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今日も姉が来てくれている。姉が今までのように火曜日と木曜日に母の世話に来てくれることになった。義兄が居た時は、私が仕事から帰ると義兄と一緒に帰ってしまっていたが義兄が亡くなった今、泊ってくれている。やはり、誰かが一緒に居てくれることは心身共にゆったりとする。 姉が 「お父さんが月1回、お母さんと一緒に食事をしようと誘っていたように 私もそうするわ。」と言ってくれた。その言葉を聞いてまたまた私は義兄を思い出し胸が熱くなった・・・。今日は姉に誘われてファミレスに行く事に。娘たち家族にも声を掛けてくれて賑やかに過ごしました。そのファミレスは義兄と一緒に行った最後の夕食会で8月生まれの誕生会をした所です。「あれ、ここってパパと最後に来た時に座った場所やん・・・・」と娘が言う。きっと義兄が招いてくれたんだと思いました。姉は今日も義兄の写真を持ち歩いている。お茶とコーヒーのミニカップ持参で。まだまだ義兄の話は尽きません。 母はやっと落ち着きを取り戻したようです。昨日から自分の机で何やらゴソゴソしている。そっと覗くと自分が何やら書いた紙を見ながら書いている。しかし・・・「この鉛筆、なんだか良く書けませんの・・・ちょっと見てもらえます?」と母が言う。鉛筆の先を見ると折れている。早速鉛筆を削って渡すと又真剣に紙を眺めながら考えている。母はずっと日記を書いていた。手帳には色々思った事を書いたりしていたのだが認知症が進みだして殆ど字を書かなくなってしまっていた。長い時間母は一生懸命何かを書こうとするが頭からの指令が手に伝わらないのか思うように書けない様子。今日も母が同じ事をし始めたので、すかさず私は昔母が書いた色紙を出した。「ほら、これを見て書いてごらん・・」そう言うと母は真剣に色紙を見ながら書いています。 暫くして母がまだ静かに机に向っているので様子を見ると・・・・母の大好きなティッシュ遊びが始まっていました。あぁぁぁぁ~ティッシュをいっぱい出してそれを今度はちぎっている。我が家のティッシュケースは母の目の届くところに置いておけません。でも、母が黙々と作業?をしている姿を見ると何だか取り上げるのも気が引けて母の気が付かないうちにそっと片付けます。1月の認知症の診察日が義兄の葬儀と重なってキャンセルをしたが2月の診察日までどうにか過ごせそうです。ようやく落ち着いた生活が戻ってひと安心する私です。明日も、穏やかに一日が過ごせますように・・・ね、お母さん。
January 29, 2009
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半年ぶりに2番目の姉が母の世話にきてくれました。先日夫を亡くしたばかり・・・姉と二人で又、義兄を偲んで大合唱になるのか??とひやひやどきどきで帰宅した。絶対、泣かない・・・涙を見せて姉を悲しませては・・・と恐る恐る部屋へ入った。食事の用意をして待っていてくれた姉が「おかえり・・・」と元気な顔を見せてくれた。その顔を見てホッと胸をなで下ろした。「お父さん、連れて来てあげたよ。」とテーブルに義兄の写真を置いている。「お父さん、一緒にご飯たべようね。」「お父さん、お茶よ」 「お父さん、食後のコーヒーよ」とかなんとか言っている。姉の「お父さん、お父さん」がずっと続いた。見ている私まで「幸せ」になった。義兄が入院中も姉がずっと泊りこんでいたのでさぞ疲れが溜まっているだろうなと心配したが、義兄の世話をしている姉はとっても幸せそうに看病をしていた。その姉の何事にも「幸せ」ととらえる姿が可愛らしく素敵だなと思った。姉が 「お父さん、早くそばに呼んでね」と言うので私が「あかんよ! 義兄さんは 「まだ、1人を楽しませて・・・」って言うてはる」と真顔で言うと 姉は くっくっ・・・と笑った。姉が来て、母も嬉しそう。 姉の言う事をよく聞いている。そして、姉の名前をしっかり呼んでいる。なのに義兄の写真を見ても 「お父さんだ・・・」と。(お父さんには変わりはないが・・・) 姉のように私も頑張らなくっちゃ・・・お姉ちゃん、ほんまにおのろけ ご馳走さま・・・お腹一杯頂きました・・・幸せな姉夫婦に・・・乾杯
January 28, 2009
