2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全14件 (14件中 1-14件目)
1
義母は僕が作るハンバーグがお気に入り。三日かけて煮込むデミグラス・ソースが、彼女の好みにドンピシャリと合致してるんだそうだ。今朝もリクエストをされた。「又、作ってよ。デモクラシーのハンバーグ」・・・惜しいんだけど、かなり違う。
February 26, 2005
コメント(3)
齢四十五になろうというのに、ハマってしまいました僕・・・。”食玩”ってやつに・・。今まで、どんなキャラが、どれだけ話題になってても、一切、興味はなかった・・って言うか、正直なところ、「どういう精神構造してんだろか?いい大人が」・・って、メチャクチャに冷めてたんすけどね・・。それが先日、子どもの頃、毎週、ぐしゃぐしゃに泣きながら見てた「みなしごハッチ」を発見しちまい、シャレで買ったのが運のつき。見事にハマっちまいました。可愛いんすマジで・・。とは言うものの、何でハマっちまったんだろか?って、一応は冷静に考えてみた。もうじき四十五歳だからね。フィギュアがよく出来てるのは、今の時代は当たり前なんだろうけど、どうやら、一緒に入ってる8ページの解説ブックの一文が大きな理由だということに気づいた。もうじき四十五歳だからね。僅か200文字程度なのに、それぞれのストーリーを鮮明に思い出させられちゃう、かなりの名文なんすぅ・・(泣)。”あらすじ屋”さんって職業があると、随分と前に友人に聞いたけど、まさにそういった職業のベテランが書いたんだろうな・・ってな見事な文章なんす。だって、どれを読んでも、涙腺が緩んじゃうんすよ・・。そう、もうじき四十五歳の僕は、今まさに、泣きっ面にハッチ(山田君。座布団一枚もってきてやんな)。って事で。商業的に考えた場合、一番、数は少ないだろう、”ママに抱かれて”を手に入れるまで、買い続けてやっから覚悟しやがれ!ってなことを考えてる、もうじき四十五歳の僕です♪
February 25, 2005
コメント(5)
そこまで大騒ぎすることねぇじゃんかよぉ・・って程、些細な地震にも、バッグを持って外へ飛び出そうとする大の地震嫌いな義母と妻の昨夜の会話・・・。 妻「さっきの”地震”、震源地は何処だったの?」義母「栃木・・だったと思うけど、”自信”はない」・・って、夢を見て、一人でウケてしまった。僕的には妙に可笑しかったんだけど、このニュアンス、なかなか伝わらないだろうなぁ・・。だから一人で楽しんじゃおうっと♪
February 24, 2005
コメント(3)
幼馴染に、”ノブ”という四つ年上の兄貴分が居た。彼は一見、何処にでも居るガキ大将だったが、今時の子どもには考えられない感覚の持ち主だった。拙著(髪日和/かもがわ出版)にも彼の類稀な感覚の一端は書いたが、今、僕はそこに書ききれなかった、彼の子ども時代の話を、八月の舞台の脚本の息抜きに書いているが、かいつまんでブログへも書いてみようと思った。1966年、私達は河川敷で、毎日、日が暮れるまで野球に興じていた。ある日、誰かが投げそこねたボールを、川べりまで拾いに行ったノブは水に濡れた段ボール箱を見つけた。箱の中には生まれて間もない三匹の子犬がいた。二匹は既にこときれており、残る一匹も虫の息だった。ノブは、そばに落ちていた棒切れを手にすると、静かに穴を掘りはじめた。私達は淡々と穴を掘るノブへ声をかけることもできず、ただその姿をじっと眺めていた。ノブは二匹の亡骸を穴の中へ入れると、皆を振り返り、はじめて口を開いた。「皆で少しづつ、土、かぶせてやってくれよ・・・」と。その一言で、我に返った私達は、神妙な面持ちで、順に手で土を掬うと亡骸へ土をかけ、そうすることが礼儀のように静かに両手を合わせた。急ごしらえの葬儀を済ませた後、生残った一匹はどうするのだろうか?と、私達はノブの言葉をまった。