綴

綴

2006年12月28日
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カテゴリ: side story [紅の邂逅]
「お前、村の者じゃないな。誰だよ」
 少年は緋深を真っ直ぐな視線で捕らえる。射抜くように強いが、そこに守人の血が混じっている緋深への侮蔑や恐怖はない。
 ただ、最後の誰何は緋深にではなく、男に向かってのようだ。少年の視線を受け、男は戯けたように肩を竦めている。
「先生の“悪い癖”の産物だな。野良猫みたいで、可愛いだろう?」
「また拾ったのかよ……信じられねぇな」
 再び突き刺さる少年の視線に、微量の殺気を緋深は感じ取った。警戒をされているのだ。
 木から滑り落ちるように滑らかに動き、軽やかに着地をした少年の身のこなしを、緋深は思い出す。着地した際も、すぐさま次の動作に移れることが前提された、完璧な動きだった。それだけでさえ、この目の前の少年が強いことは簡単に判明できる。そして、微量でさえ、肌が粟立つような殺気に、少年の手に取り付けられた年期の入った手甲が、更に緋深の憶測よりも少年は強者であることを知らせる。
 緋深と同じ、体術の使い手のようだ。しかも動きから推測するに、古武術である。緋深の我流とは違った、伝統と、先人達からの技の極意を受け継いでいる、正当な流派がある古武術だ。
 緋深はつい反射的に微量な殺気に反応し、少しずつ後ずさりつつ距離を取った。少なくとも相手の攻撃の第一撃を避けられるように。それは生来的よりも、習得的に身に付いた行動だった。

 莫迦にされている。もしくは取るに足りないと思われ、見下されている。
 あまりの態度に緋深は眉を跳ね上げるが、すでに少年は男との会話に専念していた。
「あいつも、懲りねぇよな。猫が欲しいなら、本物拾ってこいよ」
「いいや。只の猫より、こいつの方がつつくと面白れぇ。つくづく先生は良い拾いものしたぜ?」
「そうかぁ?」
「ああ、何たってもう一匹の小動物と一緒に置いていると、すげぇいい反応するからな」
「小動物?」
 所々-なんてものではないが-聞き捨てならない会話である。その最中、呆れ果てたように眉を寄せたり、訝しげに目を細めたりと、少年の表情はころころと変わった。素直に、顔にでる。一瞬、緋深はそう思った。だが、同時に妙な違和感を感じる。
 緋深にとって、素直に顔に出る人間、と言えば朔夜である。何一つ言葉にしないくせに、表情で、瞳で雄弁に語りかけてくるのだ。緋深を拒絶する感情も。その奥にある、本人は隠し通せていると思っている緋深への親愛に近い感情も。
 朔夜と比べると少年の表情は、どことなくだが不自然な感じがするのだ。少年の表情から感情が読みとれるはずなのに、どうも雲を掴んでいるようだ。目の奥にある、心が読みとれない。
 朔夜という特例と比べているからの、違和感なのだろうか。

「ああ、あれは間違いなく小動物だ。兎…猫…まあ、そこらへんの、銀色の毛並みをした、ふるふる震えるちっこいやつ、だな」
「なっ………銀色、って。守人かよっ!!」
 少年は本気で驚いた表情で叫び、ありえない、と何度も呟いた。狼狽しているようにも見えたが、それは一瞬で、少年はすぐさま男に食いかかった。
「何考えてんだ、氷翠のやつ。しかも今回は、寄りによって守人と、守人擬きだって?何で、止めなかった!」
「しょうがねぇだろ?…手負いの迷い子だ。先生は放っておける性格じゃねぇだろ」

