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先日はセンター試験でしたね。 得点調整はしないとかと伝えられていました。うちの3人娘はもうその時期を通り過ぎましたが、末娘の彼氏が今年受験。折から喧伝される「教育者」が希望なんで、こんな人材が育つように、国は頑張ってもらいたいものです。教育再生会議が、将来、教育者を目指す人材をつぶさないことを希望します。 私の目から見たら、若い人の芽をつぶす案だろうと見えて仕方ないのです。あべちゃん、頑張ってや!
2007.01.31
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「マッチポンプ」という言葉を知っていますか?自分で深刻な原因を作っておいて、それに対応する仕事を作る悪質な“やから”のことを言います。この事例なんか、まさにその典型ではないかと思うのです。またまた、建設関係のことなんで恐縮です。舞台は北海道釧路川です。 昔の教科書で「三日月湖」を覚えていませんか?北海道釧路湿原の釧路川が、右に左に蛇行していて、洪水のたびにその水路が変わる。そのため、取り残された川の跡が「三日月湖」として残った。こんな暴れ川のこの地域の水害を防ぐためには釧路川を直線化する治水工事が必要だということで、国は自然の世界では蛇行している釧路川を直線化する治水工事を実施しました。そのときはそれで良かったのかな?(本当のことは分かりませんが・・・) ところが、最近になって国土交通省は、釧路川のある区間を元のような蛇行した川に戻す工事に着手しています。なんかおかしいなあ・・・。それはね、釧路湿原が過去に行われた治水工事のために、破壊されてしまったと言う反省からだとされています。本当かな。単に、地元の建設会社振興対策ともとることが出来ます。なんか、誤解をされそうだと思います。まさに、環境破壊しておいて、釧路湿原が危なくなってくると、それを救済するような顔でしゃあしゃあと、また建設工事を持ってくる。これじゃあ、庶民は信用しないんじゃないかな?以下は、国土交通省のホームページに掲載された「釧路川再生」のページです。 http://www.ks.hkd.mlit.go.jp/kasen/index.html また、今回の日記のきっかけは、NHKのラジオで以下のニュースを聞いたことです。 釧路川の蛇行化工事が本格化 乾燥化が進む北海道の釧路湿原をよみがえらそうと、20年余り前に農地開発のため直線化した釧路川を、再び蛇行した流れに戻す工事が本格的に始まりました。 工事は、標茶町の1.6キロの区間で7年かけて行われ、9億円の費用が見込まれています。現場では、作業用の橋を設置する工事が29日から本格的に始まり、大型のクレーンで橋脚になる鉄骨をつり上げて、川の中に打ち込む作業が進められました。釧路湿原では、川の直線化や周辺の農地開発などで、水位が低下したり、大量の土砂が流れ込んだりして乾燥化が進み、国の特別天然記念物のタンチョウなど、湿地に生息する動植物への影響が懸念されています。一方で、一度、人の手で直線化した川を再び元に戻すことや、国立公園の中で大規模な工事を行うことには疑問の声も出ています。工事を担当する北海道開発局の釧路開発建設部は「貴重な湿原環境をよみがえらせる第一歩としたい」と理解を求めています。狙いどおりの自然再生効果をあげられるか、前例のない大がかりな取り組みの行方が注目されます。
2007.01.30
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本日の読売新聞トップにショッキングなニュースが掲載されていた。 「パイプで輸送「夢のゴミ収集」、次々廃止…廃墟化恐れ」 夢の未来都市シンボルとしてドラえもんの未来の生活イメージににも出てきていたパイプごみ収集が破綻した模様です。 ● 24時間いつでもごみを捨てられ、路上の集積場がいらないので衛生的 ● 収集車が走り回ることもなく、地区の近未来都市のイメージに合う というようなバブル期の浮ついた風潮の中で全国で約10箇所で採用されたようです。そのほとんどが、今破綻しているようです。推進したのは、つくばとか、千葉中央ニュータウンとか多摩ニュータウンというような、○×都市整備機構が開発したところが多い。ちょっと見た目カッコいいけれど、環境問題、特に分別収集が当たり前となり、ごみ減量の世の中の動きに対応できないシステムだったようだ。私は土木分野じゃあないけれど建設関係者として造るばかりが能じゃないと反省しなくてはならないと思います。先日、千葉中央ニュータウン駅頭に降り立った時のなんともいえない寒々しい感覚はこれだったのかなあ・・・。 読売新聞1月29日朝刊の記事を引用します。まずはURLのみ。 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070129it01.htm 同じような記事が昨年6月に朝日新聞神奈川版に掲載されていたのでそのURLも引用します。 http://mytown.asahi.com/kanagawa/news.php?k_id=15000160606190001 ========================== 新聞のWebサイトはすぐに消去されますので自分のために本文をコピーします。 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070129it01.htm パイプで輸送「夢のゴミ収集」、次々廃止…廃墟化恐れ 地下に張り巡らせた輸送管でごみを収集する「管路収集」の廃止が相次いでいる。 ごみ袋や収集車が姿を消す「夢のシステム」として、大規模ニュータウンなどに巨費を投じて導入されたが、ごみの減量化や分別収集のエコロジー時代に合わなくなった。 東京・多摩ニュータウンなどで廃止されたほか、横浜市の「みなとみらい21」や千葉県の「千葉ニュータウン」も廃止される見通し。施設の撤去には多額の費用がかかることから、「大量消費、大量廃棄時代の遺物」として、各地で廃虚化する恐れがある。 管路収集は1970~90年代にかけて、全国10か所以上で導入された。 多摩ニュータウン「多摩センター地区」(82ヘクタール)では1983年、東京都多摩市が約50億円をかけ、稼働させた。約600か所のダストシュートなどから捨てられたごみは総延長6・5キロの金属管を通り、吸引機で収集センターに集められた。 当初、可燃・不燃ごみや牛乳パックなども混在して捨てられていた。しかし、90年代に入って資源ごみの再利用などを目的とした分別が始まると、投下されるごみは減少。分別のための収集車も復活した。処理量は計画の約7分の1の1日約8トンにとどまり、排出者からの料金では運営費(年間約1億円)が賄えなくなり、2005年3月に運用をやめ、収集車が回収している。 