綴

綴

2007年01月02日
XML
カテゴリ: side story [紅の邂逅]
 足を下ろす度に、新雪が無惨に押し潰されたことに反抗するかのように、纏わりつく。分厚い足袋を雪からの冷気が通り抜け、ヒリヒリと悴むような痛みを引き起こす。だが歩む速度だけは低下させず、緋深は足を新雪から出し入れをする。
 --遅れるわけにはいかない。
 前を飄々と、それこそ柔らかい雪の上を自重などないように歩く3人を見失わないようにするのだけで、悔しいこと緋深の全力だった。有り難いことに獅吼の着物は薄闇の中でも、やはり白銀の世界の中では目立つ。それだけが目印だと言っても過言ではなかった。
「大丈夫かい?」
 後ろを振り返り涼が尋ねるのに、緋深はどうにか荒い呼吸を収めつつ頷いた。気遣いは有り難いが、今ははっきり言って情けなさが際立ってしまうからか、疎ましくすら感じる。
「無理してねぇでも、いいんだぜ?」
 にやにやとした笑いを込めた獅吼の言葉に顔を跳ね上げ、緋深は睨み付けた。莫迦じゃねぇの、と少年が呆れたように言うが、表情は同情的だった。
 そもそも緋深が無理に無茶を重ねているのは、獅吼が原因だった。
 村へ案内する。そう言われた際、緋深はもともと自力で付いていくつもりではあった。身体的に厳しいと自身でわかってはいるが、頼り甘える気は更々なかったのだ。

「辛そうだな。‘しょうがねぇな’。‘可愛いお前のため’だ。俺直々に運んでやろうか?」
 もちろんからかわれていると緋深はわかっていたが、神経を逆撫でされて黙っていられる性格ではなかった。怒りに任せ、怒鳴りつけるように突っぱねた。しかし、それが原因だった。その勢いのまま、緋深に歩調を合わせるという案まで突っぱねてしまったのだ。いや、勢いというよりも意地の問題であったかもしれないが。
 そしてそのまま現状は続いていた。悠々と3人は先を歩き、緋深は必死に後を追うという構図ができあがったのだ。
「運んでやるって、言ってるのになぁ」
 とても楽しげに提案をする獅吼に、緋深はもう返す言葉もない。ただただ憎たらしい顔を睨み付けるしかなかった。それほどの体力しか残っていない。
 だが次の瞬間、そのその僅かな体力を使いきるような愚行を緋深は犯してしまう。
「肩や脇に抱えるのは、負担がでかいだろうから、ちゃんと横抱きか背に背負ってやるぜ?」
「ふっ、ざけんなっ!!」
 雪に包まれた木々の葉を揺らす程の一喝だった。気力を全て注ぎ込んで怒鳴ったせいで、反動で疲れたように緋深はずりずりと傍にあった木に縋るようにして、地面にへたり込んだ。
 醜態を晒している緋深とは逆に、呵々と楽しげに笑う元凶を緋深は殺気を込めて睨む。だが、やはり何処吹く風である獅吼には何の効果はない。
 流石に緋深を哀れに思ったのか、涼が気遣い気に声をかけてきた。

 手を差し伸べられ、一瞬戸惑うがこのまま座り込んでいるわけにもいかない。-間違いなくこのままだと獅吼のからかいの良い餌食だ。緋深は意を決し涼の手を取り、助けられつつも立ち上がった。
「………悪ぃ」
「いいよ。それより、どうするかな?」
 涼の言い分が分かるだけに、緋深は黙り込むしかない。今の自身の身体がいかに弱り、足手まといかはわかっているだけに、我が儘は言いにくい。
 だが、譲れないものもあるのだ。

