ワルディーの京都案内

ワルディーの京都案内

2016/06/22
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カテゴリ: 今日のこと
【 2016年

 今日は、ハローワーク出頭の日でした。京都市街に出たついでに、ハローワークが終わった後、「京都市内全寺社巡り」をしたいところですが、天気予報が最悪だったのと、明日シニアガイドの実地研修があるので、体力温存のためハローワーク行きだけに留めました。

 ハローワークは最後の認定日でした。いままで認定日は西陣のハローワークだったのですが、西陣の認定作業が烏丸御池のハローワークに引っ越ししたので、烏丸御池に出頭しました。西陣は地下鉄駅から遠くて不便ですが、烏丸御池は地下鉄駅を上がったところなので、受給者にとっては便利になりました。お役所もやるじゃないかという感じです。でも、恩恵を受けられたのが最後だけというのは少し残念。

 順番を10分くらい待って、係の人と面談があり、状況を聞かれました。シニアガイドの就労に向け研修中ですが、ややこしいので、「これからも、体力・健康状態に見合う職をゆっくり探します。」としておきました。書類を見てもらって手続き完了。失業給付がなくても、ハローワークに求人情報を検索にきたり、職業相談を受けることは可能ですが、8月から始める観光ガイドは、体力と続ける気さえあれば75歳の定年まで続けられるので、ハローワークに行きも今日が生涯最後になるでしょう。


 この機会にM社を早期定年退職してからの収入面を振り返っておきます。

20160622-収入推移.jpg

 退職後失業給付をもらいましたが、そこそこ早く決めたので、再就職手当ももらえ、それも含めると失業時代は、M社時代の6割レベルの収入を確保できました。

 再就職先のN社の給与も6割程度でした。

 しかし1年3ヵ月後、「がん」を発病して治療で求職したため、給与収入がゼロになってしまいました。ただ傷病手当で3分の2の収入は確保できました。M社時代に比べると4割です。



 その傷病手当は今年の1月初めで1年半をもらい切りました。N社給与の3分の2を仕事しないで1年半もらい続けたということになります。

 その後、受給延期申請をしていた失業給付を150日間もらいました。M社時代の約2割です。

 この失業給付については、会社が最初出してきた離職票のままではもっと不利な条件になっていたのですが、ネットでよく調べていたので、会社にクレームし、ハローワークにも交渉し、有利な条件に持ち込めました。これはよかったです。

 その失業給付も今回で終わり。私の世代は61歳から特別支給老齢年金がもらえますので、失業給付から老齢年金に切り替えです。しかし、額はさらに下がってM社時代の15%程度。8月から、ガイド業をパートでしますが、収入はしれているので、M社時代の15%程度というのは変わりません。

 確かにM社時代から比べるとがくっと収入は下がります。しかし、あと企業年金や少しの駐車場収入があるので、贅沢しなければ、あまり目減りすることなくやっていけると思っています。

 「がん」再発を避けるためにも、「ボケ」防止、健康維持のためにも、適度なストレスと運動量を保ちたいと思いますので、まずは週3日程度のガイドからスタートしてみます。

 夕方からついに雨が降ってきました。

 津軽三味線の新しい課題曲「さくらさくら変奏曲」の練習を始めました。今までの課題曲と違い、静かで落ち着いた曲調です。



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最終更新日  2021/10/02 02:05:47 PM コメント(2) | コメントを書く


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