジュアルしか知らないし、ワードローブにもスーツが2つ、カッターシャツも2枚しかなかった相方は、帰国前にアウトレットモールで大慌てで必要最低限のアイテムを買って帰ったのだが、その時買ったBrooks Brothersの形状記憶ビジネスシャツがお気に入りで愛用している。で、無邪気なヤツは東京でBrooks Brothersに寄って同じシャツの値札を見て、気を失いそうになったらしい。同じことはPoloとかJ Crewにも言えて、日本で値札を見ると、我が目を疑いたくなるほど高い値段。普段買い物にはとんと興味のない私たちでも、どっちかがアメリカにいったら、日常アイテムを買出ししなくっちゃという気にもなるってものだ。で、ビジネスシャツ半ダース、とか、バナ・リパの一枚で着れるようなシャツを3枚と・・・という買い物リストを持ってやってきたのだ。Brooks Brothersでは、男性の店員さんがサイズや色を見てくれた。アウトレットショップだから、品揃えにはそんなに幅がないから「あー、その青柄は、前回買わせてもらったの」「えーっと、その色のタイはもう持ってるんだよね」と説明したりしながら選んでいく。「へぇ~これ、日本に持って帰るんだ。この店にも日本人がたくさんくるよ。」と彼が言うので、「あー、そりゃそうだと思うわ。相方が言うには、東京のBrooks Brothersでは、このシャツ、3倍の値段がしてるらしいしね」と答えると、「その話、よく聞くんだけど、やっぱり本当だったんだね」と納得している様子だった。自分のロングコートもアウトレット価格の半額でゲットして、お次はモールに新しくオープンしたバナ・リパのショップにも寄って買い物。この秋、ついにバナ・リパも東京に出店するらしいが、J CrewやGapよろしく、べらぼうな価格で売るのだろう。マーケティングのクラスでデータを見て苦笑したのだが、J Crewの売り上げ額の半分以上が、実は米国ではなく日本であがるものだとか。ブランド戦略の賜物というべきか、足元見られてるというべきかよくわからないが、J Crewなんて、アメリカではGap以上、バナ・リパ未満くらいの価格で、感覚的にはユニクロをもうちょっとクールブランドにした、程度の位置づけだと思っていたのだが、日本に帰ってみたら、まるでCoolestブランドのひとつみたいにデパートにおさまっていて驚いたものだ。品質とか縫製は、日本の国内ブランドのものの方がはるかにいいとは思うが、なんせ日本では、なんでも高い。Tシャツ1枚に2000円とか出す感覚にはどうしてもなじめない、貧乏性の相方と私は、これから先一年分の衣類をアメリカのアウトレットで賄おうという腹積もり。トランクに積んで帰った成果を箱に詰め込み、速達航空小包で、しっかり保証もかけて送り出す。送料は$140もかかったけれど、詰め込んだもの全部で割って考えれば、1点あたり$5かそこらの計算。それでもはるかに日本で調達するより安あがりである。物価の高い日本でのこれからの暮らしを思うとため息が出たりして。
August 7, 2005
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五人分の物品を集めてのMoving Sale。昨秋から足かけ4回目のSaleである。これまでにオンラインでのSaleを2回、コミュニティのMoving Saleに参加したのが1回だったが、成果は今ひとつで、かなりな量の物品が残っているし、今回はついに私のモノも登場しているから結構な物量。棚、イス、かご、プリンター、電子レンジ、ランプ、扇風機から、衣類、文房具、本にいたる小物まで雑多な品揃えである。このSaleの目的は“とにかく、使ってくれる引き取り手をさがすこと”。友人達から物品を預かったのも、みんな“まだ使えるモノを捨てる”ということのできないがゆえのことであって、根本的に営利目的ではない。売り上げも、一部の友人から預かったものの売り上げ以外は寄付しようというプロジェクトだから、儲けることにこだわらない価格設定が可能。したがって、絶対に売りさばいてしまいたい今回は、eBayでの流通価格をざっと調べ、それよりも安く、また付近のスーパーマーケットで始まっている「Back to school」セールよりも安い値段を設定した。時期は、理想を言えば、もう一週間後のほうが、新入生がミシガン入りしてモノを買う時期が来るし、キャンパス人口も増えるのだけど、なんせ、来週水曜日には私は帰国してしまうし、これ以上のこのプロジェクトにマンパワーも経費もかけるわけにはいかないので、この週末に敢行することにしていた。