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最終日の前、27日の夜、1枚だけチケットがとれたので仕事帰りに行ってきました。最終上映の夜の9時半の席、それも前列から2番目の一番端の席!それしか空いていなくて・・・(最高席のプラチナシートは空いてましたが¥5000!)せっかくだから¥5000でもいいかな?とも思ったのだけど・・・やめました(^^;さすがに首は疲れたけれど・・・(ーー;マイケルのオーラを浴びて、素晴らしい2時間でした(^^/ 終了時間は深夜の11時半を過ぎ、終電ぎりぎりの人もいたはずなのに・・・今回もエンドロールが流れても誰も席を立つ人もなく、静かな、熱い拍手が広がりました。 それにしても、同じ映画を三回も観るなんて!(自分でも飽きれている?^^;)今までファンというわけでもなかった私が!???何故だか、今回は、、、「行かなくちゃ!!!」と身体が動いたのです。 行かなくちゃ~♪ 君に会いに行かなくちゃ~♪井上陽水の歌みたいな気分になり、、、そして、三回も行ってしまいました!!!出来ることなら、後100回でも何千回でも観たいけれど・・・マイケルの存在を心に刻み、メッセージを大切にしていきます。 ロビーに降りエスカレーターに乗っていたら、皆さんそれぞれに感想を言う声が聞こえて、「そうなのよね~~」と思わず、独り勝手に頷いてしまいました(^^;友人同士で来ていた、若い女性が言っていたのが印象的でした。 「ぁああ~、何でもっと早く観なかったんだろう!」「もっと前からマイケルのこと知っていたらよかったのにね~~」
2009.11.29
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勤労感謝の祭日は、私にとっても大切な記念日。このブログを始めてから5回目の11月23日がやってきた。毎年、自分の確認の意味もあり書いているのだが、あれから4半世紀以上がたつなんて! つい昨日のように旅立ちの朝の光景が蘇える。 快晴の朝だった。あの頃、11月はもっと寒かった。初めて海外に行く期待と不安でいっぱいだったけど、、、不安より、期待の方がずっと大きかった。だから、別れの寂しさなんてなかった。まるで、隣の町にでも出かけるみたいに、「じゃっ、行って来るね。」駅まで送ってきた父に簡単な一言だけで、振り返りもしなかった私。すぐに帰るような事を言っていたけれど、帰国したのは7年後の11月だった。 スーツケースを抱えて送ってくれた父はもう、、、いない。別れてからの帰りが辛いと、見送りに来なかった母。今、母の記憶の中に私は、、、いない。 今日の午後、母に会ってきた。童女のように微笑んでいる母に、私の名前を尋ねると、、、、「あら~?誰だったかしら?」「あっ、○○子でしょ?」嬉しそうに私の名前を言った。一緒に行った妹が「私の名前は思い出せなくても、お姉ちゃんの名前は思い出すのね~」「お姉ちゃんは、人一倍心配かけたからよ。」と苦笑いしながら言う。その時の状態で思い出せない時もあるのだが、今日の母は快調の様子。何回尋ねても私の名前は言ってくれた。あの時の母がどんな思いだったのか・・・考えようともしなかった私。そんな娘の名前を思い出してくれる母。。。 「あの子は鉄砲玉のような娘だから、、、外国に行ったきり帰らないんじゃないかしら?」母は心配して、そう言っていたらしい。親不孝な娘だけれど、、、お母さ~~ん!ちゃんと帰ってきたからネ~~~!(^0^/
2009.11.23
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あれは中学1年の秋だった。生徒会役員室の窓辺から夕陽に向かって、つぶやくように、だが、はっきりと、、、「私の治さ~ん!」と言う先輩の声が聞こえてきた。役員会の定例会の後、皆が帰り仕度をしながらおしゃべりをしていた時のこと。その先輩はどちらかと言えば、文学少女というよりかバレーボール部のキャプテンを務めている位の活動的な人だった。ショートカットの似合う先輩のにきびのある頬に夕陽が射していた。 「治さんて、誰ですか?○○先輩の好きな人ですか?」思わず聞いてしまった私。(聞かずにいられなかった?^^;)『太宰治よ。』 中学の国語の教科書に載っている「走れメロス」で名前は知っていたけど・・・あの恋人を呼ぶような先輩の「私の治さ~ん」にいささか驚いて、翌日、図書館で早速、彼の本を探して借りた。何から読んだのかが思い出せないのだが、いつの間にか、、、私にとっても、「私の治さ~~ん!」になっていた(^^; 読めば読むほど、彼の世界にのめり込み一体化してしまう不思議な魅力のある作家。