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人生は如何に自己を確立していくかが肝心。確立された自己というものは、自分の人生を、あらゆる局面において支えることになるのですから。「そんなことを言ったって、自己を確立するなんて難しい」なんて言葉も聞きますが、そんなことはありません。私など、この歳になっても、いまだに未熟さ満々です。で、人は誰しも、現時点で既に自己というもので人生上に立っている。自己を確立するというのは、刀鍛冶が火床で熱した鉄の塊を、長さ、幅、厚さを整えながら鉄槌で打ち延ばしていく作業にほかならないのです。大槌も小槌も使い分けながら個人の想う方向へと形を持っていく。その過程にあれば、何時だって、その時々においては人生に立脚しているということになります。想う形にならなければ、また打ち直す。それは何度でも繰り返すことが可能なわけです。もし自己確立を先に進めることができないとすれば、それは火を止めた時。炎なければ、形は美しくも強靭にも仕上がることはないということ。即ち、火を熾し加熱させ、素延状態から想う形へと変化させていくことは、自己確立されていことと同じで、想い(炎を燃やす)を途絶えさすのも継続させるのも、主導権は個人の手許にあるということなのです。想いを込め、意志を持って鉄槌を打ち下ろす作業は、人生上における場面場面の「自己確立への打ち下ろし行為」とも言えるのではないでしょうか。トントンと打ち続ける行為は、やがて、自身のみ知れど心の支えとなり、後方にはしっかりと人生わだちが残っていることでしょう。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2013年07月25日
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世において、倫理観というものが益々広く薄らいでいっているような印象を受けます。魂のレベル差によってなかなか噛み合わないのは、個人も国家も同じ。しかしながら、これ程自己利優先が蔓延している日本をかって見なかったような気がします。善悪、良心の判断基準の針を真ん中にして、雪崩れ込む様に自己利に傾いたグレーゾーンを平気で生きている。ドラマや小説の中では、物事、そして人の是非が生きて、正しきことと善人は成立しても、現実はグレー的多勢の中に飲まれている様相を呈しています。人間には、表面を取り繕いながらの、冗舌と立ち回りの巧さの奥に潜む、狡猾さもしたたかさも多々あるわけです。正にあの「半沢直樹」的世界は何処にも存在しているわけです。人としての信頼は、やはり、良心に照らしたその人の善悪の判断基準がどうであるかを観るべきでしょう。心の大切な部分が観れる人は、その、人のずるさに憤りを抱き悶々とした感情に囚われもするのですが、人の心根というものはなかなか変わるものでもありません。又、同様の類似魂が集まる場では尚居心地悪くなるわけです。しかしながら周りが如何なる状況にあっても、自分の心の羅針盤の針は正しく触れるようでなければなりません。仕事も人との交わりも、美味い酒の席も、魂が落ち着く場所の選択が大切です。例え小さくとも、良心の総和に希望を繋ぐことです。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2013年07月24日
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人間というのは愚かさと賢明さを持つ生き物だ。性善に立てば奢りとなり、性悪に立てば何も始まらない。さて人間は、長い歴史の中でどれほど進歩してきたのだろう。少なくともその精神においてはおよそ進歩などみられない。そもそも、たかだか七、八十年の人の生命では限りがある。しかるに此の地球と人間の存在は、修行をテーマとした場であるからして、理想の楽園は目指す所であり、人それぞれに与えられたこの世におけるその過程が意味あるものだから、課題がなくなれば地球そのものも不要となるかもしれない。ある時期ある場所にて、人間は、生と問題を共有してその時代を生きている。日常における、ほんの些細に見える小さな幸せこそが、本来気づかなければならない人類史上不変の要点だろうと考える。個人も国家も、自己利と保身の狭量世界が蔓延。国家が国家の体をなさず、世のリーダー、責任者の心など、市井の人よりはるか劣るのが現実だ。物質的金銭的財の多寡や肩書きも地位も、人の資質とは正比例しないのは今更でもない。地球誕生46億年前。恐竜時代1億万年前恐竜絶滅、霊長類誕生6550万年前700~600万年前、最古の人類化石370~100万年前、最初の人類約50万年前、北京原人約40万年前、マンンモス誕生約23万年前、ネンデルタール人出現約14万年前、氷河期現代人の共通祖先の分岐年代は14万3000年前±1万8000年。7万年前、ヒトが衣服を着る紀元前3000年(5000年前)、古代エジプト文明、メソポタミア文明など文明出現同時に人為による環境破壊が少しずつ表面化。紀元前後 古代ローマ、漢などの古代帝国が出現。18世紀後半 - ヨーロッパで産業革命が起こり、エネルギーの大量消費時代がはじまる。縄文時代、約12000前ー約紀元前三世紀。弥生時代の終わり、約三世紀。平安時代、794-1985戦国時代、1493-1573江戸時代、1603-1868第一次世界大戦、1914-1918第二次世界大戦、1939-19451945年8月6日広島、人類最初の核使用。2011年3月11日、東北沖地震。原子炉破壊、収束目処と汚染影響の範囲未だ分からず。使用済み核燃料を地下300M以上の地層に埋めていきながら、その核が安全となるのは10万年かかるとも100万年とも言われている。生ゴミは堆肥になっても、当面を隠す核にやがて地球は喘ぎながら満杯の汚泥土と化す。様々な場面で目にする核に対する責任者達の言葉は実に嘆かわしい。今の責任者達が二十年後三十年後に生きているとは限らない。少子化のなかで、この問題解決の専門家も育てなければならない。労働人口の減少、国防の問題は。大変さの中に、大きな問題を子孫に残すことに及ばない想像力の貧困さ。地球も永遠ではない。いつか消滅する。自然消滅ならその始まりとともに受け入れられるだろうが、自らそれを早めてはいけないのだ。使用済み核が安全となるのが10万年から100万年。現代人の出現10万年前・・遠い先のこと。たいしたことないか・・てなことにはならないのだ!事の起こりが10万年先ではなく、日々積み増される問題と、その問題の一部が収束をみるだろう歳月に10万年も要するのだ。今だけ、自分だけ、自分の国だけ、でいいのか。何も持たない、他人を侵害しない、未開の地に裸で生きる人。貴方達の笑顔の方が、よほど、天より愛される人間なのだ。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2013年07月21日
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2013年07月18日
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先日TV番組で、『運命は自分の性格の中にある』という芥川龍之介の言葉を聞き、その翌日には、先般、アメリカで十年も監禁されていた女性のコメントを聞いた。『私は、事件に左右されない』『人生の主導権は私が持つ』感動すると共に勇気づけられる言葉ではないか。運命は、誰の所為でもない。性格(運命)も又、想念によって如何様にも導かれるのだ。誰の所為でもない。ましてや、悠久を行く魂にあって、先人がどうあれ、主は、此の世における自分なのだ。誰の所為でもない。運命というものは、何時だって我の手の中にあるのだ。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2013年07月14日
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A⇔B⇔C⇔Aという関係があって、AからしてBはとても苦手意識があり、Aから見るCに、バリアーになるものはなにもない。Aが苦手とするBは、Aを眼下に置く程度にあしらうことができたとして、Aが意に介さないCに対して、思いの外苦手意識をもって、どうかすればCにへつらう様な態度を見せることもある。人間は、この様な、微妙に合う合わない関係の中に生きています。時としてトラウマ的苦手意識のスパイラルの中に身を置いて悶々としたりするものですが、この相関をよく観てみると、苦手、苦手でない関係の中に、人間関係の根を読み解けたりします。しかしながら、この関係に心を疲弊させるより、踵を返し心を他所に向けてみましょう。AやBやCの関係とは別の所に、DやEやFも存在してることが分かるでしょう。負のスパイラルに心を終始させないこと。負のスパイラルもある代わりに正の場所もあるということ。その違いを見極めることができるかどうか。その人自身の心に因ります。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2013年07月04日
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人の若さとは何でしょう。言葉もどかしく、動作に緩慢な、明らかに年齢的に老いていく外見的に捉えられることとは別に、その瞳の奥底にある心の部分までが老いているとは限らないのです。思い出は今も瑞々しく満々として、野山を駆け巡らせることができているかもしれせん。物に満たされずとも、童謡に馴染み、その場面が容易に浮かぶ自然に育まれた心は、年老いてもなお養分として、その精神を支え続けることができるかもしれない。片や、溢れる利便性のなかに、過ぎた合理性と育まれぬ感動に精神までデジタル化した中を生きれば、やがて年老いた時、その心に何が財産として残り、我を支えることができるでしょう。真の若さとは、純粋さを持ち、枯渇しない好奇心と感性を持ち続けられること。年齢重ねてもいまだはつらつとしている人もあれば、若くして既に何ら魅力を持たない老人化した人もいます。魅力ある人とは、物も権威も外に着飾る人でなく、内に豊潤な心のオアシスを持つ人。ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2013年07月02日
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先週、そして今週も天気悪そうです。そんな中、昨日は束の間晴れ間が広がりました。やはりスカッとした光景がいいですね。それにしても昨日の「八重の桜」。悲劇ですね。やっぱり戦はいかん。長州人として会津の先人達にお詫びを。やっぱり武士の妻はいい。女性は、凛とした武士の妻的がいいな。(^^)ランキング参加中です。清き一票をポチッと宜しくお願いいたします。2011.3.11(金)14:46
2013年07月01日
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