同様な事情から、大阪府泉佐野市などの「りんくうタウン」では02年に、稼働から6年で廃止。「みなとみらい21」は91年に約94億円、「千葉ニュータウン」のうち印西市は96年に約130億円をかけ、稼働を始めたが、処理量はそれぞれ計画の16~30分の1にとどまり、2010年までに廃止される見通し。茨城県つくば市の筑波研究学園都市でも廃止を含めて検討中だ。 ごみ問題に詳しい早稲田大の寄本(よりもと)勝美教授(地方自治)は「ごみの分別に適しているシステムではなかった。今は『自分のごみは自分で責任を持つ』時代で、管路収集の退場は自然の流れだ」と話す。 一方、多摩ニュータウンでは、2棟ある収集センター(高さ約10~8メートル)について、撤去費用などから、多摩市は「跡地利用にメドが立たない」として放置しており、ガス管などとの地下共同溝にある輸送管の撤去予定もない。りんくうタウンでも、収集センターなどが残ったままで、廃止後の施設の処分は、自治体の大きな課題となっている。 (2007年1月29日3時1分 読売新聞) =================================================http://mytown.asahi.com/kanagawa/news.php?k_id=15000160606190001 地中のごみ管赤字で廃止へ 朝日新聞 2006年06月19日 共同溝の天井部分を走るのがごみ管だ。人物の両脇の太いのは地域冷暖房の配管=横浜市西区で 横浜市西区のみなとみらい21地区。目抜き通りの地下に電線や水道管とともに、時速90キロでごみを吸い集める鉄管が通っているのをご存じだろうか。24時間ごみ出しができて、収集車が走り回ることもない――。そんな「未来」都市をイメージしたが、リサイクルの進展と開発事業の遅れで利用は伸びず、赤字がかさむばかり。横浜市は2010年までにシステムを廃止する見通しだ。 (太田泉生) 「カンカンカン」 ごみを運ぶ鉄製の管の内側に固形物があたる音が断続的に響く。ごうごうと風の音も聞こえてくる。「管の屈曲部はごみが当たって段々薄くなるんですよ」と担当者が教えてくれた。 ランドマークタワー前の「みなとみらい大通り」直下。幅約8メートル、高さ約4メートルの巨大な共同溝に、電力やガス、水道の配管とともに、ごみを運ぶ直径50センチの管がある。 地区内の道路下に張り巡らされ、延長は約7キロ。秒速約25メートル、時速換算だと約90キロの強風でごみをJR桜木町駅そばのクリーンセンターに吸い集める。巨大な掃除機のイメージだ。 この管路収集システムの稼働が始まったのは地区に建物が建ち始めたばかりの91年。「24時間いつでもごみを捨てられ、路上の集積場がいらないので衛生的」「収集車が走り回ることもなく、地区の近未来都市のイメージに合う」――市は当初、こうPRした。 システムは国のモデル事業として、多摩ニュータウンや筑波研究学園都市にも建設された。市幹部は「国主導だった」と振り返るが、総整備費約94億円のうち約83億円は横浜市が負担。協定で、地区のすべての建物が参加するよう決められた。 ところが、ごみ量は伸び悩む。「21世紀初頭」の地区就業者数は19万人の見込みだったが、05年末の実数は約5万6千人。ごみの処理量も1日160トンの見込みが今は平均10トン程度。漸減傾向が続いており、05年度は3829トン。1キロ26円の処理手数料を取っているが、05年度の運営費だけでも約4400万円の赤字だ。 開発の遅れがごみの少なさの一因だが、「最大の誤算はリサイクルの進展」と市はいう。 管路収集の計画が浮上したのは昭和50年代。当時の横浜市はごみ増加に処理が追いつかず、一部のごみは燃やさずにそのまま埋め立てていた。むしろ全量焼却の実現が最大目標だった。 さらに市は長く、リサイクルに消極的だった。古紙もプラスチックも割れたガラスも「家庭ごみ」として集め、焼却していた。中田宏市長が04年に「G30」計画を打ち出し、分別を大幅に細分化するまで続いた。管路収集はこの従来の手法を前提としていた。 一方で、進出企業の間から自発的にリサイクルの動きが広がった。93年、進出企業が共同でリサイクル協議会を作り古紙の集団回収を開始。93年度に460トンだった回収量は年々増え、05年度には3156トンになった。 生ごみの有効利用も進む。インターコンチネンタルホテルとパンパシフィックホテルは、業者を通じて生ごみを農家に提供。堆肥(たいひ)として使い、生産された野菜を再びホテルで使っている。このほか生ごみを出さない努力を続ける企業もある。 日産自動車の本社機能移転など、新たな企業進出の予定は今後もある。だが、先進企業ほどごみ減量の努力を続けており、市は「進出企業が増えてもごみの絶対量は逆に減る」と予想する。管路収集は事業として成り立ち得ない状況だ。 機器は2010年ごろに耐用年数を迎える。中田市長は13日の市議会で10年ごろに最終判断すると述べたが、事実上の廃止宣言だ。 資源循環局の大槻哲夫総務部長は「今や市もリサイクルを呼びかけており、ごみを全部一緒に集めて燃やすシステムの発想と矛盾する。近未来のごみ収集の実験的システムだったが、今から見れば時代を読み違えていた」と話す。
2007.01.29
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三遊亭円生の小気味よさ お休みで独身寮で三遊亭円生のCDを聴いています。その言葉の切れ味が本当に心地いい。なんて言うんでしょうか「小気味いい」と言う言葉が比較的近いのかな? 江戸言葉と言うのは厭味がなくて本当に心地よく聞こえます。きっぱりと言いますが、けして「東京言葉を気取った標準語もどき」ではありません。あれは下品です。じゃあ大阪弁はどうなんだとおっしゃる向きもありますが、少なくとも郷土を捨てた人がしゃべる東京言葉を気取った標準語もどきは聞くに堪えません。大阪弁はそのような人たちからバッシングを受けています。東京に来ても堂々と大阪弁をしゃべる人間はデリカシーに欠けるというのが、彼らの論拠です。だけどね、言葉を隠すと言うのは「郷土を捨てた」と同じだと私は思っています。(かなり過激な意見です) 本論に戻りますが、円生の語り口が心から好きです。例えば次の通りです。 あすんで → 遊んで ずんずん → ドンドン 円生の語り口もあり気持ちよく聴いています。
2007.01.28
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「父の想いを受け継ぐ」なんて言うと大げさだが、知らず知らずにそんな行動をしている自分に気付く。50歳を過ぎてくると、今までの自分の行動を総括するような機会がある。やっぱり自分は父を見ていて、その行動をなぞっているようなところがあるんだなあと嬉しいようなまた苦笑いをするような気持ちになります。1月23日が父の誕生日だったので電話しました。嬉しそうに受けてくれた。ありがとうございます。
