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いつも読んでくださり、ありがとうございます。引越しをすることになりました。http://festival.exblog.jp/が新しい住所です。連日House Warming中です。ぜひお立ち寄りください。
2004/10/14
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久々にリージェントパークを2周。ちょっと走らない間にすっかり木々も色づいたり落葉したり。ちょうど走るには汗もかかず寒くもなく、いい季節。午後はHeroを見にいった。「初恋の来た道」で季節折々の美しい農村風景をとったチャンイーモウの監督作だけあって、色使いがそれはそれは美しい映画で、アイスランドの風景を思い浮かべたりしていた。特に湖の上での戦いのシーンは夏の緑の濃さと秋の紅葉、静まり返る冬の白へと、背景が移り、効果が入っているとはいえ、ワンカットづつが絵となりそうなよいシーンだった。ただ、中国語だったので、英語の字幕を見ないと話についていけないのに、画面に見とれてあまり内容を追えなかったので(そして、結構過去と現在が入り乱れてややこしいのだ)、内容面ではあまりじーんとこなかった。映画が終わって相棒に「映像はいいけれど、話がねーいまいちだねー」なんて早速語りかけたら、やつは結構感動しているところでちょっと気まずかった。でも後にいろいろと私が理解できていなかった深い意味があったり、いいせりふがあったことを聞かされて、「ここは子牛が最高」と言われているレストランでなぜかチキンを食べてしまい後悔しているような気持ちとなった。そして夕方はコンサート。MENDELSSOHN Overture: Ruy Blas 7'BRAHMS Concerto in A minor for Violin and Cello 32'DVORÁK Symphony 9 in E minor (From the New World) 40' KURT MASUR conductorANNE-SOPHIE MUTTER violinLYNN HARRELL cello大好きなマズア爺さん。最近メンデルスゾーンのオケ曲がなかなかいいな、と思う。明るくって適度な聴かせる旋律もあって、それでいて押し付けがましくなくって。日曜日の朝にさっぱり聴くのに丁度よい音楽。今日のこの序曲もなかなか。さて、今日のメインはやはりムターのダブルコンチェルト。バイオリンとチェロが主役。ムターのバイオリンは骨太でパワフルでこぶしが効いているので、チェロの泣きやうなりにもちっとも引けをとっていなかった。チェロも悪くはなかったのだけれど、少し紳士的すぎたかな。そして有名なフレーズ満載の新世界。ポーランド出身のマズアによる新世界はもっと土臭くて、東欧臭がぷんぷんしてもよさそうなものだったが、そこはロンドンフィル。意外とスムーズといおうか、スマートな演奏だったので、これもちょっと物足りなさを覚えた。でもブラームスやドボルザークは典型的な秋向きの音楽だなあ。
2004/10/02
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Berliner PhilharmonikerBernard Haitink conductorMAHLER Symphony No 3I.「Summer marches in」 力強く. 決然と. (34'29") II. 1. 「What the flowes of the meadow tell me」(9'36") メヌエットのテンポで。とても中庸に。急がず!III. 2.「What the animals of the forest tell me」(16'51") コモド・スケルツァンド。慌てずに。IV. 3. 「What night tells me(mankind)」-アルト独唱とオーケストラ(9'02") とても遅く。ミステリオーソ。常にピアニッシモで。 V. 4. 「What the morning bells tell me ( the angels)」-アルト独唱・女声合唱・児童合唱・オーケストラ (4'10") 快活なテンポで。表情ははずんで。 VI. 5. 「What love tells me」(21'54") 遅く。落ち着いて。感じて。いやはや、またすごいものを見てしまった。。。マーラーの3番は生はもちろんCDでも聴いたことがなかったけれど、すっかり引きこまれてしまった。マーラーっていうのは、まったくどでかい感覚を持った人だ。極端に長い1楽章と残り5楽章、計6楽章で構成されている。この音楽には、当初マーラー自身が「What....tell me」という説明書をつけていたが、後に「必要なし」としてとってしまったそう。激しくマーチしたと思ったら、しゅんと静まる1楽章(これはさすがに冗長だと思ったが)が激しい興奮のまま終わると、それだけでぐったりするのに、その後に続く2楽章の可憐で切なげなメロディーに急に甘い気持ちにさせられて、そして3楽章では遠く離れた場所から吹かれるポストホルン([Posthorn]独 郵便馬車の発着を知らせるための金管楽器無弁の小型ナチュラルホルン)に郷愁をくすぐられて、かと思ったらいきなり朗々たる独唱に、しずまりかえり、そして子供たちのDing Dongで始まる朝の合唱に顔を上げ、そして最後のスローなメロディーには泣かされてしまう。なんとも忙しい音楽だった。ベルフィルの巧さはもちろんのこと、75歳の記念公演というハインティンクの無我夢中な振り方には、ぱたっといってしまわないものかとハラハラするくらいだった。個々の技が一つにまとまり激流と化す、それはそれは熱い熱い演奏だった。
2004/09/27
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小鳥のふぁいちゃん、今までありがとう。心からあなたの冥福を祈ります。いつもはなれていて何も出来ずにごめん。
2004/09/26
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朝もまだ暴風はおさまらず。鯨を見に行こうかと思っていたが、とうてい鯨船が出るような天気でもなく、断念。飛行機がちゃんと飛ぶことを祈りつつ、空港の近くのリングロード沿いのおしゃれなカフェでケーキを食べてコーヒーを飲んで時間つぶしをした。アイスランドはやはり天気がよくなければ、することが限られてしまう。ここで見たかったもの、鯨とパフィンとオーロラ。今回はオーロラしか見られなかったが、それはきっとまた戻って来い!ということなのだろう。今回は初秋のアイスランドを見ることができた。きっと春も夏もそれぞれ全く違う表情を見せてくれる土地に違いない。リングロードはほぼ一周したものの、内陸部に行くオフロードにもいつか行ってみたい。いつかまた、それもきっと近いうちにまた来よう。必ず来よう。物価の高いアイスランドで唯一買ったものは、「Lost in Iceland」今年出版された写真集。信じられないほど美しい写真がいっぱいだ。それでもそこにある写真のどれ一つとして誇張ではないことを今は知っている。「楽園」では決してないけれど「地球そのもの」のアイスランド。またね!
2004/09/25
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昨日見れたオーロラはやはり最初で最後のチャンスだった。というのも今日は朝から強風と雨。今回の旅行では半分が雨にたたられてしまい、雨女の本領発揮となってしまったのだけれども、それでもオーロラやメインスポットでは好天に恵まれたからましだったのかもしれない。シンクレイリからケフラビック空港のある半島をドライブし、それでも雨がまだ止まないのでレイキャビックへ。ショッピングモールをひやかしていたが、それでもまだ止まないので、再びブルーラグーンに戻り2時間小雨がちらつく中を温泉三昧。今日唯一よかったのは、夕食。アイスランド料理を食べさせるというレストランに行くと休業。雨も降っていたので、近くのタパス屋に入ったところここのタパスが絶品だった。9皿くらいのお任せコースをオーダーすると、ロブスターのチーズ焼きやラムのバジルソース添え、チキンのガーリックマヨネーズ和えやタラのグラタン風。などなど、一つ一つの皿が熱々で凝っていて、全てが本当においしかった。食材も限られて(一つ一つの質はよいかもしれないが、バラエティーに欠ける)、他の地域からの影響もあまりないため、味の融合もあまり見られないであろう地域なのに、こんなに食がおいしいとは。やはり食はセンスなのかも。イギリスのように、いくらフランスの隣に位置しても、インドなどいろいろな地域とのつながりが深く、学ぶ機会が多くても、センスがなければ発達しない。
2004/09/24
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やっと2日ぶりの晴れ間が覗いた朝。宿の気のいいお姉さんと朝食のときに話したところ一つの疑問が解決した。アイスランドは羊が多いが同様に馬も多く飼育されている。畑仕事などの農作業用だとしてもあまりにも多いので「何に使うんだろうね」と疑問に思っていたが、何とアイスランド国民も桜肉を食べるとは!!「Why? We eat! What else?」それぞれの農家が自分の家族で食べるために飼育しているので、羊肉のようにはスーパーに出回っていないとのこと。鯨も食べるし、食肉に対する好奇心はアイスランドと日本は近いものがあるかも。さて、久々の晴れ間を気持ちよくドライブ。まずは半島の西端にあるスナイフェットルス氷河へ。少しオフロードを走ると、それこそ氷河の上に立てるほど近づける。アイスランドの南部で見られる氷河と比べると規模は小さいが、比較的高地にあるせいか白がきれいな氷河だった。それから奇岩のたちならぶ海岸線を少し散歩して、半島を後にした。その後しばらくのドライブのあとに到着したフロインフォッサルは美しい滝だった(写真)。一筋一筋の水がつむがれた糸のような水のカーテンが周囲の紅葉に映える。そう顔大地の中から地下水が湧き出て滝となっているため、川が上流にないにも関わらず、青く澄んだ水が岩から湧き出ている。そしてこのフロインフォッサルから2日目に訪れたシンクレイリ国立公園につながるオフロードをひたすらドライブ。このコースは今回の旅No2。紅葉の短木美しい滝周辺を過ぎ、キャンプ場を通り過ぎると、だんだんと大地は平面的になり、赤と黄色の色が消え、緑の苔むす大地になる。そしてついには石がごろごろした火山灰のむき出しの大地が延々と続く。左手にはラング氷河が見えて、こんなところに置き去りにされてしまったら、どれだけ恐ろしいだろうと思う。しばらくこうした不毛な大地を走ると、また再び緑がそして赤と黄色が戻ってくる。ほっとする。アイスランドを走っていると、景色に本当に飽きるということがない。再び戻ってきたシンクレイリ国立公園は心なしか多少紅葉が進んだ気がする。湖の近くの温泉の出る宿に一泊。学校寮が夏休みの間だけホテルとして貸し出されているチェーンだったので、部屋も小さかったが、温泉があり(温度はめちゃくちゃ高かったが)、夕食もおいしかった(ポークソテー)。そして、「今日はオーロラが見えるかもしれない。昨日は見えたよ」の宿の親父の言葉に9時ごろからそわそわと歯を磨きながら外を見ていると、見つけたー!!!最初は夜空に緑のうっすらした光が差してきたくらいにしか思わなかったが、相棒に知らせて一緒に外に出てみると、緑のぼんやりしたカーテンが風にゆられてふらふら、さわさわ。時々刻々と形が変わるというよりは、空にかけられたハンモックが揺れたり丸まったりしているよう。満点の星とときに確かに見られる流れ星。30分あまりの夜空のショーに魅せられた。
2004/09/23
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朝からまたしても悪天候。野鳥の宝庫ミーバトン湖を散策する陽気でもなく、車に乗って先へ先へ。まずはGodafossへ。神の滝という意味のこの滝は高さこそあまりないものの、横に広がりを持っており、3本に割れて(岩に遮られて)滝が降りている。雨の降っているときの滝はやはり凄みがある。そしてフィヨルド沿いにあるアイスランド第二の都市アークレイリへ。第二とはいっても2ブロックほどお店が並んでいるくらいの小さな街。そこではまたもやCDを求めてスーパー巡り(いいかげんにヘヴィメタに飽きたので)をして、The Corrsのベストを購入。あいかわらず青空は見えず、ちょっと見えたと思ったらまたすぐ雨空に。追いかけれてしまっているみたいだ。アークレイリで軽いお昼を食べてからひたすら国道1号線を西へ西へ走り、スナイフェルネース半島に突入。半島の中腹にある本日のファームハウスに到着するまでほぼ5時間走りっぱなしで、さすがにドライブ好きの相棒も切れそうになっていた。夜は街に2件しかないレストランのうち魚を食べさせてくれるという1件に行った(もう一つはピザ)。そうしたらこんなところに日本人のカップルが。レイキャビック周辺やブルーラグーンではさすがに何人か見かけたものの、リングロードを一周する旅に出てからはほとんど日本人を見かけていなかったのに、こんなさびれた街で会うとは。彼らはドイツに駐在中で、今回はアイスランドに釣りをしにきたそう。普段は自転車で1日何十キロも旅をするようなアウトドア派の二人。魚レストランとはいってもメニューはおまかせの一点だけで、タピオカの入った不思議なスープとにしんのグラタンを食べながら旅の情報を交換しあった。
2004/09/22
