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友人が参加してるサークルが、”水中写真展”を開催します。ウチの店にも飾ってある、Kさんの写した「笑ったイルカ」も大きく引き伸ばされて展示されるそうなんで、皆様、よろしかったら是非!!水中写真展「海で逢いたいIX」入場無料 2005・2/4~2/9場所は、大崎ニューシティ内の2号館2階の、○美術館だそうです。詳細は主催サークル「海を見つめて」03-3491-6909まで♪
January 28, 2005
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昨年の11月、大手術をして元気になったうちのワンコは可哀相だ。とにかく身体は元気になったわけなんだけど、子犬にしては珍しいほど、”吠える”ということをせず大人しい子である。・・にも関わらず、先日、食事をもらう時、義母に”シャラップ”と言われていた。吠えてもいないのに”シャラップ”とは可哀相過ぎる・・。どういう謎かけかと義母の顔を覗き込んだが、子犬に向かって大真面目に”シャラップ”と言っている。・・どうやら義母が、”シット・ダウン(オスワリ)”を言っているつもりだということに気づいた僕は、声を殺して笑ってしまったが、暫くの間、義母の間違いは指摘しないでおこうと思っている。・・その理由は、あと数回は笑えそうだから♪
January 24, 2005
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この数ヶ月、仕事で固い文章を書いている僕は、昨日、息抜きに・・と、”歯医者”やら、”臭い人用”などを書いてみたわけだけど、何故かお医者さんには、けっこう怖い思いをしてる人も、変な夢、又は超リアルなを見た・・って人は多いらしく、読んだという知人から”勝るとも劣らず”ってな壮絶な、又は、爆笑モノのメールを何通か頂戴した。ブログの面白さに少し触れた気がした僕は、仕事の息抜きには、お得意のネタを勝手気ままに書きまくろう・・という考えにいたった。・・なので、今日の書き込みは、美しい話の好きな人、また、お食事中の人は読まないでください。そうです、今日の書き込みは、年季の入った”ウンチ”です(キャーっ!パチパチパチ!)。ってことで、まず手始めに軽い話から・・・。あっ、先に言っときますけどね(書いときますけどね・・ですね)。僕、ウンチ・ネタは一晩中でも話せるほど持ってますからね(自慢することでもないけど)。ソレ系の話題にハマって終電に乗り遅れた女性(何故か女性が多いんすこれが・・)も数人は居るんで、くれぐれもご注意くださいませませ。1967年、7歳の夏休みだった。祖母のイクちゃんが賭博開帳の現行犯だったかなんだったかでパクられた。イクちゃんや、彼女のパトロンのSさん曰く、”小便刑(または、チョンの間)”だし、僕的にも日常の光景だったせいか、数日で帰ってくるだろう・・と甘く考えていたが、思いのほか、拘留期間が長かったとこをみると、手本引き(※)か何かしてやがったんだろうな多分・・。で、致し方なく、僕は数少ない千葉県柏市の、遠い親戚宅へ、一時身を寄せることになった。(※)江戸時代から受け継がれている博打で、各自が六枚の札を持って挑むってやつです。・・うぅ~ん、一言で書くと、サッカーのPK戦に似た心理戦って感じでしょうか。・・ただ、これが、やってみると確かにメチャクチャに面白いの!!(僕も今はやってませんからね、念のため)・・なんだけど、そのシステム的に”詐欺罪”が適用される場合があるそうなんで、善良な方は手を出されないように♪閑話休題当時の柏は、駅前も今ほど賑やかではなくて、完璧な”田舎”だった。誰に言っても信じてはもらえないけど、当時は狐や狸、野うさぎなんかが普通に道を横切るほどの立派過ぎる”田舎”だった。大手の建設業者が、通勤圏内ってな謳い文句で、建売住宅をバンバンと建ててた一画に、遠い親戚の家はあった。しつこい様だけど、どれくらい田舎だったかと言うと、親戚の家の目の前は”山”だったんだからねホントに。なので、僕的には出来るなら、行きたく無い場所だったんだけど、心の片隅で少々、嬉しい気持ちもあったのは、無愛想な家人ばかりの中、唯一、僕を可愛がってくれる三つ年上の敏君が居たからだろう。