綴

綴

2006年02月06日
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カテゴリ: side story [紅の雪]
 玲鈴は窓の外を、視線だけを狼藉者から動かし、見つめた。
 雲に覆われ、寒さで研ぎ澄まされた美しい夜空が姿を隠されている。ゆらゆらと揺れる廊下に掲げられている灯火がなければ、すぐに闇の帳に覆われていただろう。
 月が見えない夜--
 連鎖反応のように、柔らかな、寒色のはずなのにどこか優しい色をした銀灰色が脳裏を過ぎる。
 この騒ぎに、あの子供は怯えはしていないだろうか、と心配になり、一瞬現状を忘れそうになった。
 このままだと、止めどなく思考が違うことばかりを考えそうになり、玲鈴は軽く頭を振った。
「何が「コケと知っての狼藉か」だ。恥知らずも、いいところだ」
「そうだ。余所者のくせに、他の貴族様方の優しさでおこぼれを預かっているにすぎないくせに」
「だから身の程も知らず、でかい顔をするんだろぉ」

 玲鈴は、表面上凛と立っているものの、内心脅えていた。
 狼藉者にではない。彼らがこちらに向け、調子に乗り、突きつけてきている刃物にだ。
 目の前で下品なにやけた笑みを浮かべている者達が持っているのは、手入れの悪く刃こぼれが目立つが刃物は刃物だ。刃を突きつけられて、脅えずにいられる豪胆な人物はそうはいないだろう。
 玲鈴には、素手で無法者に勝てる術がない。例え武器があったとしても、勝てない確立が圧倒的に高い。
 回避できるだけの機転も考えた。だが、行動が無理なら、言葉でなら、と思ったが無理だとすでに諦めていた。
「言葉の意味を、と言うか 言葉を理解できいるようには到底思えない人間に、話で説得しようとしても無駄よね、きっと」
 恐怖を、危機を肌で感じ取りながらも、内心かなり辛辣なことを玲鈴は考えていた。逃避行動とも言えるものだったが、玲鈴ははたとあることに気付いた。
 実は、まるで地震がおきたかのように、足元がぐらぐらと揺れている気がしていた。だが、今は揺れは収まっているのだ。
 理由は、あまりに状況違いな考えからだった。
「今、私、思ったことって………麗蘭姉様にかなり感化され………て、な、い?」
 長姉のようにきっぱりと切り捨てるように口出して言いはしないものの、この考えの発想や言い回しの仕方は実際感化されていた。

 確かに、長姉に憧れているし、理想を具現化したような人だと思っている。美しく、格好良く、漢前。三拍子揃っていて、条件にぴったりだ。
 だが、実際にそっくりになるならば、どうだろう。
 艶やかな声と、上品な言葉に包み込まれても隠せない言葉の鋭い棘を持ち、情深いが、切り捨てた相手には容赦の欠片も持ち合わせておらず、『綺麗な華には棘がある』が妙に似合う、と言うよりも地で行っている人だ。血を流す覚悟もなく触ろうとすれば、その棘で完膚無きまでに攻撃をする。きちんと処理を経て触れる、をするできる知識と技術を持っているか、血を流してなお触れることを止めない根性がなければ近寄らせもしない。艶やかすぎる大輪の華である麗蘭の棘は鋭利で、そっと茎を握っても手は血まみれになるだろう。
 将来、自身がそうなることは果たしてどうなのだろう。胡家としては、自分も姉の様になれば恐いものなし、鬼に金棒だ。だが、一女性として、姉より女性的な魅力に欠けている自分が同じような性格、態度になれば、誰が嫁に貰ってくれるだろうか。
 玲鈴は本気で悩みそうになったことに気づき、意外な己の脳天気さに呆れた。一瞬でも、目の前の刃物を忘れるなど、注意力散漫もいいところだ。しかも長姉に感化されていることを、喜ぶべきか、悲しむべきか、と言う事柄によってなど、緊張感とは程遠いではないか。