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朝食を食べながら宿のロカビリー風のおじさんと話をした。「今日はもしかしたらまだパフィンが見えるかもしれないと思ってフィヨルドに行くんだ」と話すと「No Way」。我々のアイスランドに来た目的は、パフィン・鯨・オーロラをスポットしてロブスターをたらふく食べること。ロブスターの件は昨夜遂げたものの、パフィンに関してはどうやら「すでに渡ってしまった」ようだ。。。がっかり。でも3日目にしてすっかり惚れ込んでしまったアイスランドにまた来る目的が残っているのもいいものだ。今日はいまいち曇り空。南西のこの街から一気にぐるりと回って北まで行くドライブデーのつもりだったからいいか・・リングロードの海岸沿いの道を沿って走っていくと途中で工事中のところがあり、表示がよくわからなくなっていた。続けて海沿いをずっと走っていくと、どう考えてもあとはもう海につきぬけるしかない、という気配がしてきたので、「きっとあの工事現場で間違えたんだよ」と相棒はハンドルを切り大胆にUターンした。そこで嵌ってしまった。黒砂にタイヤが。見ると、左前輪の半分くらいまで砂に埋まっている。相棒はパニック状態で海岸を空ろに歩いている。プラクティカルな私はまずは砂をかきだそうと掘ってみるが、「砂の女」の怖さをひしひしと思い出してしまいそうな砂。かいてもかいても戻ってしまう。ところがそこに我々と同じように道を間違えた車がやってきて引き換えそうとして我々を発見してくれ、わざわざ近づいて来てくれた。イタリア人らしいカップルの二人は、その状態をみて「Oh No」などと言っていたが、やはりプラクティカルに砂浜に走っていき大きな石を持って戻ってきた(相棒はいまだ茫然自失で駆け寄ってくれた彼らにまともにあいさつもできない状況)。この石をタイヤの前に置き、これを踏み台として相棒は前に進もうとしだが、エンジンがくさーくなるだけでますます砂に埋まるばかり。「押してだめなら引いてみろ」のとおり、今度は我々3人がフロントをおして車をバックさせると、ほら!少しづつ脱出できた!(私は最初からそうすべきと思っていたのだ!)でもありがたかったのはこの二人。小雨がちょうど降ってきたのに、そんな中駆け寄って助けてくれた。「私たちも困っている人がいたらちゃんと助けようね」などと心を熱くしながら、ドライブ再開。アイスランドの西部はフィヨルド地帯となっている。といっても北欧のフィヨルドのような切り立った崖があるわけではなく、のっぺりした平野がぎざりぎざりと海によって刻まれている。したがって海沿いを走るリングロードはとんでもなく遠回りをすることになるわけで、小雨の振る中淡々と、うら寂しい道を進んだ。フィヨルドにも飽きたので、途中で山の中に入る未舗装路のショートカットに進むと、これまた驚いた。道はかなり急な斜面を登っていく峡谷地帯となっていたから。道幅も決して広いとは言えないのに、ガードレールなどもない斜面を登っていくと、これまたスリル。この道はエイイルススタジルという西部の中で一番大きな街につながっていて、そこでお昼とした(クレープでタコライスをつつんだ料理と相棒はラム肉の入ったスープ)。こうしてかなり過疎な地帯に踏み込むと(国全体が過疎ともいえるが)、ラジオの音波が届きづらくなってきたため、スーパーに入ってCDを物色。今回の旅ではCDを求めてかなりいろいろな店で物色したけれども、一つ言えるのは、アイスランド国民はロック好きということ。ドライブインの20枚くらいしか売っていないコーナーでも定番ビヨークのおどろおどろしいジャケットに加えて「Iron Maden」が2枚ほど閉めていたり、「White snakes」のベスト盤が売っていたりする。騒がしい音楽の好きな相棒はこれらを嬉々として購入していたので迷惑なことだった。そしてそんなWhite snakesベストを聴きながら、苔も生えないような火山灰の大地を延々とドライブした。リングロード沿いからは外れたオフロードに入ると、宇宙飛行士が飛行訓練を行うといわれるアスキャ火山がある。雨足も強まる中、リングロードを外れてデティフォスの滝へ。さきほどの大地よりもより黒っぽくってガリガリした大地を1時間ほど進むと突然、本当に突然、黒っぽい濁流が一斉に終結したおどろおどろしい滝が見えた。川の姿も殆どない中だったので、今日の一番ビックリの光景。おまけに周囲は美しい峡谷となっている。この滝は欧州最大の滝だそうで、雨のせいもあるのか火山灰により白く濁った水がものすごい勢いで量で流れ込む。近寄って覗き込みたいけれども、滝の周りには柵のひとつもないので、足元の石が崩れ落ちたら・・・。雨はあがらず、200度のお湯がぐらぐらしているナウマフィヤットルもささっと見て、ミーバトン湖も通り過ぎただけで、その湖に近いファームハウスへ。露天温泉があったので小雨がしのついていたが1時間ほどゆっくりと漬かった。夜はこのハウスで頼んでご飯を作ってもらった。ポルチーニのクリームスープにラムの焼き豚風味のローストにお野菜にクレープに生クリームをはさんで冷やしたもの。突然頼んだのにこんなにおいしい食事で大感激だった。
2004/09/21
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朝食のとき宿の人がやってきて「なんちゃらタイヤ」などと神妙な顔で相棒と話をしていた。「スノータイヤかな、もう凍っている場所があるのかな」なんてのんきに考えていたら、なんと「フラットタイヤ」すなわちパンクのことで、我々の4WDのタイヤが一つ完璧につぶれていた。 昨日夕食のあとに宿の近辺のがたがた道を(闇の中)、「新しい長靴を履いて水溜りじゃぶじゃぶの気分」といいながら張り切って走り回っていたことが思い出された。だが幸運なことに、近所の農家の人がスペアタイヤとの交換をその場でしてくれて、それでVikの街にある自動車修理工場に行き、スペアタイヤを補充した。全く人っ子一人通りかからない道で発覚したんじゃなくてよかった(そういうリスクは相当高い)。さてさて今日はまず河で露天風呂が楽しめるというLandmannalaugarに向った。2日目にして早速パンクをしたにも関わらず、未舗装路をがりがりと進んだ。リングロード沿いの風景も見渡す限りまっすぐに道が続き、ダイナミックな風景が次々に展開されて素晴らしい。でも、全く人気もなく、人造物というと鉄線塔くらいという、大自然の中の、ぐにゃぐにゃ曲がってのぼりおりする未舗装路を進むときのスリルはたまらないものがある。この道路(実は迷ったことで2度も往復したのだが)は思い出深いアイスランドの道路の中でも格別に美しいルートだった。羊が草を食む牧草地帯を抜けると遠くには氷河を望みながら溶岩台地の丘を上り下りする。そのあと続くのは見事に色づいた短木と苔の台地に流れる清流。これだけの景色がただこの車だけの目の前に広がっているなんて。一番好きな瞬間は、特に空に向って道を上っていくとき。その次の道がどうなるのか全く予想もつかず、ジェットコースターをカタカタ上っているようなスリルがあって、坂の後にはまた別の坂が続いていたり、一回なんて坂を上りきると本当に急降下してそのまま地平線まで続く一直線の道だったこともあり、そのときは圧巻だった。2時間以上ものドライブの末、行き着いたのは行き止まり。Landmannalaugarは遠すぎるので、別の景勝地エルギャドウへと方向転換してしばらく進むやいなや、いきなり目の前には河。先ほどまでも何度か河を渡ったものの今回の河は3つの流れが一つになったところで、深さもありそうだし、流れも速い。先ほどまでの河のところには見られなかった立て看板には「エンジンは耐水性ですか」「車高は十分ですか」「非常時の連絡手段はありますか(この奥地では携帯の電波は届かず)」「十分に暖かい服装ですか(これは万が一スタックした場合、しばらく身一つで待てるかという質問だろうか・・)」などのチェック事項が書いてある。さすがにここでスタックしたり、悪くしちゃうと流されたりして、たまたま誰かが通りかかって助けてくれる可能性はゼロに近いし(ここまでの2時間半のドライブで一台も見ていない)、歩いて助けを求められる家のようなものを見たのも相当前だ。となるとそこまでのリスクをかけて挑む価値なしと判断して、すごすご引き返すことにした。昨夜の退却と合わせて2度目。と、結果は無為に終わってしまったものの、その道中の景観は筆舌に尽くしがたしだったし、まあいいか。次に黒砂地帯の荒涼たる景色を抜け、東京と神奈川をあわせたくらいの規模がある世界でも最大級規模のヴァトナヨークトル大氷河を左手に見ながら、向ったのはSkaftafell国立公園。アイスランド最大のこの国立公園からは氷河まで歩く散歩コースもある。私たちが選んだのは、スヴァルティフォスという滝に向うコース。2つの滝を通り過ぎ、紅葉のはじまった山をゆるやかに上っていくと、かなたに見えてくるこの滝。黒い六角柱の石が突き出すように垂れ下がる崖から落ちる滝だった。1時間ほどのほどよいWalking。本日の宿ホブンまではまだ150Kmほどあり先を急いだ。やや黒ずんだ大氷河を左手に、右手には海につながる平野。そんな中突然目に飛び込んできたのがヨークルスアゥルロゥン。(ヴァトナヨークトル氷河の南ブレイズルメルクールサンドゥル砂原には氷河を源流とする川ヨークルスアゥが流れている。長さはたった1500mと短い。この川の水は氷河湖ヨークルスアゥルロゥンに流れ込んでいるが、この湖にはヴァトナヨークトルを構成するブレイザメルクヴァトナヨークトル氷河の先端部が崩れ落ち、氷山や流氷となって浮かんでいる。氷河湖の深さは約100m。氷河が時折崩れ落ちる瞬間に出会えることもあり、様相はまさに壮観。氷河からの氷は1000年以上古いものであるが、氷河が最近の温暖な気候のせいで後退した結果、今世紀になってから氷河湖は形を大きく変えてきている。)アイスランドの一大風景の一つなのに、マップを見ながらすっかり見落としていた。いきなりブルーハワイのような氷がぷかぷか浮く湖がリングロードのすぐ横に見えて、そこだけ南極といったような趣。アイスランドの景色にはびっくりさせられることが一杯だったが、これもその一つのびっくり。丁度日も沈みかけてきたところで、カメラマンが一人きりでじっと写真を撮っているところだった。ホブンに近い今宵の宿(コテージ風のきれいなところだった)に到着したときは丁度日没で一層赤を増した太陽が山と氷河に照り返す光景もこれまた。夜は手長えびの街(街中手長えびキャラで一杯。夏にはロブスターフェスティバル)ホブンにえびを食べにいった。前菜にトマトスープに溶けるチーズをのせて焼いたトーストが入っていて、ボリュームのある一品。そしてメインはこれでもか!というほどのえび えび えび。最初はほの甘くってぷりぷりしたえびを嬉々として食べたけれどもちょっと量が多すぎ。ベルギーで食べるムール貝を思わせる。何事も加減が大事です。このホブンの街には無人の大きな衛星アンテナのようなものがあって、何なのかちっとも説明がないのでそそられた。なんだったんだろう、宇宙との交信基地かな。
2004/09/20
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朝からよい天気。一号線のリングロードを東進。この一号線がアイスランド(北海道と四国をあわせたくらいの大きさ)ををぐるっと1周している(そしてここを一周するのが今回の目的)。一箇所途切れてしまうと、すぐ隣の地域に行くのもこのロードを逆に回らないと行けなくなってしまう。一度96年だったか火山の爆発により、氷河を巻き込んだ濁流がこのロードを破壊してしまい、10キロにわたって埋没して大変な被害となったということ。レイキャビックを出て20キロくらい過ぎた頃に、いきなり右側に衝突した車二台がオブジェとなり、交通標語らしいものと飾ってあった(?)。この生々しいオブジェもそうだし、先に述べた氷河により押し流されふにゃりと曲げられた橋のオブジェが飾ってある場所などもあり、そのストレートな表現にちょっとびっくり。セルフォスの手前でリングロードから逸れて、まずはケリズ火口湖へ。3000年も前の爆発によって出来た小さいが青の美しい湖。その後は湖の横のシンクヴェトリル国立公園へ。ここはユーラシアプレートと北米プレートが生まれ東西に分離している場所。ここで生まれたプレートは日本でまた巡りあう(東北以北は北米プレート上、伊豆以降の西日本はユーラシアプレート)。1年で2センチほどいまだに広がっているというこの裂け目を目の前に見られる場所だ。また、この地は世界初(930年)民主議会発祥の地でもある。自然のわけ目と人間社会の分け目が一つの場所にあるということも何か不思議な縁のようだ。オフロード(アイスランドはだいたい3桁の公道となると舗装されていない道路となる)を通りその後はグトルフォスへ。上記の写真がその場所で高さはないもののその水量たるや圧巻の滝。そして、もう一度リングロードにもどりさらに東進。パートナーがこの1週間で運転したのは実に2800キロ。文句も言わず(言われても私は免許すら持っていない)、運転してくれて本当に感謝しているが、意外とオフロード好きで、運転がうまいのをいいことに氷河の近くのFのつく道路に行くことになった。Fのつく道路は舗装されていないのはもちろんのこと、じゃりというより岩がごつごつした本当のオフロードで河を渡ったりすることも時に必要。エイヤフィヤトラ氷河を奥に入るFロードに入り込み小さな川をいくつも通りこえ、「意外といけるかも!」と思ったところ氷河の手前にてかなり大きな河の流れに阻まれてしまった。もしかしたら行けるかもしれないけれど、いけなくって流されたときに、携帯の電波も通じず、ほとんどほかの車も通らないこの道で助けを求めるに求められないそのリスクを考えると、到底行ける可能性を試す価値なし。すごすごと退陣した。その後はこのFロードの入り口にある、滝の裏側を歩けるセーリャランドスフォス(フォスが滝という意味)と、真っ直ぐで高さもある美しいスゴウガフォスを見て、氷河のすぐそばまで寄ってからVikという街の近くのファームハウスへ。このファームハウスから港街(といっても50件ほどのおうちしかない小さな街)Vikまでの道のりがとても美しかった。大きなカーブの目の前につぎつぎと現れる緑と岩の山。ときに鷹が羽を広げている形をしていたり。そして右手には延々と海からつながる平野が広がっている。Vikの街に一軒しかなかったのはピザハウスのようなレストランで、メニューを見てたいそうがっかりしてしまい、ハンバーガー(パートナーはマスのグリル)をオーダー。ところがこのハンバーガーが肉厚で今まで食べたハンバーガーの中でもっともおいしいもの(広尾のHome Worksよりもおいしい)。付け合せのポテトフライも程よくガーリックスパイスがかかっていて大満足。アイスランドの印象2日目もいまだ万点。
2004/09/19
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遅めの夏休みでアイスランドへ。その昔愛読書である池澤夏樹の「真昼のプリニウス」という本で、主人公の魅力ある女性の地学(火山学かな)の教授が研究のため赴く予定の土地へ、今はアマゾンにいる写真家の恋人を勇気を出して誘う。それがアイスランド。彼女に言わせると、「地学的にも写真としての風景としてもものすごい」場所を数多く秘めた場所。そんな記述を目にしては、とても行ってみたかった。そんなアイスランドへはロンドンからたったの2時間強。アイスランド・エクスプレスという格安飛行機に乗って3時ごろにケフラビック空港に到着。これから1週間お世話になる4WDを借りて(現代自動車のサンタフェ)、空港から車で30分ほどの一大温泉ブルーラグーンへ早速直行した。そこまでの風景がもう違う。何もない溶岩台地。苔の緑と空の青だけが唯一の彩りかのような荒涼さを目にすると、俄か勉強で見ていた写真集やガイドブックの写真をはるかに凌ぐ風景がこれから見られるといううれしさで一杯になる。ブルーラグーンは99年にオープンしたという広大な露天風呂。全体的には若干温めだが場所を探せば暖かく、この地で取れるドロ塩パックを顔に塗りながら1時間以上ものんびりのんびり。思えば欧州で温泉に入るのはこれがはじめて(海外ではカナダのバンフで一度はいったけれど)。外気に触れると寒い気もするが、1時間以上も入ったおかげで出たあとはポカポカ。といきなりくつろいだ後は、今宵の宿となるファームハウスを探す道へ。今回の宿泊でお世話になったのはファームハウス・バウチャー・システム。アイスランド各地に散らばる様々な契約ファームハウス(B&Bのようなもの)を毎日の道程しだいで自由に訪れて(基本的に事前予約は受け付けない)、事前に購入しておいたバウチャーで支払いを行うというもの。事前に購入しておくと、宿の施設(温泉のあるファームもあり)やランクと住所を書いたパンフレットをもらえるので、今回のような車での気ままなたびにはぴったりのシステム。夏はまだしも、冬のアイスランドはオーロラなどの魅力はあるものの、いまだに訪れる人は少ないと思われるため、こうして旅館一本ではなく、ファームの片手間の小遣い稼ぎくらいで行うのが丁度いいのかもしれない。ところがこの初日の宿。レイキャビックから15Kmくらいの距離だが、行き方の記述がわからなくって、土地勘も全くないことから迷いまくり、到着までに1時間以上も無駄にしてしまった。でも到着したファームは迷った価値があるくらいの素敵なインテリアの部屋だったけれど。やっと落ち着いて荷物を降ろせたので、夕食を食べにレイキャビックに戻り、ネットで調べたおいしそうなアイスランド料理のレストランに向った。ちょうど8時ごろだったせいか、満員で1時間待ち。それほどおいしいのだろう!と感激して、1時間は外でビールを飲んで時間つぶし。アイスランドのビールは滞在中3種類試したけれど、好きなのはバイキングビール。ちょっとほの甘いような(でも決して甘くはない)ラガーでこのビールはラガーの中ではかなり私的には好位置にある。そしてご飯。アイスランドは来るまでは、「どうせトナカイの肉の燻製とかではないか」と対して期待していなかったが、どうしてどうして。かなりのレベル。それもアイスランド料理を食べてもほかの何を食べてもとってもおいしい。素材がよく、味付けということをよく知っている。この日の料理もかなりのもので、前菜のムール貝と魚の濃厚なクリームスープ(パートナーはムール貝のグラタン・リゾット添え、これは絶品)、そしてメインに私はロブスターとおひょうのロブスターソース和え(パートナーは鯨のステーキ)。しつこすぎず、それでいてしっかりとした味付け。もう素晴らしい!!と、初日からアイスランドの評価はかなりの好発進でスタートした。