「意地っ張り」
 朱鷺風のきっぱりとした一言に切って捨てられるが、緋深は絶対ぇこれだけは譲れない、と言い張る。
「だ・い・じょ・う・ぶ、だと言っているんだ!」
「何言ってやがる!てめぇがそんなんだから、ちっとも進まねぇんだっ」
 ぐっ、と緋深は反論に言い淀んだ。こちらを半眼で睨み据える朱鷺風の意見は正しい指摘だ。だが、緋深はその指摘を覆すだけの切り札を持っている。朱鷺風を黙り込ませるだけの、威力のある言い分を。
「ならっ、お前なら奴に大人しく背負われるってのかよ!」
「ひでぇ言い分だな」
 絶句の文字を顔に大きく書いた朱鷺風を見つつ、緋深に指を指された獅吼は肩を竦めながら反論をした。だが誰も獅吼の言葉を受け取らない。本人が楽しげに笑っているのだ。相手にするだけ馬鹿を見る、というものだ。
 絶句の文字を顔からようやくふき取り消せた朱鷺風は、しばらく苛々と髪をかき混ぜながら思案していたが、何かを吹っ切るように行動を起こした。
「だぁっ、もう!」
 意味を成さない言葉を叫んだかと思うと、緋深の首根っこを掴む。緋深が驚き、驚愕の声を出そうとお構いなしに歩き出した。
「何、すん、だっ、よ!」
 襟首が伸びそうなほど、朱鷺風の一見細い腕からは想像できない強い力で引かれているのだ。緋深は首が絞まりそうになりつつも、抗議の声を上げた。
 朱鷺風は面倒臭そうに顔だけで振り返り、緋深を半眼で見つめた。
「てめぇがとろいからだ」
 理由になっていない。
 更に反論の声を緋深が上げる前に、朱鷺風は畳み掛けるように怒鳴りつけた。
「こうしたほうが速いだろうがっ。つべこべ言わず黙ってろ!」
 緋深は目を白黒させるしかない。普通、だからといってこういう扱いをするだろうか。
 この状況を打破してくれそうな涼に緋深は視線を向けたが、苦笑を混じらせた穏やかな微笑で黙殺された。むしろ微笑ましい、というような生暖かい視線が向けられているような気がしてならないのは、緋深の疑心暗鬼、もしくは勘ぐりすぎなのであろうか。
 当然のことながら獅吼はにやにやと笑いながらこちらを観察している。
 緋深は視線を合わせないように、必死で顔を逸らす。
(顔が合ったら、ぜってぇ余計なこと言うに決まってるっ)
 替わる、と言う最悪な提案、もしくは変な助言をし更に状況を悪化させるか、だ。
 緋深はどこか諦めたように、大人しく朱鷺風に引きずられた。引きづられるままだと朱鷺風の身長上、下半身が雪の上を滑ることになってしまうので、足をじたばたと動かしながらであるが。足を上げては下ろす。それを繰り返すだけできちんと足跡が緋深の‘前’にできていた。体勢に無理があり、少々大変ではあるのだが。
 緋深が大人しくしているのはよくよく考えてみれば、そう悪いことでもないからだ。
 引きずられた当初は時々首は絞まっていたが、今はそうでもない。着物の襟の合わせがだんだんと開いたからだ。その分胸元が大きくはだけていくが、それはしょうがない。
 足下は新雪が踏み積もってできた絨毯のように柔らかな、真っ白な道である。これが土と石が混じる獣道で引きずられたならば擦過傷などで足が大怪我を負ったであろうが、柔らかい雪は緋深の足を優しく包みこむので、怪我一つない。ただ足先から凍えるような冷たさが這い上がり、凍傷が少々酷くなりそうなだけだ。
 問題は多少あるが、緋深にとっては大したことはなかった。
 このまま身を委ねているだけで、朱鷺風の引く力により歩ける。先ほど一人で悪戦苦闘しているよりも、よほど速い。考えてみれば、緋深にとっては得なことだった。
(もうぼろぼろなんだ。多少酷くなっても、あんまり変わらない)
 問題が有りすぎる考えである。だが緋深にとって、今もっとも最優先するのは速く村に着くことだった。そのためなら、多少の負担も止む終えないことである。
 幸いなことに、今朔夜は傍にいない。朔夜が傍にいたるならば、彼女の泣きそうな表情によって、緋深はこのような手段はとれないのだ。まぁ、朔夜が傍にいないから焦り、愚行とも取られかねない選択肢をあっさりと取っているのだが。
 急にがくりと重力に引かれ、緋深の身体が新雪の海に投げ出されそうになった。だが寸でのところで腕の付け根のあたりを緋深と変わらない大きさの手が掴み、受け止めた。
