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私 : 休戦して65年になる朝鮮戦争 について、 トランプ大統領は12日に迫る米朝首脳会談で、「終結」の可能性 に言及し始めた。
朝鮮戦争を歴史的にどうとらえ 、ここからどう行動すべきなのかということで、 「耕論」欄では3氏にインタビューした。
まず、 菅英輝 氏は、 朝鮮戦争で「 米の国防組織、強化進んだ」 として、 1950年に勃発した朝鮮戦争は、冷戦のグローバル化と軍事化を招いた世界史的事件 だという。
朝鮮戦争の発生直前 、 米国のトルーマン政権が包括的軍事外交戦略「NSC68」 をまとめていて、 共産圏 に対抗し、 国防予算の上限を135億ドルから450億ドルに3倍以上に引きあげることを勧告 していた。
第2次大戦後まもなくのことで、巨額の国防予算が議会で承認される状況ではなかったが、朝鮮戦争で一変 。
1947年に誕生したばかりのCIA
や
NSCの役割が強化され、こうした組織が定着
。
アチソン国務長官は朝鮮戦争を「天祐」と歓迎。
A 氏 : 米国は、第2次世界大戦後初の「限定戦争」だった朝鮮戦争を、ソ連の世界制覇戦略の一環と受け止め、軍事介入。
それが中国義勇軍の参戦で拡大し、「封じ込め」政策が中国にも適用されて冷戦がグローバル化 し、 分断が固定化された朝鮮半島は冷戦の最前線 になった。
94年の核開発疑惑以降、米国は北朝鮮 に対し、「圧力」一辺倒の政策 を続けてきたが、 北朝鮮が核・ミサイル開発で成功 したことは、 歴史的には、米国の政策の行き詰まりを意味 し、だから、 北朝鮮は交渉に応じる準備が整い、他方で米国は、米朝首脳会談の可能性を打ち出したとみるべきだ と、 菅英輝 氏は 指摘 する。
私 : 日本は日朝国交正常化に向けた努力を続けておくべきだった という。
しかし、 米国の圧力路線に同調してきただけで、気がつくと協議の枠外 に置かれていて、 イニシアチブを発揮している韓国とは対照的 。
日本は、トランプ大統領 を通じて要望を伝える以外に手がない状況で、米国に協同する政権が陥りがちなジレンマにある といえるという。
菅英輝 氏は 日本にもカードはあり、それは1兆~2兆円ともいわれる 北朝鮮 への経済協力金で、拉致問題解決や日朝国交正常化につなげるべきだ という。
A 氏 : 2人目の 朱建栄 氏は、 中国 に視点を置き 「 中国、経済発展遅れた一因」 として 朝鮮戦争は、国際社会に「新生」中国の存在感を認識させた一方 、 経済発展が遅れる原因 にもなったという。
中国が「義勇軍」を朝鮮半島に送り、苦境に陥った金日成 率いる北朝鮮 軍を支援 したのは、 開戦から4カ月たった1950年10月 。
当時、 中国は、1年前に本土での国民党との内戦に勝利し、まさに新国家建設に乗り出したとき だった。
米軍主体の国連軍は、38度線を越え中朝国境に向かっていたが、国境の背後の 中国東北地方 は石炭を産出し、重工業の拠点だった だけに、 毛沢東は出兵 した。
毛 は、 ソ連(現ロシア)が空軍を出すことを前提に参戦を決めたが、スターリンに裏切られた。
社会主義国共通の利益より、国益が優先され、中国は米国との 代理戦争 の前面に立たされ、ソ連への不信を強め、後にこれが武力衝突までした中ソ対立の背景的要因 となる。
私 : 中国 は、 最強の米軍を38度線に押し戻し、「眠れる獅子」のイメージを一掃し、軍事、外交大国の地位を獲得 。
一方、 中国国内では、朝鮮戦争を全力で戦うため、比較的緩やかな「新民主主義」路線を一変 させ、 スターリンモデルの政治体制を導入、毛の独裁に拍車がかかる。
しかし、 経済発展は大きく遅れ、米国の封じ込め政策は、ニクソン大統領が訪中した1970年代初めまで20年にわたった。
国内では戦時体制 が続き、文化大革命など社会主義の原理を重んじた左派色が強まり、改革開放も遅れた。
A 氏 : 中国は、北朝鮮の核、ミサイル開発が、周辺国の核保有や軍事衝突を誘発するとして強く反対 しており、 隣接する中国にとっても大変懸念される事態 となった。
米朝首脳会談を契機に朝鮮半島の非核化が実現し、休戦協定が平和協定に変わることを中国は支持 し、 そうなればTHAADの配備も、米兵約2万8千人の韓国駐留の根拠もなくなり、中国は平和協定の先にそうした変化を見通している と、 朱建栄氏は指摘 する。
私 : 3人目の山本昭宏 氏は、「 『基地』『平和』、日本に矛盾 」として、 朝鮮戦争で複雑な立場に追い込まれた日本に視点をおいている 。
敗戦後しばらくは、日本の進路は流動的。
東西双方との講和を主張する全面講和論と、西側との講和を優先する片面講和論があり、平和についても、非武装 中立論から自主防衛論まで多様な立場が存在 していた。
しかし、 朝鮮戦争勃発時に、日本は占領下にあったため、西側陣営に組み込まれて米国頼みが鮮明になり、多様な立場はかき消され、「軽武装・日米安保 体制」へと収束 。
自主防衛論だった右派は、「反共」で主流派と一体化し、非武装中立や全面講和論だった左派は、批判勢力として野党化 。
そして、 対米自立論は潜在化し、自民党の長期政権を可能にした「55年体制」は、朝鮮戦争が準備したといえる と 山本昭宏氏は指摘 する。
A 氏: ただ、 国民の受け止め方は両面的で、戦争特需の好景気を国民は歓迎し、「米国のもとで経済的に得をする」という、したたかな生活優先主義が広まり、自民党政権を支える基盤 となっていく。
西側陣営最前線の「米軍の基地国家」でありながら、建前は「平和国家」であるという、日本の戦後の二重構造はこうして形成された という。
冷戦後も、朝鮮半島の分断が続いたことを、日本の政権は利用して、事あるごとに、北朝鮮という格好の「敵」に言及し、ナショナリズムを喚起して、国民の支持を「調達」してきた という。
米朝首脳会談で、朝鮮戦争が「終戦」したら、一番困るのは日本かもしれず 、 自民党 政権は、会談後も北朝鮮の脅威を強調し続けるのではないかと 山本昭宏氏はいう。
そして、 そうではなく、戦後の「平和」の矛盾を直視する機会にすべきで、「基地国家」でありながら「平和国家」を自任するという、朝鮮戦争が作り出した二重構造を再考する時期に来ている という。
しかし、 日本 は 拉致問題をかかえている以上、そう簡単でなく複雑 だね。
それに 軍事大国化している独裁国家中国の脅威 もある。
「平和国家」であるとともに「基地国家」であるという日本の運命 は、 朝鮮戦争 というより、 太平洋戦争での敗戦の遺産 としての 9条憲法と安保条約の両立 よるものだろうね。
朝鮮戦争 での興味ある話題は、ブログ 「 朝鮮戦争のこと 」、 韓国映画「戦火の中へ」 に掲載されている。