某所のソムリエの方が言われたことですが・・・・
1.昔のデュジャックを好きだった人は最近のデュジャックを買わない。
ちなみに私は昔のデュジャックを知りません。もう飲むこともかなわないので、昔のデュジャックを飲まれてきた方を憧れ尊敬しております。しかし、それを上からあからさまに言われると不愉快に感じます。こちらは若造(そんなの飲んだことあるわけなさそう)。それは
「私は飲んだことがあるけどね!あなた達のような新参者は知らないでしょ!」
と聞こえてしまいます。 こういう言動って、客商売として如何なものかと思います。昔のデュジャックを飲んでいた方はそんなに多くないと思いますし・・。
2.2005年は甘い。ブルゴーニュ本来の良さがないのでは? (2004年は赤が昔本来の味わいだ。)
確かに甘い!(個人的には南仏っぽいボヤーンと甘ったるいワインは好んでおりませんが、甘いといわれる03も05も著名生産者を選べば酸がありボヤーンとしていないと常々思います。(05の白はちょっとやばい) )
甘いというのは認めるところですが、2004年赤が本来の味なんですか?あれ、駄目ヴィンテージじゃないですか。皆さんが尊敬されているルロワもそれを理解して、格下げしたのではないですか?本当はあれをINAOがやるべきだったと思います。そんなワインを通常の価格で販売する側の品質に対する誠意に疑問を感じます。2004年赤は本来の味わいではないとあのルロワが言っているのですよ・・・。2004年赤をなぜそこまで肯定するのですか?
さらに言わせてもらうと、2004年赤は価格に見合っていないような気がします。一般に酸が強いというのも果実味の弱さからくるものだと思います。そして雹害ゆえか変な茎っぽい香り(良い言い方をするとハーブっぽさ)が目立ちます。もしかすると、この方は、昔のブルゴーニュが酸が強かったというのも、輸送状態や保管状況が好ましくなかったため、果実味が飛んでいて、それがブルゴーニュと勘違いしていると邪推してしまいます。(爆弾発言ですね。忘れてください。)
多分・・・・
(1)2004年赤が本当に好き。
(2)2004年赤を売りつけたくて、ほめてみる。
(3)一般に駄目と言われている2004年赤をほめて、自分の独自性を出してみる。
(4)自分のブルゴーニュ愛を理解して欲しくて言ってみる。
3.「それぞれのヴィンテージを愛しましょう」
確かにブルゴーニュの楽しさのひとつにヴィンテージにあると思います。ヴィンテージに一喜一憂し、ヴィンテージの特徴を愛でる。そこに工業製品ではなく農産物の味わいがあると思います。ヴィンテージの評価が二点三点するのを聞くのも楽しいと思います。 これを認めつついうのですが、
「駄目ヴィンテージは買いたくない!」
ブルゴーニュが高騰していない時代であれば、ヴィンテージも気にせず分け隔てなく購入し、あるヴィンテージが失敗しても、他があるさこれがこの年の特徴さとあきらめもつきます。しかし高騰した今、「他」はありません。となるとわれわれははずれそうなヴィンテージやクラスを回避する必要があります。
例えば、トマトなら、「今年は今一甘みが弱いけれど、これはこの年の特徴だ。」と言って済ますこともできます。しかし、これは安いからです。
はずれたヴィンテージでは、グランクリュでもなんだこりゃっていうのもあります。これ愛せますか?高くなければ、まあいいかと思いますが、一本2万、下手すると3万、4万・・・。笑えません。これが、2万円・・・と唖然としてしまいます。そんなワインを提供する駄目ヴィンテージを愛することは難しそうです。
しかし、ラフォン・ムルソー93,94,95を垂直するとそれぞれの体格の大きさは異なりますが、その本質は同じように感じます。これに関しては迷わず安い 94が欲しい です。ここにブルゴーニュの難しさと楽しさがあります。
ただここまで高級品になった現在、
INAOは品質を満たさないグランクリュをプルミエに、
プルミエをヴィラージュに して欲しいです。
(パカレ05コルトンシャルルマーニュの例もあるのですが、もっと厳しくてもいいと思います。その基準に関しては、きっと議論紛糾です。)
2004年のルロワの判断は正しかったと思います。