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誰でもそうだと思いますが 私の中には2人の自分がいます。
もしかしたらもっといるかもしれませんが(^-^;
・一人は、亡きさえりんのために何が出来るだろうかと、一生懸命に考えて出来ることから積極的に前向きに着々と行動する私。
・もう一人は、どうして私だけがこんな目に遭うの??紗愛理にもう一度会いたい、といつまでも先に進めず悲しみに浸り立ち止まっていたい私。
・前者の私は前向きで積極的で人に感謝をして、コツコツ一歩ずつ人生を歩んでいく人から共感され明るい道を歩んでゆく有言実行なタイプ。
・後者の私は暗くて心がドロドロしていて、恐怖に怯え前にも後ろにも進めずその場でうずくまってただ誰かが手を差し伸べてくれるのを待つ他力本願なタイプ。
今の私はみなさんのお蔭で、前者の私が色濃く出ているような気がします。
しかし、本質的にはこの2つとも持っている私は、時どき後者の後ろ向きな考え方に襲われて急に落ち込むのです(^-^;
昨日、 私の30年来の友人Hちゃんが蒲郡市から車で
渋滞にはまりながら1時間半くらいかけて 我が家へ来てくれました。
お昼少し前に来てくれたのでアピタに一緒にお昼ご飯を買いに行き我が家にかえってまずはお昼ご飯を食べました。昨日は次女のリクエストで久しぶりのケンタッキーを食べました。それからHちゃんはストラップ作りをしてくれました。私たちは作りながら、夕方4時までたくさんおしゃべりしました。Hちゃんには遠くからわざわざ来てくれて嬉しい気持ちになりました。
ところがHちゃんが帰ってから、なんだか急に落ち込んでしまいました。
何故だか自分でもわからないけど、以前も何度もこんな感覚になったのです。Hちゃんは大切な30年来の友達なのにどうしてだろうと自分でも悶々とするのです。これは楽しい思いをするとさえりんに申し訳ないと思う罪悪感なのでしょうか??それともただ単に疲れているからなのでしょうか??理由がわからないから余計に落ち込むのです。夕食の支度もする気にならず、結局スーパーでお惣菜を買って並べるだけの食卓に・・・(;'∀')それでも文句も言わずに食べてくれるさえパパに感謝💦次女はお昼の残りのケンタッキーを食べてくれました。
夜になりますます落ちている私は頭痛もしてきました。昨日は後頭部が痛くて肩も凝っていて怠くなってきました(^-^; ベッドにうな垂れてグダグダしていたら、パパが仕事から帰ってきました。私の様子を見て察したパパがこう言ってくれました。「 それは一言でいうと住む世界が変わったから!!だと思うよ。
Hちゃんは昔から何も変わっていないけど 俺たちが
違う世界の住人になってしまったからだよ
」と。 私は物凄く納得できました!!確かにそうなんだと実感しました。
ボランティアのメンバーさん達と一緒にいるときは楽しくて終わった後もそれほど落ち込むことはありません。ブロ友さんたちもとても優しく受け入れて下さる方ばかりであったかい気持ちでいられるのです。
共通点は私が「さえママ」として遺族になってから出逢った人達なんです。
私という人間を知ったときもう紗愛理はいなくて、遺族の母として付き合って下さる方ばかりです。
実は私が前に活動していた会の方々にも私はこの違和感を感じてしまうのです。
だからもう昔の私には戻れないし、元居た場所にも戻れないんです。
その時の仲間達は突然遺族になってしまった私を心配して下さいますが、やっぱりパパが言うように 「私が住む世界が変わってしまった」のだからです。
それでも 昔の仲間の中でTさんとNちゃんだけは、こんな風に遺族になってしまった私とも今も親身になって関わってくれて、私は2人には絶大な信頼を寄せています。
それは2人がすぐ身近にいて寄り添ってくれるからだと思います。
私の少ない昔の友達のうち唯一今も私のこの状態を配慮しながら関わってくれるHちゃんには本当に感謝でいっぱいです。 私はHちゃんのことも大好きなんです。
だからこれからはどうすれば後でメンタルが落ちずに済むのか自分を見つめて解決策を探していきたいと思うのです。Hちゃん気を悪くしないでね。これを書こうと思ったのはありのままの自分を知ってもらいたいから、これが被害者遺族になってしまった者に現実に起こる問題のノンフィクションなのだから。
本当に変わってしまったのは、私だけの問題なのだから…ごめんね(>_<)
パパと話をしていると 「俺は仕事でいつもこんな違和感を味わっている」
と言いました。昔からずっと変わらない職場とお客さんと関わる中で、パパが遺族だと知っているのは極数人、それ以外の方は何も知らない状態で普通に関わって「娘さんもう大きくなったでしょう?」など聞かれるとパパは「大学3年生になったんですよ。お金がかかって大変ですよ」など、次女のことを話してごまかしているそうです。私はあらためて パパは凄いなあと尊敬しました。
私はさえりん亡きあと精神的な問題で仕事復帰が出来ずにそのままやめてしまいましたが、
パパは私たちを養うために社会の中で頑張ってくれているんだと感謝の気持ちでいっぱいになりました(^.^)
(さえりん13歳の時 またもキッザニア甲子園へ行ったよpart1)

私の中の2人の自分とはこれからもうまく付き合っていくしかありません。
プラスの面もマイナスの面も両方持ち合わせている、これが私という人間なのだから。
だからボランティア活動のことも前向きに追い風に乗ってどんどん進んでいける時と、先のことや資金の問題を考えると急に怖くて不安になってビビってしまう時があるんです。
それでも今はこの自然な成り行きと流れに任せていこうと思うんです!!
パパという最強の味方が 「それでいいんだよ!!」
とそっと背中を押してくれるから。さえりん亡きあとずっと悩み迷える私を 「ママが思ったようにすればいいよ」
とパパが支えるずっとこのスタイルでここまでこれたのだから。パパありがとう♡
私たちは娘を喪い、 今までとは住む世界が変わってしまっても、新しい仲間がこんなにも大勢傍にいて支えてくれることが本当に嬉しいのです!!
私たちはもしかしたら不幸のどん底の遺族ではなく、良い人に出会いたくさん支えられてそういう意味では恵まれた遺族なのかもしれません。
これは全部さえりんが、パパとママがこれからも生きてゆけるようにと、お空から繋げてくれた尊いご縁なのだと思うのです!!さえりんいつもありがとうね♡
昨日は夕方から体調が悪くなってしまったので、
皆様のコメントできなくてごめんなさい(^-^;
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