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今日は寮で毎日お世話になっているリースの布団の交換日だった。昨年4月に東京に単身赴任してきて、家内から「新しい布団を買って送りましょうか?」と相談されたが、まあひとまずリースで良いだろうと、月に2,000円の貸布団をお願いした。赴任以来もうすぐ2年になるが、いまだになりゆきでリースの布団を使っている。 月に2,000円だから、年に24,000円、もうすぐ2年になるので通算すれば48,000円になる。そいつは損ではないのか?と言う方もいらっしゃると思うのだが、ザビエルはリースも良いのではないかという判断を今はしている。何故か?これに付帯して来るサービスである。今日のように、年1回は新しく整えられた布団に取り替えてくれる。ふかふかだ。また、毎月シーツを清潔なものに取り替えてくれる。不精な私のことだから、シーツも取り替えない、布団も干さないと言うことで、毎日お世話になる布団でも、そのまま打っちゃっておくようなことにもなりかねない。自分のいい加減な性格を考えると、大切な自分の体調を支えてくれる「布団」は、一見お金がかかるように見えても、現在のリースのお世話になる方が良いのかも知れないなあ、と思ったことだった。
2006.11.30
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千駄ヶ谷で職場関連の会食に参加しました。都営地下鉄大江戸線国立競技場駅が最寄であったが、その地下の深さに大驚嘆。大江戸線は東京では最も新しく建設された地下鉄なので、最も深いところを通っている。延々と3つくらいの長いエスカレータでようやく地上まで上がると、東京体育館の前。体育館の敷地を通って神宮外苑方面に行く。若い人たちがフットサルやテニスを楽しむ姿を見ながら会場へ。 神宮外苑のこのあたりは東京でも癒しの空間として整備されているところかと感じた。会食会場からふと見たら、国立競技場が私の目には美しく輝いていた。やっぱり首都東京だな。こんな風景、大阪にはないなあ。
2006.11.29
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そば処 砂場当然最後は、美味しいそばを食べたいもの(美味しいお酒を飲みたいもの?)と、蕎麦屋を探した。ありましたよ。三ノ輪橋商店街の中ほどに雰囲気のいい蕎麦屋を!三ノ輪橋商店街は、都電荒川線三ノ輪橋駅から荒川一中前までを、ほぼ電車と平行に賑わっている。外観です。まさに私の好きな感じの店だ。これは旨い酒が飲めるに相違ないと確信!!店内です。なかなか渋い。しかし、親父はなんとVANが良く似合う白髪のいい男。また、メルクリンの鉄道模型レイアウトが、ガラスケースに入って展示されている。親父の趣味だそうだ。確かに旨い酒と美味いそばを賞味できた。あとで調べると「砂場」という蕎麦屋は、大阪新町の発祥なんだそうだ。なんと奇遇!そして私は幸せものだあ!!↓http://www.sjtsunoda.net/soba-gosanke.htm
2006.11.28
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都電荒川線のバラ都電荒川線沿線には、まだこの時期でもバラが美しく咲いていた。三ノ輪橋の駅でも、何種類かのバラが植えられていた。プリンセスアイコ 今年、5歳になられた「愛子様」の誕生を祝って作り出された品種。マリアカラス あの美声の20世紀最高のソプラノ歌手「マリアカラス」をイメージして品種改良されたバラ都電荒川線沿線に植わっているバラを紹介したパネル
2006.11.27
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三ノ輪橋周辺を散歩しました。さらに写真を撮りましたので紹介します。三ノ輪橋はかつて江戸と江戸の外の境界に架かっていた橋だそうです。北千住方面から、日光街道を南に歩いてきて、この橋を渡るとそこは江戸。日本堤という今も地名が残っている「堤」を歩いて吉原大門へということだったとのことです。道路に陶板の三ノ輪橋?の浮世絵がありました。都電荒川線三ノ輪橋駅すぐの横丁が、ビルの下をくぐって、日光街道へ繋がっています。不思議なビルです。明治通りを走る台東区の「めぐりんバス」です。浅草駅を基点に、北コースと南コースがあってこちらは北コースです。木々につつまれた「不思議な家」がありました。
