流れ星と羊飼い

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君に

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2013.12.30
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カテゴリ: その他
お酒を一人ぶらっと夜な夜な呑みに行く行為をやめて一年くらい
止めてみて(ちょいちょいは[数カ月に一度くらいは行ってた。]
それまでは週三ペースで何時も朝方までだった。)
そろそろとどうにも自分の中での何かが持て余してる感が出てきたので、
最近弟が手巻きのタバコをくれてそれから手巻きタバコにはまりつつあります。

一度手巻きタバコを吸ったらどうにも普通のタバコが無理になりました。

本当にタバコと呼べるのは手巻きタバコなのかもしれません。

勝手に火がどんどん燃える事もなく、ぴりぴりとしないし、
目が痛くもならないし、喉がいがれる事もないし、


ゴールデンバージニア、アパッチ、ラスタが僕の主流になりそうです。

そしてたまにチェ。
添付の紙がまぁまぁいいので。

で、
ちょいちょい雑貨屋なんかでタバコケース探してたり
(アフリカテイストのキリンのイラストが描いてるのを買った。)
タバコケースやら葉っぱをいれる小瓶を買ってたりとちょいちよい雑貨屋を
覗くのが楽しくなりつつあります。

鞄やら新しい財布なんかも欲しいよなぁと色々と目移りしながら上機嫌な調子です。

またそこまで高くはないスニーカーもちょいちょい集めたいそんな心境でもあります。

昔は月に最高で五足くらい買ってたもんな。一足数万したからバイト代ほとんどなくなってて

晩飯はただマクドのダブルチーズバーガーセットだけを食ってる日々だったな。

そう言えば小説読むのにもはまっててその当初はネットなんてないから
色んな本屋を探し求めてうろうろとしたもんで、
目的の本に出くわした時のテンションなんて凄いもんで、
それに絶版になっててどうしようもないもんは図書館なんかに趣いて


で今手元に持ってるブコウスキーの文庫本のポストオフィスも今では絶版なもんで
どうにも月日の流れを感じます。

やっぱ一度心あったもんは幾ら月日を得ようとも気持ちが完全に離れ
どうでもいいもんへと移り変わる事もなく、
ただ自分の中に静かに片隅なんかで特別なものとして
自身の何かを温め続けるのかもしれませんね。

僕はあまり流行り廃りに関心がなく、
単に自分がそこに心捉えるもんがあるかが自身に置いて重要なので、
(関心ないもんは本当に関心なくて、幾らどうしても無理なもんは無理で
それがどれほどいけてる事であろうとも素敵な事であろうとも
本気で人が驚く程に無関心なんですよね。視界に映らない。目に入らない。
眼中にない。だからこそ人との関係性では本気でよく怒られた。嫌われたもんです。)

で、
そうした事は勿論人との関係性やらでも同じく、
心捉え気持ち芽生えた人は以前変わる事なく何時まで経っても
自分の中では特別であり続けるんですよね。

そしてそうした人に出くわした時には宝もんに触れたそうした気持ち、
自分が生きる事へと求めてる真理、いや摂理か、
とにかく生きてる事への意味を感じられ、
もしくは自分が自分であって良かった、、、

人にどうのこうの言われようともめげる事もなくやめる事もなく
こうした自分で在り続けて良かったと思える気持ちと同時に
その相手への絶対性とでも言うのか自分に取っ手の神、、

心の柱へと昇華されるんですよね。

けれどもそうした気持ちが強すぎるからこそ
さりげなく人とはある一定の距離をとりつつ
ほどほどの自分として、
けれども心にそうした存在を一人密やかと感じて
内心喜んでたりするんですよね。

そしてそうしたもんは生きてる限り、
どんな事においてもあるもんで、
好きなもん、
興味あったもん、
好きな音楽、
好きな映画、
好きな本、
好きな事、
好きな詩と
紐解けば幾らでもあるもんで
そこには確かに自分(存在)が居るんですよね。

で自分の命にそうしたもんを集め積み重ね、
心の拠り所にし、
魂みたいなもんが温められ、

何が本当で、
何が本物なのか、、

人に取っ手の、、、

自分に取っ手の、、、

そしてどうしたいのか、、、

どうありたいのか、、、

そうした事に時折とささやかながらにも
触れてみると

一日、一日での
一秒、一秒のその意味合いが大きく変わったり、

手に触れた
”それが”

どれほどに大きな意味合いを持ってるのかが
ほんの少しは見えてくるのかもしれねぇよなぁと

何げに感じる今日この頃です。

だからこそ特に好きに思える事へと触れる時には
ある意味そこに怖さが生まれ
(失う、壊れる、無くなる、手に入らない、嫌われるの気持ちから)
どうにも逃げたくなるのが
僕が常々永遠言い続けたその弱さだったのかもしれませんね、、、

(で、
一つだけ真意を言えば、
弱い人間だからこそ勇気を持って気持ちあった人等に
うんざりされ呆れられる程に嫌われてみせる事が大きな意味があったんだよな。

そこに強さの意味を求めたのかもしれないんだよな、、、

愚直に頭が悪いんだけれども、
そう思ったら気が済むまでそうするしかないんだよな、、、

例え人を傷つける事になったとしても、、、
もしくは自分を哀れむ行為に至ろうとも、、、
で、
今はそうした事とは少し違って、
別のもんを見出しつつある、、、

弱さ=強さ

強さ=弱さでもないんだよな、、、

弱さを捨てれば強くある、、、

弱さがあるからこそ強くもない、、、

どうにもそんな事でもないんだよな、、、と、、、

身に染みて知った、、、





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最終更新日  2013.12.30 12:12:45
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