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2026年9月24日(木)シルバーウィークも終わって、久々の平日です。図書館から、予約の本が届いたという連絡がありました。先日BSで放送された、映画「にあんちゃん」を観て、どうしても原作を再読したくって予約しました。確か私が12歳か13歳くらいの時に、原作を読んだ記憶があります。原作は小学校3年生の少女が書いた日記ですから、むつかしい本ではありません。映画に描かれていたように、幼くして両親を亡くした4人の兄弟姉妹が、貧しくても懸命に生きていく姿に心揺さぶられるものがありました。豊かにはなったけれど、今の日本人が忘れている何かがこの本には書かれている気がして、どうしても読みたくなりました。図書館の帰り、バスを待つ間にちょっとだけ読んだ前書きに、どうしてこの本が世に出たのかといういきさつが書いてありました。わずか5ページの前書きでしたから、すぐに読めちゃっいました。昭和33年(1958)記とある文章は、原作者安本末子の長兄喜一の手になるものでした。昭和32年6月28日、喜一青年は肋膜を侵され病床の身となります。両親亡きあと、一家の大黒柱の自分が倒れてしまって、明日からの生活にひびく深刻な事態になりました。気が滅入るままに来し方を際限なく思い、昔の日記を引っ張り出して読んでいると、いろんな記憶がよみがえり弱った自分の心を慰めてくれ、何度も何度も読み返すようになります。で、なんでこうも繰り返し読めるのかと、いくら自分の妹の日記だからと言って二カ月もの間繰り返し読めるのだろうと喜一青年は考えます。この日記を読んで「これは、単なる日記ではない。この考え方の率直さ。感じ方のすなおさ。考え方の純真さ。誰が読んでも自分と同じに感じる共感だ」と思うようになります。妹の末子は、今までに作文コンクールに入選したこともないのに、「これは自分一人で読んでいるべき日記ではなく、できるだけ多くの人に読んでもらわねばならないものだ」と考えるようになります。末子には強く反対されたけれど、全日記帳17冊をひとまとめにし、昭和32年12月光文社出版局宛に送付します。ああ、そうだったのか!!そういういきさつから、この日記が世に出ることになったのね。私は、綴り方教室で賞でもいたただいて世に出たのだとばかり思っていました。病床の長兄が読んで感動し、出版社に送ったのでした。え??でもこの文庫、角川文庫。光文社のものではありません。ネットで検索。光文社は、東京都文京区音羽に本社を置く総合出版社。講談社を中心とした音羽グループに属すると、あります。出版界の巨人ですね。一方角川文庫は、株式会社KADOKAWAグループ。出版・映像・などのこちらも出版会の巨人。調べていくともう一つ、一ツ橋グループという出版界の巨人が。小学館・集英社などを中核とする千代田区一ツ橋に所在する出版会社を中核とするグループがあり、この「音羽グループ」「KADOKAWAグループ」「一ツ橋グループ」が、日本の出版界の代表的なグループ会社なんですって。で、なんで光文社から出版されたものが角川文庫から再出版されているのかという謎なんですが・・・。おくづけに、「本書は、昭和33(1958)年、カッパブックス(光文社刊)として、また平成15(2003)年、単行本(西日本新聞社刊)として刊行されたものを基に文庫本にいたしました」とありました。でも、これだけではまだわからない。と、Yahoo!の知恵袋にこんな回答がありました。一つの作品が、必ずしも1社独占とは限らないという前提があり、特別に契約を行った場合以外は複数の出版社からの刊行は可能です。単行本と文庫では個々に刊行の契約を行うことがある。ですって。特に著作権切れ(著者の死後70年)の時は、自由に出版できるんですって。「にあんちゃん」は、まだ著作権切れではないけれど、文庫出版にあたっての契約は角川文庫としたということなのね。納得いたしました。話は逸れましたが、今すぐに読み始めたい「にあんちゃん」ですが、実は長編を読んでいてあと数日それにかかりきりになる予定。ここはぐっと我慢して、先にその長編を読み終えましょう。そのあとに、ゆっくり読むつもりです「にあんちゃん」
2026年09月25日
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2020年12月24日(木)クリスマスイブ。子供たちがそれぞれの家庭を持ち、コロナで街に出ることもない老夫婦には、いつもと変わらない日です。夫が、家中の窓をきれいにしてくれています。私は、換気扇の掃除をすることにします。いつも苦労するシロッコファン。今回は生協で、シロッコファン専用の浸け置き洗い洗剤を買っておきました。外したファンを、洗剤を溶かしたお湯の中に2時間ほど浸しておきます。その間に換気扇や吊り下げ棚、キッチンの扉などをきれいにしました。そして、お湯をたっぷり沸かしておきました。シロッコファンを浸けておいたお湯は、油が浮いてきて茶色になっています。でも全部溶けだしているわけではないので、いつものように古歯ブラシなどを使って羽の1枚1枚をこすり洗いをしていきます。熱湯に取り換え、またこすり洗い。外気で乾燥させ、乾いたところでファン用のスクレバーで固まっている油汚れをこそげ落としていきました。大変なのは、組み立て。ガス台の上に乗って、体をくの字にしてファンを取り付けていきます。これが一番苦手。一度ではできないのよね。でもどうやらこうやら組み立てられて、もう体力の限界。ホットカーペットの温度を上げ、国産レモンの砂糖漬けでホットレモネードを作って休憩。後は録画したものを見ながら、編み物。