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我が家には高3と中3の2人の受験生がおり、皆で桜の花が二輪咲くのを待っている。上の少年のたっくんは、幼い頃から出来杉くんだった。少々熱血漢のきらいはあるが、親が何も言わなくても、自分で目標を定め、真面目に地道にコツコツ努力を重ねるタイプ。これまで彼について、心配したのは、小学4年生で広島市から転居するにあたり、彼のその性格と丁寧な言葉遣いによって、皆に解け込めず、イジメられるのではないか、ということだけだった。下の少年の仁くんは、我侭で甘えん坊。 やんちゃで子どもらしい子どもである。内弁慶で、外面はとても良く、笑顔がなんとも言えず愛らしいため、老若男女を問わず、ひとさまからとても可愛がられる。本人もそれを重々承知しているようで、ちゃっかりそれを利用して、様々な恩恵を貪っているようである。たっくんがとてもしっかりしたお兄ちゃんだったので、私は、早くから仁くんをたっくんに任せ切り。たっくん小学校1年、仁くん年少組からフルタイムに戻った。仁くんにとって、一番身近な肉親とは、たっくんかもしれない。兄弟につきものの喧嘩も彼らには全くなく、気まぐれで我侭放題の弟の要求に涙を流しながら、たっくんは全てを譲るのである。彼は1度も弟に手を出したことがない。そんな優しい兄を、弟は、子どもらしい傲慢さから、少しナメていたようだ。「兄ちゃん、大好き」と、たっくんの首に噛り付きながら、兄のおやつを分けてもらう。たっくんは、そんな仁くんが可愛くてたまらない。みかねて、仁くんの不在時にたっくんにお菓子をあげると、どうしても「半分こ」にして、仁くん用に取っておく。仁にもお菓子をあげてみる。兄のことまで思いが浮かばず、平気で全部平らげる。「お兄ちゃんのは?」「えっ?? でも、これ、僕のでしょ? 兄ちゃんのは別にあるんでしょ?」「でもお兄ちゃんは、いつも仁くんに取っておいてくれるよね?」「う"~~~~ん???」一時が万事、これだった。 そして。たっくんが素晴らしい成績で中学校を卒業し、難関校の国立大学附属高校へと進学した。兄と入れ替わりで入学した仁の担任の先生は、兄の担任の先生だった。他、殆どの教科担任も兄が教えて貰った先生だった。そして、仁は、兄の入っていたバスケット部に入部する。2年生、3年生は、当然、兄の後輩である。 ◆◆◆ 家庭訪問で、開口一番に先生がおっしゃったこと。(私は、一生忘れない) 先 生:「たっくんパート2が来る、というから、皆で緊張し、楽しみに待ってたのに、 なんじゃ、こりゃ。でした」 私 : 「!!??」 驚いて声も出ない私に、先 生:「おかあさん、なんぼか、さえんことでしょうが、まぁ、仁くんがフツーですから。 余り気にされんように。 たっくんは、ちょっと出来杉でしたからね」 私 : 「!!!!!」先 生:「まぁ、仁くんは、笑顔が良いですから。 あの笑顔で一生食べて行けますよ」私 「……すみません。 今日はもう結構ですので、お帰りいただけますでしょうか?」 ◆◆◆ 兄弟姉妹で比べて育てる、ということは、ひとを育てていくうえで最も避けなければならないやり方ではないだろうか??つい、比べそうになってしまう親は、必死で踏みとどまり、その子、その子をきちんと見ていこうと常に努力している。しかし、学校で、先生がそういう目で観て、それを口に出す、ということはどういうこと?私の方が「兄とあまりに違うのですが」と相談し、それを受けての「余り気にされんように」なら、まだわかる。が、私は 何 も 言 っ て な い。私が、仁を「さえない」と思い、「気にしている」と何故に断定する? ◆◆◆ バスケット部で。 たっくんは、卒業時 180cm。 仁くんは、中学入学時 130cm。2年3年の先輩たちが口を揃えて言う。「はぁぁ? お前、ほんまに○○先輩の弟かぁ??」同じ小学校出身の先輩が言う。「仁はのぉ、頭も背も、兄ちゃんの絞りカスじゃけん」 ◆◆◆ 蒼い顔をした仁が帰宅して、2階に閉じこもる。いつも煩いくらい私にまとわりついて、お喋りするのに。おかしい。 何かあった?2時間ほどして、2階から降りてくる。 普段と変わりない。探りを入れてみたが、上手にとぼける。私がバスケ部での出来事を知るのは半年後になる。(イジメではないが、軽口として仁くんをこのように皆がからかうのは3年間続く) (2)に続く…(続かんかも)
2005.02.28
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我が家は、ずっと大学進学反対主義。夫ともども、我が身を顧みての反省から、少年たちには、自分の好きな道で、専門職としてのスキルを早くから身に付け、社会で即戦力となれるようなスペシャリストになって欲しかった。そのため、我が家の少年たちが大学への道を選ぶには、2つの条件をクリアすることから始まる。 ● 大学に行きたいという想いと根拠で父母を論破できること。 ● 家の経済状況により、国公立大学への進学しか認めない。そしてもうひとつ。 ● 家から出るなら、地元の広島大学以上のレベルで学問できる大学であること。たっくんは、中学時代、「高校へ行くためでしかないような中学校の与えられた勉強は面白くない!」「自分が興味をもてる方向へ、自分からどんどん深く学んでいけるような勉強がしたい」と、「学問すること」に目覚め、大学進学を決意。私たちの少しでも近くの公立高校へ、という願いも蹴り、100分近くかかる、広島市の国立大附属高校へ進学した。高校では、バスケットで県体出場を目指して3年間頑張り通し、学校をあげてのメインイベントで、夏休みの殆どが練習で返上となるために保護者から苦情が殺到する「運動会」では、3年間を通じて1番ハードなマスチームに属し、命を捧げた(←本人の弁)。熱い青春の涙をたくさん流し、生涯の友を何人もつくった。成績は、3年間全科目オール5。塾にはお金を出せない父母を尻目に、塾の特待生システムを利用し、無料で受講する。生意気にも「アンチ東大」を掲げ、この度、京大を目指した。