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5ヶ月ぶりに吟行に参加することが出来た。今月の大川端句会は本拠地「佃島」に戻っての散策。この佃島は、江戸時代初め摂津(大阪)の漁師が家康の命で集団移住したのが始まりだった、というから歴史のある町。私が初めてこの句会に参加した頃は、隅田川の堤防は蔦の葉が生い茂っていたが、この町も年々めまぐるしい変貌を遂げ、木造家屋が多かった古い町並みの味わいは今では超高層ビル郡が林立し景観はすっかり変わってしまった。
それでも昔の名残の小さな船留まりと、住吉神社や浪除神社などは少しも変わっていない。厳しい残暑のなか引き潮の佃堀には釣りを楽しむ人達が賑わっていた。懐かしい思いと、つい最近自分の身に降りかかった様々な思いとが錯綜しながら俳句仲間に遅れがちに歩いていたが、ふと「悲しんでいる自分を見ている自分がいる」ことに気が付いた。
「自分で自分を見ている作業」は俳句で修得したものだけれど、良い悪いは別にして、今回立ち直るために必要な大きな要素の一つであったように思う。みんみん蝉が息が切れそうに鳴き交う木々の下を通り、佃煮屋の老舗「天安」の前にくると濃い醤油の香りがふわっと、とどく。
人一人がようやく通れる懐かしい路地を抜けながら「俳句をやっていて良かった」と、しみじみ思った。やがて勝ち鬨橋を通り句会場へ。 「大川端句会」の素晴らしい仲間がいて本当に良かった、と改めて思うことしきり。当日の高点句です。見事です。脱帽です。!↓
天安の日覆昼風呂使う音 杉浦 一枝
みんみんの深きところを通るとす 杉浦 一枝
