小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

第十章 「宿命」 四節




☆登場人物☆

 ★北原 園(その)

  一行の元カノ








今では遠い地になってしまった日本で、

一行は連絡のつかない涼の居場所を、もう会う事はないと誓ったその人に

戸惑いながら救いを求めていた。




「もしもし、しばらく。

俺だけど。」


「あっ、一行?

どうしたの?

大阪じゃなかったっけ?

驚いた。」



元カノに、彼女にだけは、すがるべきではなかったかもしれない。


どうして電話に手がのびてしまったのか、

もしかして彼女なら何か涼の事を知っているかもしれないと、

戸惑う事も危険な胸騒ぎも何も考えず、

真実を知りたい欲望だけで彼女に電話をかけた。



「一行の方から電話なんて、いつぶりかしら。

いいの?

彼女に叱られるわよ。」


涼は会社も辞めていた。


涼は携帯にも出る事はなく、

おそらく「鈴木一行」という男との関わりから逃れているとしか思えない行動に、

穏やかではない何かを感じないわけにはいかなかったのだ。



「園に聞きたい事があるんだけど、ちょっと時間あるかな。」


「一行が私の名前呼んでくれるの久しぶりね。

何?

デートしてくれたら考えてみてもいいけど。」


返事に詰まって黙っている一行に


「もしかして涼のこと?

そのうち一行から、メールぐらい来るかもしれないって思ってたよ。」



急に怖くなった。

自分だけが知らない、どんな真実があると云うのか。



「一行、元気にしてるの?」


「うん。

園は元気だった?

相変わらず歌ってるの?」


「うん、たまにね。

諦めが悪くてさ、知ってるお店で会社帰りに歌わせてもらってる。

聞きに来てよ。

遅咲きのデビューでも決まったら、

生じゃ聞けなくなるかもしれないわよ。」


電話の向こうで笑いながら彼女は続けた。


「涼なら大丈夫よ。

心配は要らないわ。


それよりもさ、

ねぇ、聞いてもいい?

一行の夢って何?」



”夢“



今何が大切なのか、

今しなければならないことは何なのか、

そんな事に追い詰められて、

いつの間にかそんな言葉がある事さえ忘れてしまっていた気がする。



「私の夢はやっぱり歌かな。

一行達と久しぶりにバンドで歌ってみて決めたんだ。

もう一度挑戦してみようって思ってる。

叶わなくても、やってみる事に”価値“ぐらいはあるでしょ。」



「園の夢はいつから考えてた事なの?」


「漠然と思っていたけど、う~ん、話しちゃおうかな。

涼よ。涼がきっかけ。

今 涼が何してるか、教えてあげるわ。」


北原園という女性とかつて同じ時間を過ごし、

ほんの少しでも共に未来を考え語った自分が、

彼女の問いに答えられずにいる情けなさに拳を握り締めた。



「涼はね、囲碁のプロ棋士になるって。

院生だった時にプロ試験に落ちて諦めたけど、

アマチュアでも大会の上位なら試験でなれる可能性があるんだって。

たったの数名らしいけど、夢だからって言ってた。

賭けてみるって。

思い出したって。

やらなくちゃいけない事に気付かされたって。

ただ三十歳までらしくて、

今までの暮らしは捨てないといけないって言ってた。

そんな話し聞いてたら、私も決心がついたのよ。


一行と何があったのかは聞かないわ。

だけど涼からひとつだけ伝言頼まれてるのよ。

もし連絡があったら、”おめでとう“って、それだけ伝えてくれって。

涼の事はほっといてあげれば?」




「無明」(むみょう)


という言葉がある。




真理に暗い、心を開けていない事を意味するという。


涼は今あえてそんな道を選んでいるのだろうか。

いや、それとは真逆の開けた道を、信念と共に歩き出したのだ。


空港で麗子に別れを告げたのではなく、

昨日までの自分に決別したのだ。


必ずいつか、笑って肩を並べる時が来る。

その時は涼に「おめでとう」と言う日になるように。

でもそんな日が、この今の自分に本当に訪れるのだろうか。



「一行、私はおめでとうなんて言わないからね。

ねぇあのさ、私に電話はするべきじゃないと思う。

違うと思うわ。

一行、心配しなくても大丈夫よ。

涼はね、とっても素敵だったよ。」






麗子 胸が痛いんだ。


どうしたらいいのか、分からないんだ。





つづく・・・





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