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秋分の日ですね。日もだんだん短くなってきました。今日はお彼岸のお墓参りに行かれた方も多いでしょうね。私たちも行ってきました。往きの車中、高速道路上から見た空は本州とはやっぱり違って、夏の積乱雲でも無く秋の筋雲でもなく。なんだか夏っぽいモコモコの、でも高さの低いひつじ雲でした。本当にひつじのような雲がいっぱい出ていて、そのうちの三つ並んだ丸いのが並でなく可愛い・・・!そして気づいてみれば、その下の木々も丸っこいのがいっぱいで、そう言えば私は「まる」が好きだったんだよなぁ~と思い出しました。高校生の頃は、駅のホームのベンチが一個一個、つけてもらうのをおとなしく待っていて・・・どうしようもなく可愛かったっけ。とか。街頭の白いまん丸も、果ては道路標識まで、玉や円を見ると思わずプププッと笑い出してしまいそうなほど愛らしかったっけ。とかとか。ああずいぶん忘れていた感覚だったなぁと何故か感慨深く・・・外には出てみるべきですね。そして、自然の美しい風景には触れてみるべきだと思いました。ちょっとやそっとの調子の悪さも、特にそれが気分的なものであれば尚更、なんの自己分析もセラピーもワークもいらないほど、綺麗で快適な環境と言うのは「効く」んだなーと。今住んでいるところは正直牢獄です・・・囚人の収容所です。引っ越してきてすぐからそうイメージしていたのです。だからどんどん気分が滅入っていったのも当然で。けれど住居が変えられないのなら、せめて時々、「自分のお気に入りの場所」に万難を排してでも行くべきだ、と思いました。人として、基本的人権とも言えるほど、最低限の「空気(無いと死んでしまうもの)」なのじゃないかな。と。本当に行けてよかったと思えた一日でした。
2006.09.23
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今日はホームセンターの広告を見て棚と引き出しを買いに行った。いざ実物を見て購入を迷い、まずは腹ごしらえ・・・とモスバーガーへ。なんとモスではご飯をはじめたのですね。タコライスは夏っぽくて、北海道の私には涼しすぎて「暑い時期には美味しいだろうねー」と言ったけれど、本州ではまだまだちょうどいい季節なのかも。その後、おとなりの本屋へ。以前から読みたかったユダの福音書を探した。でもDVD付きのは見つからず。その代わり、本だけのものが二冊並んでいた。一冊は、ユダの福音書を追えで、それと判らなかったうちに「値打ちがありそうな古文書」として所有者が人手に渡すのを惜しんで状態が悪くなったり、盗品だったら困るから関わりたくないという学校側が、研究はしても買取をしない、みたいな紆余曲折が書いてあった。本当は、先にネットでレビューを見ていて、こちらの本のほうが紹介書っぽくていいのかなと思っていたのだけれど、立ち読みは必要だなー。想像していた欲しい本の印象とは全然違っていた。もう一つは、英訳されたものをさらに和訳したもの。こっちは結構期待通りだった。原典とついていて、ところどころ抜けた部分を[ ]のなかに補ったりしているのがいかにもそれらしいムードをかもし出しているし。しかし面白いのは、本の最初のほうは、[ ]の中身が無いほうが却って日本語的にスムーズな気がしたこと(笑)やはり英語などでは主語とか目的語とか、明確にしないと文章として成り立たないのだろう。学生の頃に古典ギリシャ語を少しだけかじったのだけれど、ギリシャ語って意外と日本語に似てる。それまで私は「日本語は特殊で、以心伝心の国だから文章も省略できるものは省略しても察したりできるのだ」という井の中の蛙のような日本文化は特別スバラシイ論を頭から信じていたのだけど、実は英語とかフランス語などのコンプレックス対象になる言語と比べていただけらしい。変な話、大阪人の友達には「大阪は人情の街だから」と言われ、北海道に来たら「北海道のひとはあったかいでしょー」と言われ、福島に行けば「東北の人はみんないい人だから」と言われるんだけど、実際東京の人も人情味に溢れていてあったかくていい人なんですけど。。。って感じ。まぁ要するに、ギリシャ神話のような、自然の神様いっぱいの世界を大らかに話していた頃は、きっと会話も大らかであったのでしょう。そんなにカッチリしていなくて、単語の順番で意味が決まる!とかではなく、さかさまに置いても同じ意味だったり、アバウトだし。多分、原典・ユダの福音書もギリシャからのものがコプト語になったと書かれているので、直接日本語にできる人がいれば、もっとナチュラルだったのかもしれないなぁと思ったり。ところで世界の権威の先生が他の専門家たちと議論してまとめた、ということは、一般大衆がそれを読んで判別できることはなさそうな気がしますが、本当にFAなのかしら。今や風化したノストラダムスの予言のなかに、人類の終わりが書かれているといった人がいたけれど、ノスはユダヤの血は引いててもキリスト教ということになっているし、キリスト教では洗礼を受けて初めて「人」になると言っているのだから(信者以外は人間じゃないって?)ここでいう人類の終わりというのは当然キリスト教世界の終わりでしかないのでは・・・と思ってみたりしていたのたけれど、この本を読むと、その解釈もあながち間違っていなかったかもなんて思ってしまいました。一度偽書とされているものなので、出てきてもやっぱり偽書は偽書扱いなのかもしれませんが、今の時期に世間に出版されたって言うのも面白い符号のような気がしますね。 原典ユダの福音書 DVD付・ユダの福音書ちなみに、何故か本屋から出る時には、ユダの本ではなくて「皇室入門」を買ってしまいました(笑)漫画なんですが、結構読みでがありましたよ。終わり方がちょっとだけ、尻切れトンボっぽいかな~。
2006.09.17
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