ワルディーの京都案内

ワルディーの京都案内

2026/08/29
XML
テーマ: 京都。(6436)
カテゴリ: 京都研究
八嶋の滝の「お塚」研究 その2

4.「お塚」・塚石・神号の数、神号の種類
 塚台・塚石・神号などの数について、過去調査した、熊鷹、清メ、権太夫と比較する。( )内に熊鷹、清メ、権太夫の順に示す。

 塚台の数は 89基 (79,42,83)、塚石の数は 249石 (180,126,204)であった。すなわち、塚台当たりの塚石数の平均は 2.8石 (2.3,3.0,2.5)ということになる。最大のものは 26石 (11,17,46)であった(倒壊して下部を地中に埋めて片隅に設置されている塚石は、もともと何基の塚台に乗っていたか分からないが、1石が1基の塚台に乗っていたと仮定した)。今まで調査した 4ヶ所のお塚場の中では、 塚台数も塚石数も最大 である。塚台当たりの最大塚石数は、権太夫よりは少ないが、熊鷹、清メよりは多い。平均は今までのお塚場とそれほど変わらないので、権太夫同様、 塚石の非常に多い塚台が少数ある と同時に、 塚石の少ない塚台の割合が大きい

 全神号数は 463件 (301,211,375)であった。塚石当たりの神号数の平均は 1.9件 (1.7,1.7,1.8)、塚台当たりの神号数平均は 5.2件 (3.8,5.0,4.5)ということになる。塚石当たりの神号数も、塚台当たりの神号数も熊鷹、清メ、権太夫に比べて多くなっている。

 神号は「○○大神」などと刻まれているが、熊鷹、清メ、権太夫同様、やはり 大部分は「大神」 である。「大神」などの部分が判読可能で、純粋な神号と判断した神号451件の内訳は、「大神」370件、「大明神」28件、「命・尊」13件、「龍神」10件、「天」6件(弁財天)、「明神」、「大菩薩」(純粋な神号ではないが)各4件、「南無妙法蓮華経」(同左)3件、「龍王」、「明王」各2件(不動明王)、「神」、「霊神」、「大善神」、「龍神」、「宮彦」、「大権現」、「姫ノ神」、「女」、「大姉」各1件であった。特徴は熊鷹、清メ、権太夫にはなかった、 「命・尊」 、 「大菩薩」 、 「南無妙法蓮華経」 が相当数見られること、また1件ではあるが 「大姉」 などという仏教下の法名の号があることなどである。 神仏習合 が多く見られる。

「白玉」14件、「白菊」9件、「白光」、「末廣」それぞれ8件「白龍(竜)」7件、「大岩」、「白瀧」それぞれ5件、「熊髙(高)」、「戸川」、「豆の粉(子)」それぞれ4件 である。「白玉」、「末廣」は熊鷹、清メ、権太夫でも上位にランクされ、最もポピュラーな神号の一つといえよう。「白光」、「白瀧」は熊鷹、清メで上位にランクされている。 「戸川」「豆の粉(子)」 が、数は多くはないが八嶋で上位にランクされているが、熊鷹、清メ、権太夫では全くなかった神号である。特に 「豆の粉(子)」 という神号は奇異な神号であり、その由来を知りたいものである。

 多く使われている漢字の上位12位をあげると、 「白」76、「光」48、「玉」41、「吉」33、「末」27、「龍」25、「姫」24、「丸」20、「高」19、「福」18、「八」17、「熊」と「春」が16 となる。このうち上位4つ「白」、「光」、「玉」、「吉」は、熊鷹、清メ、権太夫すべてで上位12位に入っている。また、「龍」、「丸」、「高」、「福」は、上記3箇所のうち2箇所の上位12位に入っている。「末」、「八」、「熊」、「春」は、上記3箇所のうち1箇所の上位に入っている。すなわち、 八嶋の上位12位13の漢字のうち、12はお塚に刻まれる漢字としてポピュラーなものといえよう。 「姫」という漢字が多く使われているのが、八嶋の特徴 といえよう。


図1 「八嶋の滝」境内写真(ただし、2014年撮影)




5.建立年代
 塚台数89のうち建立者の地域が確認できたのは(刻まれた会社名から割り出したものも含む)、30基であった。内訳は愛知県12(うち名古屋市11)、大阪府8、京都府3、兵庫県3、奈良県2、東京都2である。 名古屋市が多い が、管理者の方のお話によると、名古屋の宗教団体の方の利用が多いからだそうである。 日活尾上桃華 と名の刻まれたお塚があり調べたところ、尾上桃華は「おのえ とうか」と読み、1898年生まれ、1953年没の俳優で、名脇役として活躍した人物であることが分かった。

 建立年代が確認できたのは89基中41基と46%(37%,67%,45%)であった。 最も古い年代は大正14年 、最も新しい年代は平成15年であった(創立時期推定と符合する)。分布を見てみると、大正時代1基、昭和一桁代3基、昭和10年代3基、昭和20年代9基、昭和30年代11基、昭和40年代6基、昭和50年代2基、昭和60年代0基、平成一桁代4基、平成10年代2基であった。 八嶋のお塚のブームは昭和20年代から昭和40年代 だったといえよう。熊鷹、清メ、権太夫では、 平成に入ってからのお塚建立は、ほとんどなかったが、八嶋では相当数存在している。これも八嶋の特異点といえよう 。こぼれ話的ではあるが、通常。建立年月には、昭和、平成など元号が使われるが、 八嶋には唯一西暦のものがあった 。 「1989年1月建立」と書かれたものである。昭和天皇の崩御が平成64年1月7日であり、塚石完成時に元号がどうなっているか分からばいため、止むを得ず西暦を使ったのであろう 。

6.終わりに
 八嶋の全「お塚」を調査し、熊鷹、清メ、権太夫と同様の統計分析を行い、それらとの類似点、相違点を明らかにすることができた。今後、引き続き他の「お塚場」も調査し、時代背景に重ね合わせて、「お塚」の歴史を体系的に分析していきたい。


よろしかったらぽちっとお願いします。
ブログランキング・にほんブログ村へ

←前回「『八嶋の滝』の『お塚』研究」その1
次回「知られざる伏見稲荷大社」→






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2026/08/29 08:52:36 AM
コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ

利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

ワルディー・ヨーリョ

ワルディー・ヨーリョ

カレンダー


© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: