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Ryu-chan6708

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2018.02.24
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カテゴリ: カテゴリ未分類

私 : 平昌オリンピック に 北朝鮮が参加 したことによる、 政治利用への批判 がある。

 これに対し、 3氏ともそれぞれ評価が異なる ね。

平昌オリンピックを利用し、 北朝鮮の 日米韓の連携を崩そうとした ことに、 文政権は稚拙にも乗せられているという否定的な見方 に対し、 専攻が朝鮮半島地域研究の 木宮正史教授 は、 文大統領の行動に一定の合理性があると評価 している。

韓国の目的は二つ だとして、 一つは北朝鮮 を五輪に参加させることで、期間中のミサイル や核実験をやめさせ、大会を平和な環境で進めること。


もう一つは、圧力ばかりでなく、北朝鮮 と対話もすることで非核化を追求しながら韓国が戦場になることを避ける狙い。

A 氏 : 南北が「分断」という特殊な事情 を抱えていることを考えれば、 北朝鮮の参加は、平和のためという五輪の目的にかなうと 木宮教授はいい 、 本 来、日本と韓国は「地域を戦場にしない」という共通の利益 のために、 米国に対して「軍事力の行使は困る」と言わなければいけないといい 、 安倍首相が文大統領と会談した際、北朝鮮への圧力の維持を求めたことに批判的 のようだね。

私 : 在日3世のスポーツライターの慎武宏 氏は、「 スポーツと政治は別 」とよく言われるが、 南北統一ムードに染まった平昌大会は、韓国の文 政権がその建前さえ取り払い、露骨にスポーツを政治利用した大会だった と言えると思うという。

競技の現場を取材する人間 として、 慎氏は「スポーツ軽視」と思えるやり方に、特に違和感が残った といい、 韓国の北朝鮮への呼びかけで、大会1カ月前に急に決まった女子アイスホッケーの南北合同チームの経過が象徴的 だという。

A 氏 : 慎 氏は 14日 、 女子アイスホッケーの合同チーム「コリア」と日本の試合を観戦 したが、 試合が始まると、これは本当にスポーツの試合なのかと疑問を感じた という。

 いわゆる 「美女軍団」も韓国のサポーターも、チャンスやピンチといった試合の流れには関係なく、終始「ウリヌン ハナダ(我々は一つ)」「ヒムネラ(頑張れ)」とただ無邪気に叫び続けていて、ある種の一過性のフェスティバルかイベントのような雰囲気 で、 ただ統一という名の大義名分に盛り上がっている印象だった という。

 ただ、 在日コリアンのスポーツライター として、 慎 氏は スポーツ交流を一回だけの「合同チーム」で終わらせないと誓ってほしい という。

私 : スポーツ文化評論家の玉木正之氏は、専門家として、バランスのとれたコメント をしているね。

オリンピックはもともと政治と不可分 で、 近代五輪の父であるクーベルタン男爵 は、 フランスが普仏戦争で敗北した後、反戦・平和運動 として五輪を始めた もので、 政治運動として始まった五輪を、政治が利用しようとするのは当然ともいえる という。

歴史的 にみると、 ヒトラーが国威発揚に利用した1936年ベルリン大会、モスクワとロサンゼルスの東西ボイコット合戦など、あらゆる大会は政治利用されてきた。

 ただ、 冬季五輪は夏に比べ小規模 で、 あまり政治の対象にならなかったが、今回は、北朝鮮危機が高まる中で、平昌という場所で開催されただけに、大々的な政治利用が行われたという点で画期的 。

A 氏 : 玉木 氏も 女子アイスホッケーの南北合同チーム については、 特筆すべきこと としてとりあげていて、 これまでの政治利用は、開会式など周辺部分で行われることがほとんどだった が、 競技そのものに政治が入ってきて、スポーツにとってはかなり危ういこと で、 IOCはなぜ合同チームを認めたのか、理由をきちんと説明すべきだ と 玉木氏は指摘 する。

私 : 2016年のリオ五輪の閉会式 で、 安倍首相がゲームキャラクターのマリオに扮した のは、 自分の人気取りに五輪を利用したもの で、 国の外交目的 のために五輪を使う従来の政治利用であれば、まだ理解できるが、 安倍首相による個人的な政治利用はこれまで例がないことで、恥ずべき行為 だが、ただ、 日本ではあまり批判されなかったと玉木氏は指摘する。

A 氏 : 五輪と政治が切り離せない以上 、 20年の東京五輪では、ポジティブな政治利用を目指すしかない が、 問題なのは、今回どんな五輪にするのか、ビジョンがないことだと、玉木氏はいう。


64年の時は、戦後の復興を世界にアピールするという目標が国民に共有されていた し、 20年の開催が決まった頃は、東日本大震災 からの復興の象徴といわれたが、それはいつのまにか消えてしまった。

私 : 国民が共有できるビジョンがないまま、リオでのパフォーマンスのような政治利用を繰り返せば、日本の未来に負の遺産 を残すだけだ と 玉木 氏は、 警告 する。

20年は、 64年の東京五輪のときと違い、日本は少子高齢化で曲がり角にきている。

国民が共有できる元気なビジョンが示せるだろうか。






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Last updated  2018.02.24 13:02:15コメント(0) | コメントを書く


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