PR
Keyword Search
Calendar
Comments
Freepage List
私
:戦後、 日本の総理大臣による最初の靖国神社の「公式参拝」
は GHQ占領下の昭和26年(1951年)に、時の吉田首相
によって行われている。
佐藤栄作は11回
、 田中角栄は5回
、「 公式参拝
」している。
もっとも、 8月15日ではなく、春秋の例大祭の参拝
だがね。
A氏 : 靖国神社にとっては、 8月15日は特別の日ではない から、 特別の祭りもない ね。
私:靖国神社
にまつられている 「御霊(みたま)」を慰める祭り
は、 春秋の例大祭
と月に 3回の月次(つきなみ)祭
(毎月1日、11日、21日)の 2つしかない
という。
映画「靖国」
は、これらの祭りをとりあげず、 8月15日の風景だけ
をとりあげているらしいね。
何かの意図
を感ずるね。
A氏 : 8月15日に行き出した首相 は誰かね?
私 : 首相の 「 公式参拝 」をややこしくしたのは、 昭和50年(1975年)の時の三木総理が 8月15日に参拝 し、しかも「公人」でなく、「 私人 」として参拝 したことだ。
A氏
: 靖国神社
に祀られている「 御霊
」は、数は圧倒的に多いとは言え、太平洋戦争の犠牲者だけではないのにね。
遺族会の圧力かね。
私
: 三木首相以降の総理は8月15日を「 私人
」として「 参拝
」することが慣例
となる。
ところで、 A級戦犯の合祀
は、 この3年後の昭和53年
(1978年)だ。
翌 昭和54年(1979年)に新聞がこれを大々的に報道
する。
ところが、これに対して、 中国からはなんの抗議も批判もない。
A氏
: 抗議
は、 6年後の
昭和60年(1985年)8月15日
に 中曽根首相が「公式参拝」したことで発生
した。
中国の「 人民日報
」は最初、 中曽根首相の参拝
を「 総理大臣による初めての『公式参拝』
」であるかのように報道し、抗議したね。
私
:ところが、先に言ったように、 吉田首相以来、多くの首相が「公式参拝」しているので、ミス報道
だということが分かるね。
引っ込みがつかなくなったのか 、中国は、抗議のホコ先を6年前の A級戦犯の合祀
に向けてきた。
なんで、6年前に問題にしなかったのか不思議だね。
いかにも、中国らしいやり方だね。
ギョウザ農薬問題
のように、いつまでたっても相変わらずの幼稚な強引さだね。
A氏
:7年前には、 とう小平
が日本を訪問しているね。
この当時の中国主導部の内部問題と関係があったのかね。
私:
このときの 中曽根首相
は「 政教分離」の原則
を守るとして、 神式の参拝を簡素化
した。
これに対して、 松平宮司は非礼
として、挨拶に出ようとしなかったという。
若き日の周恩来の「19歳の日記」の紹介
がある。
大正7年(1916年)、周恩来は19歳で日本に留学
していた。
その 4月30日と5月1日の日記に靖国神社の例大祭を見た文
があるという。
そこには、「 例大祭を見て、はなはだ大きな感慨を催す
」と書いてあるという。
著者は、この 周恩来の「感慨」
に 感情移入できる中国人
は今いるだろうかと疑問を投げているね。
「ポスト戦後社会」吉見俊哉著・シリーズ… 2009.09.01
「イスラムの怒り」内藤正典著・集英社新… 2009.08.24