綴

綴

2006年03月12日
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カテゴリ: side story [紅の雪]
 鈍色の空から絶え間なく降り注ぐ雨が髪に纏い付くのが不快で、汪燕は頭を振った。
 それでも顎を伝い外套や服を擦り抜け、素肌を滑る雨粒の感触に眉を顰めたまま、ちらりと横を見ると、言葉を無くし呆然と佇む狼暉が視界の端を掠めた。
 剛胆な男の思考と言葉を一瞬ならずと奪ったのは、目の前の惨劇の跡であった。
 門は強引にこじ開けられたと訴えるかのように曲がり、倒れた門衛の下から溢れ零れ出す血が水たまりに混じり流れ、血の川を作っている。門衛を助けようとしている女中達は冷静さを欠いており、半狂乱に揺り動かしている姿は痛々しいが、救助にはなっておらず、むしろその怪我を悪化させているようにしか見えない。
 捻れこじ開けられた門に縁取られた胡家の家督の住む家の敷地内では、豪奢ではないが細工の美しい扉は半壊し、手塩を込められていたであろう木々や花は暴風のせいだけでは決してない傷を負っている。所々の硝子は割れ、玄関の扉の先に見える繊細な刺繍が施された絨毯の上には不似合いな泥の足跡が不揃いに落ちておりり、泥からしみ出る水分が絨毯を醜く汚していた。
 鈍色の雨が、他の全ての音を消し、強制的に静寂をもたらしている。
 以前、何度か見たことがある美しい光景は、無惨に、そして悲惨に切り裂かれていた。
 さすがの汪燕も目を瞠ったが、狼暉の様に次期羅主の胡家に対する仕打ちの酷さからではなく、予想以上すぎる暴走の結果に軽く驚いたからだったが。
「…………おい、これは……」

 咄嗟に気持ちを切り替え、現実を見据える態度を好評しつつも、必死に狼暉が押さえている怒りと憤りの堰を切ったらどうなるだろう、と思い、その想像は思わず汪燕の口元を綻ばす。
 狼暉は汪燕に問いかけているのではなく、気持ちを鎮静化させるために声をだしたにすぎなかった。
 だが少々愉快な気持ちなので、汪燕は極端な解を親切にも与えてやった。
「莫迦に刃物、の結果だ」
「有り難くない、正確な状況説明だっ」
 やりきれないように言い捨てると、馬の手綱を絞り嘶かせることにより部下の注目を集め、素早く狼暉は命を下した。
「俺と汪燕は、直接胡主に話をつけてくる。一部の者達は俺達と来い。それ以外はこの混乱を制圧しろ、いいな!胡家に関連する人々の救助及び保護を最優先しろっ!」
 常から張りのある声が、怒りに縁取りにより浮き彫りになり、鋭く異常な静寂を打ち払った。
 未だ呆然としていた部下達も、はっとその声に活を入れられ、抜けていた肩の力を戻し、型にきっちりはまったかのような完璧な敬礼をした。
 部下達は、弱くもなければ、臆病でもない。次期羅主の護衛のように、武よりも知を重んじるのではなく、兵[つわもの]としての強さを求められているのだ。兵と成れぬ者は一人としていない。
 それでも、この光景は衝撃が強かったようだ。

「死体もそう大した量ではなかったし、家などいくら壊れようと修復はいくらでもできるだろうに。もっと残酷な光景など、いくらでもあるし、見てきたこともあろうに」
 後にそう言うと、狼暉は思い出すことさえ嫌そうな顔をしつつも、言ったのだった。
「そうだな。戦場では、もっと惨く、残忍な光景などいくらでもある。人を殺し合うことが、戦だ。血で血を洗う光景に慣れているさ。そんなことで精神に異常をきたしたならば、己が死ぬ。慣れるしかない」
 狼暉にしては冷静と言うよりも冷たい口調だが、それはかなり内心押さえ込んでいたようだ。次の瞬間には、一気に加熱された声が汪燕の耳を焼くように飛び込んできた。
「だがな!あそこは戦場ではない。胡家の人間が微笑みながら、笑いながら、時には怒り、泣きながら、そんな日常を織りなしていた場所なんだっ!無惨な光景からは想像しにくいほどの、普遍的な日常と、ありきたりな幸せが確かに存在していたんだ!!」

「主の為、その理想と主張、目的の為に俺達は闘う。けれでも、たったそれだけで闘うことは、戦い続けることは無理だ。主に命を捧げるほどに心酔していなければな………根底を見つめれば、本当は、主の語るその理想の先にある、自身の大切な者達が送れるであろう幸せな日々の為だ。大切な誰かの為だからこそ、戦の連戦に心が挫けず、俯かず、血生臭い空気の中でも呼吸ができる」
 一般論で正論なのだろうが、全ての者に当てはまるとは限らないものだな、と皮肉気に思う。
 人殺しを遊びと思う者もいれば、弱者を踏みにじることに悦楽を見いだす者もいる。血に美しさを見出し心を奪われた者、戦争と言う異常な周囲に弱い心が飲まれ何も感じなくなった者、相手の命を奪うことに何の良心の呵責もない者など、当てはまらない者達を嫌というほど知っている。
「そんな些細な幸せな日々を守るために戦っているのに、それを踏みにじられる光景は、動揺したとしても仕方ないだろう。しかも己が主の息子が引き起こしたんだ、尚更だ」 
 戦場のような異常な環境のの中ではなく、蠢きながら徐々に支配下を広げていく戦渦の渦の中でもない。当たり前の様にあるはずの、ささやかな平和だった。胡家には、豪奢に煌びやかに彩られ、その実裏では汚水の如く濁り腐った貴族社会特有の場所とは縁遠い清らかさがあった。その清らかさは、慎ましい平和を享受する数多くいる平民に通じるものがある。
 汪燕は記憶を辿り、そう言えば過去に一度部下達と共に、羅主の命で胡家に立ち寄ったことがあったな、と思い、その豪奢ではないが質素でもなく、穏やかな胡家の在りように部下達の好評を得ていたことを思い出した。
 部下達の動揺の原因は、胡家に自身の大切な者の幸せを重ね合わせたにすぎない、と言うことか。
 納得できた、と汪燕の疑問は晴れ晴れとしたが、もし狼暉が汪燕の声になっていない言葉を聞いていたら違うっ、と盛大に反論しただろう。
「違う、何かが絶対違う!何故、そうなるんだ?!」
 と。



中途半端ですが、今回はここまでです
続きは後日上げます
………しっかし、話が延びていく
予定ではあと数話で終わるはずなのに
もう一回計算しなおすと、数話で終わらない可能性が非常に高い
計算ミスのレベルじゃなくなっている
書くのは、楽しいのだが………困ったなぁ





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最終更新日  2006年03月29日 23時39分10秒
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