「こいつ、皆でエサを持ち寄って飼ってやろうぜ。電信柱に縛りつけときゃ、問題ねぇだろうしな」・・と、ノブは明るい声で言った。その日以来、人懐こい間抜け顔のオス犬は、ノブに”ずんでっぴ”と命名され私達のメンバーの一員となった。私達は何処へ行くにも彼を連れ歩いた。ずんでっぴが路地裏の住人(犬?)となって半年ほどした頃、町内会長が私を呼び止め、ノブへ伝言を頼むと言った。「ここらで飼うなら、予防注射だけはさせろよ」・・との内容に、私は子ども心にも、なにか嫌な予感が頭を過ぎった。恐る恐るノブへ伝言を告げると、彼はほんの一瞬、焦りの色を垣間見せたが、すぐに明るい表情で言った。「考えてっから心配すんな」と。・・後で知ったことだが、ノブはこの時、近い将来、誰かがその事を言ってくるだろうと考え、新聞配達で予防注射の資金を稼いでいるまっ最中だった。ノブが得る初給与の日までに、私達の知らないところで大人たちの勝手な話は進んでいたのか、ある日、ずんでっぴの姿は、私達の住む路地から忽然と消えた。ノブは真っ赤な顔で、町内会長の家に飛び込むと叫んだ。「このクソオヤジ!どこへ捨ててきたんだ!教えねぇと本気でぶっ殺すぞ!!」と。最初は薄らとぼけていた町内会長も、ノブの尋常ではない言動に恐怖を感じたのか、おどおどして私達が聞いたこともない地名へ置き去りにしてきたことを認めた。ノブは鋭い視線で町内会長を睨みつけると、その顔に唾を吐きつけて表へ飛び出した。しかし、表へ出た途端、先ほどまでの怒りが嘘のように、落ち着きはらい、独り言のような口調で、私へ向かって話しかけた。「皆にはずんでっぴが勝手に逃げたことにしとこうな」と。その時の私は、ずんでっぴが居なくなった寂しさを感じながらも、兄貴分のノブと、二人だけの秘密を持てることに小さな喜びを感じていた。・・ずんでっぴが居なくなってから一年も過ぎた頃、私達の隣の小学校で、校舎の縁の下に凶暴な野良犬が棲みつき、生徒達を追い回しているとの噂が耳に入ってきた。大人が校庭に居る時は気配さえ見せないそうだが、子ども達だけになると突然、飛び出してきては執拗に追い掛け回すという。保健所が捕獲に来ると一切姿を見せず、毒まんじゅうを彼方此方に仕掛けても、よほど頭の良い犬なのか、口にすることも無いという話だった。隣の小学校だったせいか、もっともらしい”噂”だろうと私達は高をくくっていたが、ある日、件の町内会長が、世間体を気にするような視線で私を手招きし、ノブへ伝言を頼む・・と頭を下げた。「噂になってる犬な・・。どうも、おまえらが飼ってた犬みたいなんだ。一度、見に行ってくれないか」ノブへ伝えると、彼は一目散に小学校へ走った。見慣れぬ校庭へ駆け込むと、低学年の女の子が、まさに今、犬に追いかけられ、黄色い悲鳴をあげていた。幾分か身体は大きくなっていたが、狂ったように吠えながら小さな女の子を追い掛け回す犬は、紛れも無く、私たちの仲間だった”ずんでっぴ”だ。ノブが大声でその名前を呼びかけると、ずんでっぴはピタリと立ち止まり、ノブと私を振り向いたが、人懐こかった間抜けな顔は、白いヨダレをダラダラと垂らす狂犬の顔になっていた。ノブと私は一瞬、身を竦めた。ずんでっぴは、ノブの顔を必死で思い出そうとしているのか、小刻みに頭を振ったり、落ち着きなさそうに後ろ足で砂を蹴ったりした。ノブが少しずつ近づくと、威嚇しながらも、どうして良いのか解らぬ体で、情けない顔に変化した。そして、甘えるような啼き声をひとつあげた。ほんの少し手を伸ばせば、ずんでっぴの頭に触れる距離までノブが近づいた。ノブがゆっくりと手を伸ばした途端、ずんでっぴは歯をむき出し、聞いたこともない恐ろしい唸り声をあげると、物凄い勢いで住処にしている校舎の縁の下へと逃げこんでいった。ノブは私を振り返ると、寂し気な笑い顔を添えて言った。「あいつ、完全に狂っちまってんな。