2007.01.28
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やぼようで後楽園に早朝から行きました。駅に降り立つとやけにタバコ臭いなあ・・・。そうか、WINSに来られるオジサンたちかあ、と理解した。だけど、東京都心は土曜日でもおお賑わいなんですね。よく分かりましたね。後楽園は今年創立70周年だそうです。建築中心なんですが本日のぶらつきを写真でご紹介します。東京メトロ後楽園駅の上のビルメトロエムラクーア ザブーン国際キルト展に並ぶ人たち黄色いビル東京ドーム70年の旗 ボーリング場開場東京ドーム70年の旗 黄色いビル開場東京ドームホテルの偉容そして、後楽園の楽しい姿です。
2007.01.27
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むいむい、飛んでケーなんか寮の部屋がおかしい。寝ている間に虫に噛まれるようだ。ということで特に掃除機をかけて床を掃除した。もちろん、定期的に掃除はしているのだが・・・。さて、うちの娘が小さいときによく言った言葉です。「むいむい、飛んでケー」
2007.01.26
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書道セットイトーヨーカドーで「書道セット」を買ってきました。墨を磨って心を落ち着けて、ゆったりと筆に墨を含ませて半紙に思いっきり落書きをするのです。
2007.01.25
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昨日は水曜日。寮にご飯も頼んでなかったのでデパ地下の東武百貨店池袋店に夕食を求めに行きました。いやー、実に賑やかで元気ですね。大阪で言えば、阪神百貨店の地下の食品売り場のノリを感じました。魚屋さんを中心にお弁当を物色しました。 姫路の竹豊の穴子にぎり寿司弁当です。穴子上焼と蒸穴子の盛り合わせで1100円。なかなかネタが良くて私の口に合いました。 柿安の黒毛和牛すき焼き弁当 1000円。温泉卵をたらしてとろりとした食感がなんともいえず美味しかったです。いつもコンビニ弁当ばかりの夕食でしたが、今晩は久々にリッチな気持ちになりました。
2007.01.24
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北海道教職員組合による今回のいじめに関する実態調査の妨害行為(きっぱり言います)は、閉鎖的な教育界を如実に表すものと理解しました。比較的信用できるNHKのニュースから引用しますが、北教組書記長のこの言葉を翻訳したいと思います。端的に言うと「現場の実態を知られたくなかった」と言うことでしょうか?まず書記長の言葉全文です。調査を行うことで、すでに解決したいじめを再び蒸し返すことになるほか、数字だけが一人歩きすることになる。調査を行うことより、全校集会や保護者への説明を強化するなど、優先することは他にあるという思いで指示をした。しかし組合員からは『アンケートに協力したい』という声もあがっており、今回の指示がいいか悪いかは別として、この問題については今後、組合として協議していくことが必要だと思うでは、翻訳します。1.調査を行うことで、すでに解決したいじめを再び蒸し返すことになる→せっかく今まで苦労して児童生徒に言い含めて押さえ込んだり、表面化していなかった事例を表に出されるのは大変に困るのだ。2.数字だけが一人歩きすることになる→自分たち教師が知らないことも出てくるとも限らない。現場のことは自分たちが仕切りたい。これを、とやかくマスコミで追及されるのは組合としては説明できなくて困る。3.調査を行うことより、全校集会や保護者への説明を強化するなど、優先することは他にある →心理の言葉(今は「調査」を阻止することが最善なのだがそこまで主張できない。なんとか、他の理由を付けて調査を妨害したかった。「現場を預かる」という強みを遣って時間を稼ごう。)調査をされたらいじめに何の対応もしてこなかった自分たちの姿があからさまになって拙い。とにかく妨害しよう4.今回の指示がいいか悪いかは別として・・・→今回の教組の指示が間違っていたと認めたら、逆に教職員組合がもたない。ここは何としても間違いと認めるわけには行かない!!と言う風に読めるんですが、さてどうでしょうね?先生!!実態を知られたくなかったんだよね。いじめ調査 北教組非協力指示滝川市で、小学生の女の子がいじめで自殺した問題などを受けて、北海道教育委員会が行ったいじめの実態を調べるためのアンケート調査の実施を巡り、北海道教職員組合が道内の各支部に調査への協力をしないよう文書で指示していたことがわかりました。北海道教育委員会は、滝川市で小学校6年生の女の子がいじめを受けて自殺した問題などを受けて、いじめの実態を把握するため、去年12月に札幌市を除く道内のすべての公立の小中学生や高校生など、およそ42万人を対象にしたアンケート調査を行いました。この道教委のアンケート調査の実施にあたり、北海道教職員組合は道内の21すべての支部に調査に協力をしないよう文書で指示をしていたことがわかりました。また、この北教組の指示で、小樽市内の小中学校の一部では、教員がアンケート用紙を配布しないなどの影響が出たということです。これについて北海道教職員組合の小関顕太郎書記長は「調査を行うことで、すでに解決したいじめを再び蒸し返すことになるほか、数字だけが一人歩きすることになる。調査を行うことより、全校集会や保護者への説明を強化するなど、優先することは他にあるという思いで指示をした。しかし組合員からは『アンケートに協力したい』という声もあがっており、今回の指示がいいか悪いかは別として、この問題については今後、組合として協議していくことが必要だと思う」と話しています。一方、道教委は24日の定例の委員会で、この問題の経緯について説明し、この中で杉本昭則参事は「調査はいじめの実態や、児童、教員の考え方を知り、いじめの早期発見や未然の防止に役立てるもので、教職員の調査への理解が得られなかったことは誠に残念だ」と話しています。
2007.01.23
