綴

綴

2006年12月19日
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カテゴリ: side story [紅の邂逅]
 白煙を立てつつ、雪が溶けている。溶けた場所から、雪に覆われていた地面は焼けこげつつも姿を現した。有機物が焦げた独特の匂いが、静寂が支配する雪景色の中、異様な存在感を誇っている。
(一体何が起こったんだ……?!)
 緋深は座り込んだまま、呆然と目を見開き、黒こげの土を見つめた。あまりにも非現実的すぎる光景に、脳がついていかない。
 一瞬の出来事だった。
 男が楽しげに言葉を吐き出した瞬間、視界を埋め尽くすほどの閃光が急に炸裂したのだ。閃光に少々遅れ、轟音が追いかけてきて、目についで耳を潰した。さすがの緋深も、五感のうち、二つを潰されては、事態の把握が難しかった。
 は、と緋深は顔をあげ、この事態の原因であろう、男を見つめた。男は飄々とさえしつつ、この事態を当然のごとく受け入れているようだ。
 男は、人差し指と中指で挟んでいた、黒こげになった縦長の紙切れを風に乗せるように、はらりと地に落とす。風で、ふわり、と何度か浮いては沈みつつ、ゆっくりと紙切れは白い雪の上に乗る。黒こげの紙は、炭の役割を果たしているのだろうか。落下地点の周囲の雪を、小さく黒く染めていく。
「ったく。容赦ねぇな、相変わらず。せっかくの符が、台無しだ」
 せっかくの、と言いつつも全然堪えてないようだ。喉の奥で、笑っている。言葉にまったく信用性はない。

「ん?ああ、『悪口』を聞きつけた何処ぞの術師が、警告代わりに雷を一発落としただけだ」
「……だけ?」
 緋深は、訝しげに言葉を返す。
 雷、とは何事か。雷など、人に操れるものではない。それをたかが悪口の警告のためだけに『落とした』となれば、緋深の中で猜疑心が膨れあがる。
「ま、見かけは派手だが、死にはしねぇだろうよ。符一枚で、防げる程度だしな。ま、『悪口』に対する警告だ。こんなもんだろう」
「…………」
「“あいつ”が本気を出せば、今頃二人揃ってお陀仏だっただろうからな」
(何なんだ、そいつはっ…あんたらはっ)
 喉の奥で愉快気に笑う男に、緋深はそう叫びたかった。
 あの雷は、落ちた場所から推測するに、男に当てるつもりで撃っていた。男はああ言っているが、下手をすれば、死んでしまいかねない。容赦も、躊躇いも一欠片すらない攻撃だった。少なくとも緋深にはそう見えた。
 男の口振りからすれば、『術師』と知り合い程度の関係はあるのだろう。すくなくとも顔見知り以上だと推測できる。男の声には、僅かだが親しみのようなものが含まれていたのだ。

