


北に向かい、新十条通を北に入ったところの朝日神社があります。
●朝日神社



この地は徳川家光の息女、千代姫が収得し、乙訓郡大山崎妙音山観音寺に寄進され、享保年代に多くの移民によって栗栖野新田が生まれたと伝えられています。その鎮守の神として、この朝日神社が創建されたと伝わります。
民家前に道標発見。「左 京ミち」 この近辺のどこからか移築されたのでしょう。
●「左 京ミち」道標


朝日神社のすぐ近くに「折上(おりがみ)稲荷神社」があります。
北側の鳥居から入りました。
●折上稲荷神社


三九郎稲荷神社
三大苦労(人間関係・健康・お金)を除いてくださる稲荷様
伏見稲荷の大神が和銅4年(712)に降臨した際、稲荷山の三ヶ峯の次に降りたのが、この境内の稲荷塚と云われています。
幕末、孝明天皇は大嘗祭(だいしょうさい)に際し、長橋局(ながはしのつぼね)など女官の病気平癒を祈願し、長命箸を奉納しました。以来、女性守護のお稲荷さんともいわれ、アメリカの大富豪モルガンと結婚して異国で数奇な運命をたどり、日本の女性、とりわけ京の女性の名前を世界に広めた祇園の芸妓・モルガンお雪など、働く女性の守り神として信仰されています。
稲荷塚(京都市史跡)
いただいたパンフレット。たくさんのスポットがあります。

モルガンお雪の姉、ウタが奉納した鳥居。
「加藤楼稲吉」という名前で彫られている。
姉ウタが経営していた置屋「加藤楼」に「折上稲荷様」が吉を
くだされたという意味。

この鳥居の傍らに「中臣群集遺跡」の石碑があります。
「中臣群集遺跡」石碑

五社大明神

稲荷様の授け脳
このコブを撫でると健康な脳が授かるとのこと
ひょうたん大神
モルガンお雪が特に熱心に参拝した神様
稲荷大明神石碑

正面鳥居

ご朱
印

折上稲荷神社の北北西に花山稲荷神社があります。
●花山稲荷神社
東の正面の鳥居から入ります。
延喜3年(903)醍醐天皇の勅命により創建されたといわれます。拝殿の右側には、「 稲荷塚」
と呼ばれる古墳があり、この塚は、平安時代の後期に、 三条小鍛冶宗近
が、稲荷大神の神徳により、 名刀「小狐丸」
を鍛えたところとも伝えられています。

『赤穂浪士討ち入り事件』で有名な 大石内蔵助良雄(おおいしくらのすけよしお)
は山科近辺に隠れ棲み、花山稲荷神社を崇敬し大願成就を祈願したと言われています。
いくつか謂れのあるものが残っています。
断食をしてまでも討ち入りの策を考えたと言われている石です。
もともとは藪(神社背面)の中にあった巨岩(10畳程)で古くは
岩座(いわくら)だったと言われています
農地開発で耕作の邪魔になり爆破されたそうですが、内蔵助の話が失われるのを
惜しんだ当時の神主が破片の中でも1番大きかった物を境内に置いたそうです。
大石内蔵助が寄進したという、本殿裏の鳥居、同志の心底を試したと言う『血判石』もありますが、両方とも見逃しました。
壊れてしまった鳥居

社務所のおじゃましてご朱印をいただきました。
年老いた神主さん(だと思います)と、少しお話させていただきました。
寶勝院(真言宗)
花山稲荷神社の南の小さな工場などの集まる地域の中にありました。
一般の住宅風です。安い土地を求めて引っ越してきたのでしょうか。
西に向かう道で、物騒な張り紙を発見。さらに「ストライキ決行中」の横断幕も。
帰宅後調べて分かったことを、当日の「京都歩き」に書きましたので、興味のある方は覗いてください。
⇒ こちら
●物騒な張り紙、横断幕


(続きます)
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