岩合光昭さんの世界ネコ歩き、「京都 美山の義経」を見ました。京都府南丹市にある美山。美しい里山の光景と、かやぶき屋根の集落が続きます。かやぶき屋根の主は、90歳のおじいさん。その飼い猫は、白い毛に茶のぶちの雄猫「義経」。2016年の撮影ですが、その時点でおじいさんに拾われて5年経っている義経です。拾われたときは引き目の美猫で、おじいさんは「義経」って名前を付けたんだそうです。今はどうどうたる体躯の、立派な雄猫になっています。田の周り、川を渡る沈下橋、どこにでもおじいさんの前には義経が歩いていて、時折振り返っておじいさんがいるか確かめる義経。おじいさんにとって義経は特別の存在。いつもその存在を確認せずにはいられません。縁側の自分の座布団を義経に占領されても、優しい目で見ています。ある日お腹の大きな雌猫が現れ、3匹の仔猫を生んで死んでしまいます。義経の子育てが始まりました。おっぱいをまさぐる仔猫。雄猫なのでおっぱいは出ないけれど、優しく体を舐めていとおしみます。それまでおじいさんと一緒に行っていた散歩も、仔猫が気になって出かけられなくなる義経。母性が生まれてしまった義経と、母猫に甘えるように義経と触れ合う子猫たち。京都市内の花街の猫ちゃん達も紹介されて、猫好きにはたまらない映像でした。あのおじいさんは、今もお元気でいらっしゃるのでしょうか。義経も、元気で過ごしているのでしょうか。その後がとっても気になる映像でした。行ってみたいな、かやぶき屋根の連なる南丹市。
2020年12月25日
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2026年9月10日(木)その2「大英博物館 日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」展、いよいよ入場です。入り口で、このパンフレットを手に入れました。A4用紙8ページに、隙間なくびっしりと細かい字で印刷された出品目録。いろんな展覧会に参加しましたが、このボリュームの目録は初めてです。「プロローグ 大英博物館と『日本』をつないだ貢献者たち」大きな壺や蒔絵などの工芸品とともに、日本絵画や美術品を大英博物館へとつないだ功労者4人の名前と功績の展示です。なにせ大英博物館、日本美術に関するものだけで1万点もの収蔵品を持つんですって!!!!第1章は、「花開く江戸絵画」江戸時代以前・江戸時代前期・江戸時代中期から後期、そして明治へと、時代ごとに浮世への変遷が見て取れるように展示がしてありました。中には、模本ではありますが「法隆寺金堂壁画 桜井香雲作」の展示が!!!ご存じのように、1949年(昭和24年)1月26日法隆寺は炎上しました。原因は不明です。ですがこの時、金堂の壁画が燃え尽きました。ところが、1880年、桜井香雲が模写していた絵が、大英博物館に渡っていたのです。はじめての里帰り展示。ふくよかな仏様の図。往時の金堂壁画に、かすかに思いを馳せられる模写図です。この図は、彬子女王殿下により発見された宝物だそうです。パンフレットから、お借りしました。そのパンフレット。明日に続きます。
2026年09月12日
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2022年11月5日(土)いつもは金曜日だけのお手伝いですが、今日も「いのちのミュージアム」へまいります。最寄りのバス停を降りて、団地の中の道を進むと、銀杏が見事に黄色くなっておりました。昨日の朝と、色が全然違うんです。今朝の冷え込みが、一気に色づかせたのね。それににおい!!昨日はにおわなかったのに、今日は落ちた銀杏のにおいがかなりします。「いのちのミュージアム」のあるのは、東京都日野市にある廃校になった「百草台(もぐさだい)小学校」を利用した、コミュニティセンターの3階。4階まであり、いろんなグループが利用しています。でも残念ながらこの12月で、防災上の理由から建物利用ができなくなります。そこで、元百草台小学校へのお別れ会が開催されることとなりました。特にこの小学校を卒業した方々が、集まってこられるようです。お昼少し前から、校庭にはキッチンカーが並びはじめ、テーブルやいすが用意されています。人も増えてきました。ブラスバンドの演奏も始まり居ました。校内には、いろんなワークショップが用意されていますので、子供連れの親子などが中に入ってきてくれます。その多くが3階まで。ミュージアムではお子様のために、「絵本作り」を準備して、さらにお土産も用意しました。「絵本作り」のコーナーでは、鈴木共子さんが描いた小さな絵本に、自分で色を付け絵を足し、世界で1冊だけの絵本を作ります。幼い子供たちも夢中になって色を塗っています。さらに多くの方々が「生命のメッセージ展」の常設展示場まで足を運んでくださり、メッセンジャーと向き合ってくださいました。まだ20代と思われる若い夫婦と4歳ぐらいの男の子の家族。「ここって、何の教室だったかしら?」などと会話しています。「百草台小学校の卒業生さんですか?」って声をかけると、ニッコリ笑顔で「はい、そうです」ってお返事。若いご夫婦、幼いメッセンジャーの前で立ち止まって、一人一人の胸に掲げられた文章を食い入るように読んでいました。亡くなった子への思いが描かれた文章、我がことのように感じられたことでしょう。子供たちには、「りょう子さんのぬいぐるみ」を、プレゼントしました。テーブルの上の愛らしいいぬいぐるみたちを前に、どの子を選ぼうか目移りしてしまう子供たちの姿が、とっても愛らしい。「お名前を付けて、大事にしてあげてね」って伝えると、さっそく名前を付ける子も。13時30分、アナウンスがあり皆さんいったん校庭へ。今日は参加者の方々に、百草台小学校の思い出を作っていただきます。それがこちら。色とりどりの色紙をもって、ハート型になりました。「50年間 ありがとう」の文字も。皆さんが色紙を持ち始めたとき、急いで屋上に上がって撮った写真です。どうしてもフェンスの網が入ってしまって、それが残念。15時、退室。校庭に出てミュージアムの窓を見ると、「ありがとう 百草台小学校」の文字。共子さんのアイディアね。この場所を失うのは、ミュージアムにとって大きな痛手です。よき引っ越し先が、見つかりますように。