暫し居候することになったその日、所在無げを装う僕の表情を心配そうに覗き見た敏君は、これ以上無いってほどの元気な笑顔で迎え入れてくれた。ほんの少し遅れてオバサンも、同情の視線をセットにして迎え入れてくれた(ちなみに、オジサンは最後まで、話さえしてくれなかった)。”どうやら、この顔は人から見たら可哀相に見えるんだな。シメシメ・・。大人ってのはけっこうチョロイもんだ”・・と舌なめずりしていた。あっ、話は脱線したけど、まさにその時期、件の建設業者が、目の前の山を削って平地にしている真っ最中だった。子供心にも垂直に切り崩され、普通なら見ることのできない粘土質の地層(山肌)は、畏怖する存在と感じ、出来る限り視野へ入れないように努力していた。・・山を削る造成工事がお休みの日曜日だった。目覚めたばかりで寝ぼけ眼の僕の前に、敏君が”はい、僕は今、楽しいことを思いつきました”ってな表情で、園芸用のシャベルを二つ持ち、寝間にやってきた。そして「山壁に足場を掘ってさぁ、上まで登らない?!」と言った。一時的とは言え、庇護者の様な彼の誘いを断る理由など見当たらない。また、個人的にも、畏怖する山を自分の力で登りきれれば、恐くなくなるかも知れない・・と僕は思った。で、彼の手からシャベルを受け取ると、意気揚々と彼の後に続き、山肌と対峙した。しかし、やはり目の前に立ってみると、横、三十メートル程、縦、十メートル程にそびえ立つ赤茶けた山肌は、当時の僕にはかなり恐い存在である。どう登ったらいいのかなど、都会育ちの僕には知る由もない。まずは敏君がどう登るのかと、彼の動きを固唾を呑んで見守った。・・が、意外にも敏君の動きは簡単なものだった。まず、地面から十数センチの場所へ、手にしたシャベルで深さ数センチの穴を掘った。そこへ右足をかけ踏ん張り、次はやや左手で左寄りの山肌(地面から数十センチほどの高さ)へ、同じように数センチの穴を掘って左足をかけた。続いて、右手にシャベルを持ち、やや右側の山肌に右手をかける穴(後に右足をかける穴となる)を掘る。次はシャベルを左手に持ち替え、やや左手の山肌に左手をかける穴(後に左足をかける穴)を掘る。この一連の作業を続け、上へ上へと登っていくという、今時の子供の間で流行したら、少なくとも一日に一人は確実に死ぬだろう・・という、無謀な行為である。敏君は流石に正真正銘の田舎の子である。あれよあれよと言う間に、見上げるような高さに登っていった。このまま、指を咥えて見てるのは、”都会のもやしっ子”と言われそうで恥ずかしい。僕も彼を真似て恐る恐る登り始めた。1メートルや2メートルなら、もしも足を(手を)踏み外したとしても、そのまま後ろへ落っこち、「痛え・・」程度だろうが、流石に三メートル、四メートルとなると”痛え”ではすまされない。命綱などハナから無いのだから、落ちないようにと、必然的に山肌へお腹をヘバリ付ける格好となる。冗談の一つも出せず、必死の形相で30分ほど登り続ける僕を、既に頂上で待つ敏君は、「もう少し右」とか、「もう少し下」とか言いながら、まさに余裕の表情である。頂上まで、あと一息という、7・8メートルも登った頃、冷たい山肌へお腹をヘバリつけていたせいか、どうやらお腹の具合が思わしくなくなってきた。僕はこれまでの人生において最大限であろうほどに悩んだ。”このまま登り続けるか、それとも一度、下へ降りて、目の前に在る仮宿のトイレへ駆け込むべきか”・・と。選択したのは、下へ降りるということだった。理由は、上に登ったとて、紙も無ければトイレも無いことは明白だからね。で、そうこう考えている内に、便意は益々、募ってくる。頂上を目の前にしながら、言葉も発せず、いきなり下り始めた僕に、敏君は「どうしたの?」と、心配そうに言っているが、応えるどころではない。まさにクソの役にも立たない心配など、なんの意味も無いと腹立たしく感じた僕のお腹は、怒りから尚一層と暴れだした・・。全身に脂汗をかき、断続的に迫り来る便意と戦いながらも、それでも僕は自分で掘った穴に足や手を入れ、お腹に下手な力をいれないように気をつけながら、登って来た通りに必死に下りていた。・・口で言うと、然程、難しいことには感じないだろうけど、それはとんでもない勘違い。なぜならば、登ってる時は、自分で掘った穴は”目の前に見えてる”。けど、下りはまるで見えないの。”多分、ここらだろう”とアタリをつけて、足場を探すしか術はないのであ~る。