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ずっと更新できなかった事を書きました。コメントやメールを下さり、メッセージを読みながら又々、涙が溢れました。皆さんの温かい心が心に染みました。本当に心からのメッセージ、皆様の祈りを深く感謝いたします。 私があんまり号泣するので、姉は自分のことより、私を心配して泣きたい心を閉ざし、一生懸命慰めてくれました。 ごめんなさい。「どっちの夫よ・・・」と叱られそうです。ほんとうに、ごめんなさい。 明日から又、夫を亡くしたばかりの姉が母の世話に来てくれます。ずっと義兄の看病と葬儀等で疲れているのに、もう世話に来てくれる姉が気の毒に思うのですが気が紛れていいかな?と思い甘える事にしました。母の認知症がもうひとつ判らなくなっているのにびっくりするのでは・・・ 母は今日もパワー全開で頓珍漢な事を言って居ります。どうしたことか、全く判らないことをしっかりした口調で訴えます。はっきり受け答えするので、まともに返答すると屁理屈をこねて「ぐだぐだ何を言ってるの・・・」と叱られる始末。「はぁ~?????」 やっぱり まともに受けちゃいけないなぁ~。 今までにない母の症状と言うか変化。今少し、私の対応が届きません。思考能力の低下か、知恵袋のストック切れか・・・知恵が湧きません。じっくり、母の気持ちを汲めるよう心を配ります。
January 26, 2009
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しかし、わたしたちの国籍は天にある。そこから、救世主イエス・キリストのこられるのをわたしたちは待ちのぞんでいる。かれらは、万物をご自身に従わせうる力のはたらきによってわたしたちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだとおなじかたちに変えてくださるであろう。ピリピ人への手紙 第3章20節~21節 1月15日 敬愛なる義兄が天国に召されました。前夜式、葬儀がクリスチャンである姉の希望でキリスト教葬で送りました。懇意にさせて頂いていた牧師家族も式に携わってくださり、聖書のみ言葉と賛美歌に包まれ主の身元に見送られました。 義兄とは私が小学校3年生の時から一緒にいました。そして、亡き父の後、母や私たち家族を長兄として本当に支えてくれました。まだまだ、心がふさぎ何をしてもハラハラと涙が出てたまりません。牧師は葬儀で言われました。「今日、我と共にパラダイス」義兄が主の身元に逝って心安らかに過ごしていると私たちは信じています。そして、残された姉や家族の為に、祈ってあげてくださいと結ばれました。淋しいです。悲しいです。まだまだ、涙は枯れません。 私には「母の介護」が待っています。ショートステイから帰ってすぐの義兄との別れに母はもう理解する事も出来ず久しぶりに母に声を掛けて下さった方も判らずしまいでした。ショートステイからの出来事に母はちょっと不安定状態。デイサービスでも落ち着かない日々が続きました。夜も寝ず、何回も目を覚ましたり・・・。何もする気が起らない私はずっと母に寄り添って母と過ごしています。母が落ち着いてくれるように・・・と。朝、飲ませている 「リスパダール」を夜寝る前に飲ませるようにしたらやっと、落ち着いて眠ってくれるようになりました。昨年の11月の義姉と今回の義兄の葬儀に出た4歳になる孫が私に言いました。「今度はひーばあちゃんが死んじゃうの?」と・・・こんな小さな子が心を痛めている。しっかりしなくては・・・。 ブログが更新出来ずにご心配してくださってメッセージを頂きました。本当にありがとうございました。母に何かあったのかとご心配かけていたと思います。母は不安定状態ですが、少しづつ落ち着いてきています。食欲もあり、風邪も引かずに頑張ってくれています。又、頑張ってブログ書きます。
January 25, 2009
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とっても寒さがこたえます。母が居ない間はちょっと電気代を節約しようと頑張っていましたが・・・この寒さ、やっぱり無理です。 風邪をひいてはなんにもならない帰るなり、電気ストーブつけました・・・・全然効きませんエアコンにしてみました・・・・まだ駄目だ。今度は、強烈な ガスストーブにしてみました。 やっと暖かくなって ホッとしました。 今日は、会社で鏡開きのおぜんざいを作ってもらいました。調子にのった私は、朝から まず、1杯お昼にちょこっと3時のおやつに人並みに・・・みんなに呆れられた私、帰りの車中でおぜんざいの苦しさを味わうはめに・・・ 母が居たら お土産に持って帰って食べさせてあげれたのに・・・お母さん、ごめんね。一人で食べちゃった。 お正月気分がまだまだ抜けなくてゆるみっぱなしの私です。体重計が うなっていますぞ!!
January 13, 2009
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お母さん、元気に過ごしていますか?風邪、引いてないですか?外は、とっても寒いです。そして、お母さんの部屋の明かりが消えてガランとして寒さを余計に感じます。暖かいお部屋でもう少し過ごしていてくださいね。 母がショートステイに行って3連休を過ごしました。今回のショートステイは私にとって、とても大変な過ごし方をしたようです。母がショートステイに行っていなければ、時間に追われながら結局、母を連れまわす事になっていただろうと思うし、こんなに身軽に動けなかったとつくづく思いました。なんだかんだと動き回った私、ふと自分の身軽さにこれって、「神さまのご褒美」?と感謝せずに居れなかった。ちょっとはお役に立てたのだろうか・・・・ 3連休は会社に出て、仕事を片付けなければと思っていたのですが、結局、最終日の今日やっと会社に行ってきた。「ワーカーホリック」ではないと思うのだが、どうしてこんなに仕事に追われてるんだろうと自分で情けなくなる。年齢を重ねて仕事の量の消化能力が落ちたのかな?と思ったり。母が帰るまでに仕事を片付けて、ゆったり母の帰りを迎えたい。頑張るからね。 (ちょっとは家の事もしなければ・・・主婦不在中です)風邪ひかないで、待っててね。
January 12, 2009
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今日から母はショートステイ。食事が済むと母はさっさと席を立ち、出かけると言う。そうくるだろうなと思い、今日は母をショートステイ先へ送りに行く前に施設と5分ほどの距離にある義兄の入院している病院へ寄って行く事にした。母は病室に入って義兄を見ても誰だか判っていないが義兄の手を握って 「私、この人、大好き」と言って涙ぐむ。「大好きよね・・」と私が言うと母はうれしそうに 「うん、大好きやねん」と繰り返す。そして、母は義兄の手をもっと握り締め自分の頬にすり寄せ「大好き、大好き」と言いながら今度は手にチュッチュとしている。「何してるの・・・」と私が噴き出して言うと「あら? 焼いてんの?」だって。母と姉と私、そして兄も噴き出してしまった。義兄と姉にショートステイに行ってきます」をして病室を出た。 母はすっかり上機嫌で、施設に着くと 「ここ覚えているわ」と言って顔馴染みになった職員の方に迎えられすんなりショートステイに入りました。 午後、施設から電話があった。母の具合が悪くなったのかと一瞬ドキッとしたが「今施設で風邪が流行っていてショートステイ中に入院された方も居られますが どうされますか? その事をご了解頂きたくて・・・」との電話だった。「どう?」って・・・と言われてもどうしたらいいのか判らず「このまま続けさせて下さい。もし、具合が悪くなれば迎えに行きますので」と言って電話を切った。ちょっと不安になったが何処に居ても風邪をひく時はひくし・・・と思う事にした。 今日から一週間、母が元気で過ごす事が出来ますように・・・
January 9, 2009
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「お母さん、そろそろお風呂に入りましょう・・」「お風呂に入るので洋服を脱いでパジャマに着替えて」と母に声をかける。いつもは母のそばで、「これを脱いで、今度はこれよ」と言いながら脱がせるのですが、調子がいいと、母は自分で洋服を脱いで丁寧に畳んだりもする。しかし、どうかすると一気に着ているものを脱ごうとする。今日も上に着ているものを一気に脱いでいる。「ちょっと、どうなってるのぉ~????」と脱げもしない脱ぎ方をして悲鳴をあげている。「あぁぁ・・・そんな横着な脱ぎ方をするから・・・上から順番に一つづつ脱がないと・・・」「めんどくさい!! 知らんわ・・・」 (こっちが知らんわ・・・です) 今日は母の洗髪日。調子よくお風呂に入って貰わないと 「今日はやめとく・・」と言って洗わせてくれない。今年の冬は、母が寒い寒いと言うので、お風呂から出た時に温かいように、脱衣場に電気ストーブをつけることにした。去年までは平気だったのだが、やはり歳には勝てないようです。母はちょっと寒いと 「寒い、寒い」を連発し、ちょと熱いと 「熱い、熱い」を連発する。その度に私はその言葉に「どうしてあげたらいいの?」と振り回される。そして、お風呂から出ると、今度は母の体が乾燥肌の為保湿液を体中にマッサージしながらすりこむ。お風呂から出ると、母と一緒に今度は冷たい牛乳を飲む。お風呂上がりの冷たい飲み物は母の口を潤し「あぁ~ おいしい・・・生き返るわ・・・」と本当においしそうに飲む。「さぁ、体が冷えない内にお布団に入ろう」そう言って母をベッドに入れる。母は幸せいっぱいになって 「ありがとう。きもちいいわぁ・・・」と言いながら目を閉じた。 毎日それをしながら 「いたれり、つくせり」の自分のしている事に「ほんと、よくやるよぉ~」と思ってしまう。母は本当に 「幸せ者」。過保護に育った私は やっぱり 母に対しても過保護的。母が機嫌よくしてくれたら、それが一番だから・・・ね、おかあさん明日からショートステイ、元気で施設の方に 「おはようございます」が言えますように・・・一緒に行こうね。
January 8, 2009
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母がやっと落ち着いて過ごしてくれている。デイサービスに毎日お世話になってようやく母は自分のペースを取り戻したようです。帰ってからも、夕食を作る間テーブルに座って待ってくれていました。「すぐに出来るからね・・・ちょっと待っててね」と母に言うと「忙しいのに悪いわねぇ~ 」とまで言って気遣ってくれる。母はゆったりとして精神的に落ち着いている様子。夕食が出来上がると母は 「おいしいわぁ~」と言いながら完食しました。私は、夕食後の片づけを今日も手伝ってもらう事にした。食器洗いをお願いするといつまでも同じ食器を洗っているので食器拭きをしてもらう。一生懸命丁寧に拭いている。母 「これはどこに置けばいいの?」私 「拭いた食器はテーブルの上に置いておいて・・・」そう説明すると母はテーブルの上に置く。二つ三つ拭き終わった食器が溜まると母はテーブルの上に溜まった食器を繰り返し拭いている。これじゃ、いつになっても、エンドレス。結局、一つ一つ、母に 「次はこれ」 「はい、次はこれ」と渡しながらその場でしまう事に・・・ 「ありがとう。手伝ってもらったのでもう片付いたわ・・・」まだ、物足りなさそうにしている母の手を取って母の部屋でくつろぐ事に。自分の机に座ると母は何やら色んな物を広げて楽しんでいる。私は母が夢中になっているのを確認してパソコンに向かう。ゆったりとした夜を過ごす事ができました。 1月のショートステイが9日からなので、母が落ち着いて穏やかに過ごしている状態で行かせてあげたいです。明日も、いい日が過ごせるようにするからね・・・おかあさん!
January 6, 2009
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今日は仕事始め。そして、母はデイサービスへ。 母との4連休がやっと終わった。年末まで、母との4連休をのんびり過ごそうと年末はフルに動きまわって楽しみにしていたのに・・・さにあらん・・・母のお相手にはすっかりくたびれてしまった私でした。孫の世話をするより、難しかったです・・・・。 今日の出勤はいつもより早いので、昨日から姉が泊りに来てくれていた。私は姉にデイサービスのお迎えに来られるのをお願いして先に家を出た。やっとそれぞれが持ち場に帰った・・・そんな感じで一日が始まりました。 この4連休が大変だっただけに、仕事から帰ってからの時間がウソのように過ぎました。久しぶりのデイサービスだったが母は落ち着いて過ごした様子。 お風呂に入ると母はすぐにベッドに入り眠りにつきました。 久しぶりで疲れたのかな? お疲れさまでした。明日も、ステキな一日でありますように・・・おかあさん、今日一日をありがとね・・・
January 5, 2009
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お正月休みが終わりました。母との4連休も最終日。今日は最終日なので朝から家の片づけを済ますと母が「お世話になりました・・帰らせて頂きます」を繰り返さない内に出かける事にした。義兄がお正月の間家に帰っていたのでお正月は家族が皆揃って賑やかにされている所へお邪魔して疲れさせてもと思い入院先に戻ったとの事で病院にお見舞いに行くことにした。「今日はね、義兄さんのお見舞いに病院へ行くからね・・・」と出かける用意をすると母はいつものように「あら、どこが悪いの? それは可哀そうに・・・」と悲しそうに言っている。「そうね、代わってあげられるものなら、代わってあげたいね・・・」と答えると母 「そんなこと、出来ない。あんた、そんなこと出来る?」私 「うん、代わってあげたい。私なんかより義兄さんが生きている方がいいもん」母 「それは駄目よ。じゃぁ 私はどうしたらいいの・・・」私 「そうか・・・そうね、私は大丈夫。おばあさんのお世話しないとね。 しっかり、お世話させてもらうから安心していてね。」母 「あぁ~ 良かった。私はお姉ちゃんがいるから生きてられる」(いつの間にか私が母の姉になってしまっていた) 私は母がいつものように、「代わってあげられるものなら代わってあげるのに・・」と言うと思って言ったのに今日は母が駄目と言った言葉に胸が詰まってしまった。母は混乱期の時は喜怒哀楽が激しく落ち込むと 「死にたい」 「私を殺して」と心もとない言葉を繰り返していたのを思い出した。「生きる事」に一生懸命な母を悲しませてしまったかなとちょっとびっくりした今日の母の言葉でした。 今日は病院で長居をしたので帰る時には母はすっかり混乱してしまって「私はずっとここに居ましたのでどうぞお帰ください」と言って聞かない。やっとの思いで母をなだめて病院を出た。 明日は出勤が早いので今夜は一番上の姉に泊りに来てほしいとお願いしました。夕方、姉が来てくれて、私はやっとホッとして肩の荷が下りた気分です。 母との生活が 「介護」と言う生活である事を再認識した私。そして、デイサービスやショートステイに母が元気で通えるように母の健康管理には十分気をつけなければと思うばかりです。お母さん、私はまだまだです。参りました・・・これからもよろしくね。お手柔らかにおねがいしますね・・・
January 4, 2009