可哀相だけど、もうしょうがねぇな」この時の私には、ノブの言う”しょうがない”の意味を計ることはできなかった。その日、ノブと私は無言のまま、それぞれの家へ帰った。翌日の早朝、私はずんでっぴのことが気にかかり、前夜からお腹が下っており、朝早くに目が覚めてトイレへ駆け込んでいた。偶然、トイレの小窓の向こうを、真剣な表情をしたノブの横顔が通り過ぎた。「ノブちゃん、どこ行くの?」私は咄嗟に声をかけた。私の声が耳に届いたのか、ノブの足音が止まった。逡巡していたのだろうか、数秒後に返事がかえってきた。「ずんでっぴのとこ。・・オマエも行くか?」と。私は一も二も無く「行く!」と応じ、トイレを飛び出すと、慌しく身づくろいをして、裏口から表へ飛び出した。ノブは青白い顔でぼんやりと立っていて、手には何かを包んだ新聞紙が握られていた。小学校へ向かう道すがら、恐る恐るノブに問いかけた。「・・ずんでっぴ、どうなっちゃうの?」「殺すしかねぇよ」。ノブは躊躇いもせずに言い放った。私は息を飲み、言葉足らずながらも、なんとかその考えを変えるようにと必死の抗議を試みたが、彼は顔色一つ変えず、既に決まりごとのように応じた。「どうせあのまんまじゃ、誰かに殺されちまうんだ。なら・・・」言葉の最後は、朝の冷たい空気にかき消された。数メートル先を足早に歩くノブの後姿を、私は小走りで追い続けた。まだ閉められている小学校の校門をよじ登り、ノブと私はまだ誰も居ない、静かな校庭に立った。ノブは手に持った新聞紙を開くと、驚くほどの大声で叫んだ。「ずんでっぴ!!メシだぞ!メシ!!メシ持ってきてやったぞーっ!!」その時、私はノブの手にした饅頭に毒が入ってることに気づいた。私はずんでっぴが顔を出さないことを強く願った。・・しかし、数秒後、遠くで乾いた砂を蹴る小さな音がしたかと思うと、身体を大きく見せようとしているのか、威嚇するように飛び跳ねながら、ずんでっぴは私たちの目の前に姿を現した。昨日と同じ狂った視線で、ノブと私を交互に威嚇している。ノブは顔色一つ変えず、ずんでっぴに話しかけた。「なぁにいきがってんだ、この馬鹿たれっ!調子づいてっとぶっ飛ばすぞ!」ノブの言葉に怯んだのか、それとも、昔の記憶が戻ったのか、ずんでっぴは”伏せ”の姿勢をとった。ノブはずんでっぴの身体へ両手を伸ばすと、傍らにしゃがみこみ、慣れた手つきでひっくり返すと彼のお腹を撫でた。ずんでっぴには確かな記憶が戻ったのか、嬉しそうに尻尾を振りながら、ノブの手をペロペロと舐めた。が、それもほんの一瞬だった。突然に身を翻して飛び上がると、又、狂犬の顔に戻り、ノブと私を交互に威嚇した。私は驚き、ずんでっぴの動きに合わせて後ろへ飛び上がったが、ノブは恐ろしい唸り声をあげる、ずんでっぴの鼻先を力いっぱいに叩いた。野生の本能と懐かしい記憶が必死に闘っていたのか、ずんでっぴは驚くほど従順に”伏せ”の体勢に戻った。ノブは手にした毒饅頭を、ずんでっぴの鼻先へ置くと、吐き捨てるように言った。「喰えっ!」ずんでっぴは、毒饅頭に鼻先をちょこんとくっ付けたが、食べようとはしない。ノブの顔と毒饅頭を交互に見やり、歯を剥きだして憎々し気な顔をしたかと思うと、”くぅーん”と情けない声で啼いたりを、幾度となく繰り返した。ノブは似つかわしくない穏やかな声で、ずんでっぴへ話しかけた。「ずんでっぴ・・。オマエは俺の子分だよな?・・なら、俺の言うことは何だってきかなきゃいけねぇんだよ。わかんな?わかったら喰ってくれよぉ」どのくらいの時間が経ったのだろう。ノブの大声で私は我に返った。「喰えっつってんだよ!!喰わねぇと、絞め殺すぞ!」ノブは”くぅーん”と悲しげな啼き声をあげるずんでっぴの口へ、毒饅頭を無理やりに押し込んだ。ずんでっぴはすぐに吐き出したが、ひょいと立ち上がると、懐かしそうな表情でノブの顔をペロペロと舐めまわした。ずんでっぴは、ノブにサヨナラを言うと、その後、すぐに毒饅頭をむさぼり喰った。弱虫だった私は、その先を見ていることはできず、泣きながらその場を後にした。校門をよじ登る時、振り返った私の目に、大きく震えるノブの後姿と、その顔を眺めるずんでっぴの顔が飛び込んできた。その光景は、今も一枚の写真のように鮮明に私の記憶の中に残っている。