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北海道北見市の老朽化ガス管事故で3人の死者が出てから、北海道から日本が壊れていくような感覚があります。格差社会は日本全国一様ではなく、まず経済基盤が弱い地域から顕在化しているようです。けして個人の問題ではないようです。 地下埋設のガス管からガスが漏れて死者が出るなんて、今の日本では考えられないとザビエルは思い込んでいましたが、そうではありませんでした。敷設後約50年、メンテナンスされてこなかった付けが今回出た形です。計画的な維持保全がなされていなかったことが明白になりました。さらに、北海道ガス北見市地域では天然ガスではなかったという報道です。北海道ガスの資本的基盤の脆弱さが表面化した模様です。 東京ガスや大阪ガスでは、既に今回事故を起こした「鋳鉄管」はほとんどないとのことです。3世代前の遺物と表現する方もおられます。結局、お金がないので計画的な維持保全業務をサボったと言うことになります。しかし、北海道は経済的には難しい地域です。今の日本は儲かる東京ばかりに資本が投下されます。これは民間としては当たり前のこと。しかし近年、政府もこの考え方で進み始めました。それが安倍ちゃんですか・・・? 本当に「日本が壊れていくような・・・」。しかも、それは経済基盤が弱い北海道から・・・。残念なニュースを見ました。これはインフラのことだけかと思っていたら、人心が既にプアになっていた。それも教育者から。痛恨のとても残念なニュースです。 日教組はもはや「過去の遺物」そして消え去るべきもののようですね。http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070124i501.htm?from=main5 「いじめ調査に協力するな」北海道教組が支部に通達 北海道教育委員会が昨年12月に行ったいじめ実態調査に対し、北海道教職員組合(北教組)が道内全21支部に、協力しないよう「指導」していたことが23日、明らかになった。 多くの学校では協力したものの、小樽市では、教員が調査回答や回収を拒否。このため市内の一部の学校では校長が保護者に直接、回収協力を求める事態になった。 北海道では昨年9月、滝川市の小6女児のいじめ自殺が発覚。道教委は同12月、いじめの実態把握などのため、札幌市教委が独自にいじめ調査をした同市立小中高校生を除いた、全道の小中高生と教員計約46万人を対象に調査を行った。児童生徒にはいじめられた経験やどんな行為をいじめと思うかなどを尋ね、教員には、いじめに対処した経験などを聞いた。 小樽市教委によると、実施前、北教組小樽市支部から「協力できない」と通告された。「現実と向き合い、調査結果を指導に生かすことが必要」と説得したが、支部側は「調査結果がどのように使われるか不透明」「調査を実施することでいじめ問題が早期に解決するかどうか見えない」――などとして協力を拒否したという。教員らが協力を拒否した学校では校長、教頭が回収を代行。市教委は昨年12月26日までに全校から回収したが、教員からの回答率は3割にとどまった。 北教組本部の小関顕太郎書記長は読売新聞の取材に対し、調査への組織的な非協力を文書で指導したことを認め、「いじめの実態は学校現場で把握し、対応している。全道一律の調査は必要ない」などと話している。 (2007年1月24日3時1分 読売新聞)
2007.01.22
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駅弁ならぬ「空弁」、大阪空港で「越前若狭の焼鯖寿司」を買って寮に持ち帰り日曜日の夜食です。なかなか脂が乗って美味いです。 製造販売は「一乃松」という会社らしい。福井の老舗でしょうかね?ピントがボケてますが、なかなかの味でした。空弁あなどるなかれですよ。
2007.01.21
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羽田空港にはいろんなものがありますね。 単身赴任の帰宅時に見つけてちょいとパチリ!! 可愛いね赤ちゃんの授乳室です あれれ、ペットホテルですか?
2007.01.20
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特別な日、なんでもない日と書いて来ましたが、突然なんですが、東大安田講堂事件は1969年わたしが高校受験のとき、1月18日・19日におこりました。東大安田講堂に立て籠った学生が、警察の猛烈な放水と突入によって、封鎖解除されました。わたしは中学3年生で高校受験を控えていたにもかかわらず、TVに釘付けで、あの映像は今でもありありと脳裏に残っています。この影響で、その年の東大の入試は中止されました。変な表現ですが、多くの優秀な人たちが路頭に迷ったかも知れません。その分、この世代の人の価値観は他の世代と異なるような気がしています。はっきり言って「難儀なんですわー」!!しかし、1969年のこの大騒ぎの時には死者は出ませんでした。おたがい真剣にやり合う中でもどこか余裕があったような気がします。それが3年後の1972年の浅間山荘事件では、セクト内リンチで学生が殺され、人質解放のための攻防で警官が射殺されると言うなんともやりきれないことになりました。1972年はわたしは高校3年生で大学受験を控えながらも、またまたTVの前で釘付けでした。試験日直前にも関わらずわたしの気持ちは浅間山荘に行っていました。そして、警察機動隊員が殉職したという衝撃的な知らせ。これは当時TV放送でリアルタイムで流されていたので、自分の日常との大きなギャップを感じていた高校生のわたしでした。という昔のことを思い出すのも、センター入試が20日・21日と行われることで自分の受験時代を思い出して書いてみました。
2007.01.19
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ディズニーのアニメに「不思議の国のアリス」がある。その中で、イカレ帽子屋が「なんでもない日ばんざい」と歌っている。特別な日は1日だけ、だけどなんでもない日は364日。だから、「なんでもない日に乾杯しよう!」という発想だ。1.17は特別な日。だけど、残りの364日を同じ気持ちで生きていけるか?同じウエイトで考えると、気持ちが重くなる。だけど、日常に1.17の気持ちを忘れないように行動したい。=====================君と僕とが生まれなかった日メーデたい何でも無い日 祝え 何でも無い日祝え 何でも無い日 ばんざ~いな~んでも無い日ばんざい 僕の 誰の 僕の 君の なんでも無い日ばんざい 君の 俺の そうだ 俺だかんぱ~いしよ 祝おう おめでとう~なんでも無い日 やっほ~ や~っほ~誕生日は一年に一度っきり そうとも たったの一回さでも 何でもない日は364日 って~ことは~ 年がら年中お祭りだ ばんざーいな~んでも無い日ばんざい 私の そうだ なんでもない日ばんざい 私の そうださぁ 蝋燭消したら 願いが叶う 幸せやってくる なんでも無い日おめ~でと~!