高さ的にも角度的にも、下、すなわち地面を覗くことも出来はしないし・・・。足場を探す度に、僕の肛門は小刻みに振るえ、今にも「あっ!スンマセン!」って勢いよく、ウンチ君は出てきそうだったの。”どうしよう?どうしよう?お腹痛いよぉ・・・”と、切羽詰った状態の中、それでも慎重に足場を探して下り続けた、いたいけな僕・・。その時、ある程度、僕の状況を察知したらしい敏君の、これ又、お節介な声が聞こえた。「あと一段!」・・って。「あぁ・・もう、そんな下まで来てたのか・・」と、僕の緊張感は音を立てて崩れた。気持ちが緩むと同時に、最後の一段、すなわち”地面から数十センチ”の足場を踏み外した。ズル・・って感じで、地面へ後ろ向きにひっくり返ると同時に、一気に肛門も緩んだ。半ズボンの脇から自分でさえも見たくない、ダラダラとした液体状の”ソレ”が、「ハイ、これで全部っす♪」とでも言うように、見事に出きってしまった。・・・翌日、僕は会ったこともない、遠い遠い、果てしなく遠い親戚が住む、茨城県の湖畔の家へ、敏君の母親に強制的に連れて行かれた。
January 21, 2005
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新年が明けてから、禁煙ではなくて”節煙”しようと、禁煙パイポを大量購入したまではよかったんだけど、つい癖が出てしまい、オモイキリ噛んでしまったから、さぁ大変。・・いきなり、さし歯が欠けてしまった。歯医者は何処も正月休みなんで、とりあえず瞬間接着剤でくっつけてみると、巧い具合にくっついたことはくっついたんだけど、どうにも気持ちが悪い。致し方なく、大の歯医者嫌いの僕は、泣く泣く歯医者へ通うことになった。何故、歯医者が嫌いなのか。聞くも涙、語るも涙の、”痛い話(長編)”の始まり始まりぃ・・。今から8年前、数年来のヘビーな虫歯に悩んでいた僕は思いたった。”治療はイヤだから、思い切って抜いてもらっちゃおう”・・と。で、当時の地元に程近い某・歯医者さんにて、「頻繁に治療へ通う時間は無いから、ここは思い切って抜いちゃってくださいな」と、初老の医師へ思いを伝えた。医師は怪訝な表情を浮かべながらも、僕の指した三本の歯を見るや、「・・そうですね。抜いちゃって義歯にした方がよさそうですね」と言った後、気になることを言った。「明日はお仕事、お休みですか?」・・と。当時、休みなどとれる状況ではなかったけど、幸いにも翌日は事務仕事にあてていた日だったので、体力的には”休みも同然”だったため、曖昧に「まぁそんなもんですけど・・」と言ったのが、この後の致命的な出来事の幕開けとなった。医師は顔色一つ変えずに、「では、今日、抜いちゃいましょう」と言うや否や、助手にあれこれと指示を出した。”まさか、三本、一遍に抜くわけじゃないよなぁ・・”とか思いながら、椅子へ腰掛けていると、暫くして助手が器具置き場に数本の注射器を置いた。”嘘だろう?”と身を乗り出し、「先生、三本、一遍じゃないですよね?」と半泣きで問いかけると、「大丈夫、大丈夫。みんな随分と虫喰ってるから、簡単に抜けるのばかりだから」と平気の平左で言い放ちやがる。僕は観念し、教会の懺悔室の中で迷える子羊のように言った。「・・あのぉ僕、昔々、あっ、子供の頃の話なんですけどね。・・シンナーとか悪い薬やってたんで、麻酔ってのは効き難いと思いますんで、大量にお願いしますね、大量に・・」と。医師は鬱陶しそうな表情を浮かべると、曖昧に頷き、見るからに固そうな針のついた注射器を腫れた歯茎に突き立てやがった。既に充分過ぎるほどに痛いってのに、力任せにウンウン唸りながら「すぐに効いてきますから・・」とか言ってやがる。一本目をウチ終わり、一休みくらいさせてくれるのかと思いきや、続けざまに別の歯茎に突き立てやがる。でもって針を抜くや、ウガイもさせてくれずに、すぐさま三箇所目に突き立てやがる。その表情は恐怖におののき、完全に許しを乞ってたであろう憐れな僕である。あの固い注射針から力づくで歯茎へ麻酔薬を注入され、悶絶しそうな僕は、五分間ほど、”早く効きますように”って、少女のように神様にお願いしていた。麻痺したような感覚は、まるで訪れない。”こんな時に抜かれたら、100パーセント気絶しちまうだろうなぁ・・”と考えていると、医師が事も無げに言いやがった。「もう効いてる頃だから」と。身を乗り出し声を荒げて僕は言い放った。「絶対にまだ効いてませんって!完璧にズキズキしてますもん!!」「そんなわけないよ」・・とか言いやがって、三箇所の虫歯の中でも最高クラスに属する痛い歯と歯茎を、変な道具でガジガジと無遠慮に突っつきやがる。「ぜぇんぜい、ばじでびたいでずがら、ぼぉじょっとばてくだざい(訳=先生、マジで痛いですから、もうちょっと待ってください)」と、医師の白衣を引っ張るという反則技で応戦した僕。”そんなわけないんだけどなぁ”などと不満気な表情を浮かべ、ひとまず他の患者の治療に戻った医師の後姿を見ながら、”このじいさん、ひょっとして麻酔薬と別の薬を間違えてんじゃねぇか?”という恐ろしい考えが頭をよぎった。10分ほど待たされたが、麻酔が効いてくる感覚は未だにない。不安で胸が張り裂けそうになっていると、僕の座る治療台へ医師戻ってきて言いやがった。「もう完全に効いてる筈だから・・」と。「効いてないっす!効いてないっす!!マジで!!!だって、ぜぇ~んぜん痛さが変わってないっすもん!!」と必死の抵抗を試みたが、またもや変な道具でガジガジと突っつきやがる。もう完璧に泣き顔の僕は、「ばぁがらぎいてばせんってばぁ(訳=だから効いてませんってば)」と、無理やりにこじ開けられ、道具を突っ込まれた口をオモイキリ閉じて抵抗し、両手を合わせて医師にお願いをした。「すんません。マジで効いてないみたいなんで、もう一本づつ注射うってくれませんか?今度は頑張って効くようにしますから」・・と、今にして思えば、まったく意味不明なお願いをしてしまった。・・頑張って薬が効くなら、気合でも痛みなんか消せる筈だしね。でも、それくらい必死のお願いだったの僕としては。「そんな筈ないんだけどな」と、納得できないとばかりにブツブツと言いながらも、医師は提案通り、もう一度づつ三箇所に注射をうってくれた。が、しかし、数分が経過したというのに、いっこうに麻酔が効いてくる気配はない。忙しそうに立ち働く医師や助手の手前、これだけ手間をかけさせておきながら、”どうも麻酔が効いてなさそうなんで、今日はやめときましょう”などと、自分から提案はできそうにない。どうしよう?どうしよう?と恐れおののいていると、医師が確信に満ちた表情をたたえて治療台にやってきた。「先生・・マジで言い難いんですけど、ぜんぜん効いてないみたいですよ・・・」、小さな声でそういうのが精一杯だった。あとは医師の判断に任せるしかない。よしんば抜歯の作業をはじめたところで、大の男が本気の悲鳴をあげれば、他の患者の手前、流石に抜きはしないだろう・・と。大声を出す心の準備をした上で口を開いた。医師の手にもたれた道具がとんがっていないのに安心していたのが甘かった。未だズキズキと痛む歯めがけて、いきなりトンカチみたいなのでカチンカチン叩きやがって歯を割りやがった。そりゃアンタ、痛いなんてぇもんじゃない!!大声を出す準備はしていたけど、生まれて初めて「ぎゃー!!」と叫んでしまった。しかし、医師は表情一つ変えず、「麻酔が効き難い人はいるけど、大目に打ってるんだから、そんな筈ない。さぁ座って座って」と、おっかない顔で言いやがる。医師がそこまで自信たっぷりに言うのならば、そんなもんなのかな?ひょっとしたら神経質になってるから、痛い気がするだけなのかな?と思ってしまった僕は、あまりにも浅はかだった。”スンマセン。騒いじゃって”と言い、再び治療台に座った僕は、その数分後、心臓がバクバクしたかと思うと、あまりの痛さから声も出せぬ内、僕は本気で気絶した。・・ほんの数秒後、口中に広がった血液の生臭さと、歯の喪失感で、ぼんやりと意識が戻った時、悪魔のような言葉が耳へ届いた。「ね?麻酔は効いてるでしょう?」反論しようにも、完全に意識は飛んでしまってて応えられない。この先、僕はどうなってしまうのか?と、ぼんやりとした頭で考えていると、次なる抜歯が始まった。又もや一瞬で気絶してしまった。・・またまた数秒後、意識が戻ると、既に三本目の抜歯が始まろうとしているではないか。医師ではない誰かの声が耳に届いた(多分、助手)。「痛さに極端に弱い人かと思いましたけど、そうでもないですね。こんなに静かな患者さんもいらっしゃるんですね。たまに、なんたらかんたら・・」で、またもや意識が寸断された。・・口中に広がる痛みはさて置き、異常に早い自分自身の鼓動と、騒々しさの中で目が覚めた。白衣を着た医師らしい人が、僕の手をとり脈を計っている。