ワルディーの京都案内

ワルディーの京都案内

2018/03/22
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テーマ: 京都。(6436)
カテゴリ: 京都研究
【 2018年 3月22日(木)】

 今日は、研究員研究最終発表会レジュメ締切日です。第2回中間発表会(3月3日)のレジュメも同じA4・1枚で作成したし、その後、大きな進展もないので、第2回レジュメの小変更で対応できそうです。最終レジュメまで、もう1回はフィールドワークを挟んで内容を濃くしたかったのですが、ようやく時間がとれるようになったこの3日間、ずっとお天気が悪くて、フィールドワークを自重していました。

 今日もお天気はあまり良くありませんが、上記状況から判断して、フィールドワークから帰ってきてからでのレジュメ作成でも間に合いそうなので、昼前に思いきってフィールドワークに出かけました。修学旅行の昼食処下見を兼ねて伏見稲荷大社参道沿いの「祢ざめ家」で昼食をとった後( こちら )、南谷の「お滝」管理者を訪ね歩きました。


●清め滝

 まず、麓の 「清メ滝」 から。ここは、管理者はいらっしゃいますが、「お滝」には水が流れておらず、「お塚」も荒れが目立ちます。

 管理者宅は、伏見稲荷大社奥社の横から谷底のほうに見下ろすことができ、壁面に「伏見稲荷教会」と看板が掛かっているのが確認できました。大きな建物ですので、昔は宿泊もできたのではないかと思います。あとで「伏見稲荷教会」でググってみましたが、何も分かりませんでした。





 管理者宅は、外からは全く中の様子が分からず、お供えの「ろうそく」を売っておられるかどうかも分かりませんでした。インターホンを押して、しばらくすると、70代か80代の男性の方が、玄関横の戸を開けて応対くださいました。名刺をお渡しして、研究の内容をお話したうえで、色々お話を聞かせていただきました。心よく丁寧にお答えいただきました。



・「お滝」を止めたのは、15年くらい前か。上流に畑ができて水が汚くなったので止めた。水は川の水だがポンプで揚水していた。

・「お塚」の管理費を払わない人が増えて、管理が大変な状態になっている。


 その後上流を歩きましたが、確かに畑が広がっていました。「お滝」ができた頃は、森林だったのでしょう。





この下流に「お滝」があります。



 確かにこの上流の「お滝」のさらに上流は、畑などは少ないので、水が濁ったりすることはなかったのでしょう。


●八嶋滝

 次の「お滝」は 「八嶋滝」 です。

 管理棟のインターホンを押すと、女性の方が出られましたが、ここには住んでおらず、離れた場所に住んでいおられるとのこと。インターホンがそちらに繋がるように設定してあるようです。午前中なら「お滝」管理のために管理棟にいることが多いとのことで、出直すことも考えましたが、今日の締め切りまでに、最低限の情報は収集したかったので、お断りしたうえで、インターホンで基本的なことのみ質問させていただきました。

・できたのは100年以上前。

・水源は自然の川の流れ。水が濁って困るようなことはなかった。

・「お塚」「お滝」が観光化するのは、信者さんには抵抗があるのではないか。


●命婦滝+白菊滝

「命婦滝」 へ。

 ここは「お塚」に向かう細い道を挟むように管理棟が建っています。上流に向かって右側の建物に入って声をかけました。奥様が出てこられて、対面の休憩所で、わざわざ暖房を点けて、お茶も出してくださって、お話を伺うことができました。途中で旦那さんも呼んでくださって、旦那さんからもお話を伺うことができました。

・ここは「奥社」の「お滝」である。神社ごとに身を清める場を持っていた。そこにお塚もできた。(このときは神職さんのための「お滝」と思ったが、神前の茶店の客用ということかもしれない)

・私で5代目になる。女系だったので、田中、中村、伊藤と名前が変わってきた。記録が残っておらず、いつごろ「お滝」や「お塚」ができたかは正直よく分からない。

・ご主人は平安神宮の神職を勤めていた。



・中田幹夫さんという伏見神宝神社の宮司さんが、「お滝」を色々調査された。一度コンタクトされるとよい。


 色々お話しするうちに、上流の「白菊滝」の奥様が来られて、いっしょにお話しを伺うことができました。偶然です。南谷の「お滝」は同じ町内会で交流があるとのこと。

・「末広滝」の上流の平らな場所は、現在の「白菊滝」の奥様のお家があったところ。そこには昭和49年に引っ越してきた。住みながら「岩滝」を管理していたが、昭和60年頃廃滝にした。(水を共同利用していた別の一軒のお家が引っ越して出て行かれたのでとの説明だったが、イマイチよく理解できなかった) 

・昭和49年に引っ越ししてきたときは、すでにより上流の滝は廃滝になっていた。その滝が「不動滝」かどうかは分からない。「岩龍滝」は知らない。

・奥様のお婆様が「白菊滝」に住んでいて、亡くなられたので、平成元年に「白菊滝」に引っ越しをした。

・「末広滝」のお塚と地続きになっているが、「岩滝」のお塚の領域があり、「岩滝」分は、今も「白菊滝」で管理している。

・「三光滝」という名は知らない。


 偶然ですが、2箇所の「お滝」の管理人さんに、いっしょにお話しをお伺いすることができたよかったです。

 「命婦滝」の管理人さんに志納をお渡しして、立派な蝋燭とご神饌をいただいたので、お社にお参りして上流に向かいました。いつも、上流側の入り口が閉まっているので、横の隙間からコソコソと出入りしていたのですが、戸を開けることができることも教えていただいたので、今日はコソコソではなく、堂々と戸から出ました。

