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Mar 14, 2006
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カテゴリ: サッカー

 ベッカムはマンチェスターUでデビューした。96-97シーズン開幕戦(vsウィンブルドン)では伝説のゴールを決めた。57メートルゴールだった。ファーガソン監督は「70年のW杯のペレのゴールに匹敵する。」と賞賛した。そして、このデビューから良きお手本であるカントナの背中を見ながら能力を付けていき、伝統の背番号7を受け継いだ。
 ここから益々輝きを増していったベッカム。しかし、最悪の出来事が起きる。98年W杯だった。予選リーグこそまずまずの働きをしたものの、決勝トーナメント1回戦の事だった。アルゼンチンとの戦いで“潰し屋”シメオネに報復行為をしてしまい退場!!この試合、もしかすると勝てていたかもしれない。しかし10人になってしまったイングランドはPK戦の末敗れてしまう…もちろん戦犯扱いされるのは間違いない。容赦ないブーイングが彼を取り巻いた。帰国後真っ先にヴィクトリアの所に帰ったのもまずかったかな。しかし、このシーズン…トレブル(3冠)を達成した。これにより、ユナイテッドファンはもちろんその他のサッカーファンも実力で黙らせた。特にチャンピオンズリーグ決勝、ロスタイムでの逆転劇を演出した右足はすごかった。やはり魔法の右足だ!!
 それからユナイテッドで数多くのタイトルを獲得した。そしてキャプテンとして迎えた日韓W杯の予選では最終節のギリシャ戦で土壇場の同点フリーキックを決め、イングランドの救世主になった。
 しかし、W杯を前に悲劇が襲う…右足を骨折したのだ。W杯出場は絶望かと思われたが、脅威的な回復力で見事復活を成し遂げる。だが、ベストコンディションでないのは誰が見ても明らかだった。キャプテンとして物足りなかった…不思議な事に、そんなベッカムもかっこいいことから日本では大人気。髪型を真似する人が続出したほどだった。もっと前のベッカムの素晴らしいプレーを見て好きになって欲しかったのは僕だけだろうか…ベッカムは黄色い声援を浴びたものの、W杯ではインパクトないプレーのまま日本を後にした。
 翌シーズン。ファーガソンとの確執もあり、レアルへの移籍を決意する。しかし、レアルにはフィーゴがいたためボランチでのプレーが増えた。この事は当初良いことではないと思われた。だが、僕の見解は違った。ユナイテッドにいた時から右サイドでのプレーしかなかったので、違うポジションでプレーすることは良いことだと思ったからである。現にボランチで守備を覚えた彼は右サイドに戻った今季、全盛期とは行かないものの輝きを取り戻している。レアルは相変わらずだが、彼はドイツで暴れてくれるだろう。
 ベッカム…やっぱり凄い男である。確かにビクトリアと結婚してから以前にも増してメディアから注目され、ある事ない事書き立てられ、世間の風当たりも強くなっただろう。しかし、いくらバッシングされても彼はいつも笑顔で立ち上がり、プレーで周囲の雑音を消してきた。ただ単なるメディアスターではない。彼こそ真のスターである!!





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Last updated  Mar 15, 2006 02:02:49 AM コメントを書く
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