2007.01.18
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1月17日、今日は特別な日。干支が一回りした。阪神淡路大震災から1年経った日に「震れる想い」を記した文章がある。当時の所属部署で約100名が書き小冊子とした。 今日の日記はそれを再び想い出してここに転記しておく。=======================================================================すわ!猪名川大地震 ズズズズ・・・。突然に突き上げられるような大きな揺れ。前夜、地元の人々との新年会の酒が多少残っている寝呆けた頭では、何が起こっているのか理解できない。ふとんの中で金縛りにあっている自分。ようやく「地震だ。」「これは大きいぞ。」「ついにあの猪名川群発地震が親玉になったか。」「そういえば昨日の汐の湯温泉の湯がやけに多くて熱かったな。」「自分のまわりに倒れてくる家具は無かったな。」「震度5の上くらいの規模だな。しかし、まあ、この家は大丈夫だな。しっかりブレースも入れたし、切り土の岩盤の上に建っているし。」「このまま、おさまるまで寝てるか。」との思考が廻る。そんないい加減で、不精で、頼りない私に比べて、妻は大活躍であった。既に起床して台所で中学生になる長女のお弁当を作っていた彼女は、まず火を消し、玄関の扉を開け、クロゼットから懐中電灯を出し、子供達の寝ている2階に駈け上がっていった。大したもんだなと感心しながら、まだふとんの中にいる私。枕元のラジオをつけようとスイッチを押すが、つかない。「ああ、停電しているのか。」と気が付くまでに、また少し時間がかかる。そんなもがいているような時間が経つうちに電話のベルが鳴る。松原の叔父からの安否確認電話。幸いうちは、食器ひとつ割れなかった、と報告する。しかし神戸の方はひどいらしいよと教えてもらう。今から思うとどうしてその時点で「神戸の方」がひどいという情報が得られたのだろうと不思議である。6時過ぎには電気も点き、テレビをつけて地震情報を見ると、京都震度5、大阪震度4となっている。「おかしいじゃないか。こんなに揺れたのに、大阪が震度4なんて。あの法円坂の地盤の良いところだから大阪は震度4なんだ。これを大阪全体の代表の震度とされてはかなわないな。」と思う。NHK放送では、神戸は一瞬震度6と出るが、情報が混乱してしているとのことで、しばらくして取り消された。そうこうする間にも、何度も余震がある。すこし明るくなってきたので、家の外を一回りして我が家に被害の無いことを確認し、支度をして出勤しようと最寄りの駅へ行くと、電車が不通となっていた。川西能勢口付近で電柱が線路に倒れ掛かっているということで、復旧の見通しがたたないという。まさかこの時は、神戸を中心とする未曽有の大災害だとは思っていない。私にとっては2ヵ月程前から、お隣の猪名川町を震源とする群発地震が発生し、震度3から4程度の揺れは、何度も感じていた。しかし近くに観測する機器が無く、大きく揺れたのにもかかわらず気象庁発表の震度は「無感」であることが多かった。少なからず今の地震観測体制の不備については個人的な不満があった。また、引っ越してきた7年前から、この地は地震の多い処だなと思っていた。年末から正月にかけて静かになっていたものの、てっきり、この強震は”猪名川大地震”だと思い込んでいたのだった。午前7時頃自宅に戻ってきて初めて神戸の映像を見たとき心が凍った。傾いたビル、倒壊した阪神高速道路、燃え盛る木造家屋。どれもこれも有り得ないはずの光景だった。少なからずショックを受けながらテレビの画面に釘付けになる。11時頃、電車の様子を見に行く途中コープの前を通ってまたビックリした。溢れるように人々が行列を作り我先に食料や電池、携帯コンロのガスボンベを買い込んでいる。コープはその日、品切れで午後1時で閉店したそうだ。そしてわが町はその夜から約3週間、大阪府で唯一ガスの供給がストップしたのだ。どうも猪名川群発地震は阪神淡路大震災の前震だったようだ。1年たって、猪名川町付近はまた再び揺れている。いったい今度はどこに大地震が起こるのだろうか。(1996.1.17 あの日から一年に「震れる想い」を記する)
2007.01.17
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お正月もとっくに過ぎて1月も半分過ぎてしまった。この時期は「みかん」が美味しい。しかし今年は不作らしくて値段が高い。それでも、単身寮で食べるみかんの甘酸っぱさはまた格別だ。 先日、ラジオで森鴎外、夏目漱石、芥川龍之介の小説を朗読してくれる特番を3晩にわたってやっていた。今、朗読がブームだそうだ。目で読むのもいいのだが、朗読で音で効くのもいいもんだ。森鴎外の「舞姫」、夏目漱石の「吾輩は猫である」「坊ちゃん」、芥川龍之介の「羅生門」などを読んでくれたが、最もハッとしたのは芥川龍之介の小品「みかん」だった。 横須賀発上り二等客車(グリーン車)に乗車してぼんやりと発車を待っている主人公の「私」の心の動きと、眼にくっきりと見えるように絵画的に描かれた「みかん」。 何か聴きおわった時、今現在の私自身の心の動きと、それをしっかりと振り払ってくれたような爽やかな気分になった。 全文は以下のインターネットサイトにあった。 http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/98_15272.html
2007.01.15
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大阪の551(ゴーゴーイチ)の豚饅(中華饅) この美味しいものを全国で呼び方が異なる。 中立的な呼び方は「中華饅」。大阪(西日本)では「豚饅」、東京(東日本)では「肉饅」というらしい。 大阪では「肉」と言えば「牛肉」のこと。だから中華饅を「肉饅」とは間違っても言わない。東京では「肉」はふつう「豚肉」なので、「肉饅」でいいらしい。東京に行って中華饅を買おうとしたら「肉饅」とあったので、「ほー、牛肉入った中華饅のことかいな?」と買ったら、豚肉入り。「なんじゃー、こりゃあ!!詐欺やんケー」と思ったもんだ。 この呼び名、静岡・糸魚川構造線(フォッサマグナ)で東西、区切りがあるんだとか? ところで中華饅には、何を付けて食べるか? 大阪では圧倒的に「練りからし」、裏の紙をはがして、底に穴を開けて、ウスターソースで食べるのもオツなもんです。 東京では何もつけないのが主流のようですな。 九州、山口では酢醤油でいただくそうです。 以下は中華饅をいろいろ紹介したサイト http://www.246.ne.jp/~bayou/nikuman_links.htm
2007.01.14
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また大津波?千島列島でまた大地震が発生した。マグニチュード8。3。 昨年の11月15日夜に発生したM7。9の地震とほぼ同じ震源位置と深さ。津波警報が発令された、NHKは地震発生の13時半以降ずーっと津波警報関連の放送に切り替わり、大学ラグビー選手権・決勝戦は結局放送されなかった。 津波は、今のところ父島、三宅島で40センチ。前回では、80センチくらいの津波が伊豆大島で観測されているので、油断は禁物。日記に貼っておこう。 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070113it13.htm北海道・東北で震度3、父島に40センチの津波 13日午後1時24分ごろ、千島列島を震源とする強い地震が発生し、北海道と東北地方の一部で震度3を観測した。 気象庁は同1時36分、北海道太平洋沿岸東部とオホーツク海沿岸に津波警報を、北海道から和歌山県までの太平洋沿岸の広い範囲に津波注意報をそれぞれ出した。 津波警報は、同5時59分に注意報に切り替えられた。人的被害は確認されていない。 気象庁の観測によると、北海道根室市で同2時38分、津波の第1波があり、同4時33分には20センチの最大波を記録した。東京の父島、三宅島では40センチの最大波を記録した。 震源地は根室市の東北東約850キロ付近で、マグニチュード(M)は8・2と推定される。 総務省消防庁によると北海道と岩手県、三重県の計25市町村が、約4万2600世帯に避難勧告を出し、一部住民が避難した。 震源地付近では、昨年11月15日にもM7・9の地震が発生、三宅島で最大波84センチを記録するなど広い範囲で津波が観測された。 今回の地震による主な各地の震度は次の通り。 ▽震度3 北海道函館市、釧路市、根室市、青森県八戸市、岩手県盛岡市、二戸市、宮城県栗原市、登米市 ▽震度2 北海道室蘭市、帯広市、青森県青森市、弘前市、岩手県一関市、北上市、宮城県大崎市、角田市、秋田県秋田市、大仙市、福島県福島市、田村市、山形県酒田市、天童市(2007年1月13日23時15分 読売新聞)
2007.01.13
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お菓子の不二家さんの埼玉新座工場で、1日期限切れの牛乳を使ったという報道がなされたところですが、まあ、その後、なんとまあ「あらあら」と言う感じで、会社の根幹を揺るがす重大事になってしまっています。私はどちらと言うと辛党なので、初めはそんなに関心がなかったのです。しかしね、ここまで話が進んでしまうと、呆れるというか、工場の衛生状態に関して経営陣が把握していたこと、そして、それをあたかも隠蔽しようとしたように外から見るととられるような行動をしていたことが最も問題だと思います。不二家さんはお菓子の老舗で新聞記事で報じられるように「甘さ」があったのかもしれませんね。でも一度こんなことがあると世間はそう簡単には思ってくれないんですね。何か間違ったことがあったときのその企業の迅速な情報開示対応ほど、今や重要なものはありません。そんな意味で「ペコちゃん」に顔向けが出来るのかと行動基準を社長も始め、全社員が持って頂きたかったな。ペコちゃん頑張れ!!!応援するぞ!!!ザビエルの会社は、コンプライアンスに関してとても厳しいです。それがザビエルをはじめうちの会社の社員は好きです。建設会社と言うのはただでさえ胡散(うさん)に思われています。談合といえば建設会社という図式がありますよね。どうして談合は建設業だけだと思うのでしょうかね?談合ではありませんが、建設会社の社員に対する皆さんの普通の見方を端的に語れるエピソードがあります。ある建設会社の現場が東京にありました。早朝に現場の周りを清掃をしていたのは東京大学建築学科卒の新人現場監督(きっと今では大所長か、経営陣)。幼稚園くらいの男の子を連れたお母さんが「○○ちゃん、ちゃんと見ておきなさいね。勉強しないと、朝早くからあんな風にお掃除をしないといけない人間になるのよ。」http://www.asahi.com/national/update/0111/TKY200701110411.html細菌基準10倍で出荷 不二家、社内連絡が不徹底2007年01月12日00時05分 大手菓子メーカー「不二家」(本社・東京)の埼玉工場が昨年10月から11月にかけて消費期限が切れた牛乳を使ってシュークリーム約1万6000個を製造、出荷していた問題にからみ、同社は11日に開いた記者会見で、昨年6月に同工場で作った洋菓子「シューロール」から基準を超える細菌を検出しながら、そのまま出荷していたことを明らかにした。 同社によると、昨年6月8日に製造したシューロールの細菌検査で、食品衛生法が定める基準の約10倍、同社の自主基準の約100倍にあたる細菌数を検出した。本来は再検査のあと廃棄しなければならなかったが、検査結果の社内での連絡が不徹底だったため、113本が出荷されたという。同社はほかにも、アップルパイ製造の際に賞味期限が過ぎた材料を使ったことなども明らかにした。 シュークリームについては、定年後にパート社員として再雇用された元菓子職人が原料の仕込みを担当していた。社内調査に対して「期限切れの牛乳でも自分で色やにおい、味によって品質を確認できると思っていた」と話しているという。関口宏記生産部長は会見で「ベテランの甘さがあった」と説明した。 シュークリームの製造ラインは牛乳を大量に使用することから、別の菓子製造ラインから余った牛乳が回ってくることもあったという。同工場は環境保護を理由に牛乳を排水溝に流すことを禁じる半面、具体的な廃棄方法は定めていなかった。 同社は昨年11月には事実を把握しており、社内の対策会議では「マスコミに発覚すれば(集団食中毒事件を起こした)雪印乳業の二の舞いとなる」という文書が配られていた。藤井林太郎社長は「ことの重大さを伝えるための表現で、隠蔽(いんぺい)するつもりはなかった」と釈明した。 同社はこの記者会見で全国約890の直営店・フランチャイズ店などで洋菓子販売を当面休止することなどを発表した。レストラン、カフェは通常通り営業を続ける。
2007.01.12
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ここまで書いてくると、ザビエルの子供のときの日常生活は、普通ならちょっと変じゃないの?と思うかもしれませんね。そんな違和感を感じませんでしたか?・小額かもしれないが、そんなにお菓子屋のおばちゃんがオオマケしてくれるくらい、ガキが自分で毎日毎日お菓子屋さんに買いにいけるの?また、お菓子は家に用意されていたのではないのかな?・なんで小学生がお好み焼きやさんに毎日くらいにブーたれに行くの?両親が元気で、ちゃんとお母さんが家にいる家庭であればおかしいんじゃないかと思うのが、現在であれば常識ではないかと思います。私の母親は、ありがたいことに今も77歳で健在で、しかも私は母親の遺伝子を受け継いだ濃いい人間だとこいつは誇りに思っています。こんなに濃いいからこそ、今でもやっていけると思っています。周りの私と付き合っている人たちは、こんな難儀なやつはおらん、と願い下げにしたいかもしれないですね。本当に些細なことなんですが、私の人間形成には大切だったと思うもので書きます。私は鍵っ子でしたそして一人っ子でした私の母は、私が小学1年生のときから近くにあった資生堂の工場にパートに出て、私が小学校から戻ると家には誰もいませんでした。私は一人息子で家に帰ってもポツンとしているだけでした。今思うとそれが結果的には良かったと思います。一人息子と母親はただでさえ親密ではないですか?気持ち悪いくらいですよね。