合格すれば、たっくんは京都のひととなる。経済状況厳しい我が家では、少年の下宿先を「何処だってど~~んと来い!」と鷹揚に構えるわけには行かない。できれば、寮にして欲しい…。。。。しかし彼は、「寮」や「共同風呂、共同トイレ」なところに居住することは、どうしても勘弁して欲しい、という。辛い時、いつも京都での生活を夢見て頑張って来た。それは、寮ではなく、共同風呂や共同トイレの生活ではない、と。私たちは、彼の受験生活に対し、「自分の決めたことじゃろ?」と、積極的な応援はしなかった。もし合格できたなら、彼の努力と執念で勝ち取った栄冠である。思えば、彼には、何のいわゆる「教育費」を掛けてはいない。彼の努力に応え、報いるためにも、彼の要望をのむことにした。そうと決まれば、少しでも立地条件が良く、少しでも安い物件を、と26日、夫になんとか休みを取って貰い、京都に行って貰う。以下は夫の話より。下見のお世話をして下さるという大学生協を訪ねると、3時間待ちの大行列。「いや、まだ、今日は落ち着いてる方です。 昨日は5時間待ちでしたから」しょぇええええ! 考えることは皆さん同じ。発表前に、物件下見と仮契約、なんて嗤われるのでは…と心配してたのに。ひるみながら、順番待ちの名簿に名前を記入して、外に出るとくぃくぃと袖をひく大学生が2人。「僕たち、大学前の不動産屋さんのバイトです。 生協と同条件での物件をたくさんご用意しています。 如何ですか。 順調に決まっていっているので、今の時間だと20分待ちです」もしかしたら、騙されるのかもしれない、と眉唾してみたけれど、用意されたパンフレットはとても充実しており、大学生協で配布されたものと、殆ど変わりがない。周りを見れば、何組かのご夫婦が同じ方向に案内されている。そして、決めました、おとうさん。最初の疑念は一瞬で、事務所でフツーの不動産屋さんであることが判明し、3件連れて歩いてもらって、2件目の物件に決定。大学まで歩いて通え、電車の駅前近く。 商店街の傍。築15年。 小規模の3階建アパートの3階。1DK6帖洋室。 共役費込で42000円なり。 はぁぁ。試験の終わったたっくんを連れてもう一度下見。まだ、学生が住んでいらっしゃるため、中は見られない。「う"~~~~~ん、、、妥当な線だよね」と、たっくん。そりゃ、不満でしょう。ピカピカの学生マンションの立ち並ぶ東広島市を、いつも見てきたもんね。あなたの思い描く、憧れの学生生活には程遠いよね。でも、これが私たちの精一杯です。不動産屋さんからいただいたパンフのなかでも下ランク。上には限りなく凄~いマンションやアパートがたくさんありました。なかには、購入物件もたくさんあった。4~6年の学生生活のためにマンションを購入され、卒業時に売却されるんですと。 …はぁああ、びっくり。ごめんね。 たっくん。でも、おとうさんの学生生活は、間借りからスタートだった。おかあさんは、自宅からどうしても出してもらえなかった。時代が違うって? んでも、我が家ではこれがギリギリ。ここから先は、どうか、自分で勝ち取って行ってください。そのための応援は、(声だけかもしれないけど)一生懸命させてもらう。この6帖の1DKは、あなたの人生の大きな大きなスタートです。この3年間、「これだけ頑張ってダメだったら仕方ない、もう悔いはないよ」。と、君は笑って言えるくらい、努力したね。そういうあなたが、私たちの宝物だし、そういうあなたには、その笑っていえた中身が宝物だと思う。9日の発表を、心静かに、微笑んで、一緒に待ちましょうね。
2005.02.27
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昨日の日記で、負のエネルギー全開となってしまい、非常に消耗してしまった。夜中にゆっくりと入浴してリフレッシュしようと思い、ヘナることに決める。通算すれば40数年間。 身体の内外に投与され続けてたステロイドから離脱を図って1年半が経過した。この間、まさにゾンビのような状態となり、地獄を見た。未だに下半身の一部は、一進一退を繰り返している。同時期に、界面活性剤を使用した石鹸やシャンプーとも縁を切り、ヘアカラーもヘナにした。ヘナにかぶれるひとも多いと聞いていたので、最初はどうなるか心配だったが、結果オーライ!思えば、身体中からリンパ液があふれて血膿状態だったときも、私の顔だけは大丈夫だった。『面の皮が厚い』とはこのこと?? (・_・)ヘナの香りが苦手なの、とよく聞くけど、抹茶と青畳を混ぜたような、この「草」の香りは私は嫌いではない。ただ、時間がかかるのが唯一の難点。1時間も2時間もヘナる時間がどうしても取れないために、私は入浴中にヘナることにしている。いつもは1時間が待ちきれないのだけれど、昨夜は文庫本を2冊持ち込み、2時間た~~っぷり。いいお湯加減と、抹茶と青畳の香りと、お気に入りの本。汗がふつふつと出てきて、タオルガードしてない顔に深緑の筋が(笑)。鏡を見て大笑いし、すっかり癒されて、パワー充電。 ◆今日で、国立二次も終わる。闘い終えた上の少年を飛びきりの笑顔で迎えてあげられるかも。
2005.02.26
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昨日の「PTA役員諾否の地域温度差考」にて、同じ広島県のジャスミン茶々さんからコメントをいただいたことから、日頃からあれこれ考えていたことを書いてみた。(以下抜粋)>前に住んでいた自治会は、>歴史が古いのでものすごい結束力でした。>私の実家の部落もそうだけど。>イベント好きが多いので、毎月お祭り騒ぎですよ。>そういったところは、年配者が多いんですよね。私の住む町は、たくさんの小さな町や村が合併し、広い面積を持つ。同じ町内でも、漁業中心の地域、農業中心の地域、商店街、企業人の多い地域等々、非常に差がある。町が編纂した町史には、各地域毎の方言の差まで表になっているくらいである。そして、まだまだ地縁血縁が大きく物事を左右する年代が町を動かしている。しかしご多分に漏れず、この町にも物心両面に、良い意味でも悪い意味でも近代化の波は訪れている。