2004/09/18
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今年もPromsが終わってしまった。その終わりとともに、夏が終わって、秋になってそのまま長く暗い冬に突入してしまうのだなー、といつも思う。今年はまさしくそのとおりで、プロムスが終わって今週に入ってからは気温が20度を下回り、そろそろ秋モノどころか冬モノを出さなくちゃなんて思うほど。そして土曜日は2回めのプロムス(ただしIn the park)へ。東京から遊びに来ているTちゃんと、W大関係の友人とその仲間たちなど総勢8人。今年は慣れたものでおにぎりを握って、ワインやチーズや紙コップなどのピクニック用品を持って。5時半くらいから前座が登場して延々と10時半くらいまで演奏するのだけれど、その間5時間、ワインやビールを飲みっぱなしで、正直言ってあまり音楽を聴いていなかった。今回の目玉はAbba tribute bandのBjörn Again。ダンシングクイーンやママミアなど、洋楽に疎い私でも口ずさめる曲のオンパレードで、すでに出来上がっていた我々(そして周囲のほぼ全てが)は当然立ち上がって集団ディスコ状態。大いに盛り上がった。そしてCorrsという結構昔から好きだったアイルランドのバンドも登場。惜しむらくは、3曲くらいしか歌わず、しかも私の好きなRadioやらAt your sideなどが歌われずに残念。最後の1時間弱は昨年と同じく、ロイヤルアルバートホールからの中継となり、ブリティッシュ音楽の連続だったけれども、もうその頃にはかなり酔っ払っていて、手を左右に振り続けているうちにふらふら。。。と書いてみるとこの記事のカテゴリーを音楽とするには少々気がひけるほど、ただ飲んでいただけのプロムスだった気がする。
2004/09/11
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今週末は、先週の肌寒さがうそのような快晴の夏日。終わったと思っていたものがまた戻ってきて、ジョギングにはきつい陽気であるものの、とても嬉しい。日曜日は朝からOxfordへ。ロンドンからOxford、電車でいくと往復10ポンド以上(レギュラー料金ならより割高)かかるところ、このMegabusだとたったの4ポンド!(週日だと2ポンド)ロンドン市内の地下鉄よりも格段に安い。お下がりのロンドンバスを使った仕様だからか、二階建てでたくさんの人が運べるからこその価格かもしれないけれど、こんな安い対抗馬が出てしまっては、益々電車に乗る人が減ってしまう。鉄道の国イギリス、その名を守るためには安全の確保だけではなく、料金の維持(値下げ?)も必要で前途は暗澹たるものかも。10時には街に到着したので早速、クライストチャーチの脇のMeadowを朝のお散歩。まだ店も開店前なのに街中には観光客の姿が見られたのに、このあたりには全く人も居なくて、木立の中テムズ河の支流沿いを散策した。昔インペリアルカレッジに留学が決まり、ロンドンに到着するやいなや「今後1年の学舎はどんなところか」とウキウキしながらロンドンのサウスケンジントンを訪ねたところ、単なる都会の真ん中にあるビル群ですごくがっかりした覚えがある。ケンブリッジやオックスフォードのような大学をイメージしていた私は完全に裏切られてしまった。イギリスでも地方に行くと、静かで広大な緑の多いカレッジタウンを抱えた大学が多いが、ロンドンでは、LSEにせよUCLにせよどこもビルが林立するだけ。もう一度大学で学べるのなら、今度こそはこういう落ち着いたカレッジタウンで勉学一筋の学生生活を送りたいもの(・・・と二度と学ぶことはないと思うからこそ言える言葉)。お昼にはこちらへ研究にいらしている早稲田大文学部K教授と。聡明な女性というのはこういう方のことを言うのだ、というようなK教授にオックスフォード一古いといわれるBearというパブにつれて行っていただく。ステーキパイを食べたが、パイ皮をさくさくとビーフシチューに落としながら食べるこのメニューはなかなかのヒット。パブで先生にいろいろとご専攻の心理学についてのお話を頂いた後は、ハリーポッターの食堂ロケにも使われたクライストチャーチ、皇太子が通われたマートン、そして鹿のいる庭の有名なモードリアン。教授の特別パスがあるため、すべて顔パスで、ちょっと気持ちいい・・・2時間もの間、オックスフォード版「哲学の道」(モードリアンの教授専用の裏庭)や静まり返った裏道を歩きながら、「5月1日には春を祝ってあの塔の上で聖歌隊が歌って、その後に皆でシャンペンとイチゴでお祝いするのよ」などの様々なOxford Tipsを伺った。SchoenbergVariations for Orchestra, Op. 31 (23 mins) Interval BeethovenSymphony No. 9 in D minor, 'Choral' (70 mins) Christiane Oelze sopranoBirgit Remmert mezzo-sopranoTimothy Robinson tenor - please note the change of artistJohn Relyea bassCity of Birmingham Symphony ChorusBerliner PhilharmonikerSir Simon Rattle conductor そして夜はProms。本日はベルフィルとラトル。いやー生涯最高の第九とめぐりあってしまった。社会人の頃「これを聴かなきゃ年越せないんだよなー。音楽のさなかに1年間の様々な思いを去来させ、来年に向けての抱負を誓う!」と思いながら、年末となると必ずどこかの(N響が多かったが)第九に通っていた。真夏に戻ったこの日のRoyal Albert Hall(当然冷房なし)は満員の人で噎せ返っており、「この音楽にこの環境は、どうも調子が狂うな」などと思っていたが、いやそんな雑念は一音鳴った瞬間に飛んでいってしまった。このトンでもないホールで見るからに暑い楽服に包まれながらも、気温をはるかに上回る熱で、この人間賛歌を奏でてくれた楽団員たちの姿を前にしては、パンフレットでパタパタ仰ぐのも恥ずかしい。第1楽章は、信じられないくらい抑制の効いた、それでいてそのスタートを聴いただけでこれから訪れる音楽の感動を予期できるかのような明確な意思をもった出だし。私が今まで聴いた中では一番ゆっくりとしており、それでいながら自在にテンポが揺れた第一楽章。今までも美しいと思っていた曲だが、今までの認識は10メートルも離れたところから「この図案と色合いは面白いな」と思いながらタペストリーを見ていたようなもので、今日そのタペストリーに初めて近寄ったように思う。一本一本の糸の素材の存在感、その糸の光沢に現れた歴史、細部の文様、そうしたものが言うまでもなく世界最高のオケのひとつであるベルフィルによって、一つ一つ解きほぐされていく。こんな曲だったのか。それでいて指揮ラトルのストレートかつパッション溢れる統制により、ディテールに終始せず、ディテールが絡まりあったことによって見えてくる絵も明確なメッセージを持っている。2楽章は1楽章から一転してテンポは急に。ここでもソロの一つ一つの技術の確かさが、ともすれば空回りしそうな細かいソロメロディーを曲芸のように魅せてくれる。ティンパニの鳴る前の一瞬の間の緊張がたびたび観客席からの咳によって妨げられてしまったのはとても残念。細かいことは気にしてはいけないのだけれども、3楽章が終わり、4楽章との間に歌手の人たちが入場してきたときには拍手がおきてしまうなど、大々的な音楽の祭典であるPromsだからこその、通常のクラッシックファンは行わないような素直すぎる反応が見られ、それがちょっとだけ気になってしまった。3楽章は普段眠くなってしまうが、もちろん究極の職人集団によって奏でられるゆったりしたメロディーは味わい深くて1、2楽章と絶え間ない緊張で前のめりに聴いていた心を休めてくれる。そして第四楽章のチェロの一糸乱れぬ呼吸、信じられないほど(本当に彼らの演奏は「信じられないほど」連発だ)、アルプスの山奥まで届き、それでいてどこかやさしい響きのする金管(トランペットの音色を「やさしく」感じたのは今回が初めてかもしれない。そしてソロの歌のあとに始まった合唱がこれまた、只者ではなかった。あれだけの人数の大集団の心が一つとなっており、緩急の付け方から間のとり方までずばっと一致していた。ラトルはやはりカリスマ性の指揮者だと思う。一歩壇上から降りてしまうと、そんな気配は漂わないのに、曲がどんどん佳境へと進行するにしたがって彼を中心として「空気」が集まりそして発散されていくようだ。細部によし、まとまりでよし。やはりベルリンフィルは私にとって世界最高のオケだと思う。9月末にはラトルではないがベルフィル&ハインティンクでマーラーの3番が聞ける。
2004/09/05
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リュブリヤーナに向うCres発のバスは朝の6時。5時半にホテルを出て日の出前の暗く、遠くで雷鳴が光る道を歩いてバスターミナルへ。今度は島の反対側のフェリー乗り場からKirk諸島へ渡るフェリーに乗り、この諸島を横断し、端でRjeikaへ、その後高速に乗ってスロベニアへ。全5時間足らずの行程だったが、眠くてほとんどうとうとしていた。スロベニアの首都リュブリヤーナ。行きは全く街にも寄らなかったけれど、今日は飛行機出発までの3時間ほど暇がある。バスに乗ってとりあえず街の中心らしきところまで行ってみると、細い運河のような川が流れ、その両側にはカフェが立ち並ぶエリアに出た。スロベニアはカフェ文化が盛んなのか、なぜか駅の売店でいろいろな種類のコーヒー豆が売っていた。この川沿いのカフェからもエスプレッソの濃い匂いが立ち上ってくる。カフェ以外にもデザインアクセサリーやステーショナリーのおしゃれなお店が多く、きっとスロベニアの自由が丘といった場所なのだろう。今回最後の食事を気合を入れようと、川のハズレまで歩くと、雰囲気のよいイタリア料理のお店があり、そこに決定。蛸のカルパッチョやサラダ、イカ墨のリゾットにやはり基本のシーフードパスタ。パンナコッタにアップルシュトルーデル。赤ワインもおいしく、以外に値段は張ったけれども満足のいくランチだった。ランチ後は待ち歩きをしようとおもったのに、バケツをひっくりかえしたような土砂降りで、駅に直行。結局リュブリヤーナというかスロベニアを見る機会はほとんどなかったけれども、美しい湖畔や鍾乳洞があるというこの国はまた訪ねる機会もあるだろう。
2004/08/31
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朝なかなかに爽やかな目覚めだったので、ジョギングに。昨日はホテルを出て右側の街まで歩いたので、今日は反対側へ。大きなキャンプ場が広がっており、テントの外に出てコーヒーを沸かす人や素っ裸で朝食を食べる老年カップルなど、くつろぐ人々。2ヶ月ほど休みがあるのであれば、キャンピングカーなどに簡単な家財一式を詰め込んで、あちらで1週間こちらで1週間、キャンプ生活を行う旅も心惹かれるけれど、たった数日の慌しい旅行ではホテルでリラックスするのが先決かな。大きなキャンプ場を抜けると、しばらく松林の中を道が続いていたが、20分ほどで行き止まりに。というか、岩だらけでとても走れない道になってしまったので、目の前に見えている岬の突端までその岩道を歩いてみた。昨日も見られた「ヘイドリアンウオール」が後方には延々と続き、海もよりごつごつした岩場で、その分透明度も増して、朝の光を浴びて美しい。しばらくぼーっとしてからまた20分ジョギングして宿に戻った。朝食の後は島のドライブ。早くValunという海のきれいな小さな町に行き寛ぎたそうなCJカップルだったが、私は島にある湖(The level of the lake is above the level of the surrounding sea, and its bottom is beneath the sea level only at the depth of 74 m)を見てみたくて、ちょっと渋るCJカップルに「ちょっとだけ行ってみようよー」とおねだり。「湖の姿なんて見えないよ!もう戻ろうよ!」「あとちょっと」なんて言いながら、早く湖面が現れないかと思っていると、現れた!!山がちの大地の向こうにちらっと見えた湖はCresの海の色の透明度をより高めたような美しい姿。ほら、やっぱり来てよかったでしょ!ところが展望スポットを行き過ぎてしまい、すぐまた林に隠れてしまったので、この美しい湖をもっと間近で拝むために、舗装されていない湖の外周に沿った(地図上)道路に足を踏み入れてしまったのが運のつき・・・最初は舗装されていない道路をガリガリ進むのがちょっと冒険っぽくって、「やっぱりこんなワイルドなこともしなきゃね」と皆ではしゃいでいたのも束の間、道のガリガリ度は一層高まり、道幅は狭く茨のような木々が車の表面をきーきー引っかいている音もする。おまけに道はどこまで行っても終わりは見えず、あの美しい湖も気配はするものの全く姿を見せない。40分もぼこぼこ進むと、ついに岩がごろごろ転がる道でにっちもさっちも行かなくなってしまった。皆で岩をきれいにならして、車も黒い煙を吐きながらやっとクリアーしたけれど、皆が無言。最初に湖に行きたがった私としては罪の意識・・・1時間もそんな道と格闘してやっと舗装道路にたどりついたときは本当にほっとした。細い道のどこかで、同じようにあり地獄にはまってしまった対向車と出会ってしまったらどうしようと思っていたので、そんな状況を回避できただけましだったかな。その後到着したValunの街はCresの街を小さくしたような街で、海の透明度は一層高かった(ついでにヌード比率も)。またまたシーフードリゾットの昼食を食べた後は、やや海で遊んだり、昼寝大魔王になったり。昼寝から起きると日陰に入っていたので、隣で大鼾をかくパートナーを残して、場所を移動して本を読んでいた。しばらくすると目覚めたらしい奴がきょろきょろ私の姿を探しているのだけれど、どうやら死角にあるらしく気づかない。私の目の前5メートルくらいのところに移動してきて、まだキョロキョロしているけどまだ視野に入らないらしい。そんなキョロキョロを20分も続ける間抜けな姿を見ていると、おかしくっておかしくって久々に大笑いしてしまった。何かの本にも書いてあったけれど、男の人はどうしてこうも探し物が下手なのだろう。そんなのどかな午後を過ごして夜もCresの街をお散歩。今宵のレストランはLonely Planetに掲載されていたレストラン。魚のスープ(今日はハーブが効いていた)とイカリング。こうしてあっという間にCresの滞在は過ぎていく。小さな島だったが、荒々しい自然あり(身をもって体験)、美しい海あり、おいしい食事あり、散歩の楽しい街あり、の要所要所をちゃんと押さえたいい島だった。
2004/08/30