2006.11.26
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三ノ輪と言えば遠まわしなんだけど、「吉原」です。分かりますよね。江戸時代の最大の遊郭ですよ。三ノ輪駅のすぐそばに「投込み寺」なんて物騒なお寺がありました。吉原で死んだ女性が弔われたお寺でしょうね。その近くにある時期、樋口一葉は住んだのです。 その三ノ輪周辺を散歩しました。 いい雰囲気でした。どうも私は、そのあたりの「雰囲気」でその土地を判断する傾向があるようです。でも、直感的にあたっている場合が多いと思うのです。 写真は、三ノ輪橋駅付近のお稲荷さん、一葉ゆかりの千束神社、一葉顕彰の石碑です。
2006.11.25
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三ノ輪の一葉記念館に行くのに都電荒川線に乗りました。ほのぼのとした雰囲気を持つ私が好きな電車でした。東池袋4丁目から三ノ輪橋までとことこと、下駄をはいて歩いていくかのような感覚の電車です。車内の会話も下町の日常が見て取れる生活感あふれるもの。こんなものに私は弱いんだな。とてもウキウキしてしまいました。 東池袋4丁目-向原-大塚駅前-巣鴨新田-庚申塚-新庚申塚-西ヶ原4丁目-滝野川1丁目-飛鳥山-王子駅前-栄町-梶原-荒川車庫前-荒川遊園地前-小台-宮ノ前-熊野前-東尾久3丁目-町屋2丁目-町屋駅前-荒川7丁目-荒川2丁目-荒川区役所前-荒川1中前-三ノ輪橋と、それぞれの停留所の間はトコトコト歩いていけるような電車です。ホームに家の裏口から直接でられるような気安い電車です。 こんな電車がまだ残っているなんて、東京もなかなか捨てたもんじゃないなあ。こんな東京は好きだなあ。
2006.11.24
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ふと思い立って樋口一葉をたずねた。5000円札に肖像がある、あの樋口一葉だ。11月1日に新たに竣工した三ノ輪の台東区立一葉記念館に行ってきた。 小ぶりだけれど、中身が詰まっている。今日は「一葉忌」。おりから、記念の講演会なども開催されていて、年配のお客さんが詰め掛けている。館の前には、テントが張られて、入りきれない方々がモニターで講演を聴いている。 「たけくらべ」「十三夜」など文語体ではあるけれど素晴らしい作品を残して、流星のように24年の命を駆け抜けた一葉。明治という女性がしいたげられていた時代、ごく短い間にこんなにたくさんの作品を書いたなんて、びっくりしました。帰りに、書店で文庫本を買ってしまいました。
2006.11.23
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今日11月22日は、1122の語呂合わせで「いい夫婦の日」だそうだ。朝から、市役所、区役所の窓口は婚姻届を提出する人たちで大忙しだという。このご時勢ではまことに喜ばしい今日の一場面であることよ。 最近の晩婚化の傾向で、私の職場でも30代後半でも独身男性がうじゃうじゃしている。ちょっと油断して間違うと40歳を過ぎてひとりの奴もいる。こんな連中はもういけない。私から見ると気持ち悪い奴らだこと。 出生率1.25だという。そりゃあそうでしょう。これは、女性だけが悪いわけではない。こんなもの共同作業の賜物ですよ。男も悪い、いや、「男が悪い」と言いたい。男は、しっかりと就職し、しっかりといい女を掴んで、いい子供を産めよ。 またそのサイクルには、昔のように安心してお見合い結婚が出来る社会のシステムをつくる必要があるように思う。うちも娘が3人なんで少し心配しているが、今のところ「彼氏」をちゃんと掴んでいるようなんで、まずは、様子を見ている。いよいよとなれば「おまえ、分かっているやろうなあ」の親父の脅しになるのかな・・・? とは言うものの、27年目に突入したわが夫婦が、仲良く末永くそいとげることを娘たちに見せることも良いもんだなあ・・・、ッテカ?