February 19, 2005
コメント(1)
ここ数ヶ月、我が家では、”おやつ”と”散歩”という言葉は禁句となっている。理由は、この言葉を耳にすると、ウチのワンコが異様に興奮してしまうからである。会話の流れで、つい”おやつ”なんて口にしようものなら、ぼんやりとした顔で寝てたはずなのに、ピクンと起き上がり、それを口走った人間を「今、なんて言いましたぁ?」ってな顔で凝視し、一目散に、おやつの入っている戸棚を目掛けて走って行きやがる。その後は、ほんの少しでも”おやつ”をあげない限り、その場でピョンピョン跳ねやがって、うるさいったらありゃしない。”散歩”も同様で、耳にするや否や、リードを吊るしてあるハンガー目掛けて走って行き、ピョンピョコピョンピョコと飛び上がり、リードを咥えて走り回りやがる。完全無欠のオバカさんだとばかり思っていたら、いつの間にか幾つかの言葉は覚えてやがったらしい。そこで意地悪な僕は、ここ数日、「おや・・は居ない僕」とか「さん・・タクロースはお父さん?」とかに代え、「残念だったねぇ?」と、ワンコをイジイジとさせる遊びを開発した。奴は「おや・・」まで耳にすると、嬉しそうに飛び上がるんだけど、語尾を聞いてガックリと肩を落とす。「さん・・」で、これまた異様に喜ぶんだけど、語尾を聞いてうなだれる。その一部始終は見ていて本当に笑えるったらありゃしない。皆さんも、ワンちゃん猫ちゃんが傍にいたら、一度、お試しあれ♪
February 16, 2005
コメント(3)
昨夜のNHK「ラジオ深夜便」で、マスコミを通しては初めて、八月に上演る舞台の話をした。今朝、パソコンを起ちあげてみると、予想以上の反響に驚いた。「舞台、やるんだって?」とのメールが数十通も届いていた。嬉しいやら、プレッシャーがかかるやら・・(汗)。で、そろそろホームページも作らないとなぁ・・と、ラジオの収録後に思い立ち、先日、拙著の装丁をしてくれたデザイナー・雅と打ち合わせをした。この数日、体調不良のせいでぼんやりしてた反動か、何故か突然に頭の中が覚醒してしまったらしく、打ち合わせに望む直前まで、何も考えていなかったと言うのに、話し始めたら急にイメージが浮かんできた。自分では何一つ出来やしないってのに(アンド、解りもしないってのに)、やれ、「まず、外国映画の予告編をイメージしてくれ(どんな映画かも言わず)」とか、「それぞれの環境も考えた上、何秒程度でキャッチコピーの文字が、画面の奥から浮き出て、そのまま頭上を通り抜けるように(画面の頭上って何処?)」とか、「文字に合わせて浮き出るバックの画像は、文字の邪魔にならないよう、薄ぼんやりとしたモノクロで」とか、いきなりパンパンと手を叩いてリズムをとったかと思うと、「このタイミングで、乾いていながらも重々しい音を入れて欲しい。ばーんみたいな」とか「タイトルのロゴは、赤いコンクリートがヒビ割れてるような」・・とか、とにかく細かく、訳の解らない指示ばかりが多い、実に嫌な僕であった。しかし、最近、雅って奴は、けっこう凄い能力の持ち主なんだな・・って、つくづく感じている。だって、僕の場合、何をするんでも、いつだって最初は訳のわからない指示を出している筈だからである。面と向かって打ち合わせが出来れば、簡単なラフを描きながら説明はするけど、時間的な問題から、電話やメールで打ち合わせとなると、ほとんど最初は意味不明なことばかりを口走っている(書いてる)に違いない。でも、雅はそれをほとんどイメージ通りに仕上げてくれる。餅は餅屋とはよく言ったもんだなぁ・・。ってことで、普段、馬鹿なことばかり書いてますが、舞台のほうは大真面目ですんで、どんなホームページが出来るかを、舞台共々、どうぞ御期待くださいませませ♪
