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おにぎりを握っていて、ふと思い出した。あれは確か、ジンすけが2~3才の頃。真夏の昼間、外遊びから帰って、汗びっしょり。子供はすぐ「あせも」ができちゃうので、さっとシャワーを使わせた。「お水大好き」ジンすけは、お風呂にいればご機嫌。その間に、私は着替える。・・おっと、ジンすけのシャツがないぞぉ~。取りに行って、戻って来たら、「ん?」・・ジンすけ、なんでお腹に「梅干し」付けてるの?近寄って、よく見ると、それは・・「パンツのゴムの上にはみ出した、チ○コの先っちょ」。だって、なんかシワシワになってて、ベージュ・・っていうんでしょ~か?そっくりだったのよね。「うっわ~、可愛い~」とおもったんだけど、そのままじゃ、チ○コがつぶれるから、仕方なく、パンツの中にしまった。そういえば。たまに、おしっこチビっちゃった時、お腹ばっかり湿ってるの、あったなぁ。あの時も、きっと「はさんだまま」しちゃったのね。最近、やらないなぁ。いや~、懐かしい思い出。
2005年01月31日
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さて、25日まで、いろいろと書いてきたわけですが、「出よう」と決意した場所ででも、やはり感謝・感謝の思い出もあります。(そりゃそうか。 100%悪いことばかり、なんて無い無い!) ある日、いつものように私とジンすけは買い物に行きました。車で10分位の、よくあるスーパーです。 駐車して、外に出た直後。「あ、忘れ物した。」 昨日からのせたままの「プラスチック・トレイ」の大袋。後部座席に置いてあったので、私はそれを取ろうと後ろを向いた瞬間。 するっと私の手を抜け、ジンすけは飛び出しました。「!!!・・・・」私も、ダっと地面を蹴りました。でも、ジンすけには届かない。濃い色のセダンが、こちらへ向かってきました。私が、ジンをつかまえたのと、その車が急ブレーキをかけたのは、ほぼ同時でした。 腰の痛みと安堵感で、その場へ座り込んだ、私・・。ジンすけは、ポカンとした顔。車と、彼のあいだの距離は・・1メートルほど。 車の窓から、年配の男性が顔を覗かせ、「お~、大丈夫かい~~?」私は、はい、と答えるのが精一杯。(多分、ひどい顔色だったと思う) 続けて、その方はこう言いました。「いやぁ、びっくりしたな~、 寿命が縮まったよぉ~。 ボク!お母さんを泣かせちゃ、ダメだよ~」 車の中で、奥様でしょう、女性が優しい顔でこちらを見ていました。 気を付けてね~、と笑いながらゆっくりと去っていくご夫婦。お詫びを言いたくても、言葉が出ずに、ただお辞儀を繰り返すばかり・・・。 いつもなら、怒鳴られるものです。(何やってんだぁ!とか。 ドラマでよくある、あれです)しかし、一言も責めずに、優しく諭してくれた、「おじさま」。・・・ありがとうございました。ホントに、びっくりさせてしまったことでしょう。車列の間から、突然走り出てきたのですから。 いくら徐行していたとはいえ、ぶつかっていたら、無傷ということは無かったはず。 私は、半分放心して、スーパーに入りました。缶ジュースを少し飲んで、ひと息。。。(やっぱり、ちょっと気を抜いた瞬間が危ないんだ・・)実感、しました。 あのときのおじさま、どうぞ、まだお元気でいらっしゃいますように。(な、長生きして頂かないと・・・)(^_^;)
2005年01月30日