2006.11.22
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月曜日の朝、日経新聞を見ていたら永田町のキャピトル東急ホテルが閉館するニュースが載っていた。自分が中学生のときだったかな、あのビートルズが泊まったホテルだ。懐かしいの一言ですよ。1966年は私は中学校に入ったばかりの時だったが、入学式のときは大雪が降ったような記憶がある。また、ビートルズで、日本の音楽教育がこの時に、変わったのではないでしょうか?ビートルズは大きな衝撃でした。どうですか?みなさんそうは思いませんか?私はそんな思い込みがあるんですよ。日経新聞 春秋(11/20)より抜粋 4人の若者はそのホテルの10階を借り切り日本での5日間を過ごした。厳戒するスタッフの目を盗みウエートレスに扮(ふん)した少女が侵入を試みる。外を取り巻く群衆。武道館の使用に賛否を戦わす知識人。40年前のビートルズ来日はまさに社会的事件だった。▼彼らが滞在したキャピトル東急ホテル(当時は東京ヒルトン)が高層ビルへの建て替えで今月末、いったん閉館する。記者会見場だった真珠の間に昨日、ファンが集まった。新CD「LOVE」を皆で試聴するためだ。客室やレストランは消えるホテルを惜しむ客で連日にぎわいを見せる。・・・・・・
2006.11.21
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11月20日に東京メトロ東西線に女性専用車が導入された。この路線は東京メトロでもとても混んでいる路線だと私のような大阪の人間も知っていた。千葉方面から東西線の混雑は殺人的だと。だから、私はその混雑を避けて和光に単身寮を選んだ経緯がある。女性専用車については、いろいろと意見があるようだが、私は賛成論者だ。女性専用車で不便だとか、そんなもの男女同権の世の中でおかしいと言う人もいるが、私は諸手を上げて女性専用車の導入に賛成だ。なぜか?むやみにテンションの高い女性と同乗したくありません。痴漢被害にあった女性の方には同情しますが、むやみに周りの男性は痴漢であるという眼で見るようなテンションの高い女性とは同じ車両には乗りたくありません。そんな人が女性専用車に乗りなさいと言いたい。私個人は、自分自身を守るために、地下鉄では両手で網棚の握り棒を持つように万歳状態で乗ってます。テンションの高い変なおばちゃん怖いよー
2006.11.20
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帰宅して愛猫バロンちゃんは、ラッパみたいな保護具をつけられて不自由な感じで痛々しい限りだ。動物病院に診察に連れて行ったところ思いのほか傷口の治りがいいとのこと、すこし安心。iwaomaさんからも、いろいろと食餌についてアドバイスをいただき、ありがとうございます。 兄弟ではないのだが、2匹飼いをしている。アールちゃんも遊び相手が怪我をしたので、心配顔で寄り添っている。この2匹を見ていると、ふっとむかしの歌の「めだかの兄弟」を思い出しました。娘たちがいたのでちょっと歌ってやると大変受けました。この子達がまだ赤ちゃんだったような気がする・・・。すずめ、子猫、めだかがそれぞれ歌詞だったように思います。2番の子猫の部分はこんな感じ。3拍子のワルツでほのぼのとした歌だった。 子猫の兄弟が、陽だまりで 大きくなったら何になる? 大きくなったらトラになる 大きくなったらライオンに ニャンニャン、ニャンニャン、にゃんにゃーん ニャンニャン、ニャンニャン、にゃんにゃーん だけど大きくなーても、ニャンコはにゃあんこ ニャン、ニャン♪~♪
2006.11.19
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朝から猫ちゃん’sをつれて動物病院に。自分の街にも動物病院はあるのだが車で25分くらいの清和台という住宅地にある動物病院が、末娘のお気に入りだ。ペットのお世話なんてそんな要素が大きな比重を占めるように思う。信頼関係というのだろうか? http://www.vet-clinic.net/seiwadai/ 私はアッシーくんでお付き合いする。この街は北摂地域の住宅地の中でも屈指のいい街だと思う。何よりもスケール感がよい。街の中心を北摂川西地区の循環幹線道路が走っているが、2車線相互の4車線で太すぎるということはない。また、それによって鉄道駅から遠かったこの街の欠点が克服されて、川西能勢口駅までの利便性が向上した。 何よりも気に入っているのは、街の中心にあるショッピングモールだ。食品スーパーの阪急オアシスが核店舗のそんなに大きくはないところだが、専門店街に市場感覚のお店がまだまだ残っている。ご多分に漏れずシャッヤー商店街になりそうなところを、新鮮館という八百屋さんが5・6店舗を譲り受けて、八百屋さん、魚屋さん、肉屋さん、乾物屋さんのかたちで元気に運営してくれています。お金を払う際に、レジの店員の方や、前後のお客さんとわいわいと話をしたりするゴチャゴチャ感がたまらない。 いわゆる新興住宅地(1960年代開発)でありながら、いいスケール感を持っていて、「界隈性」を持った私が好きな街だと思う。うちの娘も、お肉屋さんのコロッケや特売の鶏胸肉100グラム38円に「お父さん、今日はいいお買い物をしたね」と帰路についた。
2006.11.18
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建築屋としては11月18日は重要な日です。何だ?土木の日です。一般の人には「何じゃあ、そりゃ???」でしょう。土木の2文字を分解すると十一と十八になることと、土木学会の前身である「工学会」の創立が明治12年(1879)11月18日であることから、11月18日を「土木の日」と制定されたそうです。「土木」は、シビルエンジニアリングの訳語だが学生の頃、どうして市民工学が土木だろうと不思議でした。私が専攻した「建築」も昔は「造家」と言っていたらしい。土木も建築も最近大学では人気がないらしい。そこで賢い人が考え出した「環境創造学科」で学生を集めているとか?名前で集まる有象無象でいいのかな・・・?