 後日、このことを次姉に話した玲鈴は、呆れた表情と声にそう評価された。
 己の考えのあまりさにようやく一息つけたことで、澄んだ、とはいかないが体内に小さな風が軽く通りぬけ、少し気分が楽になれた気がした。
 気を取り直し、玲鈴はそっと目を閉じた。
 玲鈴には、憧れる人達がいた。
 その人たちの姿を脳裏に浮かべると、あの毅然とした姿を思い出すと、それだけで目の前で腫気を吐き出しているような言葉が中和され、清廉な風が心の中が吹く。
 凛とし、己の確固たる意志と揺ぎ無い強さを持ち合わせ、己が絶対の正義と過信しているのではなく、貫き通す覚悟を決め、まっすぐ面をあげ、視線を逸らすことをしない人達。
 あの人達の立ち姿を、背中を見つめるたびに、憧れと劣等感を抱いてきた。
 揺るがない強さなどない。弱さのない人間などいない。
 だが、弱さを乗り越え、克服し、揺るぎそうになっても、例え崩れ落ちても、己の意思のみで立ち上がり、歩み続けている姿は、その強さは目を灼くようなほど眩く感じた。その光に照らされた己の闇と弱さに何度、目を逸らしたくなったか。
 だが、己のうちにある原石を自身と言う研ぎ石で磨かき抜いた、宝石の様な輝きを持った光は、そんな誘惑を振り解くだけの力強さと、魅了し虜にするには充分すぎた。
 あんな光に、少しでもいいから近づきたい、と言う強い願いが、今、挫けてしまいそうな足をかろうじて支えていた。
「臆病な自分に、少しでいい…勇気を分けてください」
 祈るように、玲鈴は心の中で呟いた。
 神にではなく、憧れる、実在し、同じ世界で生きるあの人たちにだ。
 彼らを心の奥底で、神のように思っているわけではない。あの人達だって人間だと、よく知っている。
 だが、それでも出会ったこともなければ、直接的な恩恵を受けたわけでもない、弱く愚かな人間とはかけ離れた存在である神よりも、玲鈴は強くあろうと、過ちを繰り返さないようにしようとするあの人達の方が心から信じられる。愚かであったとしても、気づき、それ以上愚かにならないよう足掻き続け、改善していくあの人達の方が、弱い人間でも尊い存在に思えるのだ。
 あの人達の勇気の欠片ならば、そんな眩い欠片ならば、それを抱いてならば。
「………私は、負けないと、まだ言えるほど強くない…けれど、決して逃げだすことだけは、しないから」
 玲鈴は心の中で、声にならない声で、誰にでもなく語りかけるように一言一言を紡ぎ、決意を固める。
 瞳に鮮やかな灯火が宿るのを感じ、その分かち合って貰った熱さに負けぬよう、無駄にせぬよう、玲鈴は狼藉者に視線を固定した。
「そうですわね、仮にあなた方が、私を殺害したとしたら」
 殺害という、言葉に狼藉者達は、ぎょっと目を瞠った。どことなく甘く幼い顔立ちの玲鈴の口から出た壮絶な言の葉はあまりに似つかわしくない。甘く高い声が紡ぐには、あまりに苦すぎ、何より冗談には到底聞こえない。その言葉の重みは幼さを残す子供の台詞ではなく、その差に驚ろくしかない。
 実は、玲鈴自体、殺害と言う言葉を口にするのにかなりの勇気が言った。当然だ。己の死の予言などした予言者はいない。誰も自分の死を語るには、達観した境地にいたるか、腹を据えねばならない。
 戦士でもない、ただの女性が口にするにはどれだけの気概を奮い起こさなければならないだろう。
 これは軽口ではない。言葉に真実み、重みの装飾を施すには、本当に己の死の光景を脳裏に浮かべながら言うしか玲鈴は方法を思いつかなかった。
 脳裏に浮かぶ血まみれの己の姿と、その屍の成れの果てと、想像に易いその後を思い描きながら、明るいとは到底言い難い未来図を、狼藉者の顔面めがけ玲鈴は叩きつけた。
「胡家の家の者を狼藉した愚か者達は、いつか秋官に捕らえられるでしょう。いかに厚顔無恥な異人であろうと、一応貴族ですから。貴族の者を殺いておいて、見過ごすわけにはいかないでしょう、例え誰であったとしても。私達とは天と地ほどの差がある尊い大貴族様達も、仮にも同じ主に頭を垂れ、使え、恩恵を承った者同士ですもの。建前上とはいえ、同じ貴族ですからね。罪をはっきりさせねば、威厳に関わります。そうなれば、それ相応の正当な罪状があなた方に突きつけられることでしょうね」