「何がだ?」
「雷って……」
「あいつにかかれば、雷の一つや二つ落とすのは簡単だぜ?まだ可愛げのある、生ぬるい攻撃の分類だしな」
「………」
 どこが。

(こいつらに常識を求めるな。いちいち気にするなっ、考えるなっ!!)
 緋深は必死に、何度も同じ言葉を繰り返し、自分を納得させる。
 小さく、だが深く数度ため息に似た深呼吸をし、緋深は脳内を整理するために、男に向かい口を開いた。
「あんた、どうやって防いだんだよ」
「ん?ああ、この符でな」
「ふ?」
 懐から男は、縦長の紙切れを取り出した。真っ白な紙に、墨で古い漢字と不可思議な模様が描かれている。形状は把握はできるが、使用方法はさっぱり検討がつかない。
 怪訝そうな緋深の視線に気が付いたのか、男は人差し指と中指で挟んだ紙切れを揺らしつつ、にやりと笑った。
「これが『符』だ。俺は符術師なんでな。符さえあれば、大抵のことはできるぜ?」
(………お前もかっ)
 男もまた、不可思議な技を使う者なのか。
(何たってこいつは…さっきの女性といい、こいつといい、術師とやらといい……この禁足地の人間ってのは皆こんなんなのかよっ……何で、こんなっ……)
 緋深は守人の血を半分引いており、常人よりも突出した身体能力を有している。その緋深ですら、彼らは驚異的に思ってしまう。
 だが、そこに嫌悪も畏怖の念もない。ただ緋深が彼らを見て思うのは、憧れであった。いや、ただ純粋に羨ましいと思う。守人を凌駕しかねない力。それは今、喉から手がでるほど欲しい力だ。
 それさえあれば、もっと上手く朔夜を助け出せる。もっと優しく包み込むように守れる。
 なのに守人という驚異の血を半分も持っている自分にはできない。力を得られない。それが歯がゆくて、仕方がないのだ。
 だから、余計目の前の男が腹立たしい。性格的、生理的に合わないのは前提としてあるが、それ以上にこの一見巫山戯た男が、緋深がまだ手が届かないものを持っているのが、理不尽に感じてしまう。
 そして、そうを感じることに己の未熟さや幼さが垣間見てしまい、更にどうしようもない気持ちに陥る。
 鬱屈とした気分を振り払うように、緋深は口を開いた。
「……何で悪口如きで、雷が降ってくるんだよ」
「まったくだな」
「…やりすぎじゃないのかよ?……」
「そうだな、まったくだ」
 緋深と同じ立場のように、そう、常識の範疇にいるような-緋深も人のことは言えない。だが目の前の男と比較すると緋深は範疇に立派に入る-発言を、男は口にする。図々しいことだ。
「…………人のことはまったく言えないくせに」
 なのでつい口にしてしまった。それは小さい声だったが、男は耳ざとく聞きつけたようだ。右手で緋深の首根っこを掴み、左手の握力をふんだんに使い締め付ける。
「何か言ったか?」
「っ…いてでててぇ!!」
 痛い。半端無く痛い。
 頭部に男の節だったごつい指が食い込み、そのまま型が残ってしまいそうである。只でさえ混乱と困惑で脳が粘土のように、形を留めていないのだ。指の跡が残っても不思議ではない、と真面目に緋深は思った。冗談ではない。
 男に抗うが、力量の差がそれこそ天と地ほどあるが上に、緋深は今は手負いだ。勝てるわけがない。
「離しやがれっ!!」
「その前に、言うことがあるよなぁ?」
「ふざけんなっ!」
 男は楽しげに呵々と笑う。何が楽しいのか、まったく緋深には理解できない。目の前の男は、尽く人の逆鱗を楽しげに逆撫でする、不貞不貞しい男でしかない。それ以上の理解などする気はなかった。
 下手に近寄ると、こちらまで深入りされる。それを緋深は避けたかった。
 緋深の心に踏み込んでくるのは、朔夜と、朔夜を取り巻く彼女を愛情を注ぐ人物たちだけでいい。その人数だけで、緋深の許容量は今、いっぱいなのだ。余計なものなどいらない。
「おい」
 ふと、声が空から落ちてきた。声と共に男の指の力が、急に抜ける。緋深は男の手を振り払い、後方へ飛び、距離を置いた。
 頭を後ろに反らせるように、空を仰ぐ。左右に視線を移すと、木の葉が揺れている針葉樹があった。
「獅吼。だれだよ、そいつ」
 声と共に影が木の上から落ちてきた。誰も踏み荒らしていない新雪の上に飛び降りたせいで、粉雪が宙に軽やかに飛ぶ。幾多の小さな雪の欠片でできた帳の向こう側に、千草色を基調とした道着姿の少年が立っていた。
 皓国では少し珍しい、明るい茶色の癖のない短髪が、緋深の目を引いた。色に気を引かれたのもあるが、実際は木を見上げていた角度から、少し斜め上に面を上げたときに丁度いい位置に頭があったからにすぎない。背丈は緋深よりも、少し高い。小作りな印象を受ける顔を、訝しげにしかめ、こちらを睨み付けるように値踏みしている。
「お前、誰だ?」
(また……増えた。増えやがったっ)
 一見普通の少年だが、『禁足地』のお仲間なのだろう。緋深は、ひしひしと、やはり朔夜に意地でも着いていけば良かったと、切実に思った。



レポート終了後の、妙なハイテンションで書き上げたものなので
後日訂正する可能性があります……
ご了承下さい





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最終更新日  2006年12月19日 17時31分19秒
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