2006.11.17
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11月16日(木)の夜に、大阪から出張されて来た2ヘーさんと、神田明神下の「きやり」でいいお酒を飲みました。神田明神は日本三大祭り(大阪天満宮の天神祭、京都祇園祭)にあげられるお祭りがあります。境内は凛とした静寂につつまれ、しかし江戸の粋な感じを持つ神社です。2へーさんと落ち合う前にお参りしたのだが、本殿で2人の女性が真剣に手を合わせていました。 神田明神下は銭形平次が長屋に住まいしたと野村胡堂の小説にある所。もちろんフィクションですが、この店は思いのほかにいい店でした。私は、蕎麦屋がお酒を飲む所と言う常識がなかったので、東京でカルチャーショックを受けました。でも、 いまや蕎麦屋万歳です。 明神そば きやり 住所:〒101-0021 東京都千代田区外神田2-18-12 タイメイビル1F・B1 アクセス: JR御茶ノ水駅聖橋出口 徒歩3分 地下鉄千代田線新御茶ノ水駅B2出口 徒歩5分 地下鉄丸の内線御茶ノ水駅 徒歩5分 TEL : 03-3252-8611 FAX : 03-5209-7335 ホームページ http://www.juraku.com/rest/sh_kiyari_kanda.html 営業時間 ランチ 月~金 11:30~14:30(L.O.14:00) ディナー 月~金 17:00~23:00(L.O.22:00) 土 11:30~15:30(L.O.15:00) 定休日 :日・祝 平均予算 : 3,000円 総席数 77席/宴会最大人数 40人(着席時) 備考 ※神田明神の祭事日は営業
2006.11.16
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11月15日(水)の夜8時半ごろ、単身寮で夕食が終わって部屋に戻るとラジオからけたたましい警告音が鳴っている。何だろう?と耳を澄ませて聞いていると「津波警報」だった。千島列島でM8.1の地震が発生。北海道東部沿岸に大きな津波が押し寄せるという。第1波の到達時刻は約1時間後。根室市など広い範囲に避難指示が出ている。一瞬、インドネシア沖のM9.0の地震を思い出した。被害がなければいいが・・・、と。ところが、この避難指示を無視する人がかなりいたようだ。揺れが小さかったこともあり大したことはないと自分で判断し、自治体からの避難指示を無視して何の行動も起こさなかった人が7割もいたとか。まあ「自己責任」だといえばそれまでで、もし、10メートルの津波が来て、呑まれてしまっても、そんな人は文句は言えないな。(ただし、この手の人が一番あとで文句を言うのだけれど・・・)寺田寅彦の「災害は忘れた頃にやってくる」は、また、現代で再び光る言葉になっていると思う私だ。続報を見ていると、第1波ではなく、なんと10時間後に最大波が押し寄せたようだ。オー、コワッ!!http://www.asahi.com/national/update/1116/TKY200611160340.html宮城で漁船5隻が転覆 津波注意報解除後に最大波2006年11月16日19時47分 択捉島沖で15日夜に発生した地震で、東北地方の沿岸部で観測された津波の高さが、津波注意報の解除後に最大になった。宮城県内では気仙沼、石巻市などの漁港で16日朝、計5隻の船が転覆しているのが見つかった。けが人は出なかったが、専門家からは「注意報の基準を見直すべきでは」との指摘が出ている。 気象庁は津波注意報を16日午前1時半に解除した。だが、石巻市鮎川では午前5時2分に、最大波高60センチを記録。青森県八戸市でも午前3時7分の60センチが最高だった。 16日朝に漁船3隻が転覆しているのが見つかった気仙沼市唐桑町の只越漁港では、午後も海水面の変動が続いた。近くの漁業、梶川正人さん(72)は「朝5時ごろ、潮がゴーゴーと渦を巻き、海面が1メートル近く上下していた。チリ地震(60年)の津波でも被害がなかったのに、こんなことは初めてだ」と話した。 今村文彦・東北大大学院教授(津波工学)によると、今回の津波は境界波と呼ばれ、波が沿岸で何度も反射しながら、長時間押し寄せるという。「注意報の解除後に高さが最大になっていることから、注意報を出す基準自体を見直す必要がある」と話した。
2006.11.15
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急にこのところ寒くなったが、会社で予約していたインフルエンザ予防接種を受けた。昨年から診療所で自己負担なしで打ってくれる。会社で出来なかった従業員やその家族は、健康保険組合から補助が出る。よく「インフルエンザの予防接種なんて効くか効かないか賭けみたいなもんでしょ。やる必要ないヨ。」とおっしゃる方がいるが、偉そうなことを言うんだけれど、そんな人は「危機管理」が出来ていないな。(きっぱり)効くか効かないかは問題ではないと思う。大流行したときに少しでも軽くすめばそれに越したことはない。SARSの流行以来、インフルエンザにも企業の取り組みが少し出来てきたと思う。企業人として、そんな時に動けなければ情けない。また、家族もその恩恵にあずかれるんなら、私は諸手を上げて予防接種をしてもらう。
2006.11.14
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「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日 突然、何だとビックリかもしれないが、先日、杏林大学の金田一秀穂さんの講演で面白い話を聴いた。「日本語というのは実に美しい言葉で、実際に発語された表現と、その持つ意味は大きく違う。直接的に言わなくても十分その意味を伝える術をたくさん持っている。その最先端は詩歌だ。」ということで、示されたのが、俵万智さんのこの歌だった。 この短歌は、一瞬で情景が頭に浮かぶんですが、金田一先生はひとつひとつ次のような質問を積み重ねていきます。聴衆に手を上げさせながら・・・。 このサラダは、どんなサラダだと思う? 1.ポテトサラダ 2.マカロニサラダ 3.グリーンサラダ 4.焼肉サラダ? 5.中華サラダ?・・・ →そう、おそらく「グリーンサラダ」でしょうね。レタスとアスパラ、そしてトマト、ひょっとしたらタマネギのスライスが入っているかも・・・。 サラダにかかっているドレッシングは何でしょうね? 1.和風ゴマ風味ドレッシング 2.フレンチドレッシング 3.マヨネーズ 4.塩だけでかかっていない?・・・ →そうですね、おそらく「フレンチドレッシング」でしょうね。 この情景は、朝ですか、昼ですか、夜ですか? 1. 朝 2. 昼 3. 夜 →やっぱり若い男女がサラダを食べてるのは朝がぴったりですね。 お天気は、晴れでしょうか、曇ってますか、雨でしょうか? 1. 晴 2. 曇 3. 雨 →「晴」に決まってますね。おそらく梅雨の晴れ間か、梅雨明けかで、前夜の雨に濡れたアジサイの葉っぱにしずくが朝日にきらきらしているような景色が見えるような気がしませんか?(私:ウンウンそんな情景見えるようだなあ) じゃあ、ここはどこでしょう? ・・・・・・!? →そう、一人暮らしの女の子の部屋でしょうね?そこに「君」がいる。一緒にサラダを食べている。アーッ、お泊りしちゃんたんだあ・・・。これってサラダを食べたの記念日のことではなかったんだあ。 でも、美しいでしょ!!(私:ウンウン、共感です) 蛇足ですが、この二人はこの情景が何回目でしょう? ・・・・・・ →野暮なことを申しましたが、初めてに決まってますよね。記念日ですからね。でも、俵万智さんの力量もあるんですが、短歌の三十一文字の威力とともに日本語の持っている力をお分かりいただけましたか? ザビエルは「目から鱗」でしたね。昔、この歌を読んだ途端、一瞬で上記の解説に近い情景を思い描いていましたが、ここまでしっかりと見せられると、イメージの外の事項もありました。短歌は恋歌が中心で、後朝(きぬぎぬ)の歌が多いとは知識としては知っていましたが、まさに俵万智さんのサラダ記念日は、湿っぽくないさらっとした新しい後朝の歌ですね。この歌集は1986年に出版されてもう20年ですが、少しも色あせない新鮮な感動があります。思わずもう一度読み返してみようと、文庫版を買いました。 20年前かあ。まだ、あの時は、私も若かったなあ・・・。
2006.11.13
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我が家の愛猫、バロンちゃんが2階の吹き抜けから墜落して骨折してしまった。なんということだろう。わが家は玄関が吹き抜けにつくってあって、気持ちのいい朝日が映るようになっている。しかし、2階の洗面所の横から下まで約4メートル以上を落ちたようだ。家内いわく「バロンちゃんが降ってきた」だった。2階に猫ちゃんを遊ばせに行ったのはいいのだが、安全確認が足りなかった。バロンちゃんの手術費8万円也。まあ、ペットを飼うのに、しゃあないのかな・・・。
2006.11.12
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11月11日に、沖縄大学名誉教授宇井純氏が亡くなられたようです。 若くて青い議論をしたあのころを、またまた思い出してしまいました。 1972年に私たちは高校を卒業し、あるものは大学生、あるものは浪人生と、今思えば、気概として「これから社会を背負っていこう」と燃えていた時代だった。その頃、私は宇井純氏の公 害原論を読んで少なからず感動していた。そんな時期に(おそらく夏休みだろうなあ)いまシンガポールで頑張っているS君をはじめ、何を言っても許せる?仲間数人が集まってワイワイ と議論をした。この集団は、論客ぞろいで、お互いに相手を論破することに快感を感じていたように思う。少なくとも小生はそうだった。 案の定、その時に、多少大人の意見を吐いたS君が標的になって大議論となった。みんな青かった。しかし青いながらも、軸がぶれてはいけない」、なにが自分の判断基準か?