ワルディーの京都案内

ワルディーの京都案内

2015/06/28
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テーマ: 京都。(6371)
 第3回1級第4問の解答です。

■が私の解答 正解の場合は◎、不正解または部分的に正解の場合は正解を【正解】に記載

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                                  (10門×2点=20点)


 京都の初夏を彩る葵祭は、上賀茂神社と下鴨神杜の例祭で古くは賀茂祭という。祭儀に双葉葵
を用いたことにより、江戸時代から葵祭と呼ばれるようになった。
 応仁の乱後、中絶と復興を織り返したが、明冶になって右人臣(31)らの京都復興策の一
つに位置づけられ、同17年(1884)に復興された。戦争による中断を経て、昭和28年(1953)に
再興、31年からは斎王代を中心としたな人列が加えられた。


■(31)岩倉具視 ◎

◆お勉強
岩倉具視は「桜田門外の変」後、公武合体を進めた。
佐幕派と看做され排斥され、霊源寺で出家、西芳寺に移り住んだ。後、岩倉に幽居。
「王政復古の大号令」と徳川慶喜の「辞官納地発令」を実現し、「戊辰戦争」へと導く。

 現在、5月15日の勅使や斎王代らの行列は、御所の(32〉前を出発し、河原町通を北上し
て下鴨神社へ向かう。神社に到着すると、勅使の御祭文の奉納、東游舞の奉納など(33)の
儀か神前で行われる。


■(32)建礼門 ◎


◆お勉強
・御所の外周の門は、北から反時計回りに、
 朔平門、清所門、宜秋門、建礼門、建春門
 紫宸殿の回廊の門は、正面が承明門、西が月華門、東が日華門
・葵祭の行列は宜秋門から出る。建礼門前を出発し、路頭の儀が始まる。
・本列は警護の行列として、騎馬の検非違使、山城使(やましろのつかい)とその従者たち
 天皇からのお供え物の御幣櫃を運ぶ内蔵寮(くらのりょう)の役人たちの列
 走馬に関わる馬寮(めりょう)の役人と奉納の馬、
 そして勅使と随行の陪従(べいじゅう)、舞人(まいうど)に牛車や風流傘の加わった列に
 分けられる。
・女人列は腰輿(およよ)の乗った斎王代を中心とし、内侍、命婦(みょうぶ)、

・総勢500名余り、約1キロの行列が、堺町御門から京都御苑を出る。
・下鴨神社の社頭の儀では、剣の間で勅使が剣を解き、舞殿の御祭文の間で御祭文を奏上。
 宮司、権宮司が御幣物を神前に奉奠、勅使が神禄(しんろく)を受け、冠に挿す。
 神禄とは、白杖(はくじょう)の先に葵と桂を挟んだ神からの贈り物。
 陪従が歌を唱え、馬寮使が二頭の馬を率いて舞殿を三度回る牽馬(ひきうま)の儀を行う。

・この後、糺の森の馬場では、走馬(そうめ)の儀が行われる。

 祗園祭は八坂神社の祭礼で、平安時代に疫病か流行した際、当時の国数に倣った六十六本の鉾
をたて、神輿を(34)に送ったのが始まりとされている。
 中世には「神事コレ無タトモ、(3S)渡シタキ事ヂヤケ二候」(「祗園執行日記」)とあるよ
うに、当初の官祭から現在のような町衆の祭礼へと変化していった。
 山鉾巡行の順番はくじで決めるか、先頭の長刀鉾など八基は古例で順番が決まったおり(36)
という。平成18年(2006)に山一番を引き当てた(37)は、貧窮で母と子を養えないため、
子供を土に埋めようとした際、黄金の釜を掘り当てたという逸話に由来する。


