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最近雨は降らないがすごくじめじめしている散歩のときはすごく汗が出る。僕は散歩するときは沢山のワン公に逢う中には僕を見てワンワン吠えるワン公も居るパパは「リュウ、吠えてはいけないよ」何時も言われる。リュウも沢山のお友達を作らないといけないねといわれた。パパは僕に「運を開く豊富な人脈」について話してくれた。今月は日経の「私の履歴書」は加山雄三の話である「私の履歴書」には大企業の社長がよく言っているのが「自分は良い人たちに恵まれた」と言っている是は謙遜でなく本音であると思われる。良い人脈こそ幸運を運んでくれる最良の武器である運をつかみたかったら、できるだけ幅広く人と付き合うことでが大切である。いまや国際時代を迎えて、これからは外国人とドンドン付き合う時代になってきた。僕のパパも韓国の留学生や中国の留学生を支援しているダカラ韓国旅行にしても中国旅行にしてもすごくお手伝いをしてもらっている。日中国際交流ナンチャオには色々な人だ居る。パソコンの先生や英語の先生、太極拳の先生やカラオケの先生。ダカラ僕のパパは良い人たちに恵まれ何時も助けられていると言っていた。僕たちワン公もまた人も人脈を広げることはすぐに幸運に繋がるとほど甘くは無いが「人は財産」という観点に立てばこれほど自分を豊にしてくれるもにはないと思う。まさに豊富な人脈を持った人は最高の人生を歩いていける人かも知れないと僕は思った。
2009.07.30
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九州北部は26日も激しい雨に見舞われた土砂崩れなど相次ぎ、2次災害の恐れもある。今日は久しぶりに晴天である。僕は夏になるとすごく涙が出る是は小さい時にパパから叱られた涙が今出ていると思った。毎日パパは目薬を射し、涙を拭いてくれる。僕が具合が悪い時はパパはすごく優しい。僕はポンポンが弱いので、パパにすごく心配をかけた。だけど何時も優しく看病をしてくれる。困った時に優しくしてもらったことはいつまでも心に残るものである。僕の目を拭きながらパパはリュウ「25の半分は?」と聞かれた。僕は12.5と応えた。他にはと聞かれたので12と2分の1と応えた。もっと考えなさいといわれたが、僕には解らないパパは僕に数字の文字を分けて「2」と「5」と言われた。常識的に考えればもう「答えは無い」と思うだろう、だが「必ず別の答えはある」視点を変えてみると新発見が次々に出るものである。パパのお家もリュウから見れば大きいかも知れないだけど空から見れば「点」しか見えない同じように物事は捉え方、見方によって千差万別である。プラスにもマイナスにもなる。人は自分の境涯で物を見る、大事なことは自分の境涯を大きく開くことである境涯が開かれれば逆境も、苦難も、人生のドラマを楽しむように悠々と乗り越えていくことができる必ず道は開け朗らかな日々になる。リュウもポンポンや目が悪いけど、気持ちの持ち方で悪くも成り、良いようにもなる「病は気からである」と教えられた。
2009.07.27
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今日も朝から凄い雨、僕は犬小屋の中でじっと雨の止むのを待った。僕のお友達のボス君(ゴールデン)は雷さんがすごく怖い、それに豪雨お家の中で生活しているがそれでもすごく怖がり、一晩中吠えながら寝なかったらしい。おかげでパパさんもママさんもボスにお付き合いをして睡眠不足と言っていた。その点僕は雨も雷さんも平気である。小さい時からパパの雷に馴らされている。パパの雷の方が何十倍を凄いのである。先日パパは中国語の先生のご主人が社長をしているEsprit Home(エスプリホーム)の新築見学会にいった。 (玄関正面)若夫婦のお家で小さな子供が2人居る住宅である。最近は何処の家庭でも子供部屋があり一人一間の住宅が多い(子供部屋と2階の踊り場)僕のパパが小さい時は家族みんなでごろ寝である。ダカラパパの勉強部屋などは無かったようだ。(1階の子供の読書部屋) (畳をはぐると本の収容庫や置物入れ)パパは僕にあの時勉強部屋があったらすごく勉強が出来たのに語学が全然駄目なのは勉強部屋がなかったせいだと何時も言い訳をしている。最近の住宅はすごく便利になっている。お家もパソコンも年々機能が優れたものが出ている。(年々新しくなるシステムキッチン) (キッチンの収納庫もかなりの広さ) (上カラ収納棚が降りて来る便利なキッチン) (洗面室もかなりのスペース)僕のお家も築10年最近の住宅に比べるとすごく見劣りがする。
