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古楽ファンの勝手気ままなモノローグ。
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2026.05.10
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カテゴリ: 音楽


事態を伝える先週の A新聞一面トップ記事 には「世界的指揮者」リッカルド・ムーティ氏( 保守的な音楽観の持ち主として知られる )までが登場し、「若者が芸術に触れる機会を失う」と警鐘を鳴らすなど、いよいよこれは国家レベルの文化危機であるかのような趣です 。

とはいえ、少し冷静になって考えてみると、この記事の背景として「東京中心主義」と、クラシック音楽の関係者特有の芸術観が透けて見えてくるのが興味深いところです。

当該記事によれば、東京文化会館を所管する東京都生活文化局は、今回の事態に対して「今は他県にも優れた設備を持つ劇場がある。地方の人に上質の公演に触れてもらう好機に変えてほしい」という極めて真っ当な見解を示しています 。

これへの反論として、記事では「大津市のびわ湖ホールも休館に入るため、受け入れは不可能だ」と述べています 。確かに、びわ湖ホールのようなオペラ対応の劇場の休館は痛手でしょう。しかし、これだけ地方にたくさんの箱物がある日本で、他に同様の劇場施設はないのだろうか、という素朴な疑問も湧いてきます。

そこで亭主がAI先生の助けを借りて調べたところ、北は札幌文化芸術劇場 hitaru(最新の四面舞台を備え、オペラやバレエの巡回公演に完全対応した北海道初の本格的劇場)から南には北九州ソレイユホール(古くから西日本のバレエ・オペラ公演の拠点として活用されてきた)まで、オペラやバレエの大規模な舞台に対応できるスペックを持ったホールは全国各地に10指に余るほど存在します。

にもかかわらず、それらが「代替候補」として議論された様子は伺えません。その理由は、おそらく興行側にとっての「採算」という冷徹な計算があるからでしょう。移動コストがかさみ、東京のような集客が見込めない地方公演は、彼らにとってもともと選択肢に入っていない。つまり、「打つ場所がない」のではなく、「(東京と同じ興行利益を出せる)場所がない」と言い換えるべきなのかも?(そもそもコロナ禍の際には、代替施設どころか日本中のあらゆる劇場が年単位で使用不能になったはず。その教訓はどこに行ったのでしょう…)

それにしても、この記事を読んでいて少し胸焼けするような感覚を覚えるのは、随所に散りばめられた形容詞の数々です。東京文化会館を「世界最高峰の上演に触れることのできる日本随一の劇場」と称え、来日した名門楽団を「世界の名門」、日本の聴衆を「世界中のアーティストが『最上の聴衆』と一目を置く」と持ち上げる 。そして締めくくりには「世界的指揮者」の言葉を引用し、社会インフラや制度の不備を嘆く 。

こうした語り口は、「高級文化(芸術)」を自認するクラシック音楽を象徴するような、昔ながらの権威主義的(=教養主義的)なアプローチです。その発祥の地ヨーロッパの例を引き合いに出し、「高尚な芸術を支援することは行政の義務である」と迫ってくるところも既視感があります。今どきの日本の一般読者にこのようなアピールがどれほど響いたのか、いささか心許ないところです。

いずれにせよ、もしオペラやバレエといった「高級文化」を守ることが、首都圏での劇場施設という箱の確保や、そこでの興行利益維持を暗黙の前提にしているのならば、「理想としての」高級文化のあり方を語るにしてもやや片手落ちであろうという気がします。

記事によれば、昭和音楽大学の石田麻子教授は「創作を支える社会構造やプロセスこそが文化」だと説いています 。であれば、この機会こそ、その「プロセス」を東京という安全圏の外側に広げる努力をすべき時ではないでしょうか。

3年間、東京で思うように公演ができない。それは確かにピンチです。しかし、それを「地方のファンを掘り起こし、日本全体の文化レベルを底上げするチャンス」と捉えることはできないか。たとえ赤字が出ようとも、3年間は我慢して地方の劇場で公演を打ち、それを「文化への投資」として飲み込む。そうして「最上の聴衆」を、首都圏だけでなく日本中に育てていく。これこそが、ムーティ氏が言うところの「芸術家の使命」を果たす、最も誠実な姿ではないか。行政の関与や首都圏での箱の不足を嘆くだけでは、高級文化はいつまで経っても「東京という温室」の中でしか生きられない、ひ弱な存在のままです。

東京文化会館の館長は、劇場を「生きる力を高めるための触媒」と表現しました 。触媒であるならば、それは本来場所を選ばないはずです。上野でなければ発揮されない「生きる力」などたかが知れている、と言われないよう、関係者ももう一度コロナ禍の教訓に立ち返る必要があるように思われます。

「高級文化」の理想を追い求めるのであれば、今こそ勇気を持って東京の「殿堂」から飛び出してみる。そこで流す赤字は、いつか日本中の劇場が「満席」という形で報いてくれるかも。3年後のリニューアルオープンを待つ間、日本の芸術・文化が「地方」という広大なフィールドで逞しく野生を取り戻すことを期待したいところです。






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Last updated  2026.05.10 20:52:53
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