ワルディーの京都案内

ワルディーの京都案内

2017/04/06
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テーマ: 京都。(6436)
カテゴリ: 常駐ガイド
【 2017年 4月6日(木)】

 今日はガイド連続オフ日の3日目、プライベート連続オフの2日目です。やはり完全オフが2日あると、溜まったことができて楽ですね。

 曇っていて、昨日に比べると寒い日です。外出は散歩だけの予定です。


 「京の冬の旅」妙心寺塔頭・養徳院の観光ガイドでの、室内の額などの説明の続きです。額などは説明を積極的にはしませんでしたが、質問があればお答えできるように準備はしていました。(その1は こちら )



●北の間 外側の額 語愛(愛語・あいご) 古川大航書

 菩薩が人々を救うにあたって、人々を誘い仏道に導いていくための4つの方法(四摂法(ししょうぼう))のうちの一つ。優しいことば、親しみのある心のこもったことば、人々に対する慈悲心(慈しみの心)から発せられたことば、親愛の心をおこさせることばをいう。

 古川大航は妙心寺第629世。第22代管長。1968年没。


http://pic.tiexue.net/bbs_8895110_1.html



●東側廊下の南の端 敬仏愛人(けいぶつあいじん) 山田無文書

 山田無文老師が、よく書かれた禅語。

 西郷隆盛が好んだ「敬天愛人」という言葉もあります。

 「道は天地自然の物にして、人は是を行うものなれば、天を敬するを目的とす。天は我も同一に愛し給ふゆえ、我を愛する心を以って人を愛するなり・・・。」

 道というのはこの天地自ら成るものであり、人は是にのっとって行うべきものであるから、まず何よりもまず、天を敬うことを目的とずべきである。天は他人も自分も平等に愛したもうから、自分を愛する心をもって人を愛することが肝要である。 

 この「天」を「佛」に置き換えたのが「敬佛愛人」。


 山田無文(やまだむもん)(明治33年~昭和64年)は、臨済宗妙心寺派26代管長。わかりやすい法話で親しまれ、落語家がその話術を勉強したという逸話もあります。


http://www.plinst.jp/musouan/yamada00.html



●東南の部屋の額 十牛図 渡辺泰河筆

以下Wikipediaから。

 十牛図(じゅうぎゅうず)は、禅の悟りにいたる道筋を牛を主題とした十枚の絵で表したもの。

 牛は人の心の象徴とされます。あるいは、牛を悟り、童子を修行者と見立てます。

尋牛(じんぎゅう) - 牛を捜そうと志すこと。
 悟りを探すがどこにいるかわからず途方にくれた姿を表す。

見跡(けんせき) - 牛の足跡を見出すこと。
 足跡とは経典や古人の公案の類を意味する。

見牛(けんぎゅう) -
 優れた師に出会い「悟り」が少しばかり見えた状態。

得牛(とくぎゅう) - 力尽くで牛をつかまえること。
 何とか悟りの実態を得たものの、いまだ自分のものになっていない姿。

牧牛(ぼくぎゅう) - 牛をてなづけること。
 悟りを自分のものにするための修行を表す。

騎牛帰家(きぎゅうきか) - 牛の背に乗り家へむかうこと。
 悟りがようやく得られて世間に戻る姿。

忘牛存人(ぼうぎゅうぞんにん) - 家にもどり牛のことも忘れること。
 悟りは逃げたのではなく修行者の中にあることに気づく。

人牛倶忘(にんぎゅうぐぼう) - すべてが忘れさられ、無に帰一すること。
 悟りを得た修行者も特別な存在ではなく本来の自然な姿に気づく。

返本還源(へんぽんげんげん) - 原初の自然の美しさがあらわれてくること。
 悟りとはこのような自然の中にあることを表す。

入鄽垂手(にってんすいしゅ) - まちへ... 
 悟りを得た修行者(童子から布袋和尚の姿になっている)が街へ出て、
 別の童子と遊ぶ姿を描き、人を導くことを表す。