 下の写真はいただいたご神饌を自宅に持って帰って撮ったものです。「スルメ」もあったのですが、帰省中の長女が大好物だとのことで、焼かずに食してしまいましたので、写っていません。






●青木滝

 一つ上の「お滝」は「弘法滝」になりますが、一度お話を伺っているので(当方の身分を明かかさずにですが)、さらに上流の「青木滝」に向かいました。インターホンを押すと、中から男性の方が出てこられてお話をお伺いすることができました。

・できたのは明治30年頃ではないか。

・「お塚」の持ち主が分かっているのは、半分くらい。

・5、6年前までは人通りが少なかったが、最近外国人の方が多く通るようになったので、道に沿った部分を整備した。


●御剱滝

 七面滝と鳴滝は、以前、訪問させていただいているし、白菊滝は先ほど命婦滝で管理人の奥さまのお話を偶然お聞きすることができたので、より上流の 「御剱滝」 に向かいました。

 私はこの滝を「ごけん滝」と勝手に読んでいたのですが、さきほどの命婦滝でのインタビューで「みつるぎの滝」と読むことを知りました。

 管理棟のインターホンを押したところ、奥様が出て来られてお話をお伺いすることができました。

・いつ「お塚」「お滝」ができたかは、よくわからない。

・古い地図に載っている「三光滝」「新熊鷹滝」の名は聞いたことがない。

・お塚の雛段で何箇所か何も立っていないところがあるのは、以前の台風で倒れてしまったところ。幸い連絡先が分かっていたので、持ち主に連絡したところ、「撤去してください。」とのことだったので、撤去した。

・最上段の柵で囲われた「白砂舎」のお塚は、以前は、当方で管理していたが、信者さんご自身で管理されるとのことで、そうしていただいた。しかし、先生がお亡くなりになたので、これから先どうなるか分からない。


 その上の「末広滝」にも行きましたが、管理棟に鍵がかかっていて、管理者の方が一時的にご不在だったようなので、別の機会に訪れることにして、時間も遅くなってきていたので、下山しました。

 帰る途中、「七面滝」に立ち寄って、仏師の大岩さんにご挨拶。この前の訪問のお礼も兼ねて、志納をさせていただきました。鳥居の修繕に使わせていただきますとのこと。

 またこの滝で修行をされている方が、この滝のことを書いたインターネット記事のコピーをお渡ししました。お名刺もいただきました。近々日蓮宗の信者さんが滝行に来られるという情報、そして、この近くの鳥居を製作している会社の主の方が、この地域で生まれ育った方で、この付近の「お塚」や「お滝」のことはよくご存知ではないかとのことでした。また、水源になっている金鉱石の採掘場だったところは、七面滝の入口駐車場近くで、痕跡が残っているとの情報もいただきました。

 鳥居製作所には後日訪問するとして、今日は、もう一つの目的「真心滝」の痕跡探しをしてから帰ることにしました。

 「吉田絵図」、「参拝図」によると「青木滝」の上流を右に入ったところに「真心滝」というお滝が掲載されていますが、現存はしません。未だにどこにあったかよく分かりませんが、インターネットでのM.Yagi氏の記事によると「建築用砂採取場となり消滅」とあります。その場所と思しきところをウロウロしてみましたが、痕跡は発見することができませんでした。

 今日のフィールドワークで、南谷で訪問できていないお滝管理者は、末広滝だけになりました。北の谷と「お山巡り」参道のうちの私有分では、荒木滝、白滝、薬力滝の管理者が未訪問です(廃滝も含めると「ねざめの滝」も。

 「お塚」「お滝」の管理者は世襲が基本のようですが、その起源については、記録も残っていなくて、今の管理者の方はよくご存知ないようです。また、利用者が多かった時代は管理者を専業にしていたようですが、時代とともに、「お塚」にお参りする人も、滝修行をする人も少なくなり、志納が少なくなって、ご主人は他に仕事を持っておられて、奥様が「お塚・お滝」のお守りそしているケースが多いようです。「お塚」の持ち主が、半分くらい分からなくなっているのも珍しくありません。

 「お塚」「お滝」の観光利用については、滝行をする方は、色々問題を抱えた方々が多く、あまり人に見られたくないという意識があるし、滝行は意識を失ったり危険な行為でもあるので、指導も受けずに慣れない人が滝行をして倒れられたら困るということもあります。こういったことから賑やかになるのは嬉しいが、観光化には諸手をあげて歓迎とはならないようです。


 下記は、アトリエを七面滝内に持って、鳴滝も含めて面倒を見ておられる大岩さんのホームページです。

https://narutakioinari.jimdo.com/



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最終更新日  2019/06/22 09:02:15 AMコメント(0) | コメントを書く


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