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今日も母は朝から全開パワーです。今日から娘が仕事始めで朝から孫たちのご訪問。さぁ~どうなります事やら・・・ 今朝も母は朝食後、「どうもお世話になりました。帰らせて頂きます」と張り切っている。何度も何度も 「おばあさんの家はここだから、どこへも行かなくていいの」「今日はお休みだからゆっくりしよう」と言っても母との問答は続く。今日は孫たちが居るので余程注意していないと孫と波乱を起こしそう・・そう思って、今日は母が気が済むのなら出かけさせてみようと思い、母が荷物をふんだんに詰め込んだブラケットを持って出て行くのを「じゃ、また来てくださいね」と送り出す事にした。母は、喜び勇んでさっさと階段を降りて行った。「お世話になりましたねぇほんと、良くして下さってありがとうございます」の言葉を残して。母が玄関の戸を開けて出て行くのを確認した後、追って外へ出るとすでに家の前には母の姿なし・・・・。人間の本能は効き腕方向に行くと前に聞いた事があるので右方向をみると母はいつも散歩に行く時のスピードではなく、すでにかなりの距離を腰を45度に曲げてスタスタ歩いている。兎に角、ひたすらに直線コースである。その内、母の足取りが右へ、左へとヨロヨロし出し今にもつんのめりそうになって来た。「これは危ない・・・」私は走り出し母の所へ行って 「もうすぐ、家に着くわ」と言って母の手を引きUターン。「そうですか・・・」。母は今にも呼吸が止まりそうにハァハァ言いながら足を進めた。母は家に着くなり 「すみません、トイレはどこですか?・・・」私は「しめた!」と思い、1階のトイレではなく、母の部屋のそばにあるトイレへ行かせた。このまま、1階のトイレに行かせると、又出てきたら外に行くと言って玄関を降りてしまう。母はトイレから出るとさっきまでの外出はとうに頭から離れすっきりした顔で自分の部屋に大人しく戻った。(ホッ・・・・ 作戦成功)「お昼ごはん作るから待っててね、子供達は上でパソコンしてて・・・」と母と孫に声をかけて私は急いで昼食の用意。 昼食後、母は又一息つくと何やらベランダの戸をあけ、植木鉢を触り出した。枯葉を取ってすっきりさせてくれるのはいいが、黙々と作業を続けている内に全部抜いてしまう技があるのでころ合いをみて 「きれいになったわ、ありがとう」と言ってベランダの戸を閉めた。 さて、今度は夕方までどのように過ごそう・・・ 夕方の混乱を避けるために母と孫を連れて駅前のスーパーに出かけることに。車いすに母を乗せて歩くが、孫達はキャッキャふざけながら歩くものだから立ち止まり、立ち止まりしていると 「早く、さっさと行きなさい!何をしているの!・・・」と母はイライラした様子で車いすの上で体を揺さぶる。(そんな事したって前に進みませんが・・・)往路、公園があって孫達を行きと帰りに暫く遊ばせ、時間たっぷり使って外出終了。 帰ってすぐに夕食の準備を整え、孫たちと一緒に夕ごはん。 一日中、孫達に 「お静かに、お静かにねがいま~す」と繰り返し、孫たちと合言葉となった。 今日も 「ヒルナミン」を・・・と思っていたが飲まさずに孫たちに母の被害を受けさせることなく一日を過ごしました。 今日もまた、デイサービスの存在をありがたく感じた事は言うまでもありません。明日でお正月休みも終わり。 さて、明日は何して過ごす? お母さん・・・
January 3, 2009
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母のデイサービスがお正月休み入りました。母は4日まで4連休です。なので、「毎日が日曜日」状態となります・・・・ 母は6時過ぎにトイレに起き、又ベッドに入って寝てしまいました。9時前になっても今日はどうした事か起きてきません。そろそろ、お雑煮の用意が出来たのでいつものように障子を開けて音楽を流し、母に朝を告げた。洋服に着替えさせ、テーブルにつかせた。母はテーブルにつくなり、いつものようにテーブルにセットされたお雑煮を食べかけたが母に、「今日は揃っていただきますしようね。待っててね」を言ってしまった。 今朝はどうしても元旦であるし、みんなが(と言っても母と私と二男)揃って「おめでとうございます。今年も・・・・」と一言、挨拶を交わす恒例行事がしたかった。母にはお正月だろうが、何だろうが関係ないのに・・・私はどうしてもこだわってしまった。(こんな時、融通の利かない私は凹みます)すっかりすねてしまった母はお雑煮も黙って食べている。食事が済むと、そそくさと自分の部屋に戻り出かける用意をしている。「お世話になりました。