そして多くの読者を、「私の治さん」という錯覚に陥らせてしまうのだ。媚薬?毒薬?(さじ加減が難しい^^;)特に女性の読者はその傾向が大かも知れない。 そういう読者の一人であった私だけれど、一時期、興味を失くしていた時がある。それは、子供を持つ親になり、彼が入水心中したと同じ年齢になった頃。「な~んだ、こんな若さで死んだのぉ~」「おまけに、、、幼い子供が二人もいるのに・・・無責任だわ~」残された妻の気持ちになっていたのだろう。 そして、歳月は流れ、、、、今日、三鷹市芸術文化センターで開催中の「太宰治の肖像」展に行って来た。奇しくも、今朝の番組で、爆笑問題の太田と、女優の風吹ジュン、作家の向田邦子の妹の和子さん、3人の対談番組をやっていたのを見てちょっと驚いた。まりにもタイムリーな内容だったので。太宰治と、三島由紀夫、向田邦子の3人が生きていて、話しをしたらどうなるか?途中から何気に見たのだけれど、実に興味深い話だった。 先日の「久世光彦」展で買った本を読んで、彼が太宰治の愛読者であったことを知った。男性は太宰の小説を嫌いな人が多いような気がしていたので、ちょっと驚いた。でも、やっぱり~!という気もする位、太宰の影響が彼の小説に顕れていると思う。 向田邦子さんを好きな私なので、久世さんの書いた「向田邦子との二十年」を読んで、また一段と彼女の魅力を感じたばかりだった。久世さんは彼女をとても好きだったと思う。好きというか、、、敬愛していたのだと思う。向田邦子さんを好きな久世さんが、太宰治の愛読者だった。あの高名な人達と一緒にするのは失礼かも知れないけれど、何だか私もその中に入れてもらえたような気がして(勝手に?^^;)嬉しい。 太宰治は青春の文学だと言われる。一度は罹る、「はしか」のようだと・・・確かにそう一面もあるだろう。 歳を重ねていくうちに、たくさんの免疫がつく。大人になることは免疫をつけてゆくことかも知れない。でも、、、つかない免疫もある。心の奥にある、やわらかな想い。静かだけれど、ひたひたと打ち寄せるさざなみのような不安、戸惑い。。。 久しぶりにあの先輩の、つぶやくような言葉が蘇えってきた、日曜の午後。文化センターを出ると、あたりはすっかり夕闇につつまれていた。
2009.11.22
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久しぶりゆっくりどこにも出かけずに過ごした休日。天気も良いので布団を干し、ベランダの植木の手入れをして、要らない物を片付けたら、超!すっきり!気分もすっきり~~(^0^/「そうだ!ベランダのサンダルも汚くなったから捨てよう!」「でも、洗って綺麗になったら、まだまだ履けるかな?」と、考えて早速、風呂場で洗ってみたら、う~ん!綺麗になって復活!で、そのサンダル(夫の履き古した安いサンダル^^;)をベランダに干して眺めていた。 ベランダのサンダルをこうして眺めるなんて、あまりなかったけれど・・・眺めていたら、ふと、疑問が湧いてきた。「何で、ベランダのサンダルは男物が多いのかな?」「女物より幅が広くて履きやすいからかな?」「それも、みんな履き古した中古のサンダルばかりだし・・・」「我が家だけでなく、他の家もそうなんじゃないかな?」(←みなさんのご意見どうぞ!^^) 少し前、家には二つの入り口があった。玄関と勝手口。 最近は「勝手口」のある家も少ないと思う。表玄関と違った小さな入り口。現代のマンションには「勝手口」はないけれど、その雰囲気があるのが、ベランダ口なのかも知れない。家族が出入りする普段着の顔。お洒落な外出着に身を飾っても、素足のまま急いで履くベランダのサンダル。外には履いて行けない位の中古のサンダル。捨てるにはまだもったいし、履き心地も良いし、、、そうだ、まだ履ける!(^^)サンダルの天下り先は、、、ベランダだったのね~~新しい政権がスタートさせて話題の「仕分け・・・」のニュースを横目でチラっと見ながら、そんなことを考えていた秋の午後。。。
2009.11.15