2022年11月06日
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2026年9月10日(木)その1東京都美術館開館100周年記念、とっても力の入った展覧会が開催されています。「大英博物館 日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」絶対に混むと思ったので、雨が降り続く木曜日を狙ったんですが・・・。上野公園入口。たくさんの高所作業車が、植木の手入れ中。10台ぐらいいましたよ。上野公園の簡単な案内図。東京国立博物館の手前、上野動物園の隣に東京都美術館はあります。上野駅から向かう途中にも、上野の森美術館・国立西洋美術館・国立科学博物館など、見どころがいっぱいです。東京都美術館入り口です。大きな看板。門を入ったところにある、オブジェ。井上武吉作 「my sky hole 85-2 光と影」 1985年制作ですって。到着したのは、ちょうど開館する9時半。エスカレーターに乗って地下の入り口に。チケット売り場は、すでに長い列がうねうねと。20分ほど待ってようやくチケットを手に入れました。一般2300円。私はシルバー料金で、1600円!でもまたそこから入場の列に並んでさらに30分!!!受付の方のお勧めに従って、リュックをコインロッカーに預けました。ロッカー料金は、荷物を取り出すときに返却されます。会場内に入ったっら、まずトイレ。混雑で、途中でトイレに行けない事態になるかもしれませんから。次に音声ガイドのレンタル、700円。さあ、これですべての準備が整いました。いざ参戦です。
2026年09月11日
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2020年6月18日(木)梅雨らしい雨が、午後から降ってきました。私はひたすら編み針を動かしながら、ドラマを観ております。今から25年も前に製作された、「愛してくれと言ってくれ」。脚本は北川悦吏子さん。耳の聞こえない画家晃次は、豊川悦司さん。女優の卵の劇団員紘子は、常盤貴子さん。今回は再放送の3回目で、第7話から第9話までの放送でした。6月14日に放送され、録画しておいたものを観ました。今回の放送で最も心に残ったシーンが、東京駅で晃次が手話で母親に語り掛ける場面。母親は晃次が10歳の時、晃次と父親を捨てて男と逃げてしまったのです。ですから母親には、複雑な感情を持っている晃次です。母親(吉行和子さん)は、画家として晃次が取り上げられた雑誌を見て、上京しました。でも捨ててきた息子に会うことはできずにいるときに、紘子と知り合います。息子に会えないまま新幹線で帰るというその時、紘子が機転を利かせて残したメモを見て晃次がホームに駆け上ってきます。すでに母親は新幹線の中。ドアは閉まっていて、もう発車寸前です。晃次は、手話で母親に伝えます。「生んでくれてありがとう。10歳まで育ててくれてありがとう」新幹線は動き始めます。晃次は、母親の乗っている車両を走って追いかけ、「狐」の形を作って母に見せます。7歳で病気で聴力を失った晃次は、最初は手話を覚えようとしませんでした。その息子に懸命に手話を教えた母親、最初に晃次が覚えたのが「狐」の手話。影絵をするときに、狐の形を作りますよね。あれが、手話で「狐」を表しているんですって。母親の乗っている新幹線に向かって、晃次はすごいスピードで走りながら手話をします。背の高い豊川悦司さんなので、走る場面がものすごい迫力で美しい!!!肩までかかる髪が後ろに流れ、着ている白の木綿の服が風に揺れるそのシーンの美しさ!!日本のドラマ史上に残る名場面、だと私は思うのですが・・・・。でもこのシーンには裏話があるんです。ドラマの始まる前、豊川悦司さんと常盤貴子さんが印象に残るシーンのことを話していて、この場面が出てきました。実はスタッフの手違いで、母親が座るはずの席が買えなかったんですって。で、そこには見知らぬおじさんが座っていて、その方の了解を得て撮影をしたのですが、晃次役のトヨエツは見知らぬおじさんに向かって演技したんですって。走って母親のいる窓に向かってする「狐」の手話。それは、見知らぬおじさんに向かってしていたというんです!!ドラマは、母親役の吉行和子さんとの手話での会話の感動的なシーンがあり、その後に新幹線と並走しながらする手話のシーンがありますので、まさか見知らぬおじさんに向かっての手話だったとは思えますん。何とも俳優というものはすごいものだと、感動を通り越して呆れてしまうほどです。どの場面もどの場面も、トヨエツの男の色気と美しさが溢れこぼれていて、72歳のおばあさんはメロメロなのです。
2020年06月19日