■(34)御所 【正解】御所
 (35)山鉾 ◎
 (36)くじ取らず ◎
 (37)郭巨山 ◎

◆お勉強
・疫病が流行ったのは牛頭天皇の祟りといわれた。
 66本の鉾を立てたのは祗園社司卜部日良麻呂(ぎおんしゃしうらべひらまろ)
・くじ取らずは
 前祭 長刀鉾1番目、函谷鉾5番目、放下鉾21番目、岩戸山22番目、船鉾23番目(最後)
 後祭 橋弁慶山1番目、北観音山2番目、南観音山6番目、大船鉾11番目(最後)
 休み山は 鷹山と布袋山
・キーワード
 函谷鉾 孟嘗君鶏の鳴きまね 今尾景年
 放下鉾 放下僧 僧形の雑芸者
 岩戸山 曳山
 船鉾 神功皇后の出陣伝説
 北観音 楊柳観音、韋駄天像 曳山
 南観音山 楊柳観音、善財童子 曳山
 綾傘鉾 棒振り囃子
 菊水鉾 菊水の井戸 菊慈童
 鶏鉾 天下がよく治まり、訴訟用の太鼓も用なく、苔が生えて鶏が宿った。
 霰天神山 火除天神山とも
 占出山 神功皇后が肥前国松浦川で鮎を釣り、戦勝を占った。鮎釣山とも。
 木賊山 わが子をさらわれ、一人木賊を刈る翁を表す人形
 伯牙山 琴の名人・伯牙が友人の死を悲しんで斧で琴の絃を断った。
 白楽天山 白楽天が道林禅師に仏法の大意を問う場面
 保昌山 丹後守(平井)保昌と和泉式部の恋物語
 孟宗山 病身の母のための雪の中から筍を掘りあてた孝行息子の孟宗の姿
 山伏山 聖護院の山伏が巡拝、八坂神社による清祓と、六角堂による祈祷
 四条綾傘鉾 祗園唐草模様 御幣と若松
 役行者山 役行者、葛城神、一言主神
 黒主山 謡曲「志賀」
 鯉山 龍門の滝
 鈴鹿山 鈴鹿山に出没する悪鬼を退治した鈴鹿権現 金の帽子、大長刀、女人姿、


 10月22日に行われる時代祭は、京都全市域からなる市民組織の(38)が執行母体となって
いる。戦中の昭和19年(1944)から一時中止となったが、戦後の25年に復活し、各時代の婦人列
が加えられた。江戸時代婦人列には孝明天皇の妹で将軍家茂に嫁した(39)らが登場する。
 平成19年(2007)には斬たに(40)時代の行列が加えられる予定である。


■(38)平安公社
 (39)和宮
 (40)室町

◆お勉強
・10月22日は桓武天皇が平安京に奠都した日。
・平安神宮が平安遷都から1100年にあたる明治28年(1895)、「第四回内国勧業博覧会」の記念殿と
 して建てられ、「平安奠都1100年記念祭」が挙行された。
 その奉祝行事として、時代風俗行列が企画された。それが時代祭の始まり。
・時代考証にあたる取調委員には金子錦二、久保田米僊(べいせん)らが選ばれた。
・女人列は昭和28年には紫式部、清少納言、出雲の阿国といった各時代の有名婦人列に整備された。
・昭和41年には孝明天皇百年祭を記念して、坂本龍馬、高杉晋作といった維新志士列も加わった。
・最初の6つの講社による構成は、前列、延暦式官参朝列、延暦式官凱旋列、藤原公卿参朝列、
 城南流鏑馬列、織田公上洛列、徳川城使上洛列と古い順。
 列外として山国隊、弓箭(きゅうせん)隊
・現在の行列
 1.維新勤皇列 2.維新志士列 3.徳川城使上洛列 4.江戸時代婦人列 5.豊公参朝列
 6.織田公上洛列 7.室町幕府執政列 8.室町洛中風俗列 9.楠公上洛列 10.中世婦人列
 11.城南流鏑馬列 12.藤原公卿参朝列 13.平安時代婦人列 14.延暦式官行進列 
 15.延暦文官参朝列 16.神饌講社列 17.前列 18.神幸列 19.白川女献花列 20.弓箭列
 約2000人、牛馬70頭余り、総延長2キロにわたる行列。10講社。

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●推定得点 20点中 18点

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最終更新日  2018/07/21 06:11:10 AM
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