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クロアチアには何と1000を越える島が属しているとのことだ。地図を見ると、クロアチアは旧ユーゴのアドリア海沿岸の地域をほぼ独り占めした細長い国で、わずかにしか海岸線を残していないスロベニアやモンテネグロが気の毒なくらいだ。近年イギリスではクロアチアの人気がうなぎのぼりで、特に南端にあるドブロニクなどは世界遺産に指定された街の美しさと海の美しさで多くの観光客を集めている。スペインやフランスの片田舎にセカンドハウスを買って悠々自適の老後を過ごしたいと夢を持つイギリス人。しかしこれらの地域の住宅価格は高騰しており、そんな彼らの次のターゲットはクロアチア。確かに海も美しく食べ物もおいしく、交通の便も悪くはないこの国はEU加盟前の今が買いどきなのかもしれない。さて、そんな1000の島のうちのひとつCres島が今回の目的地。一つには比較的リュブリヤーナから近いことと(直線距離は160キロ)、昔のベニス影響をもつ街並みが美しいという文句で決定。早起きしてOpatijaの街を散歩した後、車で南下してBrestovaという港からカーフェリーでたったの15分。そこはもう縦に細長い島であるCres島。亜熱帯の島のような平坦な島ではなく、起伏に富んだ島であるというのはギリシャの島々と同じ。オリーブの畑と松。そしてごつごつした岩肌と、石の塀。島のあちこちで見られたこの石の塀はヘイドリアンウオールのように石を積み重ねて作った塀が延々と続いている。しかも一直線に続くのではなく、縦横無尽に張り巡らされたメイズのよう。石は何かで接着してある訳ではなく、非常に器用に1メートルくらいの高さに積み上げられているだけ。何のため?防風かとも思うが、必ずしもオリーブなどの畑だけに見られるわけでもない。いまだに不思議でつくづくホテルの人に聞く手間をかけなかったことが残念だ。港から1時間ほどのドライブで島の中心Cresの街に近いホテルに到着。早速街に出てパスタの昼食をとり、海で昼寝。透明度の高い水は美しいのだけれども、石の海岸のため歩くと痛くて、水も冷たく、ちょっと怠惰に寝てばかりの島での滞在だった。今まででもっとも美しいと思った海は、2年前に行ったザンジバルの西の海岸。白い砂と真っ青な空にターコイズブルーの海。あの美しさは忘れられないし、インドネシアの素朴な島プロウスリブの海もきれいだった。去年行ったギリシャにしろ今回のクロアチアにしろ、海の「青さ」がアジアやアフリカの「青さ」とは違い種類。敢えて言えば、アジア・アフリカの海が広さを感じさせる青を見せるのに対し、ギリシャ・クロアチアの海は深さを感じさせる青を見せてくれる気がする。3時間ほども寝てしまったのかふと気づくとすっかり日も陰り肌寒い。シャワーを浴びた後は街を散策。この街がベニスのような細い小道の迷路のような街でなかなか歩き回るのが楽しいところだった。夕食は街の中心のハーバーからは離れた、住宅街にあるレストラン。離れていたのに人が多く入っており、私のアンテナがピピッと立った店だったので、3人を説得してトライ。何しろ「直感」頼りだから根拠も何もないので、「本当においしいんでしょうねー?」と疑問を持たれてもしょうがない。最初の料理をみんなが口にして笑顔を見せるまではどきどきしてしまった。このレストラン。今回の旅行で一番のあたり。前菜代わりに飲んだ魚のスープはにんにくのきいたスムーズなスープで、フランス風のドロっとした魚のスープを想像していた私はそのシンプルさにびっくり。魚スープのおいしい店にハズレはない、という私の持論(?)どおり、メインの海の幸グリルプレートもすばらしいおいしさ。4種類の魚にイカとえび(香草とにんにくとオリーブオイルのタレをお好みで)。付け合せにはバターのほの甘さがきいたジャガイモ。4人でシェアして食べたが、皆が無言でむさぼりつくほどのおいしさ。魚もどれも微妙に違う味わいでイカもなつかしい日本のイカ焼きそのもの。付け合せに頼んだお勧めのキャベツサラダもおいしくって、もう100点。これだけ食べてビールと食後にハーブのお酒も飲んで、一人12ポンド程度。すばらしい!!!やはりだてに食事に執念を燃やしているわけではなく、日々の食への探究心がこうした大ヒットに結びつく。鋭敏な感覚がなくなりつつある今、食事に対する感覚のみが妙に研ぎ澄まされていることを認識してしまった夜だった。でもおいしかったー。
2004/08/29
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バンクホリデーを利用してクロアチアとスロベニアに行った。この二カ国に関して知っていることといえば、元ユーゴスラビアの一部だとか、ゴラン・イワニセビッチだとか昔はオーストリアハンガリー帝国の配下にあったとかそんなことくらいしか思い浮かばない。とほほ・・・最近の格安飛行機はフランスだとかイタリアだとかの地方都市に加えて、東欧にも路線を拡大している。ブダペストやプラハはもちろんのこと、ワルシャワやリュブリヤーナ(今回利用)、はたまたラトビアの首都リガなんかにも今秋から就航だ。EUが拡大し、人やビジネスの交流がますます進展し、どんどん欧州の一体化が進んでいく。ベルリンの壁の崩壊から10年やそこらでこの変化。これから10年後はどのような姿を見られるだろうか。さて、そのスロバニアの首都リュブリヤーナ。到着したのは3時過ぎ、スロバニアはそそくさと通り抜けてクロアチアのリゾート地Opatijaを目指して車はひた走る。今回の旅の友は昨年結婚したCちゃんとJのカップルに私とパートナーの4人。Cちゃんは南米からフィリピンの山奥からオアシスから世界各地あらゆるところをハードコアに旅してまわるだけあって、準備段階から気合が入りまくり。忙しいといいながらも、さらによい観光地を求めて調査を続ける彼女に、「いやあ、行ってみなきゃ分からないよ」といい加減にしか調査しない(でもポイントの漏れはないのよ)私は少し反省。緑豊かで、丘を少し高くしたような緑の山々が続くスロバニアを抜けると、ごつごつした岩肌が頂上に見えるすこし無骨な景観を持つクロアチア。どこかで見たような風景だなーと思ったら、昨年見たアルバニアの風景にどこか似ている。思えば、このアドリア海の東に位置するバルカン半島をそのまま南下するとアルバニア。途中から高速を降りたせいか、目的地のOpatijaについたのは、夕方の7時前。コスタデルソルほど開発されていなくて、人でにぎわうながらも、熱海のようなちょっと裏寂れた雰囲気を持つ街。お昼も抜きにしていたため、荷物を降ろして早速、海沿いのレストランで食事。目の前でかきまぜてくれるタルタルやカルパッチョ、シーフードスパゲッティやスカンピのグリルなど海の幸が満開。味付けもオリーブとガーリックを利かせイタリア料理の影響が色濃い。ロンドンで見るよりも半径2倍くらいの月が徐々に昇るのを真正面に見ながらの夕食に、朝からの空腹感もすぐに満たされ大満足。
2004/08/28
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日曜日は遅ればせながらマイケルムーアの華氏911を。ドキュメンタリーだから言葉がきついかな、と思ったけれど内容的にはどれもFamiliarなものだったので苦がなく見れた。ニュースでも新聞でも世の中に「公正」な報道なんてものがあるわけはなくって(そもそも「公正」って何だろう)、カットの仕方やそのカットのつなぎ合わせによって、赤に見えたり黒に見えたり。作り手の考え・思惑が必ず報道には反映されているというあたりまえのことに気づいたのは、それまで朝日新聞で育ってきた家で初めて日経を読み出したとき。ただそういう思惑がぷんぷんであることを割り引いてこのドキュメンタリーを見たとしても、普段はこれに対抗する側の論理を常に目にしてるせいで、「痛快だな」というのが印象だった。ミシガン州の貧しい町並み、暮らしぶり、そんな中で失業対策のため兵隊に行く若者と、そんな状況を上手く利用して兵隊を集める軍隊の描写が最も印象に残ったのは、もともとマイケルムーアのブッシュ批判が、一アメリカ庶民としての憤りから発しているからかも(つまり大上段にふりかざした議論展開ではないということ)。だからこそ、論理の飛躍やまとまりのなさが弱みとも思えなくもないけれど、草の根ドキュメンタリー製作者として今後もますます吼えてほしいな。そして夜はもちろん、マラソン。パートナーと地蔵と一緒にみていたのだけど、二人ともとんでもない非国民でポーラやヌデレバを応援。そりゃ私もQちゃんは大好きだけど、ここで3人が負けたらQちゃんは犬死(?)だし、他人が良い成績を出したとしてもひがむのではなく自分の糧にするタイプだとおみそれしているので、私は当然日本を応援。それにしてもテレビの画面で見ていてもあの坂の長さは強烈なものがある。今年パリマラソンを走ったときには、20メートルくらいの緩い上り坂でも20キロを過ぎてからの消耗した体力には辛くって歩いたし、8月の初旬の比較的暑い天候の中の10Kマラソンは普段涼しい時に走るのとは違う消耗度合いいだった。まあ次元が違う話とはいえ、あの暑さの中あの坂を上ってレースを続けるだけでも尊敬に値する。ポーラが立ち止まってしまったときはガッカリ。しかもメダルがなくなった時点ですぐ止まってしまったので、精神面での弱さが見えてしまった。どこかのコラムにも書いてあったけど、一度棄権の味(運動でも勉強でも人生でも)を知ってしまうと、そのあとの精神の建て直しは非常に難しくなる。最初に棄権するときにはすごく勇気がいるけれども、二回目からは「どうせこの前も止めてるし」と思えばずいぶん気楽に棄権もできる。まあ皆勤賞目指して微熱があっても無理して学校に行っていたのに、一度高熱を出して休んでしまうと、ちょっとした微熱でも「一度休むも二度休むも」と休みたくなってしまう心理だな。彼女にはこの低きに流れ・・・に逆らってタフなポーラとして戻ってきてほしい。そして野口みずきさん。Qちゃんも応援したいのは山々だけど、外野がどう騒ごうと、ここはお互いに決着付けないことにはすっきりしないだろう。Qちゃんの一番好きなところは、「自分のために戦う」という自我の姿勢がすごく強くて、周囲がどうあろうとライバルがどう出てこようと、彼女を動揺させることなんてできないのだろうなー、と思わせる点。みずきさんが今後、「Qちゃんとの戦い」という外圧に押しつぶされるか、それを糧にできるかが、今後の彼女に繋がっていくのだろう。二人も稀有なランナーを抱える日本のマラソン、ますます目が離せない。
2004/08/22
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一昨年に続いてのマークス先生のお宅でのBBQ大会。今回も企画の段階から実行委員としてとっぷり浸っていたので、 当日の朝、天気が良さそうなのを見ると、何だか既に達成感。 Petersfieldというところに近い先生のお宅まではバスをチャーター(参加総数は40人強)。先生のお宅に行く前に地元の 観光地へ、と思ってSouth DawnというところにNational Trustの管理する邸宅があるのを発見し、そこに行くよう運転手に指示。 ところが、だ。丘をくねくね登って到着したその邸宅は土曜日なのにClosed。「皆さん森の奥に行けば素晴らしい景色が見えるかも」といったはいいけど森が続くのみ。ああ、ちゃんとした調べしとくのだった。いつもどこかこうして私は詰めが甘い(わかっちゃいるけど直らない)。気を取り直して先生宅に伺うと、すでにTescoに頼んでいた食材も届いており、早速BBQの準備にとりかかった。今回は新しい機械が2台。MayfairのAllen&Coというお肉屋さんから取り寄せたハンバーグやお肉の塊。そしてとうもろこしやらをどんどん焼くけど、もうハンバーグが巨大で、ハンバーガーにして食べた時点で既に満腹。いろいろと手伝いに忙しそうなふりをしてみたり、お子達とビーチバレーをしてみてもぜんぜん消化されなかった。でも、今回のBBQは食の追及というよりは、太陽のもといろいろな人たちとビールを飲みおしゃべりし、という社交。卓球をしたり、先生の広大なお庭の杏をもいだりしているうちにあっという間に時がたってしまったのは2年前も今回もいっしょ。日焼けが気になるほど天気が良かった1日だった。マークス先生は一見堅い方に見えるものの(「ひ弱な男とふわふわした女の国日本!」のような日本の脆弱さを糾弾する!という風タイトルの著作の著者という感じ)、その実非常に気さくな(節度をもたれた気さくさ)方で、「全く配達されたテスコの荷物が家中溢れて大変でしたよ」などと文句を言いながら、最後には「またぜひ皆さんでいらっしゃい!」と言ってくださる、ちょっと天邪鬼っぽいところがまたよろしい。その後の打ち上げ会にて先生とたまたまお話したところ、某女子大学の教授をなさっている先生は、毎回の授業では必ず学生に「その日の授業で学んだこと」のエッセイを書かせ、誤字脱字にいたるまですべて毎回チェックなさるそう。またゼミの論文でも自分の詳しいテーマに関わらず、学生が興味を持ったテーマで研究できるよう鼓舞して、それを読むため自分も勉強するとか・・・先生の魅力(というのもおこがましいが)はこうした地道な努力をたんたんと続けられるところかも。
2004/08/21
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4年前のシドニーオリンピックを見ていたのは、もうすぐ留学も終わるというロンドンでだった。日本に帰国前の駆け込み旅行と称して、ウイーンに遊びにいった夜中に見続けてしまった高橋尚子。住んでいたフラットの引渡しのインベントリーチェックで大家さんを待ちながら付けていたチャンネルでは閉会式の真っ最中で、自分のロンドン生活の終わりと寂しい閉会式の模様を重ね合わせてしまったっけ。そして4年後のアテネオリンピック。私がオリンピックで一番好きなのは開会式。入場行進の面々を見ていると、自分の知っていると思っている「世界」はまだまだ一部なのだと思う。何とかギニアとか、聞いたこともないようなアフリカや中南米の国々が華やかな民族衣装で意気揚々と行進するのを見るのは本当に楽しい。カメラやビデオを手にはしゃぎながら行進する人たち、イラクの人たちに自国の行進に次ぐかの大きな声援を送る観客たち、テレビカメラにいたずらするイタリア人やスペイン人、2時間もかかる長い行進なのに全く飽きずに引き込まれてしまう。ただ、日本のユニホーム。あれはいかがなものか・・・と。何かしらいつも中途半端なんだよなあ。いっそのこと浴衣姿で入場すればいいものを。あと開会式でのビヨーク登場には驚いた。彼女の歌は何かSpritualなものを感じるけれども、「ダンサーインザダーク」の救いようのない悲劇のイメージがあの声には付きまとってしまって。。。ああいう場にはやはりパバロッティのような底抜けの明るい派手さが似合う気がする。そして連日目が離せない。このときばかりは、「がんばれ ニッポン!」と愛国心が大爆発(あと水泳のピーター)。ただ周囲を見渡すと、日本でみなが睡眠不足・・というのは対照的にこちらでは全く盛り上がっていない。アテネとは2時間の時差であるため、水泳の決勝がちょうどこちらの5時過ぎから。いつも会社のスポーツジムに行き自転車を漕ぎながら手に汗握って見ているのだけど(一人一台のテレビ)、周りを見渡すとオリンピックを見ている人は3分の1くらいで、あとは普通のドラマを見たり、ミュージックチャンネルやBloombergを見たり。なぜだ????まあ、イギリスが強いスポーツはSailingとか乗馬とかカヌーとか比較的Minorというか、上層階級の人たちのスポーツだし、フットボールが参加していないことも理由だろう(オリンピックはワールドカップと違い英国として出場をしなくてはならないため、犬猿の仲であるスコットランドとイングランド(そしてウェールズも)の合同チームとする必要がある。何年か前に試みられたが、監督や選手の選抜段階でおおもめにもめて、チームプレーどころではなくなったので、出ないことに決めたのだって!)。それでも、水泳やら柔道やら、体操やら、世界のトップの選手たちが集まり、様々な競技を楽しめる4年に一度の機会なのに、ちょっと関心が薄すぎませんか???今週末は女子マラソン。Qちゃんの欠場は今もって残念だけど、早起きして応援しなくちゃ!
