学問としての比較宗教学もたしかにおもしろくて、でもロゼーテのこの節操のない宗教趣味には、私自身、苦悩したことがありました。しかし、禰宜でいらっしゃる江原啓之さんの祭壇にもマリア像が安置されていることですし、「まあこれも、ご神縁、ご仏縁」とありがたく受けとめてからは、気持ちが‘フリーパス’に。我が師 本山博 師は「ご縁のあるところが霊的成長への近道なのだから、自由にそこで精進しなさい」。人は幾世にも亘って転生し、過去世でもご縁のあった神さま仏さまがいらっしゃったのですから、縁が複雑にからみ合っているのは、ある意味、自然なことかもしれません。縁とは、まことに不可解なもので・・・神仏であれ人であれ学問であれ趣味であれ、自分の本性に響くつながりを‘縁’と呼ぶのでしょうか。尊び敬い、興味を惹かれる対象が私の心に存在することに、素直に喜び感謝したいと思います。

(炎のくすぶる祈祷後の護摩壇)