綴

綴

2005年12月16日
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カテゴリ: side story [紅の雪]
「何をしているのですかっ!」
 玲鈴は、どちらかと言うと柔和で女性らしい顔立ちだ。灰色のくすみがある碧の瞳は円らでおおきくが、その他の顔の部分部分は小さく、控えめにだが整然と位置づけられている。だが、この時の玲鈴の眉は顰められ、強張り、可愛らしい顔立ちが台無しだった。怒りの仮面が、玲鈴の顔を覆い隠していた。
「無茶をしたわね?勇気と無謀は同じではないのよ?」
「………咄嗟に身体が動いてしまって」
 長姉に怒られる、と言うよりは呆れたように問われ、玲鈴は後日、目を泳がせながらこう答えた。怒鳴った後の玲鈴の対応は、後で心配されるほど、無茶に等しいことだった。
 玲鈴は身一つで、荒くれ者と対峙したのだ。
「おやめなさい!これ以上、狼藉を働くことは、許しません!!」
 目の前にいる、鈴のなる可憐な声で怒鳴られた招かれざる客はどうみても品は良いとは言えなかった。玲鈴は彼らが野盗にしか見えなかった、と後に次姉に語ったが、多大に主観が入っていたのは明らかであった。だが客観的に見ても、下卑た笑みを浮かべ、服装や武器も統一性などどこにも見られない外見には眉を顰めるものがあった。肌が荒れ、汚れた手に握られた刃は、刃こぼれが目立ち、所々に赤黒さが見え、不快感を煽るものがある。だが、何より目に付くのは、中途半端であっても鍛えられた男性に力でかなうわけがない、か弱い女中相手に乱暴に振る舞い、略奪を喜々としている姿は人より悪鬼と言えた。
 この様な者達に払う礼儀など、胡家の血の者はもちあわせていなかった。

 口調がどうしても丁寧になってしまうのは、口癖と言っても過言ではなかった。ただ、怒りの感情をむき出しにし、乱暴さ、乱雑さを言葉の端々に埋め込まなければ怒っていないとは、言えはしない。いくら口調が取り繕われたものであっても、それが怒りにまかせ罵るのより怒りが深くないとどうして言えよう。
 現に玲鈴は怒っていた。人の上に立つ貴族として生まれ、それに相応しくなるよう教え込まれたから、かろうじて威厳を保ちつつものの、内心穏やかでは決してない。碧の瞳の奥にあるのは燻った炎ではなく、冷静さと言う水をかけられつつも消えることのない強い火があった。
 男達は一瞬、虚を衝かれたかのように目を瞠り動きを止める。だが、見開かれた目に蔑んだ光を浮かべ、丸く開いていた口の端が、卑しさの糸によりつり上げ縫い止められた。
「おい、聞いたか?お嬢様だとよ、ここの」
「へぇ…だからそ髪が、血のような汚ねぇ色してんだな」
「余所者のくせに、皓国ででかい面してるわりには別嬪じゃねぇか」
「ばぁか、だからだろが。美人でもなけりゃ、とっくに追い出されてるぜ」
 綺麗に彩られた唇から出る言葉は、決して美しいとは限らない。玲鈴はそれを知り尽くしていたが、汚い口からは汚い言葉しかでないものだな、と新しく己の認識に付け加えた。
 玲鈴は今年で数え16になるが、童顔であり年齢のわりに幼くみえがちだ。だからだろう、男達は玲鈴が虚勢を張って、偉そうな言葉を、ただ口にしているのだと思っていた。滑稽にさえ見えたのだ。そして自分よりはるかに幼く、力のない少女だと分かると言いたい放題だ。
 玲鈴は、蔑み始めた男達に対し、冷めたい視線を向けるだけだった。
*

 皓王朝は、対外に頑丈に外交の扉が閉ざされた国だった。広大と言ってもあながち誇張ではない島を、いや一大陸を皓王朝が大陸の国々を1000年前に統一して以来、外交貿易を頑ななまでに拒否していた。それを可能にしているのは肥沃な大地と、外敵を拒む広大な海、そして人外の力だった。
 世界を閉ざしても衰えない国力を生む豊かな資源はまだ後数百年は尽きることはない。その豊かな大地を囲む輝く海は、まるで島を包み覆い隠しているかのようだ。他の国々と皓国を隔てる距離は膨大で、船旅を貿易船なら約1ヶ月要する。事実、最速で船を走らせても最低10日~半月しなければ水平線以外を見ることは叶わない。まだだれも見たことがない世界中を網羅した広い海面図を広げることができたならば
「皓国は孤立しているようにも見える」
と、ほとんどの人は言うだろう。
 そしてもう一つ、人外の力だった。それは『神』と呼ばれる者達だ。実存が不確かなものではない。人より優れ、超越した存在がいるのだ。その容貌は人であったり、獣であったり、と個々によって違うが、いかなる姿であろうとも、人を高みから見下ろせるだけの権利を持ち得るほど強大すぎる力を持っていることに、なんら違いない。今日その姿を見た者はほとんどいなくはなってしまったのだが、昔は数多の『神』と共存していた。

 陸を治めるは、『颯狼(ソウロウ)』。金糸のみでできた毛を纏い、輝きのみを残像とし走るさる姿は誇り高い狼に似た獣の姿である。海を治めるは、『黎龍〈レイロン〉』。黄金の瞳に、空をくねる長い胴体は鱗の一枚一枚が漆黒の宝玉のように輝く優雅な龍である。空を治めるは、『霓鳥〈ゲイチョウ〉』。肢体を雲に溶け込むほどの純白の羽毛に包まれ、長い尾は七色の虹のような色合いをもつ、巨大で、だが優美な鳥である。
 この三神こそが、皓国に姿を今でこそ人間の前から消しているが、数多いる神々を束ねていた。それを意味することは、万能と言い換えてもいい、と言うことだった。三神が王座から微塵も動かなくとも、爪を一振りすれば事足りた。それだけで、皓国にいる神々は従い動くからだ。黎龍に、人々へ豊かな農作物の恵みを与えられる能力はない。だが、黎龍が命じれば、肥沃な大地を司る神は動く。森羅万象を掌握しているに等しい三神は、人々の全ての神頼みの対象にされていた。
「万能神が、自分たちの味方」
 これほど人間を魅力し、虜にするものはそうはない。
 雄大で、強力な味方を得ている皓国の外へ開かれる重い扉はさび付き、その頑なさを促進させたのであった。
 他国がいくら武力で無理矢理にでも外交の扉の鍵をこじ開けようとしても、どうしてもぶつかる障害物は兵糧だ。整然と軍船を進めるとして、最低半月なのだ。到着までで半月、そしてそれから闘うのだから更に月日は必要だ。これは、重大な問題だった。
 だが、この重大さが分からないとある王がいた。部下を呼び、なぜできないのか、と真顔で問いつめたと言う。部下は暴れ出しそうな内心を押さえ込むことにどうにか成功し、こう答えたと言う。
「たった1万の兵を連れてこようとも、一日3食としても、最低45万食は必要でございます。つまり、闘う前だけにそれだけの兵糧を。更に数ヶ月は耐えられるだけの食事となれば、船、一つ二つを全て兵糧にして、積むと仮定しても足りないことは必須でございます。そして、それは大前提とし、兵糧を一つたりとも腐らせず、無駄にしない、ということがなせなくてはなりません。これは、難題です」
 さすがの王も口を閉ざしたほどだった。1万の兵で、45万食以上。10万の兵を投入すると、450万食になることを、決して聡いと言えない王にも理解し、絶句さざるえないのだ。何よりまだ食物、それも大量のものを船上で長期保存する手段がない。さすがに強行しろ、と言えない。それでは死んでこい、と言っているのと同語になるからだ。
 だが、自然の恩恵にこれでもか、と言うほど守られているだけならまだ対処の仕方があっただろう。肥沃な大地を指をくわえて遠くから見ている理由はない。ならば何故か。
 理由は神々だった。
 皓国の大地が見えたと思ったら、海が荒れ船を飲み込もうとするのだ。暴風が帆を叩き折るかのように吹きつける。灰色を重ね塗り合わせ、黒く見える雲から叩きつけるように雨が降り注ぐ。自然の驚異に耐えても、次の瞬間、死の匂いを纏った、獣の形をした風が船に乗り込み、暴れる。
「く、雲の合、間に、りゅ、りゅ、龍がいたんだっ!!」
「巨大な白い鳥が、暴風を起こしたんだっ!!」
「お、狼が、銀色の狼が、襲ってきたんだっ!!」
 奇跡的に助かった兵士は口々に叫んだ。半狂乱な彼らに、祖国の者は不信な目をしつつ、迎えた。現実と言う味付けがない言葉は、空想にしか聞こえなかった。だが、他の目撃者を、と思っても、物言わぬ変わり果てた姿になり果てているので確認のしようがない。彼らの言葉が信じられるのは、権力者がこりもせず、何度か皓国に攻め入らせた後であった。
 どうにか神の死に誘う御手から逃れたとしても、更に追い打ちをかけるのが、『守人』だった。
 貴族達が己の護衛である守人達に命じ、戦いにかり出すのだ。これが、反則なほど強い。一騎当千を地でいき、船に単身で乗り込んで来ては、破壊の限りを尽くした。死すことを恐れず、いくら血を流し、腕が千切れようとも、何事もなかったように戦い続ける姿に、兵士達は恐れおののいた。
「血で化粧をした彼らは、不気味なほどの怪しい美しさであった。まるで堕天した神の御使いのようで……人ではないように見えた」
 襲撃された船から、唯一逃げれた兵は将軍に被害を報告した後、そう言葉を漏らしたと言う。神々の使いの様な姿、と称されたのはあながち間違いではなかった。彼らは死に神の美しい御使いなのだから。
 神に、守人と言う敵に回す者としては最悪としか言いようがない結託に
「やってられるか」
と、過去兵を率いた将軍達は口を揃えた。いくら年期を重ね、老熟した良将であっても、人外相手にどう闘えと言う。部下を率い、大軍と闘うことが彼らの役目であり、神や化け物と闘うことは専門外だ。常識をあっさりと破壊する非常識への対抗手段を考えても、常識人である将軍達には浮かぶはずがなかった。部下を、兵を無造作に殺されるのを止めることができないことの無力さをつきつけられるだけで終わったのだった。
 命がけで残兵を纏め、どうにか故国に帰りついた将軍に、各国の王は
「何故、惨敗してきた」
 と怒りだす始末だ。将軍達が怒ったのも、無理はない。皓国征服、と言う無茶難題を押し付ける主君に、否を唱える実力ある、賢明な将軍達が各国に増え続け、とうとう王は兵を出せなくなった。雑兵がいくらいても、率いるものがいなければ、何にもならない。怒り、王は将軍を見せしめに何度か処罰を加えた。だが、結果は変わらない。
「皓国に攻め入ると言うことは、処刑台へと登ることとなんら変わりませぬ」
 勇猛果敢で知られる将軍達の言い分に、王は呆気に取られた。逃げることを、弱さと考えていたからだ。怒り狂い、処刑を言い渡されても将軍達はひるみもせず言葉を続けた。
「ここで死しても、国王を諫めるで、部下の命が一つでも無駄に失われることを止められるならば、私は喜んで、この命を差し出しましょう。何度でもいいます。王、出兵をおやめください」
 そう言い切られると、さすがに王も皓国に手を出すことを躊躇わずにはいられなくなった。
 こうして皓国は過去150年、他国との戦争が一切ない、と言う偉業をなしえたのだった。





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最終更新日  2005年12月17日 00時25分31秒
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