綴

綴

2007年01月17日
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カテゴリ: 【幻】 -第1幕-
 何気なく交わしていた会話の中の約束を、今更ながら思い出す。約束を守れなかった、と悔やむ気持ちも藤次朗の中にはあるが、兄の言葉で今まで感じていた違和感のようなものがようやく取れた。
「兄さん……今ならあなたの言葉がわかるような気がしますよ」
 --何かが起ころうとしている。起きている。
 自覚をした今ならはっきりとわかった。藤次朗はここ最近、何か言いようのない不安に囚われていたのだ。だから急かされるように、睦月に薦めてしまった。一刻も早く天城家から出し、ここではない何処かへ。その為には全てを手回すには、逃げ道を塞ぎきるには時間が足りなかった。睦月を説得してしまうことが一番早いと判断したのだが。
 もっと早く気が付いたならば良かった。そうであるならば、先ほどもっと強引にも誓約を取り付けていたというのに。
(兄さん……この感覚をあなたはウンメイと呼んでいたのですか?) 
 何かが、身体の心の奥底で何かが命じている。何よりも近いもののはずなのに、その何かが必死に、悲鳴の如く何かを叫び伝えようとしている声が聞こえなくて、もどかしい。だが聞こえないはずなのに、突き動かされている。藤次朗という意識には聞こえないが、身体は、細胞は感じ取り勝手に動かされているようだ。
 じわり、じわりと全身を浸蝕されていく感覚は、決して気持ちがよいものではない。それを受け入れ、それでも幸せだと笑っていた兄が少々不気味に思えてきさえするほどだ。
 亡き兄を思い出すたびに浸蝕が速まる気がし、墓が直視できなくなる。藤次朗は苦い思いを無理矢理喉奥に押し込み、墓を後にするべく足を速めた。

 笑顔を残しつつ消えた睦月のことを藤次朗はふと思い返した。
(そう言えば……あの娘は、一応笑えてはい、たな…め、ずら し…く? )
 何を、思った? あの娘はいつも見ているこちらが騙されるほどの笑みを浮かべているではないか。なのに何故今更そんな感慨深く思うことがある。
 深く考えてはいけない。
 直感的にそう思い、藤次朗は頭を振る。何か深みに足を踏み入れかけた気がした。
 そうだ、あの子が笑っているなど日常茶飯事なことを疑問に思ったのは、藤次朗自体が家にあまりおらず、会ったとしてもあの全てを覆い隠した完璧な笑みだからなだけだ。妻や息子にあれだけ理不尽な善意の押し付けに似た厚意に、笑えているのがおかしいと思っただけなのだ。
 --あの子は、息子に逆らえなくて当然だ。何故なら
(何故なら……何だと言うんだ?)
 頭がおかしくなりそうだ。
 さっさと会議にでも出て、頭を冷やすべきである。
 藤次朗はため息を吐き、ようやく墓地を後にした。



字数制限の壁に負けて、二つにわけました……





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最終更新日  2007年01月17日 16時43分24秒
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