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今年もたくさんの有名人が亡くなった。50代、60代、70代、、、、90代長い、短いという時間の差はあるけれど、それぞれに一時代を築き上げた人達。それでも、心の中ではもっと、もっと次を目指していたのだろうな。。。 子供の頃から、やや厭世的傾向?にあったので、死はいつも心の奥にあり、ふとした時、たまらなく切なくなる時があった。小学生の頃、休み時間に教室の窓から、校庭で遊んでいる子供達を眺めながら、、、ぁぁ~~この子達もいつか皆、いなくなるんだろうな~~自分も子供なのに、大人目線で?フ~~っとため息なんかついていたのだから、、、イヤなませガキ!だったと思う(^^; 20代の頃、まだまだ若い盛りなのに、老いることへの不安があった。具体的にどうという事ではなく、漠然とだったけれど・・・若さは永遠に続くことはなく、一日づつ老いていくのだろうと思っていた。結婚し、子供が生まれ、忙しい現実的な毎日の中、気がつくといつの間にか、、、老いること、死のことをあまり考えなくなっていた。というか、考える時間がなくなっていたのかも知れない。(^^; 30代の私は無我夢中で走り続け、少し疲れていた。40代の私は自分の時間も出来、充実していた。むしろ20代の頃より元気で健康だったかも知れない。死はずっと先のような気がしていた。 今、同世代の有名人が亡くなったニュースを聞くにつけ、医学が進んだ現代でも、基本的には人生50年なのだろうな~という思いが深くなる。一度きりの人生だと、ひとは言う。命短し、恋せよ乙女か~~~~ まっ、恋らしきもの?もチラホラとはしたかな?(^^;自分のやりたいことも出来たほうかも知れない。(外国暮らしも出来たし、店も持てた。)配偶者にも、子供にも恵まれた。健康にも恵まれた。(美貌には???^^;)振り返ってみると、かなり幸運な星のもとに生まれたと思う。(努力なんてしていない!^^) 先日来、久世光彦展、マイケル・ジャクソンの映画と続けて出かけ、色々な想いが心の中をよぎり、ふと、感じた。本当にやりたいことをまだやっていないと・・・何だか、忘れ物をしている気がする。ぼんやりとしていた忘れ物が、今、はっきりと見えてきた。遠い昔の忘れ物。セピアカラーのまま、しまっておいた忘れ物。そぉ~っと、心の引き出しを開けてみようかな。。。
2009.11.13
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夜のニュースで、あの森繁さんの訃報を聞いた時、ちょっと驚いた。かなりの高齢だとは知っていたので(96歳)今さら、驚くこともないはずなのだが。。。 先日もここで書いたように、世田谷文学館の「久世光彦展」に行き、彼の本を何冊か購入した。「ベスト・オブ・マイ・ラスト・ソング」(人生の最後に聴きたい歌)と、向田邦子さんとの交流を描いた「向田邦子との二十年」(触れもせで)の2冊と他にも数冊。その両方の本に森繁さんは登場している。奇しくも、今日の夜、仕事帰りのバスの中で読んでいた箇所が彼の登場する場所だった。 向田邦子さんの脚本家としての才能を見出したのは森繁さんだった。既に映画俳優としても有名になっていたが、その後「七人の孫」のホームドラマでテレビの世界でも一時代を築いた。テレビのホームドラマが全盛になる頃に若手演出家として森繁さんに出会ったのが、久世光彦さんだった。久世さんは最初、森繁さんを好きになれなかったと言う。あんな軽口の胡散臭さに心を許してなるものかという構えがあったと言う。深刻好きで、お尻の青い文学青年崩れの若い久世さんだった。「あのころの私は、お芝居を漢字や横文字で考えていたのだろう。」「ところが森繁さんのお芝居は平仮名だった」と、、、、久世さんは書いている。平仮名の芝居! 見事に森繁さんの芸風を表している!向田邦子さんも、森繁さんに対して最初は同じ印象を抱いたらしい。でも、そのいかがわしさ、インチキ臭さとかには、たまらなく魅きつけられるものがあるらしくて、、、ついにはあの曖昧さが好きでたまらなくなったと言う。悪く言えば「際限のないいい加減さ」良く言えば「余白の魅力」を、向田さん、久世さん二人とも感じたと言う。ちょうど、その箇所を読み終えて、帰宅早々のことだったから・・・「え~~っ!」と、軽く絶句してしまった。 そして、もう一つの魅力が、、、あの歌。下手ウマ?というのかしら?(^^;あまり音程も正しいようには思えない、あの歌!あの歌に何回も泣かされたと、久世さんは「マイ・ラスト・ソング」に書いている。「知床旅情」は有名だけれど、絶品なのはアカペラで歌う「月の砂漠」!みんなが知っている歌なのに、森繁さんの手にかかると、まるで別の歌のようになるのが不思議だった。そして、どんな歌にも泣かされてしまうのが、もっと不思議だったと。。。 月の砂漠をはるばると 旅の駱駝がゆきました 金と銀との鞍置いて 二つならんでゆきました 金の鞍には金の甕(かめ) 銀の鞍には銀の甕 二つの甕はそれぞれに 紐で結んでありました 今頃、自分より若い歳で亡くなった、向田さん、久世さんのお二人に森繁さんは再会しているかしら?せっかちな向田邦子さんは、もう黄泉の国にはいなくて、現世に生まれ変わっているかも知れない。「あれ、あの人(向田さん)もうここにいないの?」「こっちに来たのも早かったからネ~」(向田邦子さんは51歳だったかな?)「まっ、仕方ないか。」「それじゃ、あんた(久世さん)と野郎二人でチビチビやりますかぁ?」と、再会の乾杯をしているのではないかと、、、勝手に想像している私です。 森繁さん、お疲れさまでした。 それでは今夜はこの辺で、、、続きはいつか・・・・