 朱鷺風が襟首から、腕へと掴む場所を変えたのだ。流石に襟首は手が滑りやすく、持ちにくかったのであろう。
 そのまままた歩きだそうとする朱鷺風に、流石に待ったの声がかかる。
「いや……ね。そろそろ、それは……」
 くつくつと涼は口元を隠しつつも、笑っている。獅吼は肩を震わせつつ、喉の奥で声もなく笑っていた。
 ………ここで緋深はようやく気が付いた。第三者の視点を。そしてこの光景がいかに間抜けな光景かを。
 どうやら身体が弱り、機能が低下すると脳の半分も働かなるようだ。もしくは長時間この冷たい空気の中にいたせいで、脳が凍り付いているようである。
(それか………さっさと村に着くこと以外考えていてなかった…他を排除してたのか)
 視野狭窄も甚だしい事態である。
 笑われたことに朱鷺風は過剰反応気味に怒り、怒鳴っていた。
「てめぇら…………笑うなっ!」
「いや……ごめん、ごめん」
「だってなぁ」
 2人の笑いは止まらない。笑い声はむしろ高らかになっている。
「………お、まえらぁっ!!!」
 朱鷺風の怒りは更に煽られ、騒がしい状況に成り果てていっている。
(……なん、何だよ)
 常なら朱鷺風に賛同をし、噛みついているであろう緋深は、この朱鷺ばかりは飽和した頭でさえ感じる違和感に気を取られていた。
 緋深は守人のできそこないだ。半分しか守人の血がない、半端者である。それゆえに歩んできた人生は深く、暗いものばかりだ。朔夜と出会い、それを通じて出会ってきた人々は皆緋深が戸惑うほど普通に接してきた。だが、彼らは人の上に立つ“貴の者”だ。穏やかで優しい時間の中であっても『やはり上品』というか、けたたましいとはほど遠い空間だった。それにその空間の中でも、主に『害をなしかねない者』という札を貼り付けられ緋深は彼らの部下から監視されていた。
 だからだろうか。目の前のような騒がしいくせに和やかなことなど、今までなかった。
 このような『普通』な状況に、緋深は戸惑うしかない。できない。獅吼達と出会ってから感じていたことだった。だが、曖昧でぼんやりとしていたので無視ができていたのだ。けれども、このように騒がしいほど賑やかな状況で、はっきりと戸惑いが輪郭を持ってしまい、取り扱いに困ってしまう事態になってしまった。
「てめぇも、何か言えよ!……って、おい?」  
 援護を要請しようとした朱鷺風がきょんとした表情で、こちらを見ている。よほど間抜けな顔をしていたのであろうか。緋深は思わず顔を手の甲で軽く擦り表情を正した。
 朱鷺風は呆れたように、気が抜けた顔になる。涼と獅吼は何故か、背中がむずむずするような和やかな光を秘めた目を細めている。
「………はぁ……行くぞ」
 朱鷺風は襟元を掴み、そのまま力任せに緋深を引っ張った。
 ぐん、と急に力がかかり転けそうになるのを必死に堪えながら、緋深は怪訝そうに、引きずりながら先を行く朱鷺風の後頭部を見た。茶色味の強い、短髪しか見えない。
 武道者として実力があるであろう朱鷺風だ。視線に気が付いていないわけではないだろう。
 だが決して、朱鷺風は振り返らなかった。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2007年01月02日 16時33分03秒
コメント(0) | コメントを書く
[side story [紅の邂逅]] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

コメント新着

砂葉 @ Re:青空ちゃん。さん こんばんは。 こちらこそご訪問、ありが…
青空ちゃん。 @ Re:【幻】 序章 「原初の夢」(01/11) こんばんゎ♪ 砂葉SAN,訪問ありがとぅ…
砂葉 @ Re:こもも2055さん こんばんは。 いつも感想ありがとうござ…
こもも2055 @ こんばんは。 拝読するたびに、自分がいかに素人で戯言…
砂葉 @ Re:こもも2055さん いつも感想、ありがとうございます。 感…

プロフィール

砂葉

砂葉

キーワードサーチ

▼キーワード検索


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: