朝日新聞朝刊 2015年4月17日の記事です。
木久蔵さん、放射線治療の副作用で声が出ず、いずれは治ると言われていたが、復帰前日になっても戻りません。ところが・・・・
7週間の放射線治療を終えたが、肝心の声はほんのかすれ声程度しか出なかった。
2014年9月、落語家の林家木久扇(きくおう)さん(77)は、声がれはいずれ治ると聞いてはいても、不安で仕方なかった。「このままだと落語家としての道は閉ざされる」
数週間後に、本格復帰となる寄席が控えていた。長男の二代目木久蔵さん(39)も出演予定で、「声が出なくても、姿だけでも見せてほしい」と言われていた。
前日になっても、かすれ声のまま。長女でマネジャーの豊田佐久子さんは「明日は話すのは無理そうだ」と主催者に伝えた。寄席の翌日には、テレビ復帰となるバラエティー番組の収録もあった。
「奇跡のようなできごと」は、寄席当日の朝に起きた。
「おはよう」。家族に何げなく発した声。かすれてはいる。それでも、これまでと比べものにならないくらい、しっかりしていた。
「あら、声が出たんじゃない!」「出たね」「また出た!」
妻の武津子さん(68)と佐久子さん、弟子も居間に集まって歓声を上げた。「結婚してからこんなにうれしかったことはないわ」と武津子さんは涙ぐんだ。
舞台では、がらがら声だがマイクを通して客席に届いた。笑いで返してくれる客席を見ながら、実感した。「戻ってきたんだ」
木久扇さんは「気持ちの力が大きかった」と振り返る。ある日突然回復することもあると聞いてはいたが、佐久子さんは「まさにプロ根性だと思った」と話す。
人気テレビ番組「笑点」には、10月19日の放送から復帰。この日は、77歳の誕生日だった。
冒頭、復帰を報告した。「よく診てもらったら喉頭(こうとう)がん。頭の後ろからボカッと殴られて気絶しそうな感じでございました。『後頭、ガン』、なーんちってね」
自分の経験を笑ってもらい、がんでもめげずにやれることがあること、治して復帰する人がいることを知ってもらいたい。
笑点収録に復帰した日、出演者やスタッフが温かく迎えてくれた。長男の二代目木久蔵さん(右)と
「気持ちの力が大きかった。」とあります。これは私も肝に銘じて治療に励んでいます。「残された人生、濃く生きていきたい。」私は会社を辞めました。今まで濃く生きてきました。これからは、全く別の方向で濃く生きたいと思っています。
それから、あふれる様々な情報を収集し、かつそれに振り回されることなく、自分で納得できる治療方法を選択することが何よりも大切だと思います。
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