February 15, 2005
コメント(0)
近所の路地には、三匹の猫が棲みついている。親らしい猫は最近、見かけないけど、数ヶ月前、掌に乗りそうだった子猫たちが、今はイッチョマエの猫になっている。三匹とも、可愛い顔してるんだけど、所詮、野良だから人が近づくと一目散に逃げていきやがる。気まぐれで、たまにエサをあげても、遠くから疑い深い目で眺め、そばに居る内は近づいてもきやしない。ふんってなもんです。昨夜も、雨避けのビニール傘の影で奴らはゴソゴソと動いてやがった。頭の一つも撫でてやろうと、気配を消して静かに近づくと、突然、伸びてきた手にビックリしたのか、一斉にぴょこんと飛び上がったかと思うと、二匹はアッという間に逃げていきやがった。ノロマな一匹は逃げ遅れたのか、その場で固まったまま威嚇しやがった。一応は顔見知りなんで、「自分、いつでも逃げられますから」みたいな、余裕の視線を向けてきやがった。「イジメねぇから、撫でさせろ」ってな按配で、ひょいと手を伸ばすと、視線は見据えたままクルリと身をひるがえして逃げようとした・・・・んだけど、この馬鹿猫ったら、顔を動かすと同時に、隣にあった自転車のペダルへ、これでもかって程、オモイキリ顔をぶつけやがった。かなりの音がしたんで、そりゃ痛かっただろうけど、逃げることも忘れてその場で固まり、「でへへ・・ぶつかっちまいました」みたいな情けない顔で僕を仰ぎ見た。どっかで見たことのある間抜けヅラだなぁ・・と思ったら、ウチのワンコだった。犬も猫も、あんまり頭が良いよりも、どこかヌケてるくらいが可愛いなぁ♪
February 14, 2005
コメント(0)
常滑市の新聞店が発行している”ちたろまん”、200号記念号に文を寄せることになった。一新聞店の発行・・って聞いてたから、ガリ版刷りに毛の生えたような代物を想像していたけど(失礼・・)、以前、拙著を紹介された時に送られてきた新聞は、かなり本格的なもので、発行部数もそこらの週刊誌よりも多く、地域に根付いている、有名なフリーペーパーであることを後に知らされた。ただ、昨年の6月、JCの依頼で妻と二人、船でグァムの往路をした際、知り合ったのが編集者の一人だった・・ってだけなんで、実は僕、常滑市へは行ったこともない・・。依頼さえもらえれば、そりゃウンチの話でも何でも書きますよ僕の場合。・・でも、空港が出来るってことと、常滑焼の産地ってことくらいしか知らず、何を書いていいか皆目、見当がつかない内、この数週間、一行も書けずにいた。するってぇと本当に不思議なもんで、古い付き合いの都内某貸衣装屋から、卒業式のヘアメイクの依頼が舞い込んできた。場所を聞いてみると、なんと常滑市の福祉大学だという。当然、愛知在住のスタッフが実務はおこなうことになるだろうが、事前打ち合わせは僕が行くことになる。なんかネタを拾ってこなければ・・・(汗)。
February 13, 2005
コメント(0)
日本医療企画発行”ホスピタウン(2月号)”に、カラー3ページで出張美容の様子が紹介された。この出版社とは付き合いは長く、今までにも何度も紹介されてるけど、今回、小額だけど、はじめてギャラをくれることになった。「何でギャラ出るようになったの?儲かってやがんのか?」と顔見知りの記者へ聞くと、どうやら昨年、本を出版したので、社の規定で”文化人扱い”に出来るんだそうだ。確かに、今までテレビに出ても記念品だったり、取材を請けても、いいとこ図書券だったのに、本を読んで取材依頼してくれるマスコミの多くは、多少なりともギャラをくれている。・・ちきしょめ。そうだったのかぁ?!昨年の暮れ、出張美容の取材は300社を超えた。十年前、チャッチャって本を書いとけば(・・・只今、暗算中)。今日の教訓寸志も積もれば蔵が建つ?(・・建たねぇって!)