その分、これまで以上に周知活動に力を入れることにし・・・1、$25で地元新聞の売ります・買いますコーナーに3日間の告知記事掲載を申し込み、木曜日から当日まで流してもらう(←実は、ずーっとコレがやってみたかったので実行できてご満悦)2、日本人会のメーリングリストで告知を流す+他の留学生友達に頼んで、韓国コミュニティ、中国人コミュニティ、ラテン系のお友達ネットワークにも同じ内容を流してもらう3、フライヤー(貼り広告)をキャンパスアパートメントの4ヵ所のランドリーと図書館一階の女子トイレに貼り出す4、大きなサインボードとアパート周辺の案内表示を掲出するセールは11時からと告知していたが、段取りの関係で、8時半頃にはキャンパスアパートの入り口にサインボード、アパートメント・コンプレックスの入り口付近に表示を出した。5ヵ所に看板を出して、部屋に戻ってきたとたん、続々とお客さんが到着しはじめる。えーッ!! まだ商品も並べていないのに、「ここでセールやるの?」「商品はどれ?」「並べるの手伝おうか?」と大騒ぎ。「11時からの予定なんだけど」と伝えると、「じゃ、また来るわ」と言ってくれる人もいるが、たいていは、並べた端から品定めがはじまり、どんどん買っていってくれる。このキャンパスアパートの住人は留学生が多い事もあって、お客さんは留学生が中心。あとは、新聞を見たり、たまたま通りがかって立ち寄ってくれた、学生ではない近所の白人などなど。隣の部屋のネパール人家族とその友達もたくさんモノを買ってくれたし、対応やら値切り交渉やらで、息をつくヒマもないほどの大盛況。本来のスタート時間、11時には棚やら何やら、目ぼしい品物は売り切れていたほどだった。お友達のY女史も、お子さん達と一緒に品物を持ってムービングセールに参加してくださり、おかげで、やっとトイレに行くことができるようになった。お隣の棟に住むT先生も、ご自身の売り物を出して参加してくださり、売場はますます華やかに。午後からはM氏も手伝いに来てくださってお客さんの相手をしてくださって大助かり。2時を過ぎると客足もまばらになり、落ち着いたが、それでも夕方7時まで、いろんなお客さんが来てくださり、大物はほぼ完売、小さなものもかなりが売れる大成功になった。日本人は、基本的にMoving Saleでどんどんモノを買う、という習慣がないように感じるが、中国、韓国にしろ、日本以外の国の人たちは、あまりに古くてこちらが心配するような電子レンジでも「これ、ちゃんと動くんだから問題ないわ。私たちもいいのを買うまでの中継ぎで使うだけだし」などと言って、こだわらずに買っていってくれる。文化の違いだなぁ、と実感する。総括すると、上の告知活動の中で一番効果的だったのは、4、続いて1。地元新聞の掲載記事はすごく小さなものだったし、他にも山のように他所のセール告知が出ていたから、効果薄か・・・と思われたのだが、この掲載記事を見て来たという人が結構いたのには驚いた。また、4、の看板は文句なしに効果絶大だった。Advertising & Marketingのクラスで、消費者に近いところでの周知広告の重要性とか、学んだっけ。その瞬間までSaleのことなど知らず、何かを買う予定のなかった人でも、看板を見て、フラッと立ち寄り、せっかく立ち寄ったから、この$2のカゴでも買っていくか、という感じのお客さんを多数みかけた。今回学んだことは、● オンライン・セールでは限界アリ。やっぱりヤードセールの方がはるかに売れ行きが良い● 価格設定は、とにかく安く。Moving saleに出す品物でeBayでの流通価格より高い値段をつけても絶対に売れない。特にキャンパス周辺でのお客さんは、お互いにあまり裕福な家系状態ではないのだから、安くないと引き取り手はない● 日本人コミュニティだけの周知活動では限界がある。留学生仲間のつてを使って、他国籍・民族コミュニティにも手を広げないとおっつかない。新聞の売りますAD、売場周辺の大きな看板は効果絶大● 何人かの品物を一緒に販売して、スケールメリットをだすこと。一人の持ち物では、立ち寄った人が、気に入ったものを見つける可能性が少なく、「ついで買い」も生じにくい夕方、O先生とM氏が用意してくださって、遠征先からN氏も戻ってきてくださり、部屋の前でBBQをしてくださった。ビールがしみること、肉のおいしいこと。N氏は就職祝いにと、大きなアイスケーキを買ってきてくださっていて、みんなで食べる。ウマイ(涙) アメリカにこんなにおいしいアイスがあるのかと驚いたら、ダウンタウンにも支店が出ているCold Stone Ice Creamの店のだという。甘いものに目がないO先生と私は、絶対に行きましょう、と約束したりして、夜がふけた。