という根幹ははずしていなかったと思う。いま、若い人達に対してそのようなメッセージを伝えていく立場となって、自分自身のスタンスが問われるように思います。自分の物差しを、自分の内とグローバルに説明できる外に持つと言う、2つのものさしを使い分けていかないといけないと近頃痛感しています。 http://www.asahi.com/obituaries/update/1111/004.html 沖縄大学名誉教授の宇井純さん死去 公害研究の第一人者 朝日新聞(2006年11月11日20時15分) 水俣病の研究や被害者の支援などを40年近く続け、公害研究の第一人者として世界的に知られていた、沖縄大学名誉教授の宇井純(うい・じゅん)さんが11日午前3時34分、胸部大動脈瘤(りゅう)破裂のため、東京都港区の病院で死去した。74歳だった。通夜は15日午後6時、葬儀は16日午前10時から東京都品川区西五反田5の32の20の桐ケ谷斎場で。喪主は妻紀子(のりこ)さん。 東京都生まれ。東大応用化学科卒業後、日本ゼオン勤務を経て、東大の都市工学科助手になった。専攻は衛生工学。60年ごろから、水俣病を研究するかたわら、問題を提起する詳細なリポートを労働組合機関誌に発表。被害者の側に立った活動を続けた。 下水処理や水質分析などの研究を続け、68年には世界保健機関(WHO)の研究員として欧米に渡り、公害の構造と深刻さを世界に伝えた。 70年から15年間、東大で公害問題などについて市民に直接伝える「自主講座」を開講した。東大では昇進の道を閉ざされて「万年助手」と言われたが、86年に沖縄大学教授に転出 。新石垣空港の建設反対運動などに参加した。 反社会的企業や学者を一貫して批判する行動派の科学者として、国内で広く知られる一方、アジア太平洋環境賞を受賞するなど、国際的にも高く評価された。 自主講座の内容をまとめた「公害原論」や「キミよ歩いて考えろ」などの著書がある。
2006.11.11
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11月10日は「エレベータの日」だそうです。これは1890年(明治23年)のこの日、東京浅草に、日本初の電動式エレベータを装備した凌雲閣(通称「12階」)がオープンしたことを記念したものだそうです。1979年に、日本エレベータ協会が制定しました。この「浅草凌雲閣12階」は、当時、文明開化の象徴として大きなカルチャーショックを引き起こして、広く国民が注目し、連日見物客が訪れていましたが、関東大震災で脆くも崩壊しました。粘り強く残った丸ビルと好対照の実例と思います。また、浅草という「繁華街・花街の建物」と、丸の内という「実業界の建物」、という際立った違いを見せたような気がします。今でも凌雲閣の被害写真は、建築屋の私としては目に焼きついているんですよ。しかし、日本の電動式エレベータのはじまりが「浅草凌雲閣12階」というのは、なにか皮肉ですね。それまでは「水圧式」でエレベータは発展してきて、1850年代にオーティスが安全性も含めて確立していました。世界初の電動式エレベータはドイツのシーメン社の開発です。あのパリのエッフェル塔のエレベータは、オーティス社の水圧式であったはずです。私の宝物として、エッフェル塔の図面のポスターがあるんですが、斜行エレベータが書き込まれています。オーティスはエレベータの吊りケーブルを自ら切って安全をアピールしたと記録に残っています。それに比べて、シンドラー社はなんとプアな会社でしょうか?6月3日の死亡事故に対して、半年の時間が流れましたが、何の対応も出来ていないという東京新聞の記事を引用します。http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20061114/eve_____sya_____004.shtml『エレベーター怖い』:死亡高校生以前から 東京都港区の公共住宅「シティハイツ竹芝」で起きたエレベーター死亡事故で、死亡した都立高二年市川大輔(ひろすけ)さん(16)が、事故以前から度々、エレベーターの不具合に遭遇し「エレベーターが怖い」と家族に漏らしていたことが十四日、住民らの話で分かった。この秋、住民有志が行ったアンケートでも多くの人が故障や不具合を経験していた。事故から五カ月余り。運行が停止している事故機は二十日に他社製の新機種に切り替わる予定だが、今も事故機隣のエレベーターでは不具合が続いているという。 住民によると、市川さんは事故前、▽ドアがすぐ開かない▽本来の停止位置から段差がある状態で止まる▽騒音がする-など、エレベーターの不具合について不安を漏らしていたという。 同マンションのエレベーターはシンドラーエレベータ社(東京都江東区)製。設置から二〇〇四年度までは、シ社が保守点検も行っていた。 住民たちは先月、事故前の故障や不具合についてアンケートを実施した。回答した三十九世帯のうち九割近くが、故障などに遭遇。七割が、シ社が自ら保守・点検を行っていた当時からあった、と答えた。 具体的な不具合について「激しい震動と共鳴音を何度も感じた」「ボタンを押した階ではないのに止まってしまいドアも開かなかった」などの体験がつづられていた。 アンケートを行った住民有志の一人は、「設置された時から不具合が起きていた。保守・点検より、シ社そのものの問題ではないか」と語る。 港区によると、事故後も隣のエレベーターで不具合が相次ぎ、十日までに二十八件に達した。シ社は部品を交換するなどしたが効果はなく、原因不明のまま運行を続けている。警視庁は、市川さんの事故について業務上過失致死容疑で捜査しているが、まだ原因は究明されていない。