10年前、事情あって、生まれ育った広島市内から夫の両親の元に泣く泣く転居した。この地は、この町でも「地のひと」ばかりの古い古いお土地柄。まず私がさせられたことは、いつまでも娘さん気分でいるんじゃない!と腰まであったストレートの髪を切ってパーマをあてること。そしてお化粧をして、スカートを履いての地域全体への挨拶回り。(私はお化粧はしないので、眉墨とルージュだけで勘弁してもらったが)ハレとケがはっきりと区別される日常。日常は、8時消灯、4時半起床。 8時過ぎには近隣も真っ暗になる。(私は、真っ暗ななかで、デスクトップのまわりに座布団をかけ、 外に光が洩れない様にして仕事をした)洗濯、掃除機かけ、布団干し…、全て近隣の皆が足並みを揃える。少しでも時間がズレようものなら、即座に何処からかご注進が走り、「布団がまだ干してないようだけど…??」などと心配顔の「女衆」の訪問を受けることとなる。この地では、「(ひとと違った言動をして)ひとさまに後ろ指を指されない」こと、が、生活していく上での絶対の条件であった。善悪の判断基準は「ひとさまがどう見てどう言うか」なのである。ある程度の覚悟はして来たつもりであったが、それまで、私は天上天下唯我独尊、私がルール、であった(笑)。市内中央部で気侭に自由闊達のマンションライフを満喫していた私は、すぐに適応障害を起こした。同居中は、ご飯は絶対白いご飯(炊込みご飯、混ぜご飯、ふりかけなどはご法度)。パン、珈琲、洋食全部ダメ。女性がビールやお酒、とんでもない。嫁は「はい」以外、言ってはならない。夫は末っ子の三男であったため、その嫁である私は「格」も低く、発言権はおろか人権さえなかった。テレビも新聞も一切見られなかった。そんな時間がないのである。「個」など全く認知されない。一時が万事、地縁・血縁で強固に固められ、決められた通りに動かなくてはならない。それで「大過なく」「ひとさまに後ろ指をさされず」生きて行くことが大事なのである。この地で、子どもの居ない家、障碍を抱えるひとや登校拒否の子どもを持つ家は大変である。地域で互いに助け合い支え合うのではなく、その責は殆どヨソから来た嫁が持ち込んだ因縁、として片付けられ、語り継がれ、婉曲に差別される。私はこういった「お土地柄」が嫌で嫌で仕方がなかった。「大過なく」夫の両親を見送る日が来たら、即座に広島に戻る。それだけを支えに、息を詰めて暮らしてきた。でも、ある日、気付いた。私にとっては「広島に帰るまでの我慢の日々」であっても、私の子どもたちにとっては、ここが故郷になるのだ、と。私がこの地を愛せず、広島ばかりを見つめていたら、この子たちもつまらない毎日を送ってしまう。私が一番守らなくてはならないのは、この子たちの心だと。転居にあたってそれなりの覚悟をし、自分で選んだ道なのだから、逃げ出すことを自分に決して許さないことを自己確認して、そこからやっと、「良かったみつけ」を始めることができた。今では、たくさんの「良かったみつけ」ができた、とは思っているが、相変わらず地縁、血縁、家柄が物事の全てを左右し、不都合なことは因縁として片付けて行くこのお土地柄そのものを私はまるごと受け入れることができない。「○○から来たひと」とか「○○家の嫁」や「○○家の長男」などとしてではなく「個人」が「個」として生きることを、「気儘」「我が儘」で片付け、異端視することで排除し、そのことで「多数」派の自分に安心し、自分自身を許し、安穏とイエ意識に代表される事柄を連綿と受け継ぎ、助長してきたこの町。もうそろそろ根底から見つめ直し、不条理なもろもろを見逃さないような町になりましょうよ、と思う。お元気だった年配の方々は、段々と老いて、あれほど大事だったお祭りなども、形骸化し始め、義務感と、自己都合でしか判断できない、心もとない若い衆ばかりになって来つつある。何が一番大事か。この町で生まれ育ち、まさにこの町の次世代を担う子どもたちに、古くから脈々と受け継がれてきた生活の知恵や感性、素晴らしいものをもっともっとしっかりと伝え、学ばせて欲しい。私たちも、謙虚にしっかり学び、バカヤローなことには、堂々とバカヤローと言えるように、私自身が地道に学び、歩を進めていけたら、、、と思い続けて10年目なのでした。
2005.02.25
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うちの中学校は5つの小学校区から成っている。過疎化している地域もあって、先年、1つの小学校が統廃合され、5つとなった。20数年前には、小学校が7つあった、とも聞いている。統廃合にともなう児童の通学バスの問題等々、大きな問題をさまざまに抱えてるのだが、ここでは触れない。中学校のPTAの地区理事は、規約で各小学校区から何名と決められており、割り当てられた人数を出すための小学校区内の地域分けと人数振り分けは、各小学校区に任されている。一昨日の騒動は、この小学校区内での人数振り分け会議で勃発した。そして、この小学校区では毎年起こる。小さな小学校区ほど地域と密着しており、日常的に「地域が子どもを育て」て来ている。子どもの数も少ないので、毎年役員にならざるを得ないひとも多い。そして、そういった役員さんの心構えも「子どもがお世話になるから当然のこと」と、しっかりできていらっしゃる。こういった小学校区では、中学校の運動会や町P連バレー、ソフトの試合なども、地域をあげて参加下さり、おじいちゃん、おばあちゃん、一家総出で応援に来て下さる。地域対抗の綱引きや長縄跳びともなれば、前もって練習して臨んで下さるほど盛り上げて下さる。その一方で、今回の騒動のようなことが日常茶飯事なのが、大きな小学校区。小学校区内でも子どもの多い地区、少ない地区とあり、少ない地区は、前述のように毎年とまでは行かなくても、2年に1度は役員が回って来ていたりする。兄弟姉妹がいればなおさらのこと。最初は仕方ない、と思っておられたおかあさん方も段々と理不尽なものを感じて来られる。地区によって「しないひとは絶対にしない、のが許される(まかり通る)」、のを目の当たりにされるからである。そこで、「私らは毎年なんよ? 絶対損じゃわ~」となる。そして、これが中学校に入っても同様に続くのだから、不満爆発。無理もないかな、とも思ったりする。そして、悔しい想いをされている方々がいらっしゃることをどうして子ども数の多い大きな地区の方々は思いやれないのかな、と思う。「私さえ、役員を逃げられたらそれでいい」になってませんか?「誰か好きなひとがやってくれるわいね」「うちゃぁ、絶対、死んでも嫌じゃけんね、籤もひかんよ!」あなたがそれほど嫌な役員を毎年されている方々がいらっしゃるんですよ。その方々は、決して暇ではない。 好きで、やっているんじゃない。農作業の合間を縫って駆けつけてくださる方。NOと言えず、子ども会もスポーツ少年団のお世話も中心となってされてる方。夜勤勤務明けの貴重な時間を割いて来てくださる方。さまざまな事情を抱えながら、それでも任を全うしようとされている。損とか、得とか、違うでしょうに。たった1年間ですから。不本意さを引きずって不満たらたらで役員さんするより、楽しみましょうよ。我が子がどんな教室で、どんな先生方に教えられ、どんな友人たちに囲まれ、どんな笑顔を見せてるか。 識りましょうよ。厳しい時間のやりくりをして、時間の遣い方を学びましょうよ。たくさんの保護者と出逢い、仲良くなって、世界を広げましょうよ。それぞれ違う温度差を、手を繋ぐことで温めあいましょうよ。この1年間で、思春期の子どもたちが、どんなに成長してくれるか。ご一緒に、楽しんで、わくわくしながら見守りましょうよ。
2005.02.24
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リンゴ121052005さんからいただいたコメントにお返事をしてましたら、「長過ぎる!」とエラーがでましたので、こちらにアップ致します。「あんたらのように、暇じゃぁないんよ!」 ともうひとつ「あんたらのように、好きでやっとるんじゃぁない」。これらは毎年繰り返される決り文句ではあっても、未だに慣れることはできないし、今も、殴られたようにズキズキと胸が疼きます。「暇じゃないんよ」と言われれば、私だって、会社に随分迷惑をかけた。夫の両親の介護もある。通学時間に90分かかる高3の我が子の世話がしきれず、とうとう高校に近い私の実家に我が子を預けてしまった…等々、たくさんの想いが悔しさとともに溢れてきます。でも、まだこの御方は会議に出て来られ、皆の前で、リスクを承知の上でご自分の意見として、言われました。それだけでも有難いことだよなぁと思い直しています。そこから、公に波が生じ、うねりになって、議論ができる(…かもしれない)。相互理解に向けて、話し合いができる(…かもしれない)。>すごい方がいるんですね。>みんな思っていても普通は言えないでしょう。役員に選ばれても1度も参加されず、何もされない。他の役員さんから当然苦情が舞い込みますし、実際、行事進行上、支障をきたすこと甚だしいため、何度も電話や訪問し「他の皆さんも厳しい時間をやりくりして頑張っておられるので」とお願いすることになります。決まって浴びせられる言の葉は、「人は人よぉね!。 できん言うとる私を選んだあんたらが悪いんよ!」。吐き捨てるようにおっしゃる御方も何人かいらっしゃるんです(涙)。リンゴ121052005さんは、既に前向きでいらっしゃり、「良かったみつけ」をしていらっしゃって、ステキですね☆>この町のPTA役員決めはすごいんです。>1回も役員をしてない人が一番です。>もし何かの理由があっても、今度してもらうことになってます。>母子家庭や父子家庭も関係ないみたいです。PTAを単なる学校行事消化型で終わらさないためにも、役員は、いろんな事情を抱えた方がいろんな立場で、いろんな視点で。そして、「できる範囲で」、自然体で入れ代わり立ち代りでやっていただくのが一番いいのではないかなって、思います。たくさんのひとが、学校行事を識り、役員の役割を識り、先生を識り。そして何より、子どもたちの現状を識り、保護者同士、互いの事情や考え方の違いを識り合うことで、互いに助け合い、協力し合えて行けるんじゃないかと。識り合えば、のほほんとしていられない。人任せにはできない、と、役員じゃない方々が、役員さんを支え、目標を達成する。子どもたちには、そんな保護者同士の姿を見て欲しいな、って思います。
2005.02.23
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昨夜は予想通り、大荒れに荒れた。6時前に自宅を出、帰宅したら11時前だった。学年最後の理事会終了後に各小学校区に分かれて、来年度の地区理事選出について話し合って貰った。予想通り、子どもの数が減って来ている2つの小学校区が大荒れ。あるおかあさんの大声が、私の胸を抉る。「私はあんたらのように暇じゃぁないんよ! 自分の子どもすら満足に面倒みきれんのに、 他人の子どものことや学校のことどころじゃないんじゃけん! この1年も籤で当たったけん、仕方なしにやってきたんよ。 ええ迷惑じゃったわ」息が停まるかと思った。毎年ながら、役員改選につきものの、こういったやり取りには、覚悟して臨んでいるつもりでも、なかなか慣れることができない。好き好んで責任を背負い、学校行事に縛られたいひとは誰も居ません。今の世の中、暇なひとは誰も居ません。「だいたいね、PTAなんかいらん世話よ。 みんな、しとうないのに、なんでせにゃならんのん。 PTAなんか、いらんじゃろう? 私はね、ひとから偉そうに説教されるん、大っ嫌いよ」PTA活動を長い期間やってると、本当にいろんな保護者に出逢う。さまざまに事情を抱え、さまざまに頑張っておられ、そのさまざまを背負わされている子どもたち。ことある毎に、実にさまざまな保護者の感情が吹き零れ、思わぬところに落とし穴を見出すことが多々、ある。だからこそ。ひとりの保護者では、ひとりの先生では、子どもたちを守れない。育てられない。ひとりでは、何もできないから。ひとりひとりの子どもたちが、来たるべき自立の時期に向け、幼い自我をぶつけあって、互いに学び、努力して。自分の足で立ち、社会生活をより良く営んでいけるよう、健康にすくすくと育って欲しいから。そのために、保護者として、先生と保護者同士と手を繋ぎ、協力し合い、子どもたちを見守り育む。その願いが形となったPTAでしょうに。現場を識らず、まるで企業の論理な文科省、教育委員会が、何かにつけて干渉し、介入してきている。その強者の論理には、心有る先生方ほど板ばさみに苦しみ悩まれている。保護者も皆が皆、自分が生きていくのに忙しい。きちんとした目的意識や仲間意識に裏打ちされたPTAは、殆どないだろう。みんなみんな閉塞状況にあるのではないか。でも、子どもたちを想う、保護者の心はきっと同じのはず。私たちはそれを信じ、頼みの綱とするしかない。『PTA不要論』も、PTAのあり方、運営の仕方そのものを見なおした、具体的で建設的な提案であるなら、全てのPTA執行部は、いつだって待ち望んでいると思う。
2005.02.22
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本日のひろこ・Kさんの日記を読ませていただいていて、この誠に遺憾なる状況って、やっぱり広島だけではないのだなぁと実感。思わず、「その通り!」と拳を握ってコメントさせていただいたのですが、それに付け加えたものを本日の私の日記とさせていただきます。毎年毎年耳にするこの手のお話に、毎年毎年、怒り心頭な私。これって、「自分さえ良ければいい」「我が子さえ良ければいい」という考え方の最たるものだと思う。推薦入試は、普通、辞退者を見越した「水増し」合格者は出さない。合格した、ということは、誰かが落ちた、ということ。「合格した暁には、絶対、貴校に入学致します」という「誓約」をして、同じ誓約を交わした誰かを蹴落として、合格した、ということ。その高校へ行きたくて行きたくて行きたくて。コツコツと努力を積み重ねてきた子どもたち。その公立高への志望理由はさまざまあるでしょう。 ● 学費、交通費などの経済的事由。 ● 憧れていた先輩の通っている学校だから。 ● 尊敬する先生がおられる学校だから。 ● クラブ活動をする上で、ハード面ソフト面が充実し、 優れた指導者のもとに実績を重ねている学校だから。 ● 身体的不自由等をカバーできる施設があったり、 支援体制が確立しているから。 等々。その子どもたちの想いや願い、祈りを「本当の第一志望に通ったから」と、「滑り止め」であったことをあからさまにした自己都合だけで踏みにじって辞退して行くことは、余りに勝手すぎると感じます。また、誓約とともに推薦した中学校の立場、校長先生の立場。辞退者が出ると、次年度からそういう目で高校から見られるという後輩たちのハンディ。。。ため息が出ます。どうして平気なの? どうしてそんなことができるの?一番おかしいのは、今の受験制度。 大学のあり方。そう言ってしまえば、全ておしまいではあるのですが。
2005.02.21
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グサッ。 ズシュッ。 ズブブブブ…。ページをめくる度毎に、私の臓腑を抉る表現が、これでもか、これでもか、と…ヽ(`Д´)ノ ウワァァン!! ホラー物も平気、スプラッタ物もある程度はOKだったハズの私。その私が、怖くてこれ以上読み進めることができない本に、生まれて初めて出逢った。記念すべきその本の名は、 『ガラクタ捨てれば自分が見える』。カレン・キングストン著(小学館文庫)、風水整理術の本である。ネットの友人から、TVで風水家の女性が「物を捨てられない人は、悪い運も捨てられない人」と言っていたと聞き、色々ネットサーフィンして入手していたもの。タイトルからして、中身についての覚悟はできていたハズなのに、なかなか手が出ず、積読状態だったのだが。はぁぁああ(x_x)。 まったくもって、おっしゃる通り(T_T)。1行毎に、彼女の言葉が私の臓腑を食い破る。この本を読了したとき、新しい私が誕生しているのは間違いない。しかぁし。 果たして、 私は、 読 了 で き る の か ?次号を待て!! って、あるのか?次号?……(・_・)。
2005.02.20
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なんだって、夜に子どもを放ってまでPTAで会食しないとなんないのよ!何のための懇親会?子ども抜きで保護者と先生が美味しいもの食べて、どんな意味がある?それに、そこにお酒が入るってどゆこと?お酒が入らないと、語れない。 無礼講じゃないと、語れない。それって、いっちばんつまんない人間関係ぢゃない?………と思ってました、私。 7年前に実際に参加するまで。でも参加してみて、感じたこと、学んだこと、数知れず。実は密かに楽しみにしている先生、保護者の多いこと。お酒を上手に利用して、日頃言えないこと、良いこと悪いこと、上手に上手に語り合っている人たちの多いこと。我が子は3年生。進路も決まり「もう最後だからイタチの最後っ屁!」とばかりに、これまでの不満・疑問・憤懣を一気にハジケさせるひと、ひと、ひと。照れくさいのと、お追従、ゴマすりと思われるのが嫌で、改めてはとても言えなかった、先生への感謝の言の葉を素直に口に出して、微笑むことのできるひとたち。そして、見えてきます。聴く耳を持っている先生。ひとりひとりの子どもたちをしっかり見つめ、子どもたちのそれぞれを自分の言の葉で語ることのできる先生。言葉だけでなく、表情いっぱいでひとつひとつ真摯に対峙しようと努力・努力・努力の先生。生徒と教育委員会との狭間でこころ砕き、消耗しきったお顔。日々お疲れの先生。逆に、煩わしいことは極力避けたい、ただ教科の担当者だけでありたい先生たちの姿も。そして懇親会前と懇親会後では、明らかに学校の空気が変わります。ひとが飲食を共にすること、って、こんなにも互いに近しい雰囲気を醸し出し、心の垣根を一瞬でも取り去ってくれるんだ、と、改めて驚きます。例えそれが、一時の幻想であっても、一度外れかけた心の垣根は、また次の語り合えるきっかけをたくさん作り出してくれます。………でもね、ほんとはね、やっぱり懇親会なんて要らない。日頃の参観日、日頃の懇談会、日頃のPTA活動を通して、いっぱいいっぱい互いに識り合い、語り合う機会はたくさんあって。PTAバレーやソフトで一緒に汗を流すことができ、その後の打ち上げで盛り上がり、体育会系の強い絆を結ぶ人たち。PTAコーラスで難曲に挑み、練習を重ねていくなかで、こころが一つになったときに感じるハーモニーを感動とともに体験し、文科系の静かで熱い絆を結ぶ人たち。PTAバザーでは、個々人の得意分野で役割分担。みんなそれぞれに持てるパワーで創意工夫し、活き活きと東奔西走して下さり、あがった収益の行方をしっかり見届けて下さる。PTA予算と決算。本当に子どもたちのために、必要なことにお金が流れていっているか。声の大小ではなく、想いの強さで応え、感じることができる。それでも、こうした機会をなかなか活用しきれない、不器用な私たち。仕事に、両親の介護に、弟妹育児、その他、忙しくて忙しくて。PTAどころか、なかなか我が子と対話する時間もないおかあさんたち。こうした私たちのために、懇親会はあるのかも。。。と思ったりした昨夜でした。
2005.02.19
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今日は学年末のPTA懇親会です。例年は、子どもたちの公立高校受験が終わってから、先生方を合わせると100名~150名の規模で行われて、超盛り上がり、別れ難く2次会、3次……。んでも今年は、合併で町立→市立になっちゃうので、例年より3週間も繰りあがって、3年生の受験と1、2年生の試験まっただなかでの懇親会。参加者は70名程度との由。淋しい(;_;)☆PTA懇親会の是非については、また明日。帰宅は、きっと夜中2時まわっちゃう予定。…これから行って来ます☆☆ぅぅ。 挨拶、まだ何も考えてない~~~( p_q)。
2005.02.18
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3年生が卒業に向けて、ひとりひとり綴ってくれた寄せ書き。そのひとつひとつを【正しく美しく】とチェックしてダメ出しする、件の教育委員会な彼の動作が一瞬止まった。「…これは、、、格言?」彼が口の内でぶつぶつっと呟いたのが小耳に入り、思わず彼の手元を見る。んで、またもや爆笑しかける自分の頬を思いっきり抓った。3年生には、●将来の夢 ●思い出 ●後輩へ一言 の3つの中から1つ選んで、メッセージを書いて貰うようにお願いしていた。で、彼が見入っていたのは、ある男の子のメッセージ。でっかい字で黒々と、 ●将来の夢 『 跳 扉 』!!なるほどね、確かにね、青少年に付きもののでっかい壁のような扉を乗り越え、1歩2歩と前に進んで行こう、と読めるよね。んでも、それ、『はねるのトびら』ですからぁ~~~残念っ!!!それまで、にくったらしいばかりの御方でしたが、理解できない様子の彼の眉間の縦皺に、私、ちょっと憎めなくなってきた。…んでもね、教育委員会であるまえに、ひとりの、中3男子の父で在ろうよ、ね。せめて、まだまだ子どもたちが、義務教育という、この狭い時空間に、私たちと共に留まっていてくれているこの短い間、だけでも。子どもたちが、今。何を見て、何を感じ、何に興味を持って、楽しんでいるんのか、悲しんでいるのか、苦しんでいるのか。私たちも知ろうよ。そしてできれば、一緒に楽しんで、一緒に育って行こうよ。我が子が15歳なら、私たちも親として15歳でしかないんだよ、きっと。ね。
2005.02.17
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年末からね、目白さんが2羽、遊びに来るんだ。最初は、可愛いね~~~って、喜んでたんだけど。私の愛車の左右のミラーを屋根を越えて飛び移って遊ぶっつーのがお気に入りらしく、いつもいつも遊んでる。それはいいの、それはね。だけどぉ。 ミラーをうんちクンで真っ白にするのは止めて欲しいぃ(T^T)。いつもいつも真っ白のカビカビ。これ、放っておくと酸で塗装が傷んぢゃうんでしょう?で、ホントに真っ白で鏡部分が全く見えなくなってるので、出掛ける度に、ミラー周りの洗車。多い日は、6回も7回も外出するのだけれども、その度に真っ白で、洗車(T_T)。だもんで、業を煮やした私は、100均ショップであれこれ買って、愛車の周りにネットを張り、不要なCDを7個ぶらさげ、鳥さん避け専用の黒くてビー玉の目玉がついた鷲だか鷹だかをぶらさげ、黒猫もぶらさげ……なんだか、うんざりするほど、ごしゃごしゃとノーセンスな満艦飾。それでも、全く効果なし。(瀧涙)目白さんたちは、屋根の上からそんな私をじっと見てる。んで、私が居なくなると、喜んで降りてくる。君たちは、私で遊んでるのかぃぃ?で、ネットを買い足して、もわもわに編んで、ミラーに括りつけてみた。そしたら、さすがに着地できないのか、ミラーは綺麗。やった~~~!! と大喜びしてふと後ろを見たら、愛車の屋根が点点点々、 バックのワイパーは真っ白(T^T)。いったい私にどうしろと~~~~~~~~~ぉぉお!!!んで、出掛ける度にやってたミラーの洗浄は不要になったけど、もわもわネットの脱着がとても面倒になってきた。夜中に帰ってきても、装着しとかないと、朝にはもう、うんちクンだらけなんだもん。んでもって、我が家の愛車周りの満艦飾ぶりは、近所でも評判になりつつある………。(__;)んでもって、この頃、洗濯物にも被害が出始めた模様(号泣)。んでもって、ここ数日、すずめさんたちも合流し始めた模様(大号泣)。
2005.02.16
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昨夜、あれだけモメたPTA新聞編集会議だったけれど、 たったひとつ、今でもにんまりしてしまう程楽しかったことがある。 件の教育委員会な彼が、3年生ひとりひとりの卒業によせたコメントを チェックしながら、ポンポンといちいち細かい書き直しの指示出しをしていく。 それを「え"~~~!!うそ~~~~!! …でも拒み切れない…」といった、蒼ざめた顔で、 皆がただ、まじまじと彼を見つめる、 あの、硬直した空気のなかで。 私は、ひとりで爆笑してしまった。 ある生徒さんの寄せ書き。 それには、黒猫が身体を丸めて顔を隠したイラストで、猫は 「正直、スマンカッタ…」 とつぶやいているのである。 名前を見ると、それはもう、我が中学校きってのやんちゃ坊主くん。 私も何度、彼の起こすやんちゃ事件で呼び出しを食らったことか。 んでも、この「正直、スマンカッタ」には、 とっても心ほだされ、彼との3年間が色々と微笑ましく思い出された。 そかそか。 彼は2ちゃんねら~だったんだ。 私が仕事絡みで2ちゃんねるに出入し始めて、もう5年になる。 この間、出入りする年代が随分若くなって来た、と感じてはいたが。 ここの楽天でも、小中学生のサイトが結構多いもんね。 で、凍りついた空間で、独り、ハジけた笑いを晒してしまった私。 硬直しきった皆さんの視線を一手に引き受けてしまった。 むぅ。 汗。 いわゆる、PTA役員な方々には、 2ちゃんねら~は、独りもいらっしゃいませんでした…orz さて、今夜はPTA常任理事会。 今夜こそ、おとなしくしておこう。 ぶぃぶぃとは言わないぞ! 絶対! いや、多分。 …おそらく。
2005.02.15
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今日は、PTA文化部が1学期毎に発行するPTA新聞の第2次校正日だった。 担当ページの出席者 20名。 欠席者 1名。 今年度から、文化部の予算が大幅に削られ、 印刷屋さんへ原稿入稿するのではなく、印刷までPTA役員の手作りとなったため、 『パーソナル編集長』を駆使して、てんやわんやながらも無事に2学期分を終えた。 で、問題は、今年度最終号となるこの号である。 この3月に我が町はK市に統合されるため、町立中学が市立中学となる。 町立中学として最後の特集号を出そう、ということになり、 普段はA4版6ページである新聞が8ページとなった(T_T)。 そして、町立中学の歩みを特集することとなり、 生きた年表を、と、当時の写真の手配や当時の方々への取材、原稿依頼と東奔西走した。 …それはいいです、もう。 なんとかかんとか一応、形になったし。 が!! この文化部のなかに、保護者ではあるが町の教育委員会の方がおられる。 保護者として参加されているハズなのに、立場としては、はっきり「教育委員会」なのだ。 彼の二言目は、いつも 【偏ってる】 なのである。 曰く、西暦と元号を併記する必要はない。→元号に統一せよ。 曰く、学校五日制への批判、反対意見が多すぎる。→賛成意見を載せろ。 ………(賛成意見は、皆無だったんだぜ?) 何より、3学期号恒例の3年生の寄せ書きページでの物言いには、唖然とした。 まず、彼は生徒ひとりひとりの寄せ書きを全てチェックした。 そして 送り仮名の間違い、ギャル文字、姓しか書いていない生徒等々、 全部、【正しく美しく】書き直させろ、との由。 !!!!!!!!!!!??????? それこそ偏ってませんか? 今現在の子どもたち、ひとりひとりの表情が読み取れるような、 この活き活きした寄せ書き、ひとつひとつを 文言と姓名の位置まで 【正しく美しく】 編集しなくてはならないとは。 ●「後々まで残る寄せ書きに、送り仮名が間違っているのは、本人が恥ずかしい想いをする」 ●「個性が大事といいながらやって来た結果として、今の皆の学力低下のザマはどうですか?」 ●「PTA文化部の責任として、こんな間違いは見過ごせないでしょう」 とのことでしたが、どう聞いても、 ◆「教育委員会の私が在籍しながら、こんな寄せ書きを書かせたとあっては、私の立場がない」 とおっしゃっているのと同じに聞こえて仕方がない私は、 偏って いますか? そうですか。 百歩譲って、送り仮名の誤りについては、当該生徒にフィードバックしましょう。 でも、飾り文字のようにして楽しんでいる生徒や、 限られたスペースでデザインして書いてくれた生徒たちに、 もう一度、書き直しを頼むの、私は嫌だなぁ。。。。 んでも、ここで 【PTA文化部の責任として】 ってのはど~よ? 【PTA文化部としての責任】 責任んんんんん??? う"~~~ん。 ここでこう来るか。 では、どう答え、切り返して行くか?? 22日の最終校正日を決めた後、編集会議解散。 ストーブを消した会議室で、部長さん、副部長さん、先生、PTA執行部の彼女と私。 帰れなくなった5人は、頭を抱え込んだのでありました。 …………………非常に疲れました(=_=)。
2005.02.14
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「みなさんは、中学卒業時のメンバーのうち、3人に1人の大学進学者です。 あなたは、3人に1人【も】大学進学している、と考えますか。 それとも3人に1人【しか】大学進学していない、と考えますか」 これが、私の大学入学時に投げかけられた、忘れられない恩師の一言である。 ▼3人に1人【も】 …今や大学進学者は、昔のように、頭脳明晰で家庭環境にも比較的恵まれた 類まれなる【学士さま】ではない。 石を投げれば学士に当たる。 十把一からげの学士である。 高校卒業後に就職すれば、年棒150万円としても、 4年間で600万円分の仕事をすることができる。 その600万円分と4年間の学費とを、 あなたはこれから【学生】というだけで浪費していくことになるのだ。 あなたは【学生というだけで飯が食える自分】をどう考えますか。 ▼3人に1人【しか】 頭脳明晰で、本人も周囲も大学で学ぶことを望みながら、 家庭の事情等々で、泣く泣く進学をあきらめている人たちが大勢いる。 当然のように学生となったあなたはそのことをどう捉え、考えていきますか。 …恩師は、志望大学受験に失敗し、惨めな想いで毎日を過ごしていた私に、 この重たい言葉を投げかけた。 