2004/08/19
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久々に読むのが止まらなかった本。いやーおもしろかった。最初から最後まで示唆に富む知識が満載。フィボナッチ数列からディズニー、ルーブルのピラミッドからタロットの起源まで、様々な小話がいっぱいで、そうした小話を横軸に、そしてタイトルにもなっている「コード」を読み解く話を縦軸にうまくからめた作品だ。今までヨーロッパに住みながらもキリスト教は、なんとなく敬遠していたのだけれども(聖書すら読んだことがないし・・・)、こういう切り口から見せられると、ちょっといろいろと調べてみようかな、などと思ってしまう。教科書で習う歴史が歴史の全てではないし、切り口を変えると全く違う絵図が見えてくる。事実は現在を通り過ぎ過去となった時点で必ずなんらかの脚色というか解釈が加わるものであるから、今私が知識として持っている歴史も、必ずバイアスがかかったものだ。ただバイアスがかかっているということに普段は気づかないものだから、こうしてそれに気づかせてくれる本を読むと、知的好奇心がとても刺激される。何が真実で真実ではない、ということに対する好奇心というよりも、真実と真実以外との境目があまりにもBlurであるということにワクワクしてしまうのだ・・・とあまり内容に触れずに感想を書こうとするとちょっと訳の分からないものになってしまった。
2004/08/18
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BrahmsSymphony No. 3 in F major (33 mins)interval Sir Harrison BirtwistleThree Brendel Settings (c12 mins)BBC commission: world premiere BeethovenPiano Concerto No. 5 in E flat major, 'Emperor' (39 mins) William Dazeley baritoneAlfred Brendel pianoPhilharmonia OrchestraChristoph von Dohnányi conductorアルフレットブレンデルの皇帝は2年ほど前にBarbicanで聞いた。ストレートな構成ながら、円熟味も感じさせる演奏で、特に第2楽章で牧歌的に歌い上げた後の、第3楽章での明るい跳ねるような演奏が魅力だったのに、その途中で誰かの携帯が鳴ってしまい、がっくり来てしまったことを覚えている。それから2年ほど。ブレンデルも年をとってしまったなあというのが今日の感想。彼の演奏する音はとてもピアノそのものの音、というか木を打鍵することによって奏でる音で、とてもその素朴さが魅力。けれども、今日の演奏では音をまるめこんでしまったり、素早いトレモロなどの箇所で音がすべってしまったりしまっていた。おそらくオケ自体の演奏が非常に速く、先に先に押すものだったからという側面もあるけれども。フィルハーモニアのブラ3は可もなく不可もなく、といった感じ。ブラームス交響曲の特徴である弦楽器の地響きが屋内全体に広がっていくといった重みがなかった。
2004/08/17
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MusorgskyJohn's Night on the Bare Mountain (performed in the original orchestration by Musorgsky) (13 mins) Rimsky-KorsakovMlada - Act 3 (37 mins) * Interval StravinskyThe Rite of Spring (33 mins) Olga Savova mezzo-sopranoAvgust Amonov tenorApollo Voices *BBC Symphony Orchestra 禿山の一夜とゲルギエフ。なんと似つかわしいプログラムだろう。。。音楽的にもビジュアル的にも。 今年行ったPromsでのBBC交響楽団のできばえにはあまり感心していなかったものの、本日の彼らは違った。 やはり指揮者の影響力っていうのは大きいものなんだ。 最初の禿山の一夜は冒頭のあのおどろおどろしい箇所からゲルギエフ節が炸裂。オーボエやフルートの叫び泣くような 高音も地の底から響くようなチューバの音色もすべてゲルギエフの手に絡めとられ、メリハリの効いた曲に仕上がっていた。 次のリムスキーコルサコフのマイナーなオペラの一部は歌や合唱の箇所も小さく、せっかく入っているオルガンも伴奏だけ、と 装置(?)のわりに地味な音楽だった。この音楽の間ついつい目がいってしまったのは犬。盲導犬のワンちゃんが車椅子の飼い主と 一緒にコンサート会場に座っていたのだが、やはり落ち着きがない模様。バイオリンだけで奏でていたところに、いきなり金管が入ったりすると、ぴくーんと耳を立たせてそわそわしている。ここでパイプオルガンが「じゃあああん」などと大胆に入ってしまったらついには吠え出してしまうのではないか、とやきもきしてしまった。そして後半の春祭。この変拍子の奇妙奇天烈な曲を昔はそれほど好きではなかったけれど、こうしてオーケストラで聴くには何とも面白い曲。BBC交響楽団もまあ細かいところを見ればきりはないけれども、全体的にあのゲルギエフの迫力にしっかりと応えていて、息もつかせぬ演奏だった。コンサートの後はSouth KensingtonのKahn'sでインド料理。内装もちょっとモダンなインド料理(インド料理屋は概して仰々しいといおうか、昔ながらといおうか、デザインのかけらもないレストランが多い)屋で、2人用のセットディナーを頼んだところ前菜のタンドリー肉盛り合わせが絶品であった。ラムが苦手でチキンばかりを食べていたけれどそれもやわらかく味のしみこみ方がまたよい!カレーもオーソドックスだがまあまあな味だった。ちょっとモダンで、だけどオーセンティックなインド料理を食べるのにはいいレストラン。
2004/08/16
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今年のはじめ、日本に帰国した際に前から何かとモノにいろいろとこだわって暮らしてる友人が薦めてくれたお鍋「ル・クルゼ」。ずっと欲しかったのだけど、今回バーゲンであまり何も洋服も買っていなかったこともあり、割引をしていたこともあって、ちょっと奮発してAmazonで購入してみた。会社に届いたその小包はずっしり重くって、さすがル・クルゼと期待は高まる。本日はそんな鍋の初活躍。メニューはビーフシチュー。ル・クルゼは煮込みでこそ実力発揮!のはずなのだ。ビーフシチューというと、その昔おせち料理の準備で母や祖母がばたばたと年末を忙しく駆け回る中、私の任務は自分の部屋の片付けとお風呂掃除とそしてビーフシチュー作りだった。ニンジンを面取りして、牛肉を小麦粉とワインで下準備して、隠し味と称してソースを入れたりして、ことことことこと。何時間も何時間もかけて味見をしながら煮込んでハイ出来上がり。そんなビーフシチューは31日に完成して元旦、2日と食べるうちにどんどんとおいしくなっていって、「ああうまーい!!」と思うころにはもう底をついてしまう。翌日のカレーも正月3日のシチューも一番しっくり煮込まれたところで終わりになってしまうその「切ない」?!気分が何とも言えない。だから今日も初ル・クルゼでビーフシチュー。時間がないのでトマトの缶詰をピュレにして煮て、フォンドボーのルーを入れただけだけどとてもおいしい仕上がり。付け合せのガーリックブレッドもこんがり。ああ幸せな夕食。明日の朝はもっとおいしくなっているんだろうな。楽しみ楽しみ。
2004/08/11
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典型的なB&BのEnglish Breakfastを同じく宿泊客のスイス人カップルと談笑しながらたいらげ、宿を出発。まずはSouthamptonの駅でロンドンから朝一番で駆けつけた友人をピックアップして、野生の馬の生息するNew Forestを通り過ぎ、Isle Of Wightへ。ロックファンの間では伝説のライブが1960年代?に開催された島といわれるこのワイト島。ロックファンではないので特に思い入れはないものの、「島」やら「岬」という響きにはいつも心惹かれるものがあって、いつか行ってみたいと思っていたところだった。それにイギリスの島って何かとってもさびれた感じがするものだから。フェリーで1時間程度で到着したワイト島はその期待にたがわぬさびれた島だった。フェリーの中で案内を読んでみると、「小動物におさわりができるふれあい動物園」だの、「爬虫類園」だの「古代の恐竜の様子が見られるパーク」だの、「大人も楽しめるゴーカート場」だの、観光誘致にがんばっています、でもなぜかそれが空回り・・・という雰囲気の広告が一杯。そんなワイト島でまずはじめに向ったのは西の端にある「海に向っておりるリフト」のある場所。これはなかなかの正解で、スキー場のようなリフトが一直線に海岸に向って山からおりてくるもの。リフトってのぼりは乗ったことがあるけど、くだりってはじめてかも。これが意外と高さも角度もあってなかなかのスリル。そして彼方にはホワイトクリフが見えるのでシンプルながら楽しいアトラクションだった。海で石投げをして遊んでから、南端のSt.Catherine岬をめざして、途中のパブでランチ。その時点でもう時間切れになってしまい(レンタカーの返却時間があったのだ)、一目散に帰途へ。たった3時間あまりのワイト島滞在。確かに何の変哲もない島ではあったけど、どこか寂しげで旅情を誘う島ではある。
2004/08/08
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朝からピーカン晴れで絶好の行楽日和。我が家近くのEasyレンタカーで車を借りて、友人のMちゃんと可愛らしいMちゃんマザーを乗っけて、ついでに運転手にパートナーも連れてAscot競馬場へ。今日のレースは「The Blue Square Shergar Cup」といってUK・アイルランドチーム(騎手6名) VS The rest of the worldチーム(騎手6名)の競馬版紅白歌合戦のようなレース。全6レースで、いずれの組も10頭の馬にそれぞれのチームから5名の騎手が乗馬し、順位をポイントに換算して紅白対抗するといったもの。チームごとの勝敗だけではなく、騎手個人の個人賞もあり。なんでこのレースに行くことにしたかというと、それはもう、もう、武豊騎手が出場するから。「武さーん!」と黄色い声を上げる私とMちゃんを横目にパートナーは「今まで武さんのファンなんて一言も言ったことないじゃん」。いやいや、俄かファンになりきることは、その場を楽しむ最大の秘訣。おちゃめで大胆なMちゃんマザーとの楽しい会話を繰り広げるうちに、1時間あまりのドライブを経て到着。今日は普通のレースということで、アスコットほどドレスコードは高くないけれど、「松」のお席にはPoshな方々がいっぱい(我々の席は「梅」)で、駐車場にはリムジンカーも多数。早速パドックを見ようとそちらに移動すると、騎手がサイン会をしているところに丁度出くわした。そして、いたいた!武さ~ん。小柄で35歳とは思えない童顔。Shyな眼差し。素敵だ・・・早速サインをとQueに加わったものの、あと3人というところでレースに備えて皆が退場。。。がっかり。レースまであと30分強ということで、観覧席にいきお弁当タイム。サンドイッチでも買おうかと思っていたところ、Mちゃんのお母さんがおにぎりを一人3つも握ってきてくれた。梅干を刻んでゆかりをまぶして・・・ぱりぱりの味のりをつけて。母の味おいしかった。そしてレースが始まってしまうといつもどおり、プログラムで馬の履歴を読んで、Tote(馬券場)でオッズをチェックして券を購入して、コース横の金網に張り付いてレースを見てはまた次のレースに備える・・・というあわただしさであっという間に6レースが終了。今回はもちろん、武豊が比較的戦績のよい馬に乗るチケットは購入。あとは、FallonとかDettoriとか常勝騎手は押さえとして購入。あと単勝と連勝のオッズにArbitrageの機会があるようであれば、それも購入。他にも、おいしいパブのある地名と同じHambledonっていう馬はこの前のAscotと同様に賭けてみる、などいろいろな賭け方をしてみた。結果的には勝つべき人が上位につけるというレースが多く、武さんも3位と2位(このレースは最後の30mくらいで追い上げられて優勝を逃したので惜しかった・・)に入賞したので、比較的当たった。ところが、武さんが3位となったレース(オッズは連勝なのに結構高かった)を買ったら、馬券屋のおばちゃんがAscotレース場でないレース場の馬券を発行してしまったため(購入時に確認しない私がそもそもいけないけど・・・)、くずに・・・これがちゃんと買えていたらトータルで勝っていたのになあ。紅白歌合戦の結果はThe rest of the worldの勝ち!武さんは4レースまでは個人賞4位につけていたけれど、惜しくも入賞は逃してしまった。でも後半のほうはあまりいい戦績の馬に乗れていなかったししょうがないかな・・ でも競馬は楽しい。天気がよければピクニックに丁度いいし、この日はレースのあとにシュガーベイブ(イギリス版 CCガールズだそうだ)のコンサートも開かれたりして(残念ながら我々は楽しむ時間がなかったが)、1日を楽しく過ごすのにもってこいだ。さて、競馬の後はBBQ。5時を過ぎても一向に日差しは衰えず、青空は続く。高速を飛ばしてSouthamptonへ。友人の友人がここでBBQを毎夏開催しており、1昨年も参加させてもらった。アメリカ人のだんなさんPaulが監督するBBQは材料が本格的。ガーリックソースチキンにスペアリブ。ステーキにえびのスパイス仕込み。とうもろこしにスイートポテトにほくほくジャケットポテト(すべてアルミでくるむ)。そしてデザートにはネクタリンに洋ナシにチョコバナナをこれまたアルミにくるんで。だんだんと日が落ちる中、様々な人と談笑しながらBBQにかぶりつく。ホストのPaulとホステスのブレンダは盆栽に入れ込んでおり、当日の招待客の中にも「盆栽トレーダー」なる人がいたりして、白松は輸入できず赤松はOK(果たしてその逆だったかも)とか、どこどこのだれそれさんの盆栽の枝ぶりは最近よろしくない、とか妙にマニアックな会話が飛び交う夜だった。その日はこのBBQのお宅の近くのHedge EndのB&Bで宿泊。
2004/08/07
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リチャードリンクレイター。最近注目の映画監督。古くはシドニーポラックの映画が好きだったりしたけれど、最近のお気に入りはこの監督。といっても、この前も記した「Before Sunset」と「Before Sunrise」。そして「Tape」の3本しか見たことがなかったけれど。でも本日見た「School of the Rock」は、「対話」の繰り広げる世界の可能性と魅力満載の前述3作とは少し違った、実写的コメディ。実写的とはいっても、主人公のジャックブラックの演技はオーバーだし、ストーリー展開も結構はちゃめちゃ。なのに、何かしらナチュラルな笑いがいっぱい映画となってしまっているところが、この監督の手腕なのかも。ロック命のギタリスト、デユーイは所属バンドを追い出されるは、同居中の友人とその彼女に家賃の滞納を攻められるはで散々な状況。そんな中、教師である友人あてにかかってきた電話にて、名門小学校に臨時教員の口のあることを知り、友人に扮して乗り込んでしまう。こまっしゃくれた子供たちと規律ある教育にて名声を保つことに汲々としているPrincipal(ジョンキューザックの姉が好演)のいるこの名門校でもデユーイはまったくのマイペース。今日も「Recess(おやすみ)」明日も「Recess」と言い放つ。そんな中、音楽の授業での子供たちのパフォーマンスに目を留めた彼は「秘密プロジェクト」と称して、クラスを丸ごとロックバンドにしてしまおうと思いつく。ダサい自分を気にしているキーボードの子に魅せるパフォーマンスを教え、太っていることを気にかけてる女の子には「天性のすばらしいボイスだ」とコーラスを薦める。そしておしゃまなクラス長(サマーちゃん)には「秘密の任務だぞ、Managementだ!」と、リーダーシップをくすぐってやる・・・そうして各自任務を振り分けながら、自分は自分でロック魂を炸裂させて情熱の輪に皆をひきこんでいく(というかあっけにとられた皆が引き込まれる・・・)。私は教師ものの映画(「今を生きる」「陽のあたる教室」などなど)に弱くって、教師が生徒を誠意をもって導き、それに生徒が応えたりするシーンではいつも目頭を熱くしてしまうのだけれど、この映画、そんな涙腺をくすぐるシーンこそはなかったけれども、おもしろおかしく笑わせながらも、それらの教育まじめ映画と遠からずのテーマを奏でてしまう。いやいやいい映画だ。ロックに詳しくないため、Detailなおかしみを理解できなかったのは残念だけどジョンブラックの怪演と子供たちの豊かな表現力、そしてそれを自然に切り取る監督の手腕にてかなりの名作に仕上がっていると思うな。
2004/08/02
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British 10K 朝から、もわわーっと暑かったけれど、久しぶりのレース。半ズボンに着替えて待ち合わせのグリーンパークへ。グリーンパークといえば日本で言えば港区麻布あたり?Tシャツに半ズボンなんて格好ではとても麻布にいけないけれど(近所の経堂に行くのにすらためらう)、何のためらいもなしに電車に乗ってそんな場所に行けるイギリスってなんて楽なんだろう!レースの40分前なのに既にすごい人、人、人。通常はバスやキャブで混雑するピカデリーサーカスからハイドパーク・コーナーへ延びる大通りは交通が制限されており、リッチモンドパークやウィンブルドンコモンなどのレースより、大規模な感じがする。スタートのための列にジョギングクラブの仲間と並んでいると、前方の巨体のおばさん、なんとTシャツの上にピンクのブラジャーを張りつけた衣装で登場。シンプルだし、お金も手間もかからないし、暑苦しいわけでもないのに、衆目の視線を集めてしまうこの衣装。なかなかのアイディアかも。そんなこんなのうちにレース前の挨拶やら歌やらが終わってスタート。でもこの大人数の中、私たちが実際にスタート地点に到着したのは6分もたってから。人垣を押し分けて心地よく走れる空間を求めて飛び出した。ハイドパーク・コーナーを出発してグリーンパークを通過して、ナショナルギャラリーを前方に見ながらエンバンクメントを過ぎてテムズ川沿いの道へ。普段このあたりはしょっちゅう歩いているのだけれど、あまり距離なんかを気にしたことがないので、川沿いの道に出たときにはすでに5Kmくらい走っていたきになっていたのに、いきなり「3Km」の表示にがっくり・・・しかもその頃から暑さに体が参りだして、地下車道を通ったりするものだから不快度満点、ペースもがくっと落ちてしまった。それでも沿道の歓声を受け多くの参加者の張り切りぶりにもまれて、テムズ川沿いの景色を見ながら走るのは爽快で、特に最後の2Kmくらいでビッグベンの横Westminster橋の往復では「これぞロンドン!」という気分満載で「来年は何とかロンドンマラソンに参加してもっとロンドンを満喫!」などと思ってしまった。結果はおそらく55分前後。スタート時点の時刻がわからず、ストップウオッチも忘れてしまったので、正確な時間は分からず。でもパリのマラソンでは走り終わったとたん(というか走っている途中から)筋肉痛がひどくて足が上がらなかったけれど、今回は暑くって消耗しちゃって、別な意味できつかった。こんな暑いさなか、しかもギリシャでフルを走らなきゃならない選手はなんと気の毒な・・・ウエストミンスター寺院前でフィニッシュして友人との待ち合わせ場所のグリーンパークまでだらだらと歩いて、かじったネクタリンがとってもおいしかった。その後はメンバーのうちの一人のおうちに皆でおしかけ、手打ちパスタ大会。