このときがあったんで、かなり母親と自分は距離が取れていると思っていましたが、それでも結婚して親離れのときにはまたひとつのドラマがあったんです。まあ、それでも、うまく行きましたね。家内のおかげかな?小学校1年生のとき、私は寂しかったのでしょうね、本能的にできるだけ友達をつくろうと思ってたのかもしれません。今でも親密な友達のKちゃん(UPO爺さん)や、IWちゃん、Bちゃん、Nちゃんと本当に楽しく遊びましたね。ちゃんばらやレーシングカー、模型飛行機・鉄道模型・・・。そしてご飯は井高野商店街にあった「ホームラン」のオムライス、親子どんぶり、かやくうどんを友達みんなで、たくさんの人間で食べる。結果的に一人っ子で両親と食べても3人の食卓が、6人や場合によっては10人で囲んだんだからね。私の意識の中では、店屋物(てんやもの)をとることにまったく抵抗がない。聞くところによると店屋物に拒否反応をする30代の男性が多いとか・・・。だから結婚も遠ざかる人もいるとか?なんでだろう?女性が職業を持って働くようになれば店屋物を取るだとか、そんな場面も当たり前だろう。ただね、女性の一方的な「サボリ、手抜き」でそうなるのはザビエルも許さんよ!!ザビエルも53歳のおじいですから・・・。
2007.01.11
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ハレと言えば「ケ」の日常生活で最も私にとって、大切だったのは「井高野商店街」だ。10円玉握って「おばちゃん、このお菓子10円でちょうだい」と叫んでいた可愛げのない子供だった。お菓子屋さんは今のように袋売りではない。ガラス箱に入って100g50~250円くらいで販売するのが普通の商売の値段帯であった。普通は100g単位で買うのだろうが、私の場合は10gか20gくらいになる。そんなガキにも、優しい言葉をかけてくれて、まるでお菓子のかけらくらいの「商品」をオオマケで袋に入れて売ってくれた。この商店街にはお好み焼きやさんがあって、私が小学校のときは、我々悪童達の溜まり場だった。ほとんど今の記憶では毎日ではないかと言うような頻度でこのお店のお好み焼きを食べていた。店の照明は暗くてね、漫画が一杯おいてあって、お好み焼き食べに行くのか、たこ焼き食べに行くのか、漫画読みに行くのか、よく分からんお店ではあったが、今、ハット思うに、お店のおばちゃんに「ブーたれ」に行っていたんだろうね。おばちゃんはゆったりといろんな話を聴いてくれたと思うなあ。そんなお店、きっと今はないし、そこに行こうと思う「悪童」はいないだろうね。40年後にこんなこと書く馬鹿な大人もまたいないだろうね。
2007.01.10
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この地に引っ越したのは、おそらく昭和32年か33年かな・・・?だから、もう45年前でしょうか?私が、こみち幼稚園(現:大阪成蹊大学付属こみち幼稚園)に行く前でしたから、まだまだ、みんな一様に貧しくて、これからみんなで頑張っていこーって感じの昭和の世の中だったと思います。テレビはもう既にあって、怪傑ハリマオ、赤胴鈴之助、少年ジェット、そしてあの有名な「月光仮面」、そして七色仮面、ナショナルキッドなんていうのが自分の時代の忘れられない記憶です。隠密剣士の大瀬康一がダンディでとってもカッコよくて痺れていましたし、また、牧冬吉の「霧の遁兵衛」に憧れたのです。あの下手から手裏剣を投げる姿を、あなたは知っていますか?私はカッコいいと思って練習しましたよ・・・。私は牧冬吉さんの渋い演技が好きでした。その頃から、渋好みかなと思っていますがね・・・。白いさらしの布を覆面風にして、顔にまいてちゃんばら遊びをしていた小学校時代を思い出しましたよ。その時に遊んでいたORちゃんとかHSちゃんとかを思い出しながら・・・。今は分からないので、ちょっと、連絡を付けてみようかな?
2007.01.09
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この井高野と言う土地は、大阪市の北東部、神崎川と安威川に囲まれた低湿地であったようです。隣接する吹田市、摂津市とは歩いて十数分という距離。文化圏としては吹田の近郊農耕文化の影響を色濃く受けています。いつもうろついていたのは、お正月の高浜神社、夏休みの片山町吹田市民プール、そして旭町商店街だった。特に旭町商店街に買物に行くときは、まさに私たち家族にとって「ハレの日」だった。「ハレ」と「ケ」というその後、年をとってから知った言葉の雰囲気も、アーあれはそうだったのかと妙に納得した。そんなに裕福ではなかった私たち家族が、年に何回か旭町商店街にちょっとおめかしをさせてもらって、家族で買物に行く。そんな感じを大切に感じていた商店街だった。中学生になったとき、自分自身で大切な買い物を吹田の旭町商店街の、さるお店に買いに行った。そんなに高いものではないが結構自分のお小遣いを貯めましたよ。今思えば一生の記憶に残る買い物だったのですね。不思議に緑色と金色に輝く七宝焼きのペンダント。そう、今の家内への初めてのプレゼントでした。
2007.01.08
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両親が健在なときには絶対来ないと思っていた地下鉄が思いがけなく来た。大阪市営地下鉄今里筋線だ。新線としては16年ぶりだそうだ。開通するのは、もう、10年先だと思い込んでいた。心の底から、嬉しい!!!鴫野の「ふくみ」からの帰りに乗車した。美味しいお好み焼きを食べて、いいお酒をいただいて、いい気持ちになって、この地下鉄に乗った。井高野と言う大阪市の北東の住宅地に帰ってきた。私が幼稚園から大学生まで暮らしていた、私の自分を形づくる原点の街だ。両親の家でいい気持ちで到着するなり眠ってしまった。それだけ気を許していたと言うこと。やっぱり、親の家はなんか理屈を越えて落ち着けるなあ~。写真は、翌日に地下鉄に親父と乗った時の携帯スナップ。中央が我が自慢の親父です。大阪市営地下鉄今里筋線に関するWikiの解説http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%B8%82%E5%96%B6%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E9%89%84%E4%BB%8A%E9%87%8C%E7%AD%8B%E7%B7%9A延伸計画も含めた路線紹介のサイトhttp://eijitan.ld.infoseek.co.jp/kante009.htm
2007.01.07
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おじさんのお店「ふくみ」 なんて書くとおかあちゃんが怒るかな?ごめんね。3連休だったんで、お願いして、本当にこの人たちと飲むとほっこりする、TさんとOさんに集まっていただいて、東京から帰ってきました。お好み焼きやさんで、ずーーーーっとお世話になっている「ふくみ」でいい時間をすごした。お母ちゃん、ありがとうございました。なんだかんだワイワイ楽しかったよ。これからもよろしくね。http://www16.ocn.ne.jp/~fukumi/MyPage/menu0.htmlお好み焼きや「ふくみ」· 電話番号 06-6968-0293· 営業時間 11:00~14:00 17:00~23:00· 日曜日 11:30~21:00 JR学研都市線”鴫野駅”より南へ徒歩2分駐車場あります。豚玉650円 焼きそば650円 とまとステ-キ550円