助手らしい女性は、受話器を片手に住所を叫んでいる。ふらふらと頭を起こしながら、交通事故にでも遭ったのか?ここは何処?・・と、状況を整理するのに数秒かかった。心配そうに遠巻きで眺めていたであろう他の患者さん達も含め、医院内に場違いな歓声が沸きあがった。医師は胸を撫で下ろし、ガックリと肩を落としていたし、助手の女性なんぞは、ハンカチを握り締めて泣いてやがった。数時間、心臓の鼓動がおさまるまで控え室で横にさせられた。その後、もっともらしい謝罪と充分過ぎる口止め料(?)に納得して、グズグズでヌルヌルの未だに痛い歯茎をかばいながら、自分の足で事務所へと戻った。・・・その数時間後、流石にお腹も空いてきたので、歯茎に優しいであろうオカユでも食べよう思った途端、急激に麻酔が聞き始めやがった。・・もう口も開けてられないの僕ったら。まるっきり感覚がなくなっちゃって、ダラダラとヨダレは出てきちゃうわ。その内、歯茎どころか、顔全体の感覚も無くなっちゃったもんだから、ハナミズは出てくるわ涙は出てくるわで、そりゃもう大変な状態となってしまった。・・はっきりとは覚えていないんだけど、その時に事務所に居たスタッフ曰く、何故か妙にハイ・テンションになっていたらしく、”これこれ、麻酔はこうじゃなきゃな♪”などと言っては、シャープペンの先で自分の顔をオモイキリ突っついていたらしい(翌日、頬が穴だらけだったので、きっと事実なのだろう)。・・という経験以後、僕は益々「大の歯医者嫌い」となった。そんな僕が今、またもや歯医者通いをすることになったのだから、又、ネタが増えるんじゃなかろうかと、戦々恐々としながらも、ちょっと期待してる僕であった。・・ちなみに僕、髄膜炎に罹り、救急車で運ばれた某・大学病院では”覚せい剤中毒”と間違われ殺されかけたことがあります。この話もその内♪
January 17, 2005
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暮から新年にかけ、殺人的にドタバタとしている・・。手書きにこだわるせいか、未だ年賀状も書けていない(くださった皆様、申し訳ありません。今月中には出しますんで、ご勘弁くださいませ)。幸先よく、大手医療雑誌の特集ページや、介護雑誌の取材も数社入った。・・あっ、ちなみに新年号のYOMIURI・WEEKLYにもコメントを寄せていました♪・・で、近頃、ある面白い現象に気づいた。どんなことかと言うと(書くと・・ですね♪)。取材に来てくれる人達は、けっこう昔からの知り合いが多いんだけど、そうじゃない人、すなわち初めて会う人の多くが、現在、美容の現場を離れて今人の運営と、モノを書いてる僕を、「?」って表情で見るってこと。現場を離れている理由を話し(そろそろ、一度戻ろうかな・・って考えてはいるけど)、ついでに”料理も作ってるんすよ”・・ってなことを言うと、益々、「?」の数は増えてゆく。小一時間も話してると、理解してはくれるけど、たまに自分でも自分が”何屋”なのか、分らなくなるんだから、仕方がないと言えば仕方が無いんだろうな。で、今年の目標は、”解りやすいスタイルの確立”ってとこでしょか。尚一層と頑張って参りますので、皆様、今後とも、宜しくお願いいたしまぁ~すっ!!!
January 14, 2005
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”ほぼ日イトイ新聞(言い間つがい)”コーナーに投稿したものが、又、掲載されました(下記)。http://www.1101.com/iimatugai_book/index.html・・ドタバタと忙しい中、こんなことしてる場合じゃないんだけどなぁ。・・まだ年賀状も出してないし(反省)。
January 7, 2005
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あけまして、おめでとうございます。今年も、宜しくお願いいたしますっ!!!・・って、毎年恒例の、”年越し呑み会・by今人”、只今、ようやく終了し、パソコンに向かいましたが、完全に酔っ払い状態なんで、正月早々、変なこと書いちゃうと何なんで、まずは取り急ぎ、新年のご挨拶まで!!!!
January 1, 2005
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