2004/08/01
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ShostakovichViolin Concerto No. 1 in A minor (38 mins) TchaikovskySymphony No. 6 in B minor, 'Pathétique' (45 mins) Gidon Kremer violinBavarian Radio Symphony OrchestraMariss Jansons conductor ここ2週間ばかりロンドンはとてもいい天気。そんなお天気を満喫すべく、久々のWalkingに。Amashamの近くのCheshamという街に出掛け、本当は以前も行った事のあるLittle Missendenのパブに行こうと思ったのだけれど、急に気分が変わって駅前にインフォーメーション表示のあったChess Valleyという道を行くことに決定。ところが、川沿いの心地よい散歩道を想定していたのだけれど、川といっても小川で車道が隣を通っているあまり何と言うことはない道。おまけに途中で道を間違えてしまった。「見て見て。あそこに野うさぎ」というパートナーの声に気をとられて、ウサギを追いかけて、そのまま気づかずにどんどん山を登っていくと、小川のせせらぎも全く聞こえなくなってしまった。。。道を間違えたらしいことに気づいたときは、すでにかなり山を登ったり降りたりしてしまったときで、もとに戻り気もなくなりそのまま直行。途中でやっと出会った人に近い駅を聞いてその方向に戻ると、結局もともと道を間違えた地点に逆戻り。野うさぎを追いかけて道を反れてしまうなんて、アリスみたい。。。すっかりやる気をなくした上、猛烈に暑かったので、もともとのCheshamの街に戻りチェーン店パブでビールとバーガーの昼食。今回のコースは全くのハズレでした・・・さて、夜はそのままPromsに直行。ギドンクレーメルのショスタコはあまり感情移入を出来る箇所が少なく、曲自体が好きになれなかった。後半の悲愴もいわゆるおいしいメロディが満載すぎて、ごたごたしていて決して好きな曲ではないのだけれど、ヤンソンズの胸を張った明るい指揮とあの3楽章の晴れ晴れとしたマーチが妙に合っていて、「いつか指揮をするなら、私はこの曲で、軍隊の隊長風にやりたいなあ」なんて思ってしまった。で、じゃん!と3楽章が終わってついつい拍手をしてしまった・・・この曲とブラームスの4番の3楽章は妙に達成感が強い曲なので、ついついわかってはいるけど、うっかり拍手をしてしまう曲なんだな。
2004/07/31
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SchubertSymphony No. 8 in B minor, 'Unfinished' (25 mins) JanacekHukvaldy Songs* (15 mins) interval JanacekGlagolitic Mass (41 mins) Zdena Kloubová sopranoKaren Cargill mezzo-sopranoPavol Breslik tenorGustav Belacek bassDavid Goode organCzech Philharmonic Chorus of BrnoLondon Philharmonic OrchestraKurt Masur conductorPetr Fiala conductor* 大好きな指揮者クルト・マズアが振るということと、ヤナーチェクとチェコフィルのコーラスだということで 出かけたコンサート。 最初の「未完成」のあの緊張感漂う出だしのときに、遅れてきた人たちが私の目の前をちょうど横切って言って、ぷんぷん。 もっとも邪魔してほしくない場所だったのに。 第一楽章の出だしのその緊張とオーボエやフルート(特にこのフルートの音色がとても美しかった)の美しいメロディー。弦楽器も深い音色で今の時期のクルトマズアにぴったりの曲かもしれない。第二楽章で「未完」のまま終わるので、 ぶちっと途中で途切れてしまったような不満感はいつもながら残るものの、すばらしい演奏だった。 続いては、教会音楽のようなInstrumentなしの合唱曲。普段は音響の悪さが気になるロイヤルアルバートホールだけれども、 こうした合唱だと「わわーん」と広がって、それなりの味。 後半はやはりオルガンと4人のソロ歌手、合唱が入った曲だけれども、オルガンの音が響きすぎで、それが流れるたびに、 どこか怖いような耳をふさぎたいような気持ちになってしまって、あまりヤナーチェクらしいメロディが楽しめなかった。
2004/07/28
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9年前に見た映画「恋人までの距離(ディスタンス)」(英語タイトルはBefore Sunrise)。国際列車で隣り合わせた米国人の若者とフランス人の女性が、ウイーンで下車し、会話をし、街を彷徨いながら恋心を高めていく。そしてSunriseと共に別れるという映画だった。何よりも好きだったのは、ひっきりなしに交わされる二人の会話。哲学問答でもないし、漫才の掛け合いでもない。かといって「・・・って知ってるう?」「知ってる、結構好き好き」の繰り返しのような身のない会話でもない。自分が何気なしに発した言葉を受け止めるべき相手が受け取ってくれた場合、そしてその相手が発した何気ない言葉が自分の胸にストレートに届いた場合の、掛け値ない幸せを描いた素敵な恋物語だった。電話番号も交換しなかった二人は別れるプラットホームにて、半年後の再会を約して別れるシーンで映画は終わる。「気になるならメールを交換すれば?」なんて疑問は野暮。簡単に会えてしまう方法を選ばないロマンチックな終わり方。そしてその映画から9年後。映画の中でも同じだけ年が経って「Before Sunset」として戻ってきたジュリーデルピーとイーサンホーク。昔友人と「結局あの半年後二人は出会ったかどうか」でいろいろとロマンチックの行方を話し合ったものだけれど、この監督は9年後の再会として描くことで、若いロマンチックをより円熟したロマンチックに見事に転化した気がする。作家となり、パリの書店で公演する彼の前に現れたのは、ポスターで彼の顔をたまたま見つけ出し、訪れたパリに住む彼女。彼が飛行機に乗る予定の日暮れまで、カフェでバトームーシュで、小道で二人歩く語る1時間半をそのまま映画にしている。「あの半年後に会ったか」の答えは「彼女のおばあさんの葬式により行くつもりの彼女は行けず、実際に約束を守って行った彼は振られ気分で街を彷徨った」が答え。まずはじめに彼女がその疑問を口にし、お互い懐かしかった恋を振り返ったところで、気持ちがほぐれ、お互いの過去、現在、そして未来がテンポよく語られていく。この脚本がこれまた秀逸。9年を経てそれぞれに年を重ねたジュリーとイーサンの自然な演技も素晴らしい。お互いにかつてのあの1日が永遠に記憶に留まる忘れがたき1日であると認めあい、かといってあの1日のロマンスが永遠に続いていくほど人生はロマンチックでもないことも知りすぎるほど知っている。イーサンは結婚して子供もいるパパ。ジュリーだって数多い恋愛を経験し、仕事にもひたむきでそれなりに充実したそれぞれの人生でも、だ。そうした現実認識と過去の甘い記憶の間でいったりきたりの二人の感情。ロマンチックの継続を当たり前に思うほど若くはないけれど、完全にその可能性を捨ててしまえるほどではなく(きっと死ぬまで完全には消し去れないのだろうな)、ともすればその方向に向って一直線に走りたくなってしまう。言葉にしてしまうと、そんな風に俗っぽくなってしまうのだけれど、会話中心の映画つくりがそんな俗っぽさを全く消し去っている。そして終わりがまた洒落ている。ジュリーが歌っているうちに、「あれっ??」という間にエンディングロール。やられたなあ、と思った。またしてもロマンチックは「終わり」も「継続」もしなかった。「始まった」だけだった。これではまた、友人と「あのあとどうなったか」の討論をしなくてはならないではないか。やられた。。。
2004/07/25
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5月末のドイツの鷲の巣の頂上にての会話「ばっちり!この曲で決まりだよ!」「約束だからーのリフレインが見せ場だね」「ねえねえ、二人で桜っことひまわりっこですっていうイメージはどう?これで二人の人気がでちゃったらどうする??」「実行委員長と友達だから受からないわけなし!」「もう一度二人でハモらない?約束をー守れたならー」「完璧。アリパリに行くぞー」7月24日。夏の個人的な大イベントであった「のど自慢 In London」の開催日。冒頭での会話はその2ヶ月前に厚顔無恥?!なM&M二人組がのど自慢での成功を目論見、交わした会話の一部。高山で空気が薄かったせいなのか、山の頂上にて妙にハイテンションだった二人はその場で選曲をして、練習をして、応援団の組織まで考え、その夜にはロンドンにいた私のパートナーに電話をしてウェブでの申し込みを強要したところだった。運よく(実際に出場していたら赤っ恥どころではなかった)抽選漏れをしたものの、しばらくの間、このネタで内輪で盛り上がっていたものだった。そして観覧者として迎えた当日。場所はアリパリことアレクサンドラ・パレス。ロンドンの北東の高台にある建物。C&JカップルとKちゃんとパートナーの5人で開演時間ぎりぎりに向ったら、席は後ろーのほう。座席指定だと思い込んでいたのに、こんなことなら早起きするんだった!出場申し込みは750人、観覧者は4000人(ロンドン人口の9人に一人がいった勘定)。いつも朗らか宮川アナウンサーが来てオンエア前の挨拶。オンエアに向けて高まる緊張。生放送の現場という感じで単なる観覧者なのに自分の気分も高揚してしまう。そしてオンエアー。冒頭にロンドンの紹介ということで、いわゆる教科書的ロンドンの風景(ビッグベンにバッキンガムパレス。衛兵交代にパブの英国紳士)が映し出される。もしも自分が5分間のビデオクリップで好きなロンドンを撮れと言われたら、何を撮るだろうか。テムズ河のRFHか日光浴する人が一杯のリージェントパークか、川沿いの散歩道も好きだし。。。5分ではとてもじゃないけど撮りきれないな。そして25人の出場者の歌。日本人以外が半分くらい。海外大会ならではの特徴だから、それはいい。だけれどもチャンピオンとなった人を含めて、ちょっと引っかかるのは、それ1曲だけを日本語で練習して(私だって1曲くらい、覚えればロシア語の歌だって歌えるさ)、やってきた人たち。のど自慢は、本人にとっては大切な一曲である日本の歌に気持ちをこめて歌うからこそ、あの「NHKののど自慢」だと思う。おそらく歌詞の意味もあまりはっきりわかっていないような人々(偏見だろうか?)が歌っても、それは単なるのど自慢。そうした気分が抑えられなかったため、かえって「この道」を朗々と歌い上げた英国紳士や、おばあちゃんのお葬式にかかっていたといって「川の流れのように」を歌った人は心に残った。でも相対的には、エンターテイメント性がいつもより倍増した楽しい大会だったように思う。そして、小林幸子と森進一。オンエアでは新曲を1曲ずつ歌った二人だが、終了後に特別ということで、小林幸子は思い出酒と雪椿、森進一は襟裳岬とお袋さんをサービスしてくれた。いやあー、やっぱりプロだわ。小林幸子は緩急つけた演技のような歌を見せつつ、本人の持ち味である人のよさがいたるところに見られるパフォーマンス。そしてしわがれ声で話す声も聞き取りづらい森進一は、歌いだすと一転して、深くいぶし銀的な海鳴りのような声。ああ、襟裳岬はいい歌だった。
2004/07/24
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ロンドンに生活して4年以上、生活し始めた当初は、レンガ造りの洒落たパブを見ては感動し、街灯に吊るされた色とりどりの花を見ては心を弾ませていたものの、最近ではすっかり「見慣れた風景」「生活の一部」になってしまった。でもたまには「やっぱりいいな、ロンドン」と再認識し、その街に住んでいることでこの上なく幸せな気持ちになることもあって、そんな再認識がここのとこ2日ほど続いた。20日今年もPromsのシーズン到来。この季節になると「今年で5回目のProms」とロンドンにいる長さを改めて思う。仕事後にLancaster Gateまで電車、そこからHyde Parkを突っ切ってAlbert Hallを目指す。このPromsに行く前の15分ほどの道のりがなかなか楽しい。可愛らしいリスの姿に立ち止まったり、いろいろな種類の散歩犬を眺めたり、時間が余ればベンチで本を読んだり・・そして向かう先がPromsコンサート。音響が良くないのが難点だけれど、Promming(Promの当日券ためにQueを作ること)して集まった人々の熱気に溢れたこのコンサートは、より開放的かな。ああロンドンの夏だなあ、と思う。今日の演奏はあまり質が高くなくっていまいちだった(だってBBC交響楽団はこのPromsでは演奏しっぱなし。ひとつひとつのコンサートに対する練習時間だって限定されるだろうから)。Alpine交響曲は初めて聴いたけれど、もっと上手いオケで聞いてみたいな、という気はする。消えていくようなエンディングの最中に狙ったかのようにMobileが鳴ってしまったのでさらに興ざめ。Zhou Long The Immortal (15 mins)BBC World Service commission: world premiere Liszt Piano Concerto No. 2 in A major (21 mins) interval R. StraussAn Alpine Symphony (50 mins) Jean-Yves Thibaudet pianoBBC Symphony OrchestraLeonard Slatkin conductor 21日今日は7時から8月に開く予定のBBQ大会の企画会議ということで、Westminsterにある企画隊長のお宅にお邪魔する予定。仕事が早めに終わったのでJapan Centerで巻き寿司でも買っていこうと思い、その前に時間があったのでナショナルギャラリーへ。実はここには2つのフェルメールの絵があるのだが、未だに私はその絵をじっくり見たことがない(『ヴァージナルの前に立つ女』と『ヴァージナルの前に座る女』)。今までフェルメールの絵を見て美しいなと思ったのは、その円熟した陶磁器のような絵の表面の質感と、色使い。でも今日見た絵(とくに「立つ女」)でまじまじと見てしまったのは、その影と光の捉え方。日本の番組で絵の構図とまったく同じような舞台装置を作り光を差し込むと、影の角度から濃さから、何から何まで正確だったという実験をしていた、と母が話していたけれど、特にこの絵の影の濃淡のリアルさには惹き込まれてしまった。横でたまたま解説員が「絵の中にかかっている絵の意味」について解説しているのを聞いたこともあって、ひとつの絵に込められたメッセージとリアリティの濃さにこれまた感心。30分ほどのぽっかりあいた時間に気まぐれに立ち寄って無料で見れてしまうフェルメール。住民税が上がっても、冷房のない車内が蒸しても、この寛容さを持つ「イギリス万歳!」とナショナルギャラリーはいつも思わせる。そのあとぶらぶらと歩いてWestminsterからLambeth Bridgeのたもとにあるお宅まで。ビッグベンを対岸に望む窓の大きなモダンフラットで一人あたり1本くらいワインを飲みながら企画そこのけの飲み会を。11時半くらいに終わってMarylebone行きのバスに乗ると、ライトアップのビッグベンを通り、トラファルガー、ピカデリーサーカスと主要スポットを夜のバスが行く。光の中静かにたたずむビッグベンにサーカス周辺のざわめき、住宅街の静けさ。ほろ酔いの目の前を通り過ぎるロンドンに「やっぱりいい街だなあ」としみじみ・・・4年たってもやっぱりロンドンが好き。
2004/07/21
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我が家のホテル化が明日で終わる。先月半ばに両親が来て2週間滞在。その数日後に台湾からの友人が来てそのまま2週間滞在しているので、1ベッドルームの狭い部屋に人がひしめき合う暮らしがほぼ1ヶ月続いたことになる。先週から1週間ほど風邪をひいて咳き込んだり、会社を休んで寝ていたりしていたので、台湾人の友人はバクテリア・ハウスに滞在しているようなもので、申し訳ないことをしたなあ、と思っている。さて、随分と間が空いてしまったけれど、この間したことをずらずらと・・・ 1) 誕生日を迎えた! 当日は台湾人の友人とシンガポール人の友人とパートナーでマレーシア料理を。 2) 風邪をひいた! 今回の風邪は久々に長引いた。ちょっと良くなったかな、と甘く見てすぐに外出したり飲んだりしてしまったことが原因とも言えなくないが3) 「白線流し」を見た! 風邪にて二日ほど会社を休んだり、外出を控えたりしていたため、意外とゆったりとした時間があったので、見たのだ。日本にいた頃はトレンディドラマ好きで(好きというか一回見出すとしつこく見たくなる性質だった・・)、いろいろ見てたけど、その中でも印象に残っているのは、これと、「君が嘘をついた」の二つ。10年ほど後に再度見てもやっぱりはまって、ちょっと胸をきゅんとさせている私は、年甲斐がない・・・4) 仕事で大失敗をした!いやあ、久々に血の気が引く失敗だった。仕事経験が長ければ長いほど、こういうポカミス回数も比例的に増えるが(Y=0.5X+2くらい。決してY=2Xではないからいいか・・・)、ああでもしないのが一番。流してはいけないEmailをグループアドレスを間違えて送ってしまった。すぐに気づいてくれた人が慌てて飛んできてくれたので、リコールしたし、たまたま運がよく流してしまっても害はなかった案件だったけれど、結果オーライに満足していてはいけない。ことがことなら大問題になっていたからだ。最近ちょっと慣れてきたかな、と2ヶ月前までの慎重さが薄らいできたところ(それを自信の表れと過信していたし)のこの出来事だったので、一層頭が冷えた。まだまだ、まだまだ。 5) その他 稲門OB宅でのワイン会、友人の子供を預かってコロッケの夕食、ジョギングチームでランニング会、2日間で3回のBBQパーティー参加など・・・こんなことしているから風邪が完治しないんだ!!