August 6, 2005
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木曜日の夕方にOhioからT女史が来られて一泊してくださった。夕ご飯はM氏、F氏と4人で、タイ料理を食べに行く。部屋に戻ってから二人で夜中までしゃべりこむ。金曜日の朝は、土曜日のMoving Saleに向け、倉庫から荷物を運び出す段取り。倉庫を借りているU-Haulでトラックも借り、1時間半かけて荷物をトラックにつみこむ。めでたく倉庫は空になり、解約完了。いやぁ、この貸し倉庫は便利だった。すっかり顔なじみになった倉庫のスタッフに「これまでありがとう!」と御礼を言って鍵を返す。U-Haulの引越し専用中型レンタル・トラックの運転ももう3回目。ガタガタ、ピシピシと素朴でシンプルなトラックを慎重に運転して、15分で部屋に到着。積み下ろしはたった15分。T女史と飲茶ランチを食べた後、クルマで30分のアウトレットモールへ買出しに。T女史はここから隣町のAnn Anoborへ向かわれて、今夜はそこで一泊されるご予定。手を振ってお別れ。買い物をすませて、私は図書館へ戻り、6時までガリガリ作業。7時からは、3月までの勤め先の同僚S先生、H先生と一緒にイタリア料理のEmil’sで夕食。食べておしゃべりして・・・楽しかったぁ。部屋に戻ったら11時前。それから、TVを見ながらMoving Sale用の看板作り。このために確保しておいた大きなダンボール箱を解体、組みなおして、レターサイズの大きな文字を貼り付け、「Moving Sale →」の立て看板を2つ、レターサイズ半分の文字をプリントアウトした紙を紐につけて、運動会の万国旗のようなサインを3つ作った。さて、どのくらい効果があることやら。
August 5, 2005
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スケジュールを必死でこなしている状態にもかかわらず、水曜日の夜、図書館で粘っているところへ友人から“悪魔のささやき”と題したメールが入る。「デトロイトにイチローが来て、今日、明日、明後日が試合」。なんと恐ろしい。短い返信を書きながら、誘惑に克てず、思わずブックマークしてあるタイガースのサイトでスケジュールを確認。なんと、ちょうど良い事に・・・もとい、間の悪い事に、木曜日はナイトゲーム。『どうせ朝5時ごろから稼動しちゃってるから、5時までガンガン頑張ってからなら・・・』と、なんとも意志薄弱に思いは巡る。そこへ畳み掛けるように、“悪魔はさらにささやく”メール着信。「イチローはデトロイトで試合の時は、3日のうち二日は、○△(デトロイト郊外の日本食レストラン)系の店のどこかで食事をするそうなので、そこで張ってれば、生イチローに会えるおまけつき」 くぅぅぅぅ・・・・ ちなみに、このデビル・M氏にしたって夏休みもなく働いている列記とした化学者なので、お忙しいハズだというのに!悪魔のささやきに負けるのが二人なのはシャクなので、他の友人達にもメールを転送。野球に興味はないが日本人選手が出るなら観たい、といつも仰るO氏もご一緒することになり、怒涛の日中をこなして、夕方5時に集合。デトロイトへ向かった。イチローを観るのも楽しいけれど、ダメ虎ファンの私にとっては、タイガースをもう一度観戦できることが嬉しい。タイガース戦対マリナーズ戦なら、チケットは窓口で十分手に入るハズ。プレーボール15分前にスタジアム前にたどりついたが、ちゃんとビジターベンチとライトの中間くらいの位置で23列目をゲットした。悪くないじゃん。シートに座ったら、もうイチローが素振りを始めていた。間に合った!残念ながら、この日のイチローはいいとこなし。が、愛すべりダメ虎・タイガースのできは上々だし、タイガース打線がマリナーズ先発投手をめった打ちにあわせたと思ったら、マリナーズもじりじり追い上げ、ゲーム内容も結構見ごたえがあった。しかも、負け試合ムード漂うマリナーズの中継ぎに、数日前に一軍にあがってきたばっかりの木田登場!! Wow!! つら~い場面を、打ち込まれながらもなんとか投げきって、ホッ。