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2023年9月23日(土・祝)映画「ミステリと言う勿れ」のロケ地となった、岡山県倉敷市にある旧野崎家住宅。そのホームページで、2023年4月に放送されたNHKのドラマ「犬神家の一族」でも撮影舞台になっていることを知りました。では、ドラマではどのように旧野崎家住宅は登場するのでしょうか。とっても気になっていました。BS放送の録画一覧の中に、なんと9月8日に再放送された「犬神家の一族」があるではありませんか!!やったね!!!!前後編、各90分という大作。編み物をしながら、一気に観ました。一気に観てしまえるほど、おもしろかったのです。金田一耕助役は、吉岡秀隆さん。松子役は、大竹しのぶさん。この作品の内容については触れませんが、ロケ地がすごく良かった。まず、旧野崎家住宅。塩業で財を成した野崎武左衛門が建てた広大な屋敷、このドラマではどう使われているのでしょう。山を背にする、大きな建物が何棟も連なり、道路から建物に入るところには大きな門、そして大名屋敷のような玄関。この玄関あたりと座敷が、撮影に使われたようです。さらに映画「ミステリと言う勿れ」と共通する場面も。裏山に面する細い通路を歩いていると、上から植木鉢が落ちてくるというのが映画。同じ場所で、レンガが落ちてくるというのがドラマ。この場面の撮影はドラマの方が先であったようなので、意識して映画が同じシチュエーションを使ったものと思われます。映画の中には、「犬神家の一族みたいだ」なんてセリフもありましたもの。脚本家のお遊び、なのかもね。印象的だったのが、この長い屋根付きの廊下。吉備津神社さんだそうです。なんと桃太郎伝説にも関係している神社さんだそうで、「鬼の城」もあるんですって。写真は、吉備津神社さんのホームページからお借りしたものです。本殿と拝殿は、国宝だそうです。行ってみたい!!!!!というわけで、横溝正史の原作は長野県ですが、撮影はもっぱら岡山県で行われたようです。でも原作の雰囲気を色濃く伝えたドラマになりましたので、ロケ地を選ばれたスタッフの力量に拍手です。
2023年09月24日
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2026年9月23日(水・祝)ようやく晴れたと思ったら、今朝は雨。晴れ間は1日だけでした。昨日26日連続の雨と書きましたが、今日ニュースを聞いていたら28日連続だったって!!!!お昼前頃からネットが繋がらなくなってしまいました。パソコンを再起動してもダメ。モデムを抜き差ししてもダメ。ということで、J:COMに電話をしてみました。すると「只今天候のせいでネットとテレビがつながり難くなっております。回復工事中です。今しばらくお待ちください」ってアナウンスが。で、電話は、待てど暮らせどつながりませんでした。あらま❗こんなこと初めて❗我が家の近辺は、多摩川に新しい橋がかかってから難視聴地域になり、ケーブルテレビでの視聴になりました。もう何十年も前からですが。テレビの画面が幾重にも重なって、それは見づらい環境になっちゃったんです。で、我が家はテレビ・電話・ネットをセットでJ:COMにお世話になっています。スマホでネットニュースを見たら、なんとJ:COMの通信障害がニュースになっていました。2026 年 9 月 23 日(水)午前中から、J:COM(JCOM 株式会社)が提供するインターネット接続サービス「J:COM NET」において、全国規模の通信障害が発生しています。2026 年 9 月 23 日 10 時 30 分現在、J:COM NET のインターネット接続がご利用できない状況が発生していると、J:COM サポートが X(旧 Twitter)で告知しています。 また、各種サポートやカスタマーセンターへのお問い合わせも、障害の影響で繋がりにくい状況が続いているとされています。ですって。なんと私が住んでいる地域だけではなく、全国規模の障害発生だったんですね。で、一晩明けて24日。恐る恐るネットに入ってみたら、あら繋がった!!!ということでブログを書いています。原因は不明らしいのですが、もう二度とこんな故障はありませんように。
2026年09月24日
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2014年6月27日(金)洗濯はしたのですが、空は曇り空。乾いてくれるでしょうか?今日は、梅酢味噌と梅酒に挑戦しようと思っています。レシピを調べておいたので、まず梅のあく抜きをすることにしました。と言ってもきれいに洗った梅を、2時間ほど水に漬けておくだけです。あく抜きの間に、梅酒用瓶と氷砂糖とホワイトリカーを買いに行きます。なんとラッキーなことに、ご近所のストアーがそれらを格安価格で売り出したんです。それも今日から!無事調達して、梅を水から引き揚げ、一粒一粒丁寧に水を拭き取ります。梅酒瓶は洗って、熱湯を少しだけ入れて回して消毒。瓶の水分も良く拭き取りました。氷砂糖とホワイトリカーを入れるだけの、簡単梅酒。さて初めての挑戦は、梅酢味噌つくり。レシピによれば、砂糖・味噌・梅は1:1:1の分量ということでしたので、それぞれ300グラムで作りました。味噌と砂糖はあらかじめ混ぜてなじませておくとよいと、調べたレシピに書いてありますので、ボールで練り混ぜておきました。最初に梅を少し瓶に入れ、その次に砂糖を練り入れた味噌、さらに梅、その上に味噌と段々に漬け込みました。この梅酢味噌、冷奴にかけてもドレッシングにしてもおいしいのだそうです。出来上がるのが楽しみ!!で、もう一つおまけが先日漬けたらっきょうの写真。まだ娘宅にいたとき、生協から泥らっきょうが届いていたので、滞在時間2時間で漬けたものです。2キログラムの泥らっきょうを、洗って皮をむいて二つの瓶に着けました。らっきょう酢は、それぞれ別の食品会社のを使いましたので、出来上がった時の食べ比べが楽しみ!