2006.11.10
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11月7日(火)に北海道サロマ湖近くで竜巻の大きな被害があった。折から当地でトンネル工事に従事していた建設会社の人たち9人の死者がでた。建設に従事する人間は「寒冷前線」には過敏なほど、ひといちばいに神経を遣う。急な雨と、前線通過後の突風・強風、そして気温の急激な低下。建築屋の目からすると、地下掘削時の突然の出水に対する安全確保、強風に対する足場倒壊防止、気温低下に対して品質保持等への備えがまず考えられる。しかし、今回の場合は「竜巻」という大自然の脅威にひとたまりもなかった模様です。犠牲になられたの方々のご冥福をお祈りしたいです。日本ではどうしても自然災害というと「地震」に目が行ってしまいがちです。竜巻と言う災害はいままで日本での実例が少ないだけに、今ひとつ身近ではありません。しかし、地球温暖化の影響でしょうか、今年、宮崎県の日豊線特急が脱線転覆した事故や、羽越線の特急転覆で死者が出た事故が竜巻、突風によるものとされています。「竜巻」に対する防災対策も必要になっているようです。じゃあその対策をどうするか?と言うことなんですが、まず、災害そのものを知ることが基本です。竜巻の規模を計る{Fスケール}と言うのがあるのだそうです。ミスター・トルネードと異名をとったシカゴ大学の藤田哲也教授(故人)が研究された成果。ちなみに今回のサロマの竜巻は「Fスケール3」だったそうです。「深刻な被害。建て付けの良い家でも屋根と壁が吹っ飛ぶ。列車は脱線転覆、森の大半の木は引っこ抜かれ、重い車でも地面から浮いて飛んだりする。日本国内では、これを超えるクラスの物はまず発生しないとも言われている。現在日本ではこれ以上の竜巻は発生していない。」Fスケールには、0から6まであって図のようになっているようです。Wikipediaで引いてみました。その激しさの区分は以下のようです。Fスケールと言えば、知人のふうさんが、丸の内地区のお昼ご飯のお店を評価するのに、○○Fなんて言って日記を書いておられるんですが、そんな暖かなFスケールの方が平和でいいのですがね・・・。http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061107it04.htm北海道佐呂間町で竜巻、9人死亡・21人負傷竜巻で全壊した倉庫の前には大勢の人たちが詰めかけた(佐呂間町若佐で)北海道警に入った連絡によると、7日午後1時25分ごろ、北海道佐呂間町若佐で竜巻とみられる突風が発生した。 現地にあったトンネル工事の作業員事務所、宿舎や民家、倉庫などが倒壊、作業員、住民らが巻き込まれた。道警、地元の消防によると、9人の遺体が収容された。このほか21人がけがをし、近くの病院に収容された。 同地区で家具店を営む長屋軍次さん(75)は「ゴーッというごう音が聞こえ、建物のほとんどがやられたらしい」と恐怖の瞬間を話していた。 網走地方気象台によると、同町付近は活発な寒冷前線の影響で、大気が不安定な状態になっていた。 警察庁は午後2時に「災害対策連絡室」を、首相官邸も同2時半に「情報連絡室」をそれぞれ設置し、情報収集にあたっている。(2006年11月7日18時1分 読売新聞)
2006.11.09
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仕事の関連で千葉ニュータウンに行った。千葉ニュータウン中央駅頭に降り立ったとたん、目が点!駅や道路は立派だが人がいない。まるでゴーストタウンじゃないか?駅前には、イオンの大型スーパーマーケットがあり、シネマコンプレックスもある。でも人がいない・・・。○○(あろうことか英字)の住宅団地があるのだけれども、やっぱり親方日の丸の○○の限界でしょうね。真剣にここに住みやすい街を造ると言う迫力は感じなかった。同じ建築屋として、がっかりしたと言うのが本音です。じゃあ、お前だったらどうして行くのかと問われると、今の状況を見ると何も言えなくなってしまうなあ。ひとつ言えるのは、「都市計画のスケール感を大間違いしている」と言おうかな・・・。千里はまだ界隈性が残っていたよ。今、いてる人の3倍くらいあればなんとか行けるのかな?だけど、いくら成田空港景気のバブルの時代に基本計画したとしても、このスケール感の間違いは都市計画した○○の大間違いでしょう。ごちゃごちゃした界隈性がまったくないですね。街には、人のスケールのごちゃごちゃした訳の分からないものが必要なのだと思いました。もしこれから仮に人口が3倍になったとしてもその大切なものは得られないと思いました。ここの乾燥した店作りからそう感じました。