O氏と私は、球場内のスタンドでお気に入りのカクテル・スムージーのタイガースのロゴ入りバット型コンテナーに入ったものを手に入れご満悦。8回には場内整理の係員がチケットをチェックしなくなるのをいいことに、バッターボックス横の空き席に移動してかぶりつき気分も味わう。タイガースの勝利で試合終了!M氏、O氏のおかげで、思いもかけずタイガースの試合見納めまでできて大感激だった。帰国後、ミシガンを懐かしむ要素はいろいろあると思うが、このメジャー・リーグ観戦、特にこのコメリカ・パークでのタイガース観戦は、懐かしくてたまらないものになるだろうなぁ、と思う。
August 4, 2005
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スペースシャトルの最初の打ち上げ予定日の朝、日本で午前4時50分に目覚ましをかけて起き、打ち上げ延期のニュースを見てがっかりしたものだ。それくらい気合が入っているから、7月26日の打ち上げは、一時間前からTVをつけて、固唾をのんで見守った。2年前、コロンビアの事故はライブで見ていて、TVの前で凍りついたものだった。シャトル計画はその経緯とか背景とか、いろいろ手放しで喜べないものがあるのは百も承知だけれど、とにかく無事に行って無事に帰ってきてほしい、と祈りながらシャトルの出発を見送った。もちろんCNNにしろNBCにしとCBSにしろ、シャトル関係がトップニュースなのだが、その報道を見ながら「おぉ、アメリカに帰ってきたなぁ」と感心したのが宇宙飛行士・野口さんの扱い。その直前までいた日本では、まるで野口さんしか搭乗しないかのように、シャトルと言えば野口さん一色だったから、アメリカに帰ってきてからは、その扱いの軽さが非常に印象的だった。まぁ、年齢も一番若いし、フライトも初めてだし、ということもあるのかもしれないが、何にせよ、アメリカのメディアが興味を持って報道する対象ではなかったようだ。打ち上げ直前、CNNライブ中継のアナウンサーがすべての宇宙飛行士を紹介していく段になっても、野口さんについては手元のエピソードというかデータが足りないのかして、他の宇宙飛行士たちに比べてはるかに短くあっさりした紹介。思わず苦笑してしまった。が、この数日のスペースウォーク&機体外壁の修理、というところへきて、野口さんの注目度大アップ。修理活動を担うメインのメンバーの一人なのだから当然と言えば当然なのだが、それ以上に、今最も心配されている機体の「修理」に「日本人エンジニア」が携わっている、というのが非常に頼もしい印象を与えるらしく、NBCでもCNNでも、やたらと“Japanese”が強調されている感じである。十把一絡げにした「国民性」なんてものに基づく性格とか人柄の描写は、ステレオタイプのとなりにある極めて危うい考え方だと知りつつも、やっぱり「国民性」とか「民族性」ってあるよなぁ、と思う時がある。何にせよ、お知り合いでも何でもないけれど、同胞としては野口さんの活躍は嬉しいし、野口さんの働きを頼もしげに語り合ってるアンカーたちの会話を聞いているのも意味なく嬉しい。とにもかくにも、全員が元気で帰ってきてほしいな、とニュースを見るたびに思っている。
August 3, 2005
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サマーリースしてる部屋はCartoon Networkが入る。普段は見ないが、なんせ時差ぼけでへんな時間に目が覚めて、夜中に適当にチャンネルをまわしていたら、Cartoon Networkで「ルパン三世」をやっているのを見つけた。その後は「犬夜叉」で「Cowboy Bebop」。で、何に感心しながら1時間半も見てしまったかというと、声優さん。もちろんどれも全て吹き替え版なのだけれど、オリジナル版の声優さんに非常によく似た声の声優をアテているのには、あらためて驚いた。次元大介なんて、「アレ?小林清志って英語しゃべれたのかも」と思ってしまうほど、しゃべり方はもちろんのこと、声が似ている。犬夜叉のかごめも違和感ないし、Bebopのジェッドとかエドなんて、まるでオリジナルを聞いているみたい。しゃべり方もかなり忠実に再現されているし、意外に丁寧な作りにちょっと感心した。でも、石川五右衛門が酒を飲むときに、すする音をさせていたのには、「うぅ~ん、惜しい・・・」。文化考証も、そこまでは行き届かなかったか。後からこの話をした友人ともなぜそうなちゃってるのか話し合ったのだが、たぶん、音をさせないと飲んでるってことが表現できないからだろう、という結論に至った。確かに日本人なら、徳利と盃を知ってるから、「あぁ、五右衛門は酒を飲んでるのね」と勝手に理解するが、徳利と盃を知らない異文化の人が見たら、よくわからない、ということになるのかも。何にせよ、ジャパニメーション、結構丁寧に扱われているんだな、と感じてちょっと嬉しかったが、くれぐれも、私はアニオタではない。
August 2, 2005
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3カ月半も日記をスキップ。なんせ、壁紙は桜吹雪のままです。せっかく365件の日記を達成した直後だったのに、そこから100日もつけてないんじゃ、もうとっくに「日記」の名にはふさわしくないシロモノになっているのですが、8月1日、なんだかキリもよく、また身辺状況の区切りもよく、ようやく再開しようという意気込みが出てきました。メールをくださった方々、ありがとうございました。時々様子を見に来てくださった方々、大変失礼いたしました。m(_ _)m100日もあると、いろんな事ができますし、起こりますし、また人生だって変わっちゃうもんだなぁ、とつくづく思います。4月末から5月はじめは、母と一緒にフランス→ベルギー→ドイツ→オランダと旅行してきました。Eurail Passを駆使しての鉄道旅行。大名・ラクチン旅行をしたがってた母を疲れさせたかもしれませんが、いい勉強になった旅行でした。その後一旦ミシガンに戻ってから、日本へ帰国。5月中旬からの一週間は、うちの大学のStudy Abroadプログラムのひとつ、“Advertising in Asia”コース日本日程のアテンドをさせていただきました。いろんな意味で、本当にいい勉強になったし、貴重でおもしろい体験でした。名古屋でプログラムご一行様を送り出してから、大阪へたどりついたところで、親類の葬式の知らせ。予定になかった島根行きを波乱万丈の中で敢行し、東京でやっと落ち着いた生活になったのは6月に入ってから。朝は6時半出社という相方の生活にあわせ、大変規則正しい毎日を送りながら、通院&休養 + 勉強&就職活動。お給料の入るアシスタントシップも3月末で終わったし、修士論文作業の傍ら、食っていくための次のステップの段取りは就職活動だったわけですが、当初は日本での仕事の口はあまりアテにしてなくて、とにかくダメもと海外でやってみるか・・・と準備していました。が、東京のJob marketで試しにキョロキョロしてみると、4年前には考えられなかったほど仕事がある。書類審査が通って、面接でお話しを聞いてみても結構おもしろい。あぁ、これならいいかな、と思っていたところでいくつか内定をいただき、同時に、選考にもれたりもする中で自分のResumeの弱点も学び、とにかく今はまだまだ経験を積んでいくことが必要だという結論に至り、東京で働き始めることにしました。ばりばりの民間企業の企業広報です。non profit組織の、できれば国際開発関係の広報をめざしていた私が、なんでまた民間企業の広報としてスタートすることにしたのか、というナゾの就活珍談は、またそのうち書くと思います。拠点を東京へ移す事にした、もうひとつの大きな要因は、自分の年齢と生き方のかねあい。東京で、ちょっとスローダウンした規則正しい生活を送りながら、また、一体どこで就職するんだという具体的な疑問を自分になげかけながら、極めて素朴な事実―やりたいこと全部を同時にすることはできない―をしみじみと感じました。そんなことに今さら気づくなんてお恥ずかしい限りですが、今しかできないこと、10年後のほうができそうなことなどなど、いろんなことをもう一度整理し、考え選択し、後悔しないかどうかを自分に確かめる。そういう貴重なステップになりました。先週ミシガンに戻ってきて、修論作業やら、片づけやらでバタバタすごしています。まだジェットラグも残ってますが、再来週には帰国するので、時差ぼけはあまり解消しないほうがいいのかも?! 懐かしいミシガンは早や秋の気配。今日も一日図書館にこもりながら、美しい夏の風景をながめています。
August 1, 2005
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