2009.07.26
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今日は46年ぶりの皆既日食である今世紀最大の皆既日食が観測される悪石島では6分半ほどの間太陽が完全に消えて夜のように暗くなる皆既日食とは太陽と月が完全に重なり月の見かけの大きさが太陽より大きい場合太陽全体を覆い隠すことに成り夜がきたように暗くなる。今回の皆既日食は午前10時45分ごろには沖縄の宝島や悪石島それに奄美大島などから観測されていた。生憎悪石島や宝島は雨でダイヤモンドリンクは見られなかったが皆既日食のためにまさに夜に変わった。僕のお家も曇り空のように暗くなり雀のチュン助親子は巣に帰って行った硫黄島では見事な皆既日食が見られた。まさに今世紀最大の天体ショーであった。
2009.07.22
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昨日僕が住んでる団地で新築完成見学会があった。団地内でのワン公は少ない、団地も出来てからかなり年が経っているので建て替えをする処が増えている。 (玄関を入ると靴入れがあるすごく広いスペースである)パパのお友達が建て替えをした。娘さん夫婦と2世帯住宅である。 (来客用の靴入れである靴をいけると扉があり外からは見えない)建坪55坪、パパのお家に比べて2倍の広さである。 (パパのお友達夫婦の部屋) 総て木造で木の香りは素晴らしい、天井も高くすごくのびのびした空間が広がる、 (このヘヤは開放的な娯楽室である)自然と共生する人に優しいお家のようであった。 (総て木材であり新建材は使用していない) (浴室もかなり広く親子で入れるスペースである) (今は対面キッチンが主流でありオール電化が主流となっている) パパが見学会から帰って来てリュウやはり新しいお家はいいねとすごく羨ましい顔つきで僕に話した。
2009.07.20
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今日は散歩の時はすごく晴れていたが段々天気が悪くなり雨が降り出した。パパは僕にトンガリ山のお猿さんの話をしてくれた。昔から犬と猿は仲悪いと言われている今は猿同志でもすごく仲が悪いトンガリ山には沢山のお猿さんが住んでいるその中で猿の代表としてA郡猿・B郡猿・C郡猿がいる。今までトンガリ山はA郡の猿が長い間治めていた最近B郡猿が勢力を伸ばしトンガリ山全体を牛耳るような行動を起している。B郡猿はこの1年間でB郡の話し合い拒否や総て反対で多くの猿のことは考えることなくB郡のことばかりで明け暮れたそのためにA郡のボス猿は次々に交代をした。今は3代目のボス猿である。A郡のボス猿に力が無いと見るやB郡の猿たちはマスコミや一部の評論家を味方につけてトンガリ山のお猿さんたちにA郡のボス猿は駄目だ駄目だと宣伝をしたマスコミや一部の評論家も同調していまやA郡を袋たたきをしている。A郡の中にも自分たちのボスの悪口をいいB郡やマスコミの餌食となっている。 トンガリ山の麓にタレント村がある其処のボス猿にA郡に着て欲しいとA郡の猿が懇願した。タレント村のボス猿は色々な条件を出したA郡のボスにするならばトンガリ山に登ってきてもいいとのことである。パパは僕に「組織は人によって作られ人によって運営され、人によって有終の美を飾る」と言っていた。どんな強固な組織でも外から滅びるのではなく内部から崩壊していくものである。「異体同心」で無ければ何事も成就することはできない。パパが幼少のころパパのお家は貧しくまたご近所も貧しい家庭が沢山あった。ある家庭では貧しいのは父親のせい甲斐性も無く酒飲みでだらしが無いからこんな生活で貧乏してる。母親の愚痴で子供たちまで父親を馬鹿にし無視していた。パパのお母さんは同じ貧しい状態であったが貧乏しているのは私のやりくりが駄目で主人は素晴らしい人だと言っていた。だれが見ても飲んだくれで、家庭を見ない父親だと世間の人は知っていた。だが母は父親は立派で御母さんが頑張ら無ければいけないねと常々子供たちに言っていた。父親のことを悪く言っていた家庭は崩壊した一家離散である。パパのお家は同じ貧乏をしていてもPTAの役員や町内の母の会の委員長もパパのお母さんは勤めたようである。A郡のボス猿は確かに力も人気も無いボスかもしれないまた多くの猿たちがボス猿のもとを離れていくかもしれない今のトンガリ山ではだれがボス猿になっても足の引っ張り合いに明け暮れる。本当にトンガリ山のお猿さんたちのことを考えている猿はA郡の中にもB郡の中にもいない皆自分のために色々言い訳をしているように思われる。今のマスコミも偏った報道ばかりである。A郡を叩けば商売になる。視聴率もアップする評論家も好き勝手なことを言う定額給付金にしても総ての評論家は経済効果はゼロばら撒きであると声をそろえて語っていた。だが現実は庶民が潤った。何億何千万とマスコミからお金をもらっている評論家にはたかが1万2千円かもしれない。今こそトンガリ山の猿さんは皆で正しい眼と判断ですみよい山にしたいものである。(猿の写真はネットより)
2009.07.15
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毎日暑い日が続く僕は散歩のとき必ず涼しいところで一休み。パパも僕と一緒に休憩である。僕がメタボになったので病院の先生から病院が勧めているカリカリを紹介されたパパはすぐにそのカリカリを買った様であるだが僕にはそのカリカリを食べると軟便下痢をするダカラ折角かったドックフードをご近所のワン公にあげたようである。ご近所の人はかなり高価なドックフードなので喜んでくれた。僕は以前から食べているドックフードをパパが買って来た。7.5kgで6千円である。パパが僕にリュウの方がパパが食べているお米より高いねといわれた。お店には色々なワン公が居る、ほとんど10万円はする血統書付のワン公である。以前は大型犬が主流であったが今は小型犬が主流である。お家の中で飼っているペットである。すごく可愛いワン公たち、パパは留守がちなのでお家の中ではワン公は飼えない。パパは僕にリュウも小さいままで居て欲しかったといわれた。人生後戻りは出来ないもんね・・・。
2009.07.13
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今日は朝からハヤ太ちゃんのボタンちゃんが遊びにきたボタンちゃんはリボンちゃんとは従姉妹であるリボンちゃんは4歳ボタンちゃんは5歳である。幼稚園の年中と年長組である。ボタンちゃんはリボンちゃんより1歳お姉ちゃん言葉もハッキリしている。ボタンちゃんは余り僕と遊んでいないので最初は僕を怖がっていた。段々慣れてくると、リュウ、リュウと行って僕と一緒に散歩にいった。散歩道には沢山の花が咲いている、僕は名前は知らないが夏に咲く花のようである。花は四季折々の花が咲き人々の心を癒してくれる四季といえば通常「春夏秋冬」の並びだが成長を刻む人にとっては冬に始まり春、夏、秋の順にもなる人は試練の冬に奮い立ち苦境を乗り越え喜びの春を迎える、そしてその歓喜と感謝の思いを胸に鍛えの夏を経て、成長の秋へと結実する。そして一回り大きくなった自分を見つめより高い目標に向い、果敢に挑戦する。この積み重ねが成長し続ける人生の節目となる。ボタンちゃんも1年1年成長をしている。来年は小学生である。未来性を秘めた若竹が新しい時代にのびのびと育って行って貰いたいものである。野に咲く花のように逞しく、健やかに
2009.07.12
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パパが会社にいくとチィーコの夫婦が始めて子供を連れてきた。パパに見せるためであるセキレイ・チィーコには2羽の子供が生まれいた。すごく可愛い子供たち。母親の愛情に育まれてスクスク成長をしている。2羽の子供は母親に餌をおねだりしているまだパパが餌さをあげても自分では食べることは出来ない母親が口にくわえての口移しである。1羽に餌を与えるのモウ1羽が催促ををする。母親はパパが与える餌を総て子供たちに与えている。麗しい家族愛である。やっと飛べるようになった子供たち、生まれて始めてみる光景に違いないチィーコ家族が住んでいるのは工場の中である化学工場なので風向きによってはガスが空気を汚染する子供の誕生を契機にパパはすごくセキレイの健康に心配するようになった。親子関係でいえば成長途上の子を育てるのは親の助けであるそれは抑えつけることではなく懸命に子供をサポートすることである。助けるものが強ければ子供は倒れない僕のパパは良く先輩から聞かせれたものである母親は子供を叱りなさい、叱れば叱るほど子供は立派な大人に成長をする母親の叱ることは子供に対する厳愛である。だが父親は子供を叱ってはいけない、子供に対して友達に成りなさいと。生まれたばかりのセキレイの子供も母親の厳愛で立派な大人に成長をすることであろう。
2009.07.11
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今日は朝から凄い雨である、僕は小屋の中でじっと我慢のワン公である。パパが僕の所に来てチィーコの子供の話に熱を帯びていた。子はかすがいとも言われ夫婦円満の潤滑油でもある母のセキレイは毎日子供の所に餌を運んでいるみるみるやせ細っていく母鳥である。人間では母乳かミルクで幼児を育てているダカラ母親は余り痩せる事はないセキレイは親が餌を与えないと死を意味するダカラ母鳥は子供のために自分は食べずに子供に食べさせている。セキレイの母鳥に学ぶ処が沢山あるみたいであるパパは僕にウサギとカメの話をしてくれたウサギが昼寝をしていたので、カメが競争に勝ってしまうやはり着実に歩みを進めたほうが勝ちである。カメは前にしか進むことが出来ないひざが前に曲がっているから後ろには進めないのであるカメのような小さな一歩であっても前に進む限り必ず目的地に到達することができる。小さな一滴の水も落ち続けることで硬い岩でも穿たれる。セキレイは子供の成長を願い地道な努力を積み重ねている子供のためとはいえくじけることもあろう。仕事であれ勉強であれ必ずゴールがあるゴールに向かってカメのように前に前に進むことである人生は他人との競争ではない自分の弱さとの戦いである新しい自分への挑戦に勝ち進む以外にない。僕はパパの話を聞いて着実な前進を刻む1日1日でありたいと思った。
2009.07.10
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今日はすごく風が強いおそらく気圧の移動かも知れない。僕のメタボの原因はわかった、僕が闘争心をなくしたことと生活環境がよく心配ごとが無いため。僕の下痢も治まったので散歩の時チィーコの話をしてくれた。セキレイのチィーコはパパの言葉が解るようで、早く子供の顔が見たいねというと、尻尾をピコピコさせたチィーコ夫婦が来るようになって半年目に入った。今日も朝からパパの出勤を待っていた、パパは大好きなミルウォームを与えるとチィーコは美味しそうにパクパク食べていたがチィーコの奥さんは食べずに口にくわえて何処かに飛んで行ったすぐに戻ってきては餌を催促したパパはそのたびにミルウォームを箸でつまんで与えた。自分は食べずに総て子供に食べさすために何度も何度も子供の下に餌を運んだ。そういう日々が続き、親のセキレイはみるみる痩せ細っていった。パパは僕に話してくれたパパのお家も子沢山で子供に食べさせるためにお母さんは満足に食べることなく子供に食べさせていたようである。何処の母親も子供のためにわが身を削る思いで育てている。家庭においても母親の役目は重大である。母は家族の太陽であり、大地である。母なる大地より多くの逸材が輩出されていく。セキレイの母から素晴らしい子供たちが育っていくことであろうと僕は思った。
2009.07.09
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今日は朝から雨である、梅雨とは言ってもやはり雨は僕は嫌いである。僕のお家には雀のチュン助が毎朝餌をもらいにやってくる。だけど雨の日パパが散歩をしないので姿を見せないためチュン助は来ないチュン助家族が食べ残した餌を鳩が食べに来る最初のころは鳩を追い散らしていたが、今はお友達である。雀に比べて鳩は人間にも僕にも怖がらない。遊びに来た鳩君から最近リュウ君はメタボになったねといわれた。僕のメタボの原因はパパが夜中に来て僕におやつを与えたせいだと思っていたが先日テレビでワン公のメタボの原因は一つに闘争心が無くなったこと二つにすごく環境が良くて居心地がよく何の不安もなくのんびりしてることだと言っていた。確かに今の僕は他のワン公が吠えても僕は吠えない。鳩君を見てもチュン助を見ても何もしないパパの所に来たときは家族は僕に冷たいそぶりであった。最近は家族もご近所の人もリュウ、リュウと言って、可愛がってもらっている。ダカラ悩みやストレスは全く無い。僕が散歩のときに何時もお会いするご婦人も肥えた人が多い。人間もワン公と同じで、新婚時代はスタイルバッグンの人も今ではすごく肥えている。キット家庭円満すごく安住の境涯かも知れない。市民センターに出入りしているご婦人も僕のようにメタボの人が大半である。中には痩せ気味の人も居る、ご主人がすごくハンサムで奥さんは心配をしているらしい。やはり闘争心のあるご婦人は痩方である。鳩君はメタボはいない生活のために戦っていると僕は思った。僕のお家の千両の木があるこれは鳩君が植えてくれたものである庭に糞をして千両の木として育ったらしい。パパは9月には中国留学生30人を連れてバスハイクである。千両の木みてパパが僕に中国春秋時代の名宰相管仲の話をしてくれた。「一を植えて十の収穫があるのは木材一を植えて百の収穫があるのは人材である」パパが中国留学生を支援して居るのは多くの将来の人材を輩出することだと思った。
2009.07.08
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去る7月5日東京・霞ヶ丘の国立競技場で23回忌法要が行われた。1987年7月17日に亡くなられた故・石原裕次郎さん(享年52歳)大々的な法要としては最後となるが、裕次郎さんが眠る神奈川・鶴見の総持寺本堂を国立競技場に再現規格外の規模で開催された。「天国からのラストメッセージ」「有り難う」最後の大規模法要として、総持寺で執り行うことも検討さたが、高齢になったフアンの健康や交通周辺環境を考慮。法要の場所として誰もが想像もし得なかった、国立競技場での開催となった。驚くのは場所だけではない、トラック部分に約200トンの鉄骨を使い、高さ17メートル幅50メートルの総持寺本堂レプリカを10日間かけて建設本尊の釈迦如来も運ぶ、奈良時代から1300年の歴史ある総持寺で持ち出されるのは勿論始めてである。160人の僧侶も出向く。記念品は抽選で5万人にプレゼン総費用については少なく見積もっても10億円は超えそうである。石原裕次郎23回忌法要には国立競技場は数十万人のフアンで埋められた。
2009.07.07
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僕は病院に行ったおかげで軟便下痢が止まったようである。僕とパパはよく似ている、僕が具合が悪い時はパパも具合が悪い。僕が元気になったのでパパに写真を撮ってもらいお友達に元気な姿を見せてあげようと思っていましたが。フォト蔵さんはすごくご機嫌斜めでユーザーIDとパスワードを入力してくださいとの表示。ユーザーIDとパスワードを入力してご機嫌が良くなったみたいである僕が寝た時の写真は1枚もない寝ていてもパパが来ると僕はすぐ目を覚ます。いくらパパが挑戦しても駄目みたいである。僕は病院で注射を3本打たれたので久しぶりにクサリに繋がれた。余り動かさないパパの配慮である今日は軟便も良くなり元気な僕になった。パパも僕が良くなると肩の痛みもやわらぎ90%回復した。ワン公の飼い主はワン公に総てが似てくるようであるやはり病気をしてみて最高の幸せは健康であることでが解った。僕は病院でもらったお薬はきちんと飲むことにした
2009.07.05
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今日散歩のとき軟便下痢であった軟便は良くなったり悪くなったり20日は続いた。軟便が良くなったり悪くなったりするのでパパも判断に迷って居たようであるが今日もし軟便だと病院に行くことに決めていたらしい。僕のパパも肩こりが悪化1週間前から首が回らず、車の運転も出来ない状態であった原因はパソコンのしすぎと右手の使いすぎである。今回はすごくいたそうであった。痛み止めは胃潰瘍のため医者から止めていたが余りの痛さのために服用した。僕はパパが帰るのを待って動物病院に行った病院は沢山の患者がいて僕は1時間近く待たされた。病院で体重を量ると20.5kgでまた肥えていた本格的なメタボである。下痢止めの注射を3本打たれた。僕はがまんしていたので皆からリュウ君は本当に偉いねと誉めていただいた。パパの首の回らないのは僕が沢山お金を使うからかも知れないと思った。僕は下痢止め缶詰と薬をいただいた。僕もパパも早く良くなりたいものである。お友達の皆さんパパはまだ肩の調子が悪いのでご迷惑をおかけします。御免なさいね リュウより
2009.07.03
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