strangedays(MEC食中)

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2011年11月21日
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本をパラッと立ち読みにしようかと本屋に行こうと思い立ちました。

私の好きなジャンルは哲学と心理学です。

英語の勉強もやりたいけれどひとまずおいておきます。

特に双極性2型の本を探そうと思ってきたのですがありませんでした。

その棚や両脇の哲学や宗教の本はたくさん並んでいました。

たくさんといえどもどこかの大きい図書館ではないので背丈より数10センチ高く幅は5メートルもありません。

でもその本の膨大さに打ちのめされました。

世の中にはこれ以上の本がたくさんあります。

私は本を今読みたいと思っています。



一冊手にとってみました。アドラーの本です。

最初のはじめにの部分を読むだけに数分かかりました。

一冊読むだけでどれぐらいかかるかと思うと、学校に行かないで読まないといけない気がしてきました。

つまり文脈からしてもうわかる人はわかると思いますが完璧主義なのです。

それは前から自覚していたことでした。

でも最近は完璧主義すぎることはないんです。

なぜなら少しくらいサボっただけじゃストレスを感じなくなりました。仕方ないと割り切れるようになったのです。

今私は朝日新聞の天声人語を毎日書いています。

書いてわからない単語は辞書やネットで調べてします。

毎日やることとして決めていますがつらい時はやめています。

だから前より成長してるはずです。



どこから手をつけていいのだかわかりません。

とても疲れました。

これは薬のせいかもしれませんがとても体がだるいです。

心の問題は無限だということに改めて打ちのめされています。

生きているからには心の問題はいつまでもつきものだと言うことも。



今日生きてることについて考えます。

そして今日生きてることについて考えて、そのことを考えます。

さらに今日生きてることについて考えて、そのことについて考えてそれを踏まえてさらに考えます。

わかりやすく言えば今本屋に来ています。

なぜ本屋に来ているかを考えます。

本屋に来ているのは色々と悩んでいるからです。

なんで悩んでいるかは色んなことが私の身にふりかかっていれからです。

なんでふりかかっているかというと私がある日何かの拍子がきっかけになったのだろうかと考えるからです。

逆を考えてみると、つまり今日道を右に行くか左に行くかを決定することでまた私の人生は変わる気がするからです。

そう思うと足をみ出す一歩もまたできない、さもなくば踏み出す足が留まればまたそれも将来に影響が出る気がするのです。

これは比喩で言ってるわけではありません。

実際、直接的には私の生活に影響は出ないでしょう。

でもどこかでもうすでに運命が決まってる気がするのです。

今のタイミングで足を踏み出す踏み出さないその決定を下す頭の脳の構造もすべてもう決まっている気がします。

そう考えることも決まっていると…

だから、何がなんだかわけがわからなくなる。世の中に死があることは素敵なことです。

死、ゴールがなければどうやって生きれば良いか、みんな路頭に迷うと思います。

だから私は今ゴールが見えず、路頭に迷っています。

本は無限大にある。

食事というものはある意味おなかがいっぱいになるという制限があるからとても生きやすい。満足感が得られるから。

満足感はきっと本には得られない。人は満足をしたら終わりだと言う。まさにそうだと思いますが私はきっと満足しなければ許せないのでしょう。

全てがわかる本が一冊あれば私は一生幸せに生きられると思います。

しかし、それは不可能です。

世の中はなんとも疲れることなのだと思うばかりです。

小さいゴールを作っていけばそれは簡単に解決できるでしょう。でも背景にはやはりどうしても大きいテーマがそびえ立っていて、私はそれを見逃すことができません。

ひとまず休憩しなくちゃいけないですね…。

疲れました。

一つ一つ、小さな事でも潰していくことが大切、そんなことはわかっているのに。

その実感も体験したことがあるのに。

なんでだかできない時があります。





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最終更新日  2011年11月21日 16時19分13秒
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