2009.11.10
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数年ぶりのコンサートを目前にして、世を去ったマイケルジャクソン。まさか、自分が死ぬなんて、想像もしていなかったと思う。最終のリハーサルを終えて、後、数日でロンドン入りの予定だったのだから・・・ でも、考えてみると、マイケルに限ったことでなく、私達は自分が死ぬなんて想像することもなく毎日を過ごしている。ふとした瞬間に考えることはあるけれど、すぐに忘れて、漠然と明日も来ることを信じて生きている。 もしかしたら、、、人はみな、夢の途中でこの世とさよならするのかも知れないね。夢に向かって歩き続けて、ある日、幕が下ろされる。夢を叶えたように見える人だって、全部叶ったとは思っていないだろう。見果てぬ夢、ささやかな夢、、、、夢の途中のさよなら。夢の続きは、いつの日か、きっとね。。。
2009.11.08
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二回も続けて観た映画はこれで二つ目!ず~~と前に観た、ソフィァ・ローレン主演の「ひまわり」以来だと思う。 今回は最初は一人で観て、あまりの感動に夫、義姉、義姉の娘を誘い、祝日で賑わっている新宿に出かけた。今度はじっくりと、マイケルの踊りの脚さばき、ダンサーの動きも目に焼きつけたいと思っていた。世界中から5000人以上!のダンサーが応募した中、700人までに絞りこみ、、さらに最終オーディションで選ばれた、メインダンサー達。彼らの踊りの力量がどれ程のものであるか!その彼らと一緒に歌いながら踊るマイケル!その凄さに、鳥肌が立った。 オーディションに合格し、抱き合う人達。合格したダンサーがインタビューに答える場面が最初の方にあって、まず、そこで感動!一人の若者が、涙ぐみながら答えるシーンに私もウルっとしてしまった。「人生の意味をずっと探していたんだ。」(うろ憶えだけどーー;)きっと、彼はここで見つけることが出来ただろう。見つかったはずだ。。。 そして、、、、マイケルの最大のメッセージが私の心、いや、魂を揺さぶったのだ。それは、『地球温暖化』をくいとめて、地球を守ろう!その歌、ヒール・ザ・ワールドを聴きながら、涙が溢れた。大画面の映像にかぶる、マイケルの切ない歌声・・・心の底からのメッセージを感じた。 文章では伝えきれない感動シーン!是非!大画面で観て、全身で感じて欲しい!「THIS IS IT 」予定より2週間、延長上映になりました☆
2009.11.03
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今年も後2ヶ月!ぁああ~~何をしてきたのかな?(・・・と吹く風に問われてしまう?)ただただ、、、流されるままの日々だったような気がするな~~(ーー;昨年の今頃も振り返って、ため息ついていたっけな~~~ 今年は12年の一度のラッキーな星まわりと聞いて、かなり期待していたのだけど・・・気合を入れて購入した宝クジは見事に?外れた(><;モテ期到来!と聞いて、特に春先は運命の出逢いがあるという予報だったのに・・・最近の天気予報はかなり当たるけど、こちらの予報は五分五分だったかな~何たって、お相手はかなり年上の方ばかりで、、、トキメキも今ひとつ?(--; 特筆すべきは、超!年下君とのお花見!何と!3回もデートしてしまったのだ~~(^^)ウフフ~~っな雰囲気もないこともなかったけど(←どっちなんだ!^^;)いかんせん、あまりの年齢差に、、、腰が引けた(←相手もそうだったと思うけど^^;)もう少し若い頃だったら直進出来たかも知れないけれど(←危険だわ~^^;) 先日のミクシイの記事でちらっと読んだのだけれど、今年後半、最大のモテ期に入る星座は、1位が獅子座、2位が水瓶座、3位が天秤座というではないか!恋愛運よりも金運が欲しいのだけど・・・あっ、健康運もネ!(←ちょいと欲張りかしら?^^;)
2009.11.01
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