February 10, 2005
コメント(1)
先週から今週にかけ、予定を前倒しにしたり、後ろ倒しにしたりで、関係各位へ多大なるご迷惑をおかけしている。理由は近来稀にみる体調不良・・。歯の痛みとほとんど同時に、連日、40度近い高熱に見舞われてたせいである。昼間は比較的、楽なもんだから、ついつい仕事をしてしまう。すると、夜になると発熱するっていう、なんか性格の悪い風邪である。お医者さんは苦手だけど、致し方なく近所の医院へ行くと、インフルエンザではないとのことで、ちょっと一安心・・・して、又、仕事しちゃうからいけないんだろうなぁ。貧乏暇なしっていうけど、本当にその典型のような僕です。皆様も、くれぐれもお身体ご自愛頂き、お風邪など召しませんように・・。追記 BGMーガラスの小部屋ひろしです・・(僕の本名ね♪)。(財)少林寺拳法連盟の機関紙「Shorinjikempo」の取材を請けたとです。ひろしです・・。子どもの頃、家の近くにあった少林寺道場を”こばやしでら”と、素で読んだとです。ひろしです・・。格闘系は地なだけで、少林寺の様な精神的支柱は微塵も無かですから、申し訳なかとです。ひろしです。ひろしです。ひろしです・・。
February 9, 2005
コメント(0)
歯医者へ通院しはじめて数週間が経過した。初日、レントゲンを撮られ、写真を見ながら先生が言った。「右上の奥歯、もう骨にくっついて無いね。抜いちゃった方がいいんじゃないかなぁ・・」って。たまに疲れたりすると痛むことはあるけど、虫歯になってるわけでもないし、グラグラしてるわけでもないし・・って、はてなマークいっぱいで写真を覗き込むと、仰せの通り、確かにその様である。ここ数週間、仕事絡みで毎夜、酒を呑まなければいけなかったのと、麻酔は効き難いから怖いって理由から、痛くも痒くもない歯を、今わざわざ抜く必要も無い・・って思い、「気持ちの準備ができたら抜いてください」って応えた。「うん解った。子どもの歯を抜くより簡単に抜けるよ、これ」って先生。で、この数週間は欠けてしまった歯や、虫歯になりかけてる歯を、それぞれに治療してもらっていた。その間も、「抜いちゃった方がいい・・」と言われた歯は、何事もなかった・・って言うか、僕的には元気な部類の歯だったというのに・・・。四日前、ホタテのワイン蒸しを食べた時、突然にグラリときたかと思うと、あれよあれよと言う間に”ぐらんぐらん”になっちまった。・・もう、痛いなんてぇもんじゃないの、これが(泣)。致し方なく、今日、歯医者へ駆け込んで抜いてもらった。幸いにも麻酔は一発で効き、”カリッ”って音がしたら、簡単に抜けていた。痛くも痒くもなかった。で、何を書きたかったのか・・と言うと。歯が骨に付いてないという現実(レントゲン写真)を知ってしまったから、僕も歯茎君も、急に気力が萎え、グラグラしちゃったんだろうな・・ってこと♪今日の教訓=知らぬが華
February 8, 2005
コメント(0)
NHKの「ラジオ深夜便」の収録で放送センターへ行ってきた。生放送じゃないんで幾分か気は楽だったけど、小一時間もあれやこれや話すって聞いてから数日間、メチャクチャお腹が痛くなっていた。インタビューとなると、”オバカがバレないようにしないとなぁ・・”なんて、余計なことを考えてしまうからである。・・と、書きながら、ある事実に気づいた。どのようなことかと言うと。僕は取り合えず、固い文章(拙著をはじめ、論文やマニュアル、企画書等々)も、クダラナイ文章でも、”書くことはできる”。でも、”言葉で伝える”・・となると、突然に馬鹿丸出しとなってしまうことである。・・実際、普段の僕の会話パターンを知っている、友人のプロ・ゴルファーなんぞは、拙著を読後、「面白かったですよぉ。誰が書いてくれたんすかぁ?」と大真面目に言いやがったほどである(首絞めてやったけどね♪)。話すと馬鹿丸出しな原因は、どうやらパソコンにある・・ってことに気づいた。って言うのは、僕の場合、不良のくせして何故か子どもの頃から本を読むのは好きだったんで、当時からかなり難しい字でも”読むことは出来た”。けど、書くとなると、小学生レベルなんですこれが・・(泣)。普通は、逆だそうですけど、僕の場合、パソコンを覚えてからの方が、書ける字が格段に増えたくらいだもん(ふん♪)。話は脱線するけど、二十歳の頃、友人の見舞いで病院へ行った際、受付の記帳で「訪問の目的」なる欄があった。”お見舞い”と書こうとしたんだけど、「舞」の字が出てこなかった・・。”確か、こんな字だったよなぁ”と、上の方は書けたけど、下が出てこない。受付に座る女性の「早くしなさいよ、あんた・・」みたいなオーラと、後ろに並ぶ迷惑顔の人のことを考えると、余計に焦って出てこない・・。で、勢いよく書いたのは点が四つだった。そう、その字は「無」。読むことは出来る僕は焦った。”これじゃ、おみない・・じゃねぇか”と。で、尚一層と慌てた僕は、”あれ、こうだったかな?”と独り言をつぶやきながら、「無」の上に草冠を書いてしまった。流石に見たこともない変な字に、自分自身でも呆れ返っていると、受付の女性がプッと吹き出して小声で言った。「ひらがなで良いですよ」って。はじめに言えよ、はじめに・・。情けないにも程があるけど(あっ今は書けますよ今は♪)、要は僕の漢字の書き取り能力はこの程度である。閑話休題パソコンが、僕の平素の会話をオバカにしている・・ってのに、話を戻そう。僕はパソコンで文章を書く時、脈絡があろうが無かろうが、とにかく思うが侭にバシバシと入力してしまう。極端な話、視覚、聴覚で捉えたものをはじめ、その時に自分が感じた”間”や”感覚”の他、下手すりゃ”風の匂い”まで、そりゃあもう好き勝手に入力しちゃう。で、その後にそれぞれの部分を切ったり、入れ替えたりして、一つの文章にする。・・要は、話が彼方此方に飛んでるんである。また、「である調」かと思うと、突然に「ですます調」に変わっていたりなんざぁ、極々、当たり前なんである。お陰様で好評を頂戴している拙著、”髪日和(かもがわ出版)”にしても、初稿は「大丈夫か?俺・・」と、心配になってしまった程のメチャクチャな文章が横たわってたもんなぁ・・。パソコンを使い始めて、かれこれ十二・三年になる。機械モノは苦手なんで、仕事に必要なメールとワードくらいしか使わない。しかし、なんやかやで一日7・8時間はパソコンの前に座っているせいか、完全に文章を書く際の悪癖が、実際の会話に悪影響を与えてしまったんだろう・・・。気づいたなら、早く治せよ、俺・・。ってことで、これからのことを考えると、よく頭を整理しておかないとなぁ・・(汗)。追記NHK「ラジオ深夜便」は、14から15日の深夜O・Aの予定だそうです。よろしかったら是非・・とか自分で書いといて、放送当日は自分が大イビキかいて寝てんだろうなぁ♪
February 7, 2005
コメント(6)
先程、二つ年下だった”友人”の訃報が舞い込んだ。「喜んでくれるのが嬉しいから」・・と、機械が苦手な僕に代わって、パソコン環境を整えてくれていた奴だった。つい先週の新年会にも一番乗りしては、あれやこれやと勝手に気をまわし、準備まで手伝ってくれるような奴だった。僕の友人が彼の上司だったが、その彼の目の前でも、平気な顔で辛辣なことを言ってのける奴だった。でも、僕も友人も、この男の不器用な素直さが好きだった。彼と最後に会ったのと同じ日に、お客様の一人が持ってくれた花は、今も香りを発して店内を飾ってくれている。花でさえこれだけ元気だというのに、もう彼の元気な顔を見ることは出来ないなんて信じられない。「また、来週、顔出しますね」新年会の帰り際、いつものように笑って言っていた。約束は守れよ。馬鹿野郎が・・・
February 3, 2005
コメント(4)