2014年06月27日
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2015年1月4日(日)旦那さんは、休日出勤です。一人残った私の今日の仕事は、正月で使ったお重や食器などの後片付け。また来年も活躍してもらえるように、丁寧に洗って水分を乾かせ、布で拭いて収納しました。酢の物も全部食べていただけたので、漬けこんでおいた瓶なども片付けました。静岡の友人から、電話がかかってきました。彼女は、父親が亡くなったからと「年賀欠礼」の葉書を11月に送ってきていましたので、正月に入ってから普通の葉書にお悔やみの言葉と、また泊まりに来てくださいと書いて出しておいたのです。年賀はがきの届かない喪中の正月は、とても寂しいものです。私も父を亡くしたときにそれを感じましたので、せめてもの慰みになればと。それがうれしかったようで、彼女から元気な声で電話が。お父様は大変高齢でいらしたし、入退院を繰り返していたので覚悟はしていたとのこと。それでもいなくなられると、ぽっかり心に穴が開いたようと言っていました。彼女は徳山英明さんの大ファンで、彼のライブが関東で開かれるときには我が家に宿泊します。きっと近日中に、「泊めてね」と連絡があることでしょう。結婚式にも招待された息子君、今は新宿の大きなお店を任されているようです。名前を聞けばだれもが知っている、大手ファッション店です。これもまた、うれしいニュースでした。夜、旦那さんと観たのはNHKの「ドキュメント72時間 年末スペシャル」。2014年に放送された作品の、視聴者が選んだ上位10作品の一挙放送です。5時間にも及ぶので、小分けで観ています。人々が行き交う街角。そこに足をとめ、通りすがりの人に目を向けてみる。カメラを据えて3日間、72時間。同じ空の下、同じ時代に、たまたま行き合わせた私たち。みんな、どんな事情を抱え、どこへ行くの?― ドキュメント72時間想像をはるかに超える、多様で生き生きとした、人々の「いま」が見えてくる。 ********NHKホームページより********「260人の巨大シェアハウス」短期の仕事や留学で日本にやってきた外国人。アーチストを目指す人…。目指す道は、みなバラバラ。共有スペースでは深夜になると他人どうし互いの悩みに耳を傾ける光景がみられる。さまざまな人生が隣り合わせる巨大シェアハウス。人は、他人に干渉はされたくはない。でもまったく一人では、寂しすぎる。そんなわがままを満たしてくれるのが、シェアハウスというものなのかなあ。「恐山 死者たちの場所」亡くした娘のため毎年訪ねてくる夫婦、ご朱印目当ての“霊場ガール”。岩場が続く独特の雰囲気に、突然亡き人の名前を叫ぶ人も…。訪れる人すべてを巻き込み、不思議な気持ちにさせるパワースポット。その異様な岩の連なる姿に、ここは現実の世界かと疑うほどの不思議な場所、恐山。死者への思いがマックスに込み上げ、思わず涙する人々。ここには死者の魂がまだとどまっているのかもしれないと、思ってしまうほど。「オン・ザ・ロード 国道16号の“幸福論”」横須賀~町田~八王子~春日部と、関東郊外をつなぐ「国道16号線」。大型ショッピングモールやチェーン店ばかり続く街並みは「現代日本を象徴する風景」と注目を集めている。番組は、250キロ続く環状道路を3日間かけて走破。道沿いで偶然出会った人々が何に幸せを感じているかじっくり耳を傾ける。居心地のいい地元から出たくないという若者、深夜の道を黙々と歩くホームレス…。16号線から見えるニッポンの幸福とは?私は車を運転しないので道に関心はありませんでしたが、インタビューを受けた人々のほとんどが地域に愛着を持ち、ここから出たくはないと言うのです。ニッポンの幸福、それは日本に生まれ育ったことかもしれませんね。「眠らぬ都会の動物病院」東京・初台に24時間急患が駆け込んでくる老舗の動物病院がある。野良猫に襲われた犬、骨折したハムスター、交通事故にあった猫など首都圏全域から毎日100匹前後が運び込まれる。ペットブームと言われて久しい現在、目立つのは1匹の動物とじっくり寄り添う人の姿だという。認知症の犬を世話する主婦、23年間1匹の猫と暮らしてきた老人…。家族以上に強い絆で結ばれる、人と動物の物語。骨折したハムスターを運び込んだのは、11歳の男の子とその母。母子家庭の男の子にとって、ハムスターはたった一人の兄弟。今にも尽きてしまいそうな小さな命に、泣きじゃくる男の子。母親は、その息子を叱咤します。入院させて様子を見ていたのですが、夜中に母親に連絡を取る動物病院。息子は、元気にハムスターが直ることを信じて眠っています。息子の前では取り乱さなかった母親が、待合室で滂沱の涙を流します。動物好きには、涙無くては見られない回でした。「どしゃ降りのガソリンスタンドで」6月、梅雨入りとともに関東が大雨に襲われた週末。神奈川県にある24時間営業のガソリンスタンドには、そぼ濡れた人々が次々と駆け込んで来ていた。雨のため仕事が休みになった建設作業員、離れて暮らす子どもに会いに行く人、家族を養うため深夜の仕事に向かう男性…。打ちつける雨の中、人々はどこに向けて車を走らせるのか? ガソリンスタンドでほっと一息つきながら、雨が上がるのを待つ人々の物語。ただ同じ場所でカメラを回しているだけなのに、なんとたくさんの人の人生が垣間見られることでしょう。この回は、深刻な事情を抱えながら驚くほど実直に生きている人々の姿が、浮かび上がってきました。まだまだたくさんの放送がありますが、どの回も感動が必ずありますよ。次回は、1月9日午後10時55分~午後11時20分の放送です。「出産ラッシュ!日本一の産婦人科」 私も長女の出産を抱えていますので平静には見られないかもしれませんが、録画してみようと思っています。
2015年01月05日
