綴

綴

2006年02月25日
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カテゴリ: side story [紅の雪]
 夜空の星々を幾重もの鈍色の暗雲が覆い隠している。
 空の重く暗い色を吸い込んだ強烈な威力を持つ風は、雨を身に乗せて、狼暉〈ロウキ〉の全身にぶつかってき続けていた。
 褐色の外套はすでに水分を限界まで吸収し、色と重量の両方ともの重さを増している。雨は外套と言う盾をすり抜け、服に容赦なく襲いかかった。肌に吸い付く感触はどうやったとしても、気持ちがいいものとは思えない。
 何故自分がこんな悪天候の中、馬を駆けているのだろう。
 ふと、そんなことを思い、そう思った自身に狼暉は眉を顰めた。
 理由は理解できているし、頭では仕事だと割り切れてもいる。だが、この不快感の合奏は冷静な頭からの命令を無視したくなるほど、感情を煽る。感情に身を委ね、仕事を無視して帰ってしまいたい。
 だが、命令は忠実にこなすものであるし、何よりすでにここまでずぶ濡れだと、諦めるしかない。
 そう思い直すことで、濡れ鼠にならざる得なかった自身を納得させた。
 本来生真面目な性格を持ち合わせている狼暉は、思うだけにそれを留めた。だが、後ろに従う部下の顔は一様に不愉快だ、と言う文字が見え隠れさせている。狼暉の視線を感じたのだろう。慌てて顔を引き締め、余計な感情を浮かべないきりりとした表情になるのが、妙に可笑しい。

「やってくれたな、あの莫迦が」
 不愉快さを下地に、所々に皮肉っぽさや嘲りの彩りを乗せた言葉に狼暉は眉を顰めた。
「おい、汪燕〈オウエン〉……言い過ぎだぞ」
「莫迦を莫迦と言わず、何と言えって言うんだ?一個人の軽率な行動、なんてものですまされないことにいい加減気付いてくれないものか……」
「汪燕………」
 低く窘めるが、意見自体には狼暉も内心賛同していた。むしろ賛同しない者はこの場にはいないだろうな、と肩を竦めたくなる。
 羅主から命じられた指令は、跡取り息子の『回収』及び息子が引き起こした事態の鎮圧だった。
 次期羅主の護衛についていた者の報告に寄ると、数日前に彼は護衛を撒き、守人だけを連れて姿を眩ませたらしい。己の身分や立場などを考慮していない浅慮な行動だけでも羅主は頭が痛いだろう。
 だが、それだけではどうやらないらしい。
 護衛の者も莫迦ではない。近辺の街や村を迅速に調べ、聞き込み、かなりの情報を収集していた。包囲網を張り、酒場などで次期羅主の仕事を受けないよう、その場にいた傭兵達に入念に命じた。受けなければ、次期羅主が提示した報酬の倍額は払うと約束するなどの配慮も完璧だった。有能な彼らが撒かれたのは、念密に練られた次期羅主の手腕に寄ってだった。この結果を汪燕に言わせれば 
「頭が良かろうと、知識があろうと、莫迦は莫迦に過ぎないことのいい証明だ。素質を無駄にするとは、愚かなことだな」

 莫迦だ、莫迦だ、と汪燕は言うが、以前はここまではっきりと意思表明はしていなかった。自分よりも人間として優れていない、と頭を下げることを内心快く思っていなかったが、今回の件で彼は隠すことを止めたらしい。
 発火にいったったのは、護衛達が集めた情報にあった。
 次期羅主は、何と所謂“破落戸”と呼ばれる者達を雇い、武器や防具を与えたようなのだ。護衛達の根回しにより正規の傭兵など達は雇えないからとは言え、これだけだけあっても、何を考えている、と思われる事態だ。
 人間の中にも上等、下等に分けられるんだ、などと言った傲慢で無知を表明するにしか思えない概念を持ち込む気はない。
 だが、その破落戸どもはよりによって与えられた武器で略奪を何度か行ったのだ。

 莫迦としか、言いようがない。
 その莫迦、次期羅主はその破落戸をつれ、とある方角に向かったという。
 事態を重く見た羅主により羅家の近衛を努める狼暉達を派遣したのだ。
 故に、今、狼暉達は不平不満の溜まった村人達を宥め、悪評をもみ消し、莫迦の回収にいたっている。
 汪燕の意見は正論の的を射すぎていた。だが、それ故に、危険だった。
 その莫迦はこの国で王に次いで偉い、貴族の頂点に立つ二大名門の跡取り息子なのだ。その立場を理解していなかろうが、なかろうが、決してその立場は変わりはしない。
 不穏な言葉は、即座に汪燕の首を目掛けて鋭利な刃と姿を変えて跳ね返ってくる。
 だが処刑台に自ら足を踏み入れる愚行に近いことをしている男は鼻で笑う。
「かまわんさ。俺がここで何を言おうと、羅家は俺を切り捨てられない。少なくとも俺に取って交われるほどの有能な輩が出てくるまではな」
「だからと言って、余計な敵をわざわざ作ることもないだろう」
「ふん、俺の足下を脅かす存在でも現れたら、悔い改め、考え直そう」
 処置なし、と狼暉は頭を抱えたくなった。





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最終更新日  2006年02月25日 17時09分35秒
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