小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

第四章 「ひとり」 四節



自分のご褒美にと、高価なブランドものを買ったりする話を見聞きするけど、

どうも私にはしっくり来ない行動に思える時がある。


その事自体を否定するつもりなど更々ないが、

自分で自分に何を買い与えても、

私にはそれほど高揚する気持ちは生まれてこない。


それよりも、慌ただしさの境目、不意に差し出される温かいコーヒーの方が嬉しかったり、

澄んだ夜空に浮かぶ控え目な星々を美しいと見上げたりする時の方が

何倍も贅沢に思えたりするのだ。


綺麗ごとのようだけれど、それは誰かに認められている喜びと、

受け手でいることの安堵感みたいなものがあるからかもしれないと思っている。


高級ブランドバッグとブラックコーヒーじゃ、

比べる対象があまりに違い過ぎるけど。



一行のプレゼントは、そんな事まで見透かしているようだ。

一行と出かける前に片付けておく仕事は、大きな壁のように立ちはだかっているけど、

彼の贈り物は、それをはね退けるくらいの意味のある緩やかな時間になるはずだ。


「そのパーティって私が行ってもいいものなの?」


「大丈夫だよ。

そんなに堅苦しいものじゃないんだ。

バンドも久しぶりだし、麗ちゃんに聞いて欲しくてさ。

メンバーのみんなに紹介するつもりでいるんだけど、麗ちゃんは嫌かなぁ」



「その彼女にも?」


「そうだよね。

そこだよなぁ。

麗ちゃん、やっぱり無理かな。」


「私の紹介はいつかして。

じゃ、一行の演奏だけこっそり聞きに行こうかな。」



私の知らない一行の友人たちは、歳の離れた会社の上司と聞いただけで、

イメージを膨らませ、興味津々でいるだろう。

そんな若者の中に、どんな顔をして登場しろと云うのか。


やはり無理だ。


「その彼女は気にしないの?

私が逆の立場ならイヤだと思うけど。」


いや、一行と私が一緒にいると元カノがそれを聞いた時点で、

今が何でもない付き合いでも、頭の隅ではきっと心穏やかではないだろう。



一緒に並んで歩いていた姿が、私の瞼の奥にへばりついている。



実際に疑いなど持たず一行の気持ちを保証するものは、私が信じる気持ちしかなんだろうし、

起きていない心配は無用だと自分に言い聞かせるくらいしか、

私にやれる事は思い浮かんでこない。


「わかったよ。

でも打ち合わせで何度か会う事になるけど、いい?

その時は麗ちゃんにちゃんと言うから。」


「うん、分かった。

了解。

温泉の前は集まるの?」



「多分、その前の日かな。」


「温泉行けなくなったりしないよね。」


「何を心配してるの?

麗ちゃん、怒るよ。」


そして私は自分の心を信じる事に決めたのだ。



それから一行はほとんど私のマンションから仕事に出かけるようになり、

先に帰った時は、たまに食事の準備までしていてくれる。

ある日はパスタだったり、ちょっと辛いカレーだったり。


「あなたお帰りなさい。

ご飯が出来てるわよ。」

なんて言いながら。



そんな毎日が過ぎ、それは確実に休暇へと近づいて、

同時に一行が元カノと顔を合わせる時も訪れたと云うことになる。


そしてその日一行は、遅くなるときは必ず連絡をすると私に言った。



だけど夜中三時になっても、一行は戻らない。



早朝に出発予定の、夢の温泉休暇は実行されるの?


一行。


いったいどうしたというの?



つづく・・・





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