わたくし、もうあちらの家に帰らせていただきますので・・・」怒ってる、怒ってる・・・・(ごめんね、今年はどうしても気になることがあって自分の気を引き締めるためにも 新年の挨拶をちゃんとしたかったの・・・)「今日は嵐だぜ・・・」と思いながらいつもの様に「今日は、お正月休みよ。ゆっくりしようよ・・・今、コーヒーを入れてくるから・・・」そう言って母を座らせ、母と一緒にコーヒーを飲んだが母は一気に飲み干し気分はどんどんエスカレート。「帰らせていただきます」が続き、混乱した話をつらつら述べている・・・「ここがおばあさんの住んでいる所だから・・・」と何度言っても聞き入れない。こんな時、「そう、じゃぁ~送って行くわ」とかなんとか言って母の気持ちを切り替えてあげればいいのに・・・なんか今日は私も意地を張ってしまった。とうとう、話はすり替わり、「お前がなんでここに居る。出てけ!!」と興奮は頂点に。「はい、わかりました」と言って母の部屋の戸を閉め切って私は姿を消す事に。 今日は 「ヒルナミン」のお薬を早い目に飲ませる事にしました。少しは興奮状態が収まったが、意味不明な言葉が次から次へと出てくる。 母の気持ちを他に移す為にと年賀状が母に来ているので筆とハガキを用意して書かせる事にしたが母はとうとう、一枚も書けず、代筆になってしまいました。 父が亡くなった後、母はお習字を習い師範の免許を取って80を過ぎる頃までの30年程、お習字教室を開いていたのだが今年は手本(いえ、見本です??)を書いても、途中で全然違う字を書いてしまったり、違う事を書いたりでアウト。去年はつきっきりで 「この様に書いて」と指示すると時間はかかるが書けたのだが今年は、「書けない」 「代わりに書いて」と言ってあっさり筆を置いてしまった。これ以上無理強いは禁物。「書けないよ・・・私のみみずみたいな字でどうするの・・・」と言いながらお返事を書かない訳にもいかず仕方なく書くことに。「あら、お上手だこと」 「きれいに書けてるわ」母はおだてるが私は少々お冠。字はまだまだとてもきれいに書けるのにほんと勿体ない位です。 今日、一日母はずっと 「混乱状態」であった。毎日、デイサービスに通わせてもらっている事に私は改めていかに自分が毎日仕事に行って楽をさせてもらっているかを痛感した。 仕事に行って帰ってから次の日、デイサービスに行く時間の間のしている事なんてなんて、「チョロイ」ものだったのかと思ってしまった。仕事をしている方がどれだけ楽か・・・とため息が出てしまった。 いつもの「日曜日」なら一日に2回程、母の気分転換に散歩に行ったりして外に連れ出すのだが、なんか、「お正月休み」が頭にインプットされた私はどうしても、体が 「今日はお休みです」と言って動きませんでした。ごめんね。おかあさん・・・・ 明日も 「日曜日」ですが・・・ どうなさいます??
January 1, 2009
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あけましておめでとうございます 今年も良い年でありますように 2009年 1月 元旦 今年の干支は 「丑」大正2年生まれの母は「年女」です。母のウシさんは 「ごてウシ」さんでしょうか・・・それとも・・・「やさしい母さんウシ」さんでしょうか・・・きっと、「やさしい母さんウシ」さんと信じています。今年も、母に支えられ、又元気をもらって母と一緒に「感謝」と「祈り」をもって歩みたい。おかあさん、いつも私達のそばに居てくれてありがとう。「ありがとね」と言って貰えるように穏やかに過ごせる日をいっぱい作るからね・・ 母に寄り添う時に悩みや、苦しみ、悲しみがあってもその解決の糸口を探します。み言葉を信じて・・・ 「求めなさい。そうすれば与えられる。探しなさい。そうすれば見つかる。門をたたきなさい。そうすれば開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる」マタイによる福音書第7章7節~8節
January 1, 2009
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