 お寺に掛かっていたのは、「騎牛帰家」の絵だと思われます。

十牛図「騎牛帰家」(Wikipediaからで、渡辺泰河によるものではありません。)




●北の間の屏風

 ご住職がご趣味で集められた、古絵画を屏風に仕立てたもの。

 寺宝の「酒茶論」と同じ部屋に飾られているのですが、こちらのほうのインパクトが大きいので、お客様は「酒茶論」より、まずこちらをご覧になります。説明が終わっても、興味深くご覧になる方も多く、簡単に説明をしていました。

 屏風は下記のような配置でした。

・左から1曲め
  催馬楽律
   上 伊勢海律一 飛鳥井律二 庭生律三
   下 浅水律四  大路律五  鷹子律六

・左から2曲め
   上 四季耕作図 夏 田植え(推定)
   下 狩野縫殿之介 御長群亀

・中央左の曲
   上 蝦蟆

・中央右の曲
   上 鉄拐

・中央2曲の下部
     九月

・右から2曲目
   上 四季耕作図 春 田起し・初巻き(推定)
   下 唐童

・右から1曲め
  催馬楽呂
   上 梅枝呂一  山城呂二   此殿呂三
   下 真金吹呂四 田中井戸呂五 席田呂六

◆催馬楽


 平安時代に流行した古代歌謡。元来存在した各地の民謡・風俗歌に外来楽器の伴奏を加えた形式の歌謡。遊宴や祝宴、娯楽の際に歌われた。語源については、馬子唄や唐楽からきたという説もあるが定かではない。

 律として25曲、呂として36曲が知られている。この屏風の12の絵もそれらに含まれている。


◆蝦蟆・鉄拐

 両者とも中国の仙人。

 蝦蟆は、三国時代呉の葛玄(かつげん)、あるいは五代後梁の劉海蟾(りゅうかじせん)をモデルにしたといわれます。ガマを使い、怪しい術を使ったといわれます。

 鉄拐は八仙の一人。彼の幼名であるとする説や、足が不自由で鉄の杖をついていたためという説がある。息をフーッと吐くことで、自らの分身を生み出したといわれる。

 顔輝「蝦蟆鉄拐図」の影響で、この蝦蟆・鉄拐は対で描かれることが多いが、両者を一緒に描く典拠は明らかではありません。鉄拐は八仙人の一人ですが、蝦蟆は中国ではマイナーです。


顔輝「蝦蟆鉄拐図」(養徳院の屏風のものではありません)

http://www.kyohaku.go.jp/jp/syuzou/meihin/chuugoku/item10.html


◆狩野縫殿之介

 この屏風の絵の中で、唯一作者名が書かれたものです。しかし、これは固有名詞ではなく、通称です。京狩野の絵師(初代は山楽)が2代目以降、この縫殿助を通称を使ったので、この絵は京狩野の誰かが描いたものだと推定はできますが、誰が描いたものかは特定できません。 


●竹篦(しっぺい)・警策(けいさく)

 これらが室内や廊下のところどころに掛けられていました。

 警策は坐禅のとき、修行者の肩ないし、背中を打つための棒。臨済宗では「けいさく」、曹洞宗では「きょうさく」と読みます。

 その短いのが竹篦(しっぺい)で、子供のときの遊び「指しっぺ」、仕返しという意味の「しっぺ返し」の語源です。時間があるときは、これを説明すると、皆さん「なるほど、そうなんや」と頷いておられました。



竹篦(しっぺい)(養徳院に置かれていたものではありません)

http://hokuryukai.blog.jp/archives/9515202.html



警策(けいさく)(養徳院に置かれていたものではありません)

http://zatugakuunun.com/yt/mono/2496/


養徳院でのガイドの内容や補足知識は今回で終了です。


(守秘義務再考版。原文は非公開日記に移動済み。)



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最終更新日  2019/05/29 01:54:31 AMコメント(0) | コメントを書く


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