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Ryu-chan6708

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2009.11.23
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それでも、日本人は「戦争」を選んだ

私 : レーニン が亡くなったとき、 ロシア革命政府 は 後継者として トロッキー でなく、 スターリン を選ぶ。
これはその前の フランス革命 が ナポレオンという軍事的なリーダーシップを持ったカリスマの登場で変質 したという 歴史的な事実 が 現実判断 の縛りになっていたという。

A氏 : トロッキー のほうに 軍事的カリスマ性 があったが、 ナポレオンを教訓 として、第一次世界大戦やその後の反革命勢力との戦いで 軍事的なリーダーシップを全く持たなかったスターリン を選んだというわけか。

私 : 第2のナポレオン を選ぶより、 田舎者のスターリン がましだというわけだ。
 しかし、その選択が正しかったかは、後世の評価となるね。

 著者は、これを 日本の明治維新 のときの 西郷隆盛 と統帥権問題を類似した問題 としてあげている。
西郷隆盛は、ナポレオンやトロッキーと同じで、軍事的なリーダーシップがあり、カリスマ性もあった。
政治家としての評価も高かった。

A氏 :その西郷は、 西南戦争で自刃 したが、 政府としては肝を冷やした ことになる。

私 : 明治政府 は、このような カリスマ的な指導者 が今後現れて、 政府に反抗 したら困ると考えた。
  そこで、 政治から軍隊を離しておく ということから、 統帥権 の独立 を 山県有朋 はつくりあげる。
  山県は西南戦争では自ら指揮した経験もある。
軍事面の指導者 と 政治面の指導者 を分けておいたほうが 国家のために安全 と考えたのは 当時の情勢から当然の発想 だというわけだ。

A: そして、実は、その後、 統帥権 は違った方向に行き、 日本の昭和の道を間違える原因 となるとは、山県は予想だにしなかっただろうね。

私 : ルーズベルトアメリカ大統領 が、 第2次世界大戦で無条件降伏にこだわった のも、 第1次世界大戦で休戦の条件を話し合った苦い歴史の教訓 からだという。

ベトナム戦争にアメリカが深入りした原因 も、 第2次世界大戦後、中国を十分支援しないで共産党政権となってしまった歴史の失敗の教訓 からだという。

A氏 :当時、 ドミノ理論 といわれたね。
  歴史の当事者にすれば、そのときどきに良かれと思って、過去の歴史を参考にしながら判断をしてきたが、結果はそれに伴わないということだね。

私: 政策を決める人々がいかに幅広く過去の歴史を知っているか、そしてそれを度々間違って応用しているのが問題だね。

政策決定者 が、 歴史の教訓をきちんと学んでいること 、 そしてその教訓を適切に用いていること が、 良い政策決定に必要 だということだね。

 明日は、この本でとりあげた 日本の近現代の5つの戦争 のうち、トップの 日清戦争 からまとめてみよう。






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Last updated  2009.11.23 09:53:41
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