2006.11.08
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11月になると、昨年いい時間をすごしたことを思い出します。近場なんですが、夫婦で京都、大阪、神戸の秋を2泊3日で楽しんだのです。 ・京都御所の一般開放見学、錦市場のひやかし・新京極の散策でお土産あさり修学旅行生気分、にしんそばがうまかった。 ・御所近くのあの羊羹の「とらや」のお店で朝食みたいなものでゆっくりして、夫婦の話がさらに弾みました. ・京都御所界隈の散策、一杯ずつ入れてくれる素敵なコーヒー店でおしゃべり、いい時間が流れました。 ・京津線に乗って比叡山坂本ケーブルから比叡山延暦寺の紅葉をめでる。 ・大阪で阪神百貨店のアラスカでお手軽なステーキディナー(笑:これが結構うまかった) ・神戸北野異人館界隈を散策、夢風船にのって布引ハーブ園でゆっくり、ちょっとした小物を手ずから作る講座があったので参加して大いに楽しむ。 ・神戸港クルーズで、まだその時、開港前であった新神戸空港の近くまで行ってわいわいと同船の方々と感動。こんなもん造ってどうすんねん!! ・三宮で神戸牛のステーキうまかったよ。やっぱり神戸だなあ。 以上、旅行日記記録みたいなものです。 なお、相楽園は今回行きませんでしたが、若い頃、家内とデイトした場所です。いいとこですよ、ここはお勧めです。 そうそう、泊まりましたのは、京都のいい雰囲気の小旅館と、六甲アイランドの神戸シェラトンホテルでした。
2006.11.07
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東京ビッグサイトで展示会があった。東京メトロ有楽町線豊洲駅まで、先日(といっても大分時が経ったが・・・)ゆりかもめに乗車して、しばし東京湾岸の景色を楽しんだ。新しい橋が出来ている。トリトンが見えているが都心方面に比べて、こちら側はまだまだプレローディングをかけるような新しい埋立地ですね。それにしても江戸時代から継続的に、江戸はどんどん広がっているんだなと思った。佃島、月島の南側に、東雲だ、辰巳だ、有明だと。そうそう、新木場あたりは昭和30年代には「夢の島」だったものな。写真で見えるのは、トリトンや月島地区の高層ビルだ。こんな風に見えるんだ。改めて驚きを含めて感心したよ。 新豊洲駅から豊洲方面を望む。ららぽーと豊洲の施設群の堂々とした姿が眺められる石川島播磨重工の工場がこのようにリニューアルしたわけです。東京というポテンシャルの中で、うまく変身してくれると嬉しいな。
2006.11.06
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満月に せなをおさるる家路かな中天に満月。あまりに美しいので、無粋な私もつい駄句をひとつ。こんなとき自分は日本人だねえ。日本人に生まれてよかったねえと思います。携帯カメラで満月を撮ってみると、意外に星が写っている。「ああ、星も見えるんだあ。肉眼では見えなかったものが別の媒体を通じると見える。これもまた新しい驚きです。
2006.11.05
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早朝に目覚めてブログのための日記を書いていると、隣で寝ていた家内が眠りを妨げられたのか、布団の中から、「何時かなあ?」と問う。3時半くらいかなあと答えると、「オッケー、じゃあ、おトイレいってこよー」と・・・。?!なんじゃこりゃあと思って聞いてみると「2時台は怖いもん!」としれっとしている。 何のことはない、「2時台は丑三つ時で、軒が三寸下がるというような怖い時刻なんだからおトイレには行けないのよ」と、のたまうのだ。 おいおい、お前はいつの時代の人間じゃ?でも、可愛いやっちゃなあと思った。(チャンチャン!)
2006.11.04
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もう一発、猫っかわいがりです。アールちゃんのお昼寝バロンちゃんのお昼寝を写真に撮ろうとしたらお目覚めです。2匹に癒されてのんびりしている休日です。
2006.11.03
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帰宅しまして、家で寛いでいますと、この夏から飼いはじめた猫チャンズに癒されます。もう、夫婦ともに、かわいい、かわいいです。 目が赤くなっていますが、アールちゃんです。 ちょっといろいろ体のことで動物病院に通う日々です。 バロンちゃんです。端正な顔立ちが夫婦ともに気に入っています。 もう、可愛い可愛いと猫っかわいがり状態ですね。
2006.11.02
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