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2020年6月8日(月)聖蹟桜ヶ丘・高幡不動・八王子と、ダイソー巡りをしたんですが手に入らなかったのが、キティさんが紹介していらしたシリコン製のおにぎり製造機。ついに見つけました、多摩センター店で。うれしくって、2つも買っちゃいました。ユザワヤさんにも寄り、真っ白なブロードの生地を2メートル購入。これは、キャミソールドレスに仕立てて、ワンピースのアンダードレスにするつもりです。30%オフのチケットを使って、お買い得に。でも日暮里だったら、もっと安く買えるのになあ・・・・。さて、買い物が終わったら少し散歩です。多摩センターには、「パルテノン多摩」という多摩市の文化施設があります。なぜパルテノンかというと、 まるで神殿のような建築なんです。ネットで写真をお借りしました。幅広くって長い階段の両側が、文化施設。その階段を上がっていくと、池を中心とした不思議な空間が現れます。ちょうど昼時。昼休み中のサラリーマンたちが池の端に点々と立っているのが不思議で、近づいてみました。これです!!!鴨の子が10羽ほど、元気に泳いでいます。みなさん、この愛らしい姿をそっと見守っていらっしゃるのです。子ガモたちは一か所に固まらなくって、広い池を自由自在に泳ぎ廻っているので、なかなか群れている写真が撮れません。でも人を恐れず、こんな近くまで寄ってきてくれるんです。可愛い!!!!元気に育ってね。
2020年06月09日
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2024年4月4日(木)その1春休みの間に、もう1回お出かけしよとテルテル君と約束していました。前回は、上野にある「国立科学博物館」でしたが、今回は江東区青海にある「日本科学未来館」へ。ここも国立の施設です。最寄り駅は、「ゆりかもめ」の「テレコムセンター駅」入り口を入って1Fのシンボルゾーンには、巨大な地球儀が天井からつられていて、下にはベッド型のソファーが並んでいて、寝ながら地球儀を見上げることができます。地球儀は、地球の大きさの20万分の1サイズに作られていて、数日前に宇宙衛星から送られた世界の様子が映し出されます。あ、アフリカ大陸だ。アメリカだ。ユーラシア大陸だ。北極だ!!なんて言いながら、寝そべってテルテル君とのおしゃべりを楽しみました。3Fは、「未来を作る」科学的検証の展示がいろいろあったのですが、なんといってもロボットたちとの触れ合いが楽しい!!表情豊かに、喜んだり怒ったりするもふもふのロボット。その後ろには1Fで見た地球儀が。地球儀の後ろに通路があるの、わかりますか?地球儀をぐるりと回って見られるように、スロープの通路になっています。これがかなりスリリングで、足がすくみます。アイボと触れ合うテルテル君。ものすごく愛らしいんですよ、アイボ。なでなでしてあげると、ころりんと横になってお腹を見せるんです。本物の犬みたい。5Fは「世界をさぐる」今どうしてSDGSが求められるのか。私たちはどう暮らせばよいのかを問う展示など。興味深かったのは、国際宇宙ステーションの展示。宇宙食をどうやってあっためるか、個室はどのくらいのスペースか、宇宙のトイレやシャワーは?なんて好奇心をくすぐられる展示がいっぱいです。7Fは、展望レストラン。ここでランチ。なんとお皿やコップ類は全て紙製品。プラスティックはなるべく使わないようになっている、レストランでした。午後、科学未来館にあったパンフレットで知った、海上保安庁の「海洋情報史料館」を見学いたしました。ここが圧巻でしたので、明日お伝えいたします。
2024年04月05日
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2026年9月10日(木)その3「大英博物館 日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」展、第2章は、「浮世絵ー江戸の『いま』を映す万華鏡」ここからは、浮世絵版画が作家ごとにずらりと並びます。鈴木晴信・鳥居清信・鳥居清長・勝川春章・喜多川歌麿・東洲斎写楽・初代歌川豊国・歌川国政・歌川国貞・葛飾北斎・歌川広重などなど。驚いたのは、版画刷りされた紙のサイズが意外と大きいこと。パンフレットには、「大判錦絵」とありますので、約39cm×27cm。樹々の葉や人々の衣装が、きわめて繊細に描かれているのに驚かされます。ビックリするほど細密で細い線!!これが版画???嘘でしょ、肉筆画でしょ!!って誰もが思っちゃうほど。色のにじみも全くありません。大英博物館に収蔵されている浮世絵は、初刷りかそれに近いころのもので、きわめて状態がいいんです。特に写楽の役者の大首絵。蔦屋重三郎が写楽を売り出すにあたって、一度に28枚もの役者絵を同時に発売したんです。役者の大首絵の背景は黒っぽい色で塗られ、顔が浮き立つようになっています。そこに高価な雲母の粉をちりばめたのできらきら光るんですが、これが今まで写真やほかの展覧会で見たときにはわからなかったのです。ここで初めて目で確認できました。あ、これって大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺」でも描かれていましたね。パンフレットからです。絵師ごとに展示がしてありますと、各絵師の個性・感性が素人の私にも見えてきました。さらには、版画ではなく絵師の肉筆画というとっても珍しいものの展示がありました。全部で200点ほど。絵巻物になっているもの、3枚一組になっているものなどなど、これでもかと浮世絵や水墨画などが並んでいました。なにせ見学者がすごくって、一番内側の作品に近いところを死守するために休憩もとらず、ただひたすら遅々として進まない列の中での見学でした。それでも大興奮しちゃいましたから、やはりすごいコレクションでした。入場したのが10時半、見学を終えて音声ガイドをお返ししたのが1時50分。あ、その前にチケット購入で並び入場で並んだ1時間があったんだった。4時間20分、一度も椅子に腰を下ろすことなく見学しましたので、もう足腰がプルプルしています。それでも記念に、場内のミュージアムショップで手に入れたお土産は、ブックマーカー。 表面 裏面歌川広重作 「名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣」の部分。なかなか愛らしい絵でしょ。まだまだこのほかに、大英博物館にある大きな襖絵、その続きがなんと青森県の旧家「宮越家」から発見され、今回初めて一緒に展示なんていうすごい場面もありました。Eテレで、「海をこえふすま絵 奇跡の再開」として紹介されましたね。この襖絵は写真OKでしたので、部分を撮ってまいりました。 桜の花は絵の具が重ねられ、盛り上がっておりました。見ごたえのある、すごい展示ばかりでした。もう一度見学したいけれど、あの人混みに再び飛び込むには勇気が要ります。むりだろうなあ。
2026年09月13日
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2024年5月1日(水)早いもので、もう5月。朝は曇りでしたが、お昼少し前から強めの雨になりました。昨日「ミモザ模様のセーター」が編みあがりました。こちらです。参照したのは、ネットで見つけたこちらの写真。でも、編み図のレシピはついていなくって、かろうじてミモザ模様の編み図記号だけがありました。これです。この記号図を基に、着丈や幅のサイズを計算し簡単に製図。自分なりのアレンジを加えました。この季節なので、袖丈は7分にしたり。裾部分は写真を参考にして、前後身頃で着丈を変えました。写真のセーターはボートネックになっていますが、私は襟ぐりを編みつけました。見頃と接するところは3号棒針で、8段目ぐらいからは細い2号棒針に変えて編みましたので、首にぴたりと添わせることに成功。まずますの出来です。これは長女に。次女にはサイズを変えて、編みます。セリアの1玉税込み110円のアクリル毛糸、12玉で出来上がりました。
2024年05月02日
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2026年9月11日(金)と12日(土)東京は長雨が続いていて、もう18日くらい毎日が雨。ときおり「線状降水帯発生予報」なんてスマホに連絡が来るもんですから、買い物にも行けない💦ということで、編み物と読書の日々。ま、退屈してないからいいか。2026年9月13日(日)明け方まで雨でした。でもどんより曇り空ながら雨は落ちてこず、夫、超久しぶりに散歩に出かけました。このところ夫がいたので観られなかった映画を、観よう!!!前編・後編に分けてテレビで放送された映画「タイタニック」実は、今まで一度も観たことがなかったのです。ディカプリオさんが大好きなのに、内容が悲劇的過ぎて今まで観ることができませんでした。でもね、やっぱり一度は観ておかないと話もできません。ということで、一挙観ちゃいました。まず感じたのは、1912年のイギリスってものすごい男尊女卑の国だったのねえ、という感想。今見ている朝ドラ「風、薫る」のなかで描かれる1880年代の日本と、全く同じ。朝ドラでは女性はお嫁に行くしか生きる道がないと往時を描いていますが、この映画で描かれるイギリスの上流社会も全く同じ。上流階級の娘に生まれたローズは、父が借金を残して亡くなり、いたしかたなく金持ちと婚約。決して望んだ婚約ではなく、そうしないと破産するしかないと嘆く母の望みを叶えたのでした。婚約者と母とともに、ローズはタイタニックの一等船室の乗客となりアメリカへの航海となります。婚約者のローズに対する言動が、パワハラ・モラハラ!!美しい妻は、成功者のアクセサリーと言わんばかり。男尊女卑の考え方が芯まで滲みわたっていて、それが問題だという意識すらない。なあんだ、イギリスもけっこうひどいジェンダー差別社会だったのね。一方、ディカプリオ演じるジャックは貧しい売れない画家。賭けで勝ち取ったチケットで、タイタニックの三等船室に乗り込みます。本来なら絶対に逢うことのない身分違いの二人が、船で出逢ってしまいます。そして愛し合い、タイタニックの沈没へと話が進みます。タイタニックが氷山とぶつかり、浸水し沈没までの1時間ほどがこの映画のクライマックス。とっても恐ろしい状況が描かれて、ああ観ない方が良かった。。。なんて思いました。やっぱりこういう映画は苦手です。でも、ディカプリオは「ロミオとジュリエット」の時と同じに素晴らしかった!!!それだけは間違いない。美しいディカプリオを観られたのは、幸せ。ところで私、妙な夢を見ちゃいました。私が妖怪になった夢。妖怪になって何をしたのかは、記憶にありません。そしてね、なんと「嵐」の大野君が登場。一緒に妖怪になっちゃうのよね。何で夢の中に大野君が出てきたのかは、まったくの謎。彼のことは好きでも嫌いでもなく、彼に対する思いも全くないのです。それが一緒に妖怪になって空を飛んだ!!!これは絶対にこの浮世絵の影響ね。「大英博物館 日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」展では、妖怪や幽霊を描いた浮世絵版画もあれこれ展示してあって、かなり面白かったんです。それにしても自分が妖怪になっちゃうだなんてねえ。そんな夢を見るだなんて、思いもしませんでしたよ。
2026年09月14日
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2026年9月20日(日)今日もずっと雨。ときおり雨脚が強くなって、憂鬱です。編み物をしながら、BSで放送された映画「にあんちゃん」を観ました。1959年(昭和34年)公開の映画。今から67年も昔の映画です。監督は、今村昌平。原作は、安本末子。末子が書いた綴り方(今でいう作文)が原作です。舞台は1958年(昭和28年)の、佐賀県の炭鉱。ストライキが行われていて、そのさなか父親の葬儀が執り行われていた。母はすでに亡く、残されたのは4人の子どもたちだった。長男の安本喜一は、20歳。炭鉱の臨時雇い。長女の良子は18歳くらいかなあ、兄弟の母親代わり。次男(にあんちゃん)の高一は、小学校の中学年ぐらい。末っ子の末子がこの原作者で、小学校低学年。安本一家は、在日コリアン。炭鉱は大不況の中。次々と首切りが行われ、給与は遅配。