以来、恩師とずっと対峙し、私が私として生きていくための闘いは始まった。 そして、今も続いている。 で、 『大学受験に成功すると【偉い】のか?』 長年、職場に一流国立・私立大学卒の後輩を迎える度に、そう感じてきた。 俗に言う【共通一次】世代からは、妙にマニュアル化された輩が急増したように感じられ、 ただただ「○○大学卒」と言うことだけ。 中身のないプライドをふりかざし、しがみつき… とにもかくにも「使えない」奴ばっかぢゃん。 と。 だが、今年高3の息子を抱えて思う。 個々の動機や彼らをとりまく環境がどうであれ、 生半可な決心や努力では、超難関一流大学には合格できない現実。 彼らの合格に漕ぎ着けた努力だけは、何人たりとも否定はできないのだ、と。 ◆◆◆ ただ~~し! やっぱり、入学後の努力やら人間性やらは、それからの問題。「○○大学を出た」だけでは、社会では評価できませんよ、やっぱり。 夢を持っていますか。 その夢を実現させるため、可能性を広げるため、 努力を重ねてきましたか。 『実るほど頭を垂れる稲穂かな』 来るもの拒まず。 大学は、入学希望する学生には、全て門戸を開放し、 そして、「○○大卒」に値するだけの体系だった学問を収めたものだけに 卒業する資格を与えて欲しいなぁ、、という気持ちには変わりありません。 そうしたら、大学自体も、もっともっと努力すると思う。 先生方も、茶色になったノートを広げて毎年同じ講義なんて出来ないはず。 学生と毎日真剣勝負の学究生活。 とってもエキサイティングでスリリングで、 楽しい毎日だと思うんだけどなぁ。。。。。
2005.02.13
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あと10日で年越し、という師走のある日。 大掃除していて、何年も前にパソ通時代の友人から送られて来たコミック雑誌をついに整理した。 んでも、ついつい、処分の前にもう一度…と目を通す。『氷の魔物の物語』 あぁ、これ、好きだったよなぁ。 この友人にコミックスをお借りしたときには、10巻まで出てた。 あれからどうなったんだろう………… …知りたい。 識りたい。 ど~~~しても知りたい!! 購入を決心し、ネット検索し、出版社に辿りつき、 「さすがに完結してるわ~~ …え"っ 全24巻+外伝…… どひ~~~(T_T)」 あぁ。 ボーナス後で良かった(T_T)。 躊躇したのも一瞬。 私は購入ボタンをクリックしてた。 あぅぅぅ。 良いのか?>受験生を2人抱えてる私。 …1週間後、年末というのに、冬水社さんはお送り下さいまして。 私の年末年始は、『氷の魔物』一色の ほんわか、あったか、切なくて、美しくて、楽しいお正月となりました。 有難う!! 魔物に逢わせて下さったお友達! 有難う!! お正月休みに間に合わせて下さった冬水社さん! 色々あった2004年だったのに、まぁるい心で、年越しができました。 その後、3回再読かけて、2階の巨大本棚に収めました。
2005.02.12
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このひとの本はもう殆ど制覇したと思ってたのに、見慣れぬ題名をBOOK・OFFで見つけて飛びつきました。ログアウト冒険文庫、というのがあったんだ~~。びっくり。 '93年発行。まだまだ、私は新参者ですね。二つの月。 人類と共生関係のメブ。 16歳になったときに行われるメブ選びの儀式。そこからはじき出される主人公。壮大な面白い設定で、人類の成り立ちまで遡って最後まで破綻せず、上下2巻のなかで解明されていく手腕はさすが☆今日は、公立高校推薦入試に見事失敗してヘコみまくってた仁くんが気を取り直したらしく、「入試直前用の暗記本を買いたい」と言う。その心意気?に打たれ、東広島市まで。ついでに筆箱とボールペン、蛍光ペンもゲット。いつもは、洋服やGパンのコーナーから出てこないのに、本日は、目もくれず。ぅんぅん。 君もやっと「受験生」の自覚ができたんだね。…随分遅かったけど。コツコツと真面目に積み重ねていくことができず、いつも気まぐれで、そこそこの成績を納め、すぐに何でも理解した気分になって、物事をナメがちな君には、今回の試練は、とても良いことではなかったかと感じています。必要以上にヘコまず、現状打破の気概をもって、ふぁいとだ~~!!
2005.02.11
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夫は風邪でお休み。たっくんは、KO大入学手続きのため久々帰宅。だもんで、何ヶ月ぶりかで一家揃っての夕食。日頃、彼は、揚げたてのものは食べてないハズなので、先日、仁くんに好評だった鶏肉の竜田揚をた~~っぷり(1.5kg(笑))用意する。お酒と醤油とおろしニンニク、おろし生姜に3時間つけこんで、いざ!!う"~~ん。 先日のより鶏肉の脂が多かった模様。表面はカラリと揚がっったのに、いまひとつ、お肉に感心できなかった。でも、少年たちは大満足のようでした。そりゃ、あんだけ食べられればね~~~。4人前とはいえ、山のようなサラダとともに、1kg完食~~~。残りの500gは、タレから引き上げてチルド室に。明後日にでも網焼きしよう。KO法学部 入学手続金 振込完了。 34万円也~~。もし、ここに行くとなったら、在学中に創立150周年行事がある。今から、寄付依頼文書が目に浮かぶ。 怖いぞぉぉぉ~~!!!たっくん、やっぱりK大、頑張ってね。明朝、7時過ぎの電車で広島へ。 たった2泊の帰省でした。
2005.02.10
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こういった、オープンスタイルの日記は、はじめましてだ~~!様子見しながら、ゆっくりゆったり慣れて行こう。今日は、はじめましての記念カキコ☆☆
2005.02.09
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