って、どこで大好評なのか知らないけど、久しぶりに書き込むというのに、今日もウンチ・ネタです(キッパリ)。時は1973年、我が家のトイレが水洗になる直前だった。要は汲み取り式ってことね。今にして思えば、実に中途半端な造りの和式便所だった。とりあえず話の流れ上、その構造から説明しましょう。まず入り口は、入る時は”引く”ドア式だった。で、中に入ると、すぐ真下にイグサで出来たスリッパが、「僕、こんな材質で出来てますけど、一応はスリッパですから」と、遠慮がちな主張をして鎮座ましていた。でもって、その少し先に二十センチほどの段差があり、「私って肌もつるつるだし、色白でしょう?」と言った、意味のないアピールをする和式便器があった。ちなみに”薄すぎて心もとない”という祖母の考えから、トイレット・ペーパーなる代物は我が家には存在せず、孟宗竹で造られた篭の中に、「汲み取りトイレに合わせて、この色なんです」とでも言いた気な、どこか薄汚れた色のゴワゴワの”ちり紙(ちりし)”が置かれていた。正面には、目の少し下あたりに”ツカミ棒”があり、その上部には、たまに裏のオジサンと目が合ってしまう間持ちの悪い窓があった。足下にも小窓は合ったけど、流石にこの窓で人と目が合うことはなかった。当時の僕は、多くの人に嫌われる気合のはいった不良ながらも、何か気になることがあると、すぐにお腹を壊してしまうという神経質な一面をもっていた(今も変わらないけど)。”その日”も、ちょっとヤバイ問題を抱えており、れいによってお腹が痛くなっていた。で、イソイソとトイレのドアを開き中へ駆け込んだのだが、間の悪いことに、前述したイグサで出来たスリッパは、前の日に、家に来ていたイクちゃんの博打仲間の誰かが、乱暴に踏んづけて小用をしたせいか、その日に限ってペッタンコに潰れてた。”スリッパを履かないのはばばっちいい。焦ることはない、ここまで来てるんだから、お漏らしする筈は無い”と考え、迫り来る便意と一生懸命に闘いながら、両足の親指で小器用にイグサのスリッパに足を入れた。が、この余計な作業が、後になって悔やまれるとは、その時の僕は予想だにしなかった。スリッパを履いた僕は、今まさに出ようとする物体と闘いながら、二十センチほどの段に上がると、落ち着いてズボンとパンツを下ろし、便器を跨いだ。と、その時、視野の片隅に半開きのドアが飛び込んできた。どうやらスリッパを履くことに意識が集中し、ドアを閉め忘れたらしい。イクちゃんも不在なのだから、誰に見られる心配もないのだが、そこは流石に恥ずかしがり屋の僕。ドアを開けたままでウンチするのは格好悪い・・と思ってしまった。既に準備万端は整っているのだからと、お腹に力をいれる前に、しゃがんだままの姿勢で暫し考えた。”後ろ向きだけど、ちょっとだけ身体をひねり、手を伸ばせば取っ手に届くかも。手が届いたら、そのまま引っ張れば、ドアは閉まるんじゃなかろうか?”・・・と。思い立ったら即行動の僕は、身体を不自然にひねり左手を伸ばした。思いのほか取っ手は簡単に掴めた。しかし、僕の身体の傾斜角度は、既に限界を超えていた。体重が付加したせいで、身体は取っ手を握り締めたまま、開いていくドアにどんどんと引っ張られた。すぐに取っ手を放せばよかったものを、何故か必死に握り締めてしまったオバカな僕は、あれよあれよ・・と言う間に、自然に開いてしまうドアに引っ張られて両足が伸び始めてきた。必然的についつい腹へ余計な力が入ってしまった。・・数秒後、取っ手を握り締めたまま、段差から引きづりおろされ、惨めに横たわる僕は、両足の間に信じられないモノを目にした。見事なほどに勢いよく、アンド、切れることなく、一気に出てしまったウンチ君である。お尻の動きにあわせたことが一目瞭然の体で、便器の淵から湧き出るように、ドアへ向かって柔らかな線で描かれた、およそ四十センチはあろう見事なほどの、いわゆる”一本糞”である。・・何処もかしこも洋式便所となった今、あれほど長く、あれほど美しいラインの一本糞は、二度と目にすることはないだろう(・・郷愁の眼差しで)。
February 1, 2005
コメント(0)
全14件 (14件中 1-14件目)
1