 肩を竦める男に苛立ちをぶつけるように叫びつつ、新雪を踏みにじるように地団駄を踏む。忌々しい、という感情をむき出しにして、だ。
(……これは、心からの感情、なんだろうな…)
 ぼんやりと、だが冷静に思った。どこに、どう口を挟めばいいのかわからず、ただ傍観者に徹するしかないのだ。緋深は木にでももたれ掛かりたいな、と思いつつも、立ち竦むように微動だりしない。動くことで体力の消耗をしたくないからだ。
「冗談じゃねぇっ。“あいつら”、氷翠に苦言を突っぱねられ、しばらく陰気を撒き散らすんだ。ああ、鬱陶しいっ!」
「まあ、気持ちは分からないでもねぇな。先生は、一度こう決めたら絶対譲らなねぇからなぁ。折角、先生を思って忠言したのにけんもほろろに、だ。報われねぇよな」
 うんうん、と自身の言葉を自身で肯定するように頷く男に、少年は大きく舌打ちをする。否定しきれないのだろうか。それ以上少年は、男に対して言い返しはしなかった。
 少年は頭をかきむしるかのように、がりがりと掻きつつ、緋深に視線を移した。
「で、お前!」
「は?」
 いきなり話しかけられ、緋深は目を瞬いた。まさか急にこちらに矛先が向くとは。自覚はなかったが、少々気が抜けてしまっていたようだ。間抜けな返答をしてしまう。
「お前だよ、お前。そこの『守人擬き』」
「なっ?!」
 あまりな言いぐさに緋深がぎょっ、とするのも構わず、少年は捲し立てるように言葉を続けた。
「お前、連れが『守人』なら………そいつは『はぐれ』なのか?」
 はぐれ、とは主を持たない、という意味なのだろう。色々と言いたいことが緋深にはあるが、ぐっと耐えつつ小さく頷いた。頷くとすぐさま、射殺すような強い視線が突き刺さった。視線で緋深を縫い止めつつ、問いかけられる。
「なら、『主』は死んでいるなだろうな?」
 少年の心配は当然だった。『主』は『守人』にとっては、『絶対』だ。絶対服従なんてものではない。そんな生ぬるいものではない。主に死ねと言われれば、躊躇無く死ねる。主の言葉を微塵すら疑わない。言葉にすれば簡単だが、実際には不可能に近いことをやってのけるのが守人だ。
 もし主が命じれば、守人は躊躇無く、恩人である禁足地の人間を殺す。敵わないとわかっても、手足がもげ、内臓をはみ出したままでも、何としても完遂しようとする。
 その危険性はないのか。
 少年はそう問いかけている。
 禁足地では何も、問われない。女性はそう言っていた。少年の態度はその言葉を裏切るものだ。
 だが、緋深は少年の態度を不快に思わない。むしろ当然と思った。禁足地や、あの女性、村人を大切に思っているならば、必ず確認しなければならないことだ。
「生きている」
 緋深の返答に、少年も男も小さくだが眉を跳ね上げた。男も朔夜を『はぐれ』だと思っていたのだろう。でなければ守人は主から離れるわけがないのだ。
 何か、命令を受けていない限り。
「お前が、『主』か?」
 探るような視線に、緋深は首を横に振ることで否定をした。
 少年から発せられる殺気の濃度が、少し増す。
 緋深は動じず、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「朔夜の、主は生きている。今も。けど、朔夜は主の下には戻らない。絶対、戻らせや、しない」
 一言一言を噛み締めつつ、宣言するように告げた。
 だが、緋深の宣言を冷静に、残酷に指摘される。
「お前の、願望だろう。それは」
 そうなのかもしれない。
 確かに願望も、混じっている。
 けれど。
「違う。願望じゃない」
 冷ややかな視線と、どこか面白がっている視線に晒されながらも、緋深は笑った。自分が思う以上に、何故か冷静だった。
 願望には、ならない。何故なら主が朔夜を取り戻しにきて、渡すつもりは毛頭ないからだ。そのような状況になったならば、主を、緋深は殺す。どうしても無理ならば、奪われる前に、朔夜を殺しかねない。あの『莫迦』にだけは、朔夜を決して触れさせてなるものか、と心底思うのだ。願望という言葉で、今まで隠し通していたこの狂気に似た想いは表せられない。
 だが、それは目の前の人間達には関係がない。公言するつもりもない。
 少年達の懸念していることを払拭すべく、言葉を重ねた。
「朔夜は、異質な守人だ。『主』を恐れ、脅え、そして今は逃げてる」
「……確かに守人にしちゃ、あり得ない行動だな」
「ちゃんと、その『主』が最初の、だ」
 稀に、本当に稀に守人は『使い回し』にあうことがある。その際、守人は後者の主に対して、どうしても捧げる崇拝に似た感情薄くなるのだ。
 その点の心配はない、と緋深は念を押す。そして少年達を納得させようと、更に言葉を繋ぐ。
「朔夜は、大丈夫だ。あの『莫迦』の命令を鵜呑みにし、行動しない。てか、できない」
「……守人が、か?」
 少年は訝しげな声である。当然だ。守人が主の言うとおり行動できないなんて、守人失格も良いところである。
 怪訝そうな少年の心情など知ったことではないし、何より『莫迦=主』と‘きちん’と解釈されたことに緋深は内心、少し気をよくしていた。
「守人が、だ。ま、朔夜が例外中の例外なんだろうけど…朔夜は、あの莫迦を視界に入れると、呼吸困難、思考停止、発作が起きたように震え、精神崩壊に向かって歩み出すからな」
「は?」
「そんな状態じゃあ、いくら命令を受けても、実行できないし。何より命令が耳に届いているか、理解できているかすら怪しい」
「何だそりゃ…」
 少年と男の少々呆気に取られた表情に、緋深はまあ、妥当な反応だな、と思った。そして、男も妥当な反応をするものなのだな、と妙な感心をし、驚かせれたことに妙な達成感さえ感じた。
「へぇ。“彼女”も変わった守人だと思っていたけれど…上には上がいるものだね」
 頭上から、若い男の声が降ってきた。
 緋深は、内心驚愕したが、あえて何も行動はしなかった。
(……どうせ、お仲間だろう?)
 ならば慌てふためくだけ、体力の無駄である。
 それにしても--『禁足地』では、木の上にいるのが、格好良く木から“降って”くるのが流行りなのだろうか。
 だったらやだな、と思いつつ、緋深はため息を吐いた。





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最終更新日  2006年12月28日 11時42分37秒
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