 秋官とは、六官のひとつであり、訴訟、刑罰を司る。
 一昔前、賄賂、つまり金しだいで刑罰はどうとでもなった時代があった。だが、陶(トウ)家が動き、その腐った風習は浄化された。正しい法を、誠実さ、そして何より公平さを取り戻した高潔な職業のあり方に戻っていた。もちろん、反対も多かったらしい。だが貴族を束ねる二家のうちの穏健派で人望がある陶家が率先したこと、そして何よりその頃、民衆の不満がくすぶっており、今にも爆発しそうだったのだ。火薬の壺に、煙をふかした煙管を投げつける愚かさをなす勇気がさすがに反対派の貴族もなく、反旗を下ろすしかなかった。
 つまり、今目の前の無法者が玲鈴に害を与えた場合、それ相応の罪が与えられる。投獄は免れることはなく、最悪処刑すらあり得るのだ。
 胡家がいくら異人の血の者であっても、地位は低いわけではない。むしろ何もせず、ご先祖様が残した地位と財産、土地の上に当然の如くあぐらをかき、享楽にふけっている連中に比べれば、客観的に見てもよほど国の役に立っていた。胡家が呼吸を停止すれば、国の機関の10分の1が止まる。何故なら萱家と手を組んだ時から今までで、流通の組織の半分を牛耳っていると言っても過言でないほどの実権力を培ったのだ。
 物価を高騰させるのも、物資の量を減らすことも、やろうとすればどうとでもなる。仕事を全て止めてしまえばいい。そうすればたちまち流れは滞り、濁り、沈殿し、そして止まるからだ。
 元々孤立していた胡家だ。自給自足の基盤はとうの昔にできており、困ることなど胡家には何もない。
 だが、もちろん、国に反旗を翻そうというわけではない。王家や貴族に対する物資を滞らせるなどしやしないし、胡家が仕事を放棄したとしてもその筋の道だけは確保されるだろう。ただ、ちょっと都にすむ、裕福な分類にあたる民への生活を圧迫されるだけだ。
 都の貴族どもを干上がらすことができなくとも、その都にすんでいる民を大なり小なり干上がらすには充分で、不満と不安の温床に仕立てあげるなど、容易い、と言うわけだ。 
 胡家はこうした力を持っていても、誇示したことも、それを傘にきたこともなかった。
胡家の現家督曰く、
「胡家の人々が、常識人で、善良で、ようございましたわね、本当に」
であり、もちろんそれに艶やかな笑みを添えて、だ。以前宴の場で、胡麗蘭に皮肉り半分で胡家の実力を嘲るように褒めた男は、その言葉の尊大さと凄まじい威圧感に呆然としたことは言うまでもない。
 が、その妹に当たる玲鈴は、そこまで尊大に物事を言うことには、かなりの抵抗があった。
「えらそうなことを、言っているなぁ」
 内心でこっそりと呟き、玲鈴は己の言葉の誇張さに呆れ、自嘲していた。
 これは、自身の言葉ではない。あの人たちなら、どう言うか、と想像し、口にしているに過ぎない。
 本来なら説得力も、力もない、紙より薄く軽い言葉だ。だが、虚勢とはったりに近いが、威圧的な言葉と態度を纏い、目に力を込めることで、どうにか幻を現実だと思い込ませるにすぎない。
 だが、やはりこれも限りがある。
 いつ、この張りつめた糸が切れてしまうか、玲鈴自身も分からない。
 暗く重い、不安を多大に含んだ闇が触手を伸ばしてきて、足下に絡みついてくる。恐怖を呼び覚まさそうとしている。
 負けたくない、と言う気概だけでどこまで保てるか、と考えると闇は容赦なく大きさを増してくる。時間の問題となってきたことが、目を逸らす玲鈴の顔面に突きつけられる。
 それでも、玲鈴は震えそうになるのを押し隠し、声を張り上げた。
「さあ、どうなさいますか」
 引いてくれ。
 そう切実に願いながら、玲鈴は狼藉者達を睨み付けた。





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最終更新日  2006年02月06日 23時57分26秒
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