ワルディーの京都案内

ワルディーの京都案内

2021/09/18
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テーマ: 京都。(6436)
カテゴリ: 若冲と応挙
【2021年9月18日(日)】

 昨日は、終日事務所出頭。やはり忙しかったです。今日は、会協力のイベントに出る予定でしたが、コロナで中止になりフリー日になっていました。在宅で会の諸事を進めました。


 「若冲と応挙」の第47回。付録の2つめ若冲の年譜の「その3(51際~70歳まで)」です。


伊藤若冲年譜(51歳~70歳)

西暦(和暦)年齢
 ◆:若冲の動向、☆:芸術・文化人の動向、*:政治・社会の動向

1766(明和3)51歳
◆1月23日、相国寺、前年冬の証状に対する請書を若冲の町内に渡す-参暇寮日記。
 4月19日、真如堂本尊の開扉に際し、相国寺方丈の室中正面に「釈迦三尊像」、
  左右に「動植綵絵」12幅が飾られる-同前。5月18日、「動植綵絵」12幅、裏打ちのため
  南蔵から出される-同前。6月22日、12幅の表装できる-同前。
 6月23日、相国寺の例年の虫干しで「釈迦三尊像」と「動植綵絵」24幅、中の間に掛けられ

 11月、大典の碣銘を刻す若冲の寿蔵(生前墓)を相国寺塔頭松鷗庵に建立-碣銘。
☆秋、蕪村が讃岐に赴く。

1767(明和4)52歳
◆春、大典と淀川を下り大坂に行く-乗興舟跋。「乗興舟」この年制作か-大典跋。
 9月19日、相国寺に行き、弟宗寂の三回忌法要を請う-参暇寮日記。
 9月19日、若冲の家で法要営まれる。-同前。
*田沼意次、側用人となる。

1768(明和5)53歳
◆5月、『玄圃瑶華』刊行。「素絢石冊」この年刊行か-四辻公亨跋。
 10月1日、東本願寺門跡光遍上人、若冲寄進画の一覧を相国寺に申し入れ、許可される
 ‐参暇寮日記。この年板行の『平安人物志』に、大西酔月、円山応挙、若冲、池大雅、
 与謝蕪村の順で載る。住所は高倉錦小路上ル町。
☆与謝蕪村、讃岐より帰京。白隠没(84歳)。

1769(明和6)54歳

 掛ける-参暇寮日記。

1770(明和7)55歳
◆10月、父の三十三回忌に当たって、「釈迦三尊像」及び<動植綵絵>30幅の寄進を完了
 する。両親と自分の戒名を刻す位牌を相国寺に奉納-銘。

1771(明和8)56歳
◆多色拓版「花鳥版画」制作。この年の末から1773年にかけて錦高倉青物市場をめぐる争議
(営業停止になる)に際し、年寄として尽力-京都錦小路青物市場記録。


1772(安永1)57歳
☆大典、相国寺慈雲院に復帰。大西酔月没(生年不詳)。

1773(安永2)58歳
◆夏、萬福寺住持の伯殉照浩から「革叟」の号と僧衣を授かる-伯洵照浩偈頌。

1775(安永4)60歳
◆この年板行の「平安人物志」に、応挙、若冲、大雅、蕪村の順で載る。住所は高倉錦小路
 上ル町。
☆6月、大典、『小雲棲稿』刊行。

1776(安永5)61歳
◆この頃、石峯寺の石像群の制作に着手-拾遺都名所図会。「猿猴摘桃図」はこの年までの
 制作。
☆4月13日、池大雅没(54歳)。伯珣照浩没(82歳)

1779(安永8)64歳
◆9月19日、母清寿没(80歳)-過去帳。
☆8月5日、大典、相国寺113代住持となる。

1781(安永10)66歳
☆1月7日、曾我蕭白没(52歳)。

1782(天明2)67歳
◆1月28日、相国寺に寄進画拝借を願い出て許可される-参暇寮日記。この年板行の
 「平安人物志」に、安永4年と同じ順で載る。住所も同じ。

1783(天明3)68歳
◆6月27日、日光准后宮公遵法親王、相国寺で文正筆「鳴鶴図」及び若冲画30余幅を観覧
 -役者寮日記。「蟹図」はこの年までの制作。
☆12月25日、与謝蕪村没(68歳)。

1785(天明5)70歳
☆12月24日、鶴亭没(64歳)。

「乗興舟」





(続きます)


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最終更新日  2021/09/26 04:53:15 PM
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