2004/07/19
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あわただしい2週間の滞在を終え、両親が日本に帰って行った。今年も到着の翌々日がロイヤルアスコットとコッツウオルズ。その後もウィンブルドンのテニス観戦に中欧の旅など毎日フル回転の二人。そしてその合間には父親が腕をふるって肉じゃがやらてんぷらやら焼き豚を作って仕事帰りの私を迎えてくれた。旅の間もほぼ朝の9時から夜9時まで外に出っ放しで電車に揺られたり山中で雨に降られたり・・・そんなタフな旅行も楽しい楽しいといって付いてきてくれると、やはりとてもうれしいし、そんな苦行?!を文句もいわず淡々とこなせる体力に「まだまだめちゃくちゃ元気だなあ」と普段遠く離れて気にすることもできない身としてはほっと安心もする。毎年のこととはいえ、やはり帰ってしまうと文化祭の後のようなちょっとぽっかりとした寂しさが残ってしまう。おセンチな置手紙(親不孝の私は出社して見送りにも行かず)がしてあったりすると、そんな寂しさを紛らわすかのように仕事あとなのに掃除機をかけたりして動いていたくなってしまう。また来年も二人元気に遊びにこれますように。
2004/07/01
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昨日の経験もあるので、「山は午前中」と朝から鷲の巣へ。1ヶ月前に来たときはまだ頂上には雪が残っていたのに、もうすっかり消えていた。やや雲が多くて、この前きたときほどの圧巻の眺望ではなかったものの、四方八方の山々の風景をちょっと雲の上に立ってみているかのような、圧巻の景色はあいかわらずだった。その後は電車でミュンヘンへ。この街も昨年の11月に来たばかり。こうして多少土地勘のあるところを案内していると、普段「ちょっとそっちのほうで方向は正しいの?地図見た?」とかいろいろと小うるさい母親が黙って信じて付いてくるので楽かも。ミュンヘンではビアホールに入りソーセージやザワークラフと、そして白ビールを飲んで街を軽く散歩しただけ。夜の飛行機でロンドンに帰宅。
2004/06/29
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朝からバスで、1ヶ月前に行ったばかりのベルヒテスガーデンへ。今回はドレスデン、プラハと街が続いているので、山もいいな、とこの知られざる観光地へ。駅に荷物を置きすぐにケーニッヒ湖に行き、観光船に乗って湖の奥へ。この前も歩いた小さな湖に続くハイキングコースを1時間半ほど歩き、山小屋でButter ミルクを飲んで一服していたところ空が突然暗く、雨がぽつぽつと降ってきた。雨宿りをと思っていると周囲の人々が早速帰りはじめたので、我々も続いて。皆はなれたもので、雨合羽をささっと羽織っていたが、母と父は傘を持っていたものの、私はビニールじたてのウインドブレーカーだけで、1時間半歩いて元に戻ったころにはすっかりずぶぬれになってしまった。そんな雨が土砂降りの中でも、子供をつれたハイキングの家族連れが淡々とハイキングしていたり、濡れそぼる犬を追いたてながら老人が歩いていたり、みんな慣れたものだなあと思った。山の天気も回復しそうになかったので、駅まで戻り早めにチェックイン。夜はこれまたこの前いったところで大皿肉料理を注文したところ、到着するやいなや食べる気を失わせるくらいのものすごい量で。3人でやっと半分食べて残してしまった。外国で「もったいない」と思ってがんばって食べるのはデブになる元凶なので、良心の呵責を覚えながらも、いつもごめんなさいをしてしまう・・(お酒に関してはよっぽどのことがない限り残さないけれど。バッカス様は敬愛してます)
2004/06/28
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今日は1日電車の旅、といっても優雅なものではなく、プラハからザルツブルグまで3回も乗り換えがあり、しかも乗り換え時の余裕が5分くらいしかない、ときたものだから、いつその駅に到着するのか、今か今かと待ち構えないといけなくてうとうと眠ってもいられない。この路線の車窓は特段見ごたえがあるわけでもなく、持参した本(慟哭 By 貫井)を読みながらイチゴをつまんだり、Ipodを聴いたりしてなんともなしに過ごした。ひとつどきっとしたのは、チェコとオーストリアの国境駅で電車を乗り換えなくてはならなかったこと。この乗り換えはTime Tableには記されていなかったので、車掌さんがやってきて、「すぐにあちらに移動して!」と言われなければ、延々とその国境駅で電車の動くのを待っていたところ。そういえば、その前の駅で車掌さんに切符を見せたところ、なんか一生懸命言っていたきがしたのだけれど、何せ言葉がわからないので、理解しようがない。ザルツブルグはつい1ヶ月前も来た街なのでホテルも同じ、夜の食事も同じ(1ヶ月前に食べておいしかった白アスパラはなかったけれど、カツレツも肉の煮込みもあいかわらずおいしかった)。夕食前にはモールアルトの生家と育った家を見て、河の横で開かれていたハンドクラフトマーケットを覗いた。ザルツブルグは日本人観光客が多く、母も何かしら惹かれていたようだけど、「何だか比較的新しい街だし、見所もないわねえ」とそっけなかった。数年前に弟と母とでオランダ、ベルギーを旅行していたときには、それこそ石畳の街路ひとつに感動していたような気がするが、ずいぶん皆で旅なれたものだ。
2004/06/27
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プラハの街は全体が世界遺産に登録されているだけあって見所が多いため、Walkingツアーに参加して見て歩くのが効率的なようだ。ところが、バスに乗ったパノラマツアーなんかの日本語版は結構どの都市でも見かけるものの(英語版の2倍くらいのプライスなので参加したことないけれど)、Walking ツアーとなるとまったくないので、ここは両親には耐えてもらってあえて英語のWalking ツアーに参加した。天文時計の下から出発して、ヤンフスの像、カフカの家、Jewish Town。サンドイッチを口に押し込むだけの短い休憩を経た後は、カレル橋、市電に乗ってプラハ城へ、トータルで5時間以上も歩いたが、カレル大学で哲学を学んでいるという学生ガイドさんが一生懸命だったためか、両親に翻訳しなくてはいけないという使命感から熱心に聴いた為か、前回参加したときよりもよっぽどためになった感のあるツアーだった。でも我が家の両親の健脚には驚く。このツアーでは5時間も立ち止まったり歩いたりで、しかも歩きづらい石畳。今回の旅行ではほぼ毎日朝9時から晩まで外に出ずっぱりで、山歩きをしたり、電車を乗り継いだり、レストランを探して町中うろうろしたりしていた。普段ジョギングやWalkingで鍛えている私でも結構毎日くたくただったのに、60歳を越えた二人には結構タフだったに違いない。ところが、二人ともただの一度も弱音を吐かず、淡々とついて来た(ホテルもお金もすべて私が管理していたので、ついてこざるを得なかったというのが本音かもしれないが)のは、とても頼もしい。両親が健康で仲良いからこそ、こうして海外で好き放題ができるのだから、こんなありがたいことはない。さてツアーを終え、日曜市のようなところでいちごやら小物やらを購入してからまたもや黄金の虎へ。二日連続で行ったので覚えてくれたのか、着席を伺うとすぐにおじさんがうなずいてくれた。父はこの日が最後のチャンスとばかり、おじさんがすぐにもってきてくれるのをいいことに飲みまくっていた。帰るときに、店のおじさんに手を振ると、にっこり笑って振りかえしてくれた。昨年の秋、今回の2回通ってあんなに愛想のいいおじさんを見たのは初めてで、なんだか頑固親父に受け入れたようでうれしかった。プラハの街は十分観光したけれど、このビールを飲むためだけにでもまた訪れたいな。夕食はイタリア料理。ブルスケッタの盛り合わせや手長えびのタリアテッレなどイギリスで食べるイタリア料理よりもおいしかった。
2004/06/26
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午前中はツインガー宮殿に出かけ、美術館へ。2枚あるはずのフェルメールの一枚がミシシッピに貸し出しとなっており、ちょっと残念だったけれども、「手紙を読む女」やラファエロの天使の子供二人が首を傾げている絵が入ったシスティーナなマドンナが駆け足で見れたのでよかった。美術的センスに欠けている私は素材が面白い絵(ブリューゲルとかボッスとか)は好きなのだけれど、そのほかはいまいちピンとこない。こんなにあちこちの美術館に行く機会があるのに残念だなー。パンを駅で買い込んでチェコへの電車旅。エルベ川およびヴルタヴァ川(この二つが同じ川だったとは!)に沿って走る路線。昨秋プラハに行ったときはちょうど黄葉のまっさかりで、秋の気配色濃い重厚かつレトロな東欧らしい街と思ったけれども、この季節に訪れてみると、陽光も明るくまったく違う印象を持った。夏の古都というと夏の京都が私は大好きで、猛烈に暑く湿度も高い京都に出かけそのころ京都に住んでいた弟の小汚い下宿に泊まり、彼のボロイ自転車を借りて、南禅寺だ知恩院だと駆け回ったのを思い出す。春や秋と違い人の少ない境内でセミの声がこだまするのを聞きながら暑さにうだるというのもなかなかいいもの。ところがそんな夏の京都とは違いプラハは観光客だらけ。カレル橋はイモ洗い状態で、個人的にはもう少し裏寂れたプラハの方が好きだと思った。さて、プラハの宿もまた「Walking Distance」という記述に騙された。わかりづらい場所で、またしても宿到着までがひと騒動だったが、荷物を置いて、カレル橋を渡ってフニクラで丘へ。昨年来たときはこのフニクラが壊れていたので自力で登ったけれども、その甲斐があったくらい展望がよかった。今回は楽して登り、降りながらプラハの街の全景を楽しんだ。プラハ城からの眺めもいいものの、この丘に登ればそのプラハ城を左手に、前方に旧市街を眺められる。丘を下ってぶらぶらとみやげ物屋を冷やかしながら、昨年秋も行った「黄金の虎」へ。昨年秋は席につくまで20分も待たされて居心地の悪い思いをしたものの、今回は6時前に行ったせいかすんなり入れてあのビールにありつくことができた。またしても東洋人がめずらしいのか、周囲の視線を集めてしまったものの、ビール好きの父も大いに気に入り、母も珍しく一気に飲み干していた。夜ご飯はちょっとリッチなチェコ料理。前菜のアスパラのクリームスープにメインはローストダック。
2004/06/25
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2年前はベニスとドロミテ渓谷、昨年はスイス、そして今年は中欧。小学生時代、当時300円くらいだった漫画雑誌の「りぼん」やら「なかよし」を買うのも諦めて、「いつかお金を貯めて海外に行こう」とお年玉をコツコツ貯めていたのも今は昔。こうして自分はその「海外」に暮らし、毎年のように両親と欧州各地を旅行できるようになるなんて。時代も変わったし、自分を取り巻く環境も追い風に動いてくれている。さて、今日はまずAltentburgという街に飛び(このフライト、なんと3000円弱!)、そこからバスでライプチッヒへ。St.Thomas教会はバスから眺めただけでこの街は通過し、ドレスデンへ。「Near the center、便利なホテル!」というのは要は「Centerではなく郊外。交通手段はあるよ!」ということを意味していたらしい。ホテルは駅から市電で延々と40分くらいの住宅街の只中。まあ鳥がさえずり環境もよく、ホテルも綺麗だったのでよしとするか。ウィンブルドンを見たがる両親を急き立て中心部へ。新市街までトラムで行き、橋を渡って旧市街へ。百塔の街プラハよりも小規模だが、いわゆる中欧の香りが漂う街で、エジンバラの建物にも似た歴史を感じさせる重厚な建物郡が河を挟んで見られる。WW2の空襲でほぼ街が全焼してしまったというから、「昔ながらの街を再現させよう」という気の遠くなるような努力が着々と実を結びつつあるよう。地震なども含めた地理的条件の違いを考えると仕方ない気もするけれど、街づくりといえば、海外を適当に真似したチープな構想やメタリックな新機能的都市空間のみ。少ない古都の京都にはど真ん中にタワーが建つ、といった日本と比べると、地味で手間もかかることをコツコツと積み上げていく欧州の都市づくりのあり方が際立って見える気がする。と、移動に殆どを費やした初日の夕食はドイツなのになぜかスペイン料理。ここのスペイン料理がなかなかで暖かいTapasの盛り合わせにイカリングのサラダ。オムレツにパエリャ(早速米が食べたくなった父のリクエスト)とどれも安くておいしかった。夜はポルトガルとイングランド戦。なぜか私はポルトガルを応援しているのだけれど(この国の寂れ感が堪らなく好き)、イングランドが負けてしまうのもあれだけ盛り上がっている熱気がロンドンを去って、いきなり夏が終わった雰囲気がただよってしまいそうで嫌(かといって勝って周りが調子づいているのもちょっと面白くないきがするけれど)・・・とジレンマを抱えながら見ていたけれど、まあ面白い試合だった。やっぱりPKで先頭のキャプテン ベッカムが外してしまった時点で勝負は終わり(その1週間後にティム ヘンマンがウィンブルドンを敗退したときにはベッカムとヘンマンらが並んでスポーツ紙のフロントでイギリス愛国心に対する罪人扱いされていた)。
2004/06/24
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朝起きて散歩に出掛けると、両親がすでに散歩中。「どこ歩いてきたの?」というと牛や馬が一杯いる牧場のど真ん中を歩いていたらしい・・・いつぞやの我々みたいに家畜に袋小路に追い詰められなくてよかった。典型的なイングリッシュブレックファーストと手作りパンのおいしい朝食を平らげ(Morton-in-Marsh のNew Farm House というB&B)てからドライブに出発。雨に降られてよく見られなかったChipping Camden、観光バスのとまる大きな町 Stow-on-the-Woldと Burton-on-the-Water。ウイリアム モリスも住んだという河のほとりのBibury(ここのパブでパブランチ)。「全英一古い町並みが保存されている村コンテストで何度も表彰されており、瀟洒でゴージャスなマナーハウスが印象的なCastle Combe(このホテルの駐車場にはやたらと古い型のジャガーが多かった。このような地のこうしたマナーハウスに泊まる金持ちが好みそうな車かも)。どこの街もひっそりと美しく、時間の止まった街のように思えるけれども、もっとも印象的だった村としては、Upper/Lower Sloughter。カフェも観光バスの止まる駐車場も何もない小さな村だけれど、小川が流れていたり、庭先の花壇が自然体で美しかったり(Chipping Camdenの庭も美しかったけれど、どこか「見せよう」という気配を感じる庭だった)、なんてことはない、小さな村の暮らしの風景をちょっと立ち寄って見させてもらった感じがしてとても印象に残った。さて、そんなリッチなゆったり観光の終わりはチキチキマシーン猛レースに。M4の高速が渋滞に巻き込まれてしまい、レンタカーの締め切りの時間にぎりぎりになってしまったのだ。超過料金が取られるだけならまだしも、Easy Rent Carはその時間には事務所すらも閉めてしまうので翌日仕事もある我々は返しにもいけない・・ということでなんとしても間に合わせようと、大学時代にレースクイーン目当てにちょっとだけレースを齧ったというパートナーが本領発揮。渋滞のあきを見極めての車線変更の連続に両親も私も無言で緊張してしまった。ただそんな甲斐あって締め切りの時間5分後に到着。賄賂を握らせ何とか返却させてもらえて、よかったよかった!