2007.01.06
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ピンクリボンキャンペーンって覚えていますか? 女性の乳がん撲滅のキャンペーンですが、今、乳がんで命を落とす女性が年に1万人もいると聞きました。私の同僚で、とっても優秀なデザイナーがこの病気で亡くなりました。とっても残念!!能力があるのにこんな病気で・・・、しかもちょっとした注意で軽く澄む筈の人を失うのはとっても残念です。このピンクリボンキャンペーンはもっともっと強力にやって頂きたい。 http://www.j-posh.com/ うちの家内の乳房に異常を感じたの秋口くらいかな。右の乳房にしこりがあると感じた私は、すぐさま「お前、右側にしこりがあるよ」と伝えた。「健康診断でマンモグラフィー検診を受けたから結果が来るはずね」と受けた。そして、結果は、乳腺炎。そうか、単身赴任して日ごろの可愛がり方が足りなかったかと・・・。 もっと乳揉んでやらなきゃなあ・・・、ってか(爆)? 乳がんとマンモグラフィーのサイト http://manmo.gooside.com/ 女性の健康|女性の健康とからだについて、現役の女医が詳しくアドバイスhttp://allabout.co.jp/health/womenshealth/closeup/CU20040726A/
2007.01.05
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なにわのお笑い突っ込み文化は、世界平和に繋がるなんて妄想しています。というのは、東京の歯科医家族殺人事件を聞いて思います。犯人とされる次男は、妹に「夢がないのね」と言われて頭にきたと供述しています。これを聴くと、その時に言い返したり反論したりできなかったのかねと、当人に聞きたいですね。これ大阪やったら軽く言い返して終わってますよ~。 なにわのお笑い突っ込み文化は残念ながら関東にはないようです。関東の方は真面目なんですよ。口数が少ない手が先に出る文化が関東の様に思います。不言実行はきっと雪の深い東北や北関東の文化なんじゃないでしょうか?大阪からぽっと出で東京で仕事をしてるといろんなところで感じます。関東の方、突っ込みをどうぞ。どうか手は出さないでね~。
2007.01.04
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1月3日ともなるとお正月といっても、ザビエルの場合、そろそろビジネスモードとなってくる。家内も実家のお母さんが2005年大晦日に大腿骨骨折という大事件があった。昨年1年はお母さんは入院生活で、糖尿もあっていまだに家に戻れていない。ご本人も元々活発で、私が皆に誇りたい素敵なおばあちゃんなので、もとより「社会的入院」をするつもりはさらさらない。本日午後は、私は4日からの職場を目指し東京へ、家内はお母さんの具合を確認してこれからの治療計画を主治医と相談しに高知へ、同じ時間に伊丹空港から飛ぼうと準備をしている。長期入院に関しては、医療制度の改変で、ひとつの病院に長く入院できないような点数制度になっており、大体3ヶ月がひとつの病院で入院できる目安である。それを越えると病院側の収入が極端に落ちる仕組みになっていて、入院患者を「追い出す」動きになるように「国家」が決めている。労働厚生省の視線は国民の側に向いていないと痛感しています。私は家族に高齢者を抱える身であり、商売柄、医療施設の建設という観点から「医療制度」に興味を持ってその材料を集めています。今年は日本の医療制度に関して、この日記で詳しく記述していきたいと思っています。私の知識も偏っていますので、この日記をご覧いただいている幅広いたくさんの方々のお助けをお願いいたします。どうぞ今年もよろしくお願いいたします。
2007.01.03
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当家のお正月の恒例行事は、なんと言うことはない。お正月のお屠蘇、お雑煮のお祝い。娘のお誕生日のお祝い。初詣。そして私は、三が日はほとんど大好きな駅伝放送にかじり付きだ。基本的に家族そろって静かにすごすのが慣わし。静かに一年の計画を立てるといえばカッコいいが、現実には怠惰に寝正月ということだ。今好きな「箱根駅伝」をラジオ観戦している。時々、ポイント、ポイントでテレビで視て楽しむのが毎年のスタイル。ひとつの区間が20キロもあると何かドラマが起きる。過去に早稲田大学の渡辺康幸の快走、逆に櫛部の失速、三代直樹の骨折涙のリタイアなど、一所懸命に努力してきた人たちの輝きや挫折を見て自分の力にしてきたと思う。なんか自分は単純だけど、この大会の大きなスポンサーであるサッポロビールさんありがとうございます。ごめんなさい、お写真をお借りします。サッポロビール贔屓にしてますのでご容赦を・・・
2007.01.02
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2007年もいよいよスタート。一年の計は元旦に・・・、ということで、一家でお正月を祝う。久々に晴天の夜明けだったので、こちらは山奥の住宅地なもんで、住宅地の東側の見晴らしのよいところで、山の端の雲の間から初日の出を拝む。ポコンって感じであっけない。ひとまず、あけましておめでとうございます。きれいでした。 (当地は西側にIKダムという阪神間の水源地があって、そこに沈む夕日は本当に見ものです。美しくて展望公園からしばし見とれてしまいます。)年賀状をチェック。インターネットの影響で枚数が減ったが、やはり嬉しい気持ち。私は、筆書き住所とひとことに出来るだけ心がけている。(しょうもないこだわりか・・・。)私の両親とともに一年の健康を祈って親子三代揃ってお屠蘇、お雑煮を祝う。とここまではどの家庭でも同じ風景のお正月。ちょっと違うのは、真ん中の娘の誕生日が1月1日ということだ。お年玉とともに、お誕生日のお祝いも一緒に手渡す。まあ今年から就職しているのでお年玉はどうか・・・?という検討もあったがまあいいだろう。そして今年は新しい家族となった猫チャンズを囲んでワイワイと話が弾む。いい感じ。ニューイヤー実業団駅伝をテレビで観戦しながら、お屠蘇を・・・・・・。一区切りつくと、今度はお誕生日ケーキの出番だ。イチゴが一杯載ったスフレケーキ。ここで次女の彼氏クン登場。4年ぶりのお正月の挨拶に訪れてくれた。彼も今春から社会人。なんか嬉しい気持ちとなって、妙に私は多弁。っん、こりゃしゃべりすぎたか・・・。ということで、一年の計もどこへやら、元旦の夜は更けいく・・・。写真は私の父が、昨年展覧会に出品した趣味の水墨画。前のやつに換えて、床の間に飾る。2年ぶりかな?まあ形になっている。また父を尊敬・・・?
2007.01.01
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