貧しい炭鉱労働者たち。高一も末子も、教科書を買うお金どころか、日々の米すら買えない生活。唯一の収入源だった喜一も臨時雇いを首になり、弟たちを残して出稼ぎに。良子も遠方の肉屋へ住み込みで働く。残った高一と末子は、知り合いに預けられるのだが、そこは貧しい炭住でもあり得ないほどのぼろ家。ネズミが走り回っている。耐えきれず二人は逃げ帰り炭住に戻るが、そこにはもう二人の居場所はなく。高一は末子を市の職員である保健婦に預け、自分は1日100円の約束で港で働く。その働いたお金を汽車賃にして、高一は東京に出て働き口を探すが、まだ小学生。通報されてたちまち佐賀に送り帰される。心配して、喜一と良子が東唐津の駅まで来てくれた。それが4人兄弟が再会できた、ほんの一瞬の出来事。最後の場面は、ぼた山。末子と一緒にぼた山に登りながら、高一は決意する。絶対に金を稼いで、4人で一緒に暮らすんだと。安本喜一は、長門裕之。良子は、松尾嘉代。高一少年は、沖村武。末子は、前田暁子。その他に、西村晃・小沢昭一・殿山泰司・芦田伸介・吉行和子・二谷英明などなど昭和の名優がずらり。実は原作を大昔に読んだ記憶があります。綴り方の原作。印象に残っていたのは、良子がぜんざいを作る場面。毎日食事にも事欠く生活の中で、甘いものを食べることなんて夢の夢。それでも、喜一と良子は何とか材料をかき集めぜんざいを作る。あずきを煮る甘い匂いが、本から漂ってくるような感動を覚えたものです。今では想像もできない、貧しい時代の日本が描かれています。でもこの炭鉱の生活が特別ではなく、日本全体がとんでもなく貧しかった時代はついこの間までありました。岐阜の我が家も貧しい家庭でしたし、ご近所も似たり寄ったりでした。小学校では、教科書を買えない・給食費が支払えない子がどのクラスにも数人いました。この映画でも描かれていますが、末子に担任教師が教科書を買ってプレゼントする場面。あの当時の教師は、クラスの給食費の払えない子供の分を、自分のポケットマネーで支払っていたこともありました。教科書を買い与えて、子どもが臆さず学校に来れるようなこともしていました。だからあの時代の教師は、大人や子供たちから尊敬されていたのかもしれません。そういうことを実際に見て知っていましたので、原作を読んでも特別な地域の事とは思えなかったんです。今この豊かな日本を、あの時代の誰が想像できたでしょうか。その後、4人は一緒の家族として暮らすことができたのでしょうか?今村昌平監督は、決して貧しいことを悪として描かず、4人の子どもたちが精いっぱい生きる姿と、それを見守る貧しくても心優しい大人たちを描いています。いえ、すべてが心優しいわけではなく、なかには4人を厄介者ととらえた大人たちもたくさんいた。そういう姿も、今村昌平監督は決して悪とはとらえず描いています。労働者を首にする会社側の人間だって、どれほどの苦しみを抱えて首を言い渡しているのかも描いています。どちらかが善でもう一方は悪だという、そういう描き方をしていないのが今村昌平監督です。最後まで解決は見えなくって、本当なら辛い映画になるところなのに、けっして絶望ではない二人の小学生の姿が救いとなる映画です。今でこそ、多くの方々に見ていただきたいなあ、って思った映画でした。
2026年09月21日
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2026年9月22日(月・祝)シルバーウィーク真っ最中。台風25号に翻弄されましたが、とりあえず我が家近辺は被害がありませんでした。でも先日の大雨で大変な被害を受けた千葉がまた台風で痛めつけられたようで、浸水被害や大規模停電に襲われたニュースに、胸が痛みます。雨が上がったら気温がぐんぐん上がりました。と、蚊が大発生。雨が降った後だから、いきなりブ~~ンって!!アースジェット片手に、あちこち狙い撃ち。編み物をしていたら、図々しくも私の腕に停まろうとしたからピシャリ。まあ、でかい蚊でしたよ。あ、そうそう。洗濯ものがきれいに乾きました。午前中は室内干しをしていたものを外に干して、午後はお昼に洗濯機を回したのを干して・・・。どちらもからりと乾いたんです。26日も雨続きだったんですって!!!!!とんでもないですよね。Eテレの『芸能きわみ堂』、ときおり録画してみているんですけれど、今回は 文楽にしてチャップリン~ドキュメント新作文楽「まちの灯」番組の紹介には、映画史に残るチャップリンの「街の灯」。今夏この名画が、新作文楽「まちの灯」として“転生”しました。出演者・スタッフたちが手探りで取り組んだ公演初日までのドキュメントです。と、あります。なんとチャップリンの映画「街の灯」を、文楽にしちゃおうっていう試みです。文楽の台本は江戸時代の浪速言葉で書かれていて、それを三味線に合わせて大夫さんがうなり、人形遣いが演じるんです。これを三業と言って、文楽の世界では語りの大夫・三味線・人形遣いは全くの対等。今回台本を書いたのは、日本チャップリン協会会長の大野裕之さん。大野さんは文楽も大好きで、持っている文楽の台本を読みこみ、文楽のDVDをじっくり観て台本を作られたんですって。その台本に曲を付けたのは、若手の三味線ひき鶴澤友之助さん。基本は大夫さんが語るための伝統を基本にしたものですが、ところどころに映画の音楽もさりげなく取り込むという凝りようです。太夫は、豊竹若太夫さん。人形遣いは、桐竹勘十郎さんと吉田勘彌さん。三味線と大夫さんと人形使いの三業の人たちが顔を合わせて台本を合わせていくと、どうしても語りにくいふさわしくない言葉があって、それを大野氏に伝え変更してもらう風景も。今回は、チャップリンの人形も作っちゃいました。舞台は江戸時代ですので、もちろん着物姿。文楽の人形なのですが、どこかチャップリン。今回は、公演初日迄の、文楽の新作がどういうふうに作られて行ったかというお話でしたが、27日日曜日には、その初演が放送されるそうです。すご~~く楽しみです。
2026年09月23日
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