2004/06/20
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木曜日より毎年恒例の両親の英国訪問。今年は2週間。母は既に5回、父も4回目の訪問とあって、提案する場所の殆どは既に訪れたことがあるし、私も仕事があるしで結構ほっぽらかしにしてしまっていると、近所の市場でたくさん野菜やら何やらを買い込んで料理をして待ってくれていたりする。ただ週末くらいは、ということで土曜日はロイヤルアスコットへ。昨年W大学でツアーを組んで出かけたところ大好評だったので、今年も参加者を募ったところ、家族も交えなんと80名以上の申し込み!イベント企画会社やツアーオペレーターに鞍替えしたほうがよっぽど性分にあっているかもしれない。両親とパートナー、あと台湾人のWillyと5人で出かけることになったので、車を借りて余裕を見て朝の10時半くらいに到着。まだ人の数もちらほらで、母は早速帽子姿の人々にきょろきょろ。そういう母も私の昨年のおさがり(私はもちろん新品)の帽子をかぶって、最初は落ち着かないようだったがすっかりその気になっていた。昨年このアスコットに来たときは私も母と同じように貴婦人に見とれ、「これぞ英国上流社会!」などと感激したが、今年は2年め。ただ80人もの団体の一人一人にチケットを渡したり、渋滞で遅れるという連絡を受けたり、席への移動を指示したりすることは、思ったよりもハードワークで、待ち合わせ時間からレースが終わるまではなんとなく気分的にも落ち着かず、優雅な振る舞いで2年目の余裕を見せるまでには至らなかった。あいにくの肌寒さとちょっとだけ雨がぱらつくなどして気候は昨年ほどめぐまれていなかったが、ツキには恵まれたようで、第5レースにして初めて単賞10倍!この馬を選んだ理由は騎手の名前に何かぴぴっときたことと、末広がりの8枠だったこと。素人があまり考えすぎてまじに望んだり、倍率だけをみて山っ気を出したりするよりも、「どうせ当たらないんなら適当に理由を付けて買ってみよう」と思った馬のほうがあたってしまうなんて、そんなものなのかな?・・・とますます場当たり的人生になってしまいそうな感想をもってしまった。夕方最終レース前に引き上げてそのあとはドライブをしてコッツウオルズへ。Morton in Marshという場所のNew Farmという牧場の横のB&Bへ。この宿が部屋が広くって牧場には馬や牛や鳥がいて、庭も美しく、何よりもジョーという名前の狼のような大きなおとなしい犬がいて大当たりの宿。チェーン系のホテルははずれもなくっていいけれど、こういうB&Bに出会える可能性があるから、やっぱりイギリスの宿はB&B。
2004/06/19
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うちの会社では毎年4月後半から3ヶ月弱の間、CTW(Community Team Work)と称して、全社の社員に様々なボランティア活動を奨励することになっている。普段資本主義の波に乗った悪魔のような言われようをしている業界だからして、イメージ改善、信用構築といったスタンドプレー的な色彩は否めないものの、それはいろいろな活動が用意されており、私のように一度もボランティアに関わったことがないものを「この機会に」と思わせてくれる。例えば、山のごみ拾いにおにぎりむすび。丸太切りに障害者マラソンのヘルパーなど様々な企画があったが、私が今回選んだのは、Disableの人々と郊外の植物センターに行くというもの。昔住んでいたHammersmithから歩いて20分ほど、テムズ河のほとりの広大な沼地を保全、保護して作った自然のままの沼地に様々な植物が生え、鴨が住んでいる。とくに珍しいものが見れるわけではないが散歩するにはよい土地。今回は大人のDisableの人々が暮らす施設の20人くらいをその施設ボランティアの人3人と植物センターのガイドの人2人、そして我々の会社の10人で引率するというものだった。ダウン症の人や少し自閉症気味のような人などメンタルな部分で障害を抱える人々ということで少しナーバスに考えたが、それは知らないことによる偏見というもの。正直言うと誰が引率の施設ボランティアの人で誰が障害を抱える人なのか私は区別がつかないくらいだ。もちろん年齢を考えると多少子供っぽさが目立つ人がいたり、なかなか口をきいてくれなかったりする人もいるものの、施設の人々がお互いに支えあって、はしゃいでいる様子をみると、私自身も同じく遠足気分に。ずいぶんといろいろな人といろいろな話をした。フットボールの話、イギリスの政治の話、施設での生活の話などなど。私自身のヒアリング能力がNativeレベルでないため、理解するのが難しかったりする場面があったものの、しつこく聞けば、何度も一生懸命発音して身振り手振りをつかって話してくれたりした。「今日はがんばって皆の役に立とう!」と最初は思っていたのに、いつのまにか自分も中に入って笑ったり鳥を眺めたりしていて、すっかりいい1日を楽しませてもらったように思う。同じ会社の人とは「すっかり楽しんで、役に立っている気がしなくて少しGuiltyだね」などと言い合っていたけれど、ボランティアの経験もなく、最初から「役に立とう」などと思うのは思い上がりかもしれない。施設ボランティアの人々を見ると、彼らはやっぱりプロとして動き方をしっており、そのようには経験なくして振舞えないと思う。そう思うと、1年に1回のCTWは、「社会の役に立つ」というよりは、むしろ今までの偏見や思い込みやらを正す我々の社会短期勉強のためなのかもしれない。
2004/06/17
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Beethoven - Sonata in G, Op.31 No.1Schumann - Phantasiestücke, Op.12Brahms - Variations on a Theme of Handel, Op.24ぺライアを聴くのは2-3度目だが、いつもあまり関心させられたことがなくって、本日のコンサートでもやはり、私的には「いまいち」だった。プログラムのマイナーさもあるけれど(ベートーベンのソナタも地味な曲だったし、シューマンも華のない曲集だった)、やはり何よりも彼自身のピアノに私が強いメッセージ性を感じないからかもしれない。Kissinのように際立った技術を持つわけではない、プレトネフ様のように独自の解釈でワクワクさせてくれるわけではない、かといって老練の域に達した演奏でもなく華もない・・・といったように何かとても中途半端な気がする。
2004/06/14
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Bernard Haitink conductor LSOMAHLER Symphony No. 6ハイティンク75歳を祝う記念イベントの一環としてマーラーの6番。この曲に初めて魅せられたのは、まだバーミンガム市響の指揮者だったラトルの演奏を聴いたとき(かれこれ8年以上も前かも)。そのときはラトルの名も知らず、たまたまバーミンガムの友人を訪れて連れていってもらったのだが、歴史絵巻のような大河ドラマのような圧倒的な演奏にほとんど息もつけずに聞き入ったことを覚えている。マーラーの悲劇的を聴くと、いつも「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」の平家物語を彷彿とさせる。治世の変遷、栄枯盛衰すべてその只中にいるとダイナミックだけれども、時代の奔流に逆らうことはできない、という諦観が伺えるところが、なんだか似ている気がする。この「悲劇的」や「亡き子を偲ぶ歌」を作って数年後に娘を亡くすということ不幸に見舞われてしまったマーラー自身を反映させてしまうからかもしれないが。本日のハインティンクの演奏はそれよりは少し後ろに引いたような落ち着いた演奏だった。このため比較的分析的というか冷静に1曲を楽しめて聴けた。それにしてもこの曲の中でベルや板にうちつけるハンマーなどを取り入れたマーラーの意図は何だろう。お昼には映画トロイを見てきた。ギリシャ神話関連は何度読んでも悪意に溢れていて、ちょっと単純で意外と好きなのだけれども、そんな神話の中の話を現代風にアレンジした感じ。ギリシャ神話ではトロイは悪物なのだが、この映画では比較的トロイに同情的な視点で描かれていたのが唯一新しくみえたところ。ただ鍛えていたとはいえブラッドピットがアキレスの役というのはちょっと物足りない。もっとマッチョなイメージなのだけれどな。あと戦闘のシーンももう少しフォーメーションの妙といったものが見えてくれば面白いものを、いかんせんロマンスに重点を置いていたため、戦闘歴史ものを読み解くおもしろさもあまりなかった。
2004/06/13
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イギリスの中級階級の憧れの場所といわれるChorleywood。ロンドンの中心から急行電車で40分ほど走ると、チルターン丘陵の広がるHillyな土地にその「成城学園(といったところか・・)」はある。駅前のお店も疎らで、ゆったりとした住宅街がすぐに広がりその裏手にはゆったりとした丘。車の種類を見ても家のデコレーションを見ても、ハムステッドの高級住宅街よりは小粒な感じがするけれども、何よりもこのような自然そのものの環境の下に暮らせる(そしてロンドンへの通勤も十分可能)ことに、イギリス人はあこがれるのだろう。さて本日の目的はその駅から1.5キロほど歩いたところにあるパブ。最近新しく購入した「パブウオーキングガイド」のお勧めのパブだ。すぐにそのパブは見つけ、一杯にありつく前にまずは歩き歩き。羊が草を食む丘を超え、涼しさにほっとする山道を歩き、ジョガーの走る草原を歩くこと9キロほど。丁度パブを基点の一周コースになっているので、2時間ほど歩くとおいしいビールにありつけることになる。食事は本日のメニューも多く、なかなかのもの。レバーパテとソーセージとスパイシーチキン。そして甘さ控え目のチーズケーキとベリータルト。これだけ食べて2パイントもビールを飲むと、すっかり足取りも重くなって駅までずるずると帰り、帰りの電車では爆睡。夜はロイヤルフェスティバルホールへ。ゲルギエフがロミオ&ジュリエットの全曲を演奏(ロッテルダム交響楽団)。ゲルギエフの指揮っぷりは相変わらずの野太さでぐいぐい引き込まれたけれど、繰り返しの多いロミジュリを全曲聴くとさすがに飽きてしまった。
2004/06/06
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朝起きて、いつものとおりマラソン。途中でおなかが痛くなってしまったので、5Kほど。その後Eustonまで歩いて書きとめ郵便を取りに。本当は会社に転送してもらおうと思って、郵便局に電話をしていたのに、丸1日、つながらない。話中だったり、延々と呼び出し音がなったり。。。。イギリスの郵便は本当に当てにならない。先週も金曜日のコンサートのチケットをあげる!と友人が月曜日にFirst Classでチケットを送ってくれたのに、それが届いたのは何とコンサートも終わってしまった10日後。おまけに先週ドイツに行くために買ったバスのチケットも旅行が終わってから届いている始末(これは事前に連絡して何とかなったけど)。First Classにしてチケットが届くのに10日(しかも同じロンドン市内)というのはどういうこと??これじゃあ心配で、何も配送できない!!お昼は友人がアレンジしてくれてBaker Streetで飲茶。8人ほどが揃って(イギリス人、香港人、中国人が混じったインターナショナルディムサム)食べると、いろんな種類が味わえて楽しさ倍増。
2004/06/05
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Vladimir Ashkenazy - conductorEvgeny Kissin - pianoMENDELSSOHN Overture, The HebridesBEETHOVEN Piano Concerto No. 4MENDELSSOHN Symphony No. 3, Scottish先月行ってなかなか感動したKissinのソロコンサート。ところが翌日の新聞の批評は3つ星で、「テクニック的にはいいのだけれどね」とお決まりの批評で終始していた。本日はベートーベンの4番。この明るくて開放的な音楽を楽しみながら、常に彼が3つ星しか得られない理由を考えていた。思ったのは、彼は典型的な「姫川亜弓」タイプであるということ。「ガラスの仮面」における彼女はサラブレッドで美貌にも恵まれ、どんな役をも完璧に求められるままに演じることができる努力家の少女。でもいつも観客の人気やはたまた演技の評価も彼女ではなく、天然女優の北島マヤにいってしまう。マヤは技術的には亜弓にとうてい劣るものの、独自の解釈を生まれついての演技の感で作り出し、オリジナリティーで勝ってしまう。キーシンの演奏スタイルも言ってみれば、基本や伝統に忠実。それが完璧なテクニックと相まって、ときに独自性や「色」に乏しい感がしてしまう。でも亜弓にしてもキーシンにしても、人が図り知ることの出来ない努力の上に、その完璧なテクニックはあるのだと思う。それがややUnderestimateされがちな気がする。アシュケナージが指揮したべト4の1楽章はかなりゆっくりめのテンポ。ただ重い旋律の2楽章でのキーシンのピアノは全然生きていなくって、やはり解釈面でまだ掘り込み切っていない面が浮き彫りとなってしまう。ただたゆまぬ努力を続ける彼のこと。こうした点に関してはさらなる発展の余地があるということを楽しみとしよう。3楽章は一転して彼の軽やかかつリリカルな音が響き渡る好演奏。そのほかはメンデルスゾーンだったが、中学生の頃「無言歌集」を延々とピアノで弾かされた思い出からか、あまり好きではない作曲家なのだが、特にスコティッシュ交響曲は非常にいい曲だと認識を新たにした。アシュケナージのあいかわらず「いい人」ぶりが浮き立った指揮は楽しめた。
2004/06/04
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