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・・・を、観てまいりました。167分の長編です。美しい。この人が女優をやめたら・・考えたくないなぁ。吉永小百合さん、どうしてそんなに美しいの~。私も、渡辺謙さんになって、30回キスしたかった。(取り直しを繰り返したそうです)ただ、少し浮いてる、あのシーン。 いや・・・かなり。ご本人を、舞台挨拶のさいですが、かなり間近で拝見したことがあります。(二度も)小柄で、顔が小さくて、でも体は華奢ではなく、しっかりした感じ。(おいおい、映画の感想は??)・・・はっ、そうだった。配役、バッチリ。(周辺の人々、子役も良いなぁ) 話、長いけど・・観てよかったなあ、と思います。なんていうんでしょうか・・「舞台」に似た雰囲気があるんです。でも、「作り込まれて」いて、その部分は最初、違和感がありました。お土産の絵葉書・・まで言うと、言い過ぎ?あまりにスキのない場面ばかりで、もう少し余裕があれば、もっと良いかなぁ。(かえって緊張感がなくなる気がする)でもねっ!! 小百合さんが美しいの!謙さんが、かっこいいの!トヨエツは、色っぽいの!この3人の競演を観られるとは、幸せだあ~~。私は、多分・・・また観に行くと思います。ラストも、賛否あるようですが、私は誰かが死んで感動、というのは苦手なので、あれでいい。(でも、セカチューの監督・・)どうしようもない、お涙頂戴のラストだとは思いません。小百合さんは、演技力がどうこう言われるけど、スクリーンが似合う。 存在感がある。 十分じゃん!「LOVERS」も、一回しか観なかったけれど。(関係ないぞ)(あれ? そういえば、昨日は『美形はおぼえられなくて』って 言ってたけど・・やっぱり美男・美女好きなんだな) みなさん! 機会があれば、どうぞご覧下さい! ちょっと長いです、でも、お勧めします! (今日は真面目やね~~~) ☆ただ、実際の開拓経験の関係者からは、あまり芳しい評は、ないみたい? 私のように、出演者が好きで観た人には、史実に忠実ではなくとも 全く気にならないんですが。。。
2005年01月29日
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いや~、驚きました。「ガラスの仮面」みなさん、やはり一度はハマっていたのですね。「実家に置いてある」・・・うんうん、そうですよね。開いたら最後、(笑)がーーーっと読んでしまいますよ~。あれは危険を伴う行為ですね!!「学校で回し読み」・・・やりましたよ!授業中!!教科書で挟んで読むのが、緊張感あってたまらない。(手紙回したり。 今じゃメールでやり取りですね)ところで、「ガラス」って、何年から連載してるのでしょう?ちなみに、「ベルばら」、「エースをねらえ!」は、70年代です。私、友人から「ガラス」はよく勧められたんですけど、他のにハマっていまして。「SWAN~白鳥~」という、バレエマンガです。(もちろん70年代!)5年間続いたようです・・途中、休みはあったのでしょうけど・・これ、「エース」と、結構「かぶる」部分ありまして。1.主人公は、一見平凡、平均以下の力しかないように見える。 しかし、実は周囲の想像を遙かに超える天才だった。2.主人公には、目標とする憧れの先輩がいる。 しかし、その先輩をも超えてしまい、本人はとまどう。・・・え~っと、マニアックになりそうなので、やめましょ。(*^_^*)「ガラス」に戻って、と・・北島マヤちゃんの天然ぶりに感動!です。すんごい可愛い。で、ホント前向き。「・・・それより明日のことを考えよう。明日どうやって生きるか、それを考えよう。たとえその明日が苦しくとも、また、その明日がある。その明日がつらくても、またその明日が・・・!」 (タケノコの皮みたい)いや~ん、そんなにストレートに言っちゃうと、おばちゃん恥ずかしいわっ。 (座右の銘? 明日できることは、今日するな)昔の少女漫画って、ストーリー性があって、ドラマチック♪(クサいともいう。そこがいい)いえ、今のには詳しくないんですけど。・・・ふと手にした雑誌の中身、かなり・・すごいんです。ぎょっとしました。 (エロくて・・)ドラマチック・・・あ、ドラマの話もするんだった。(笑昔の「白い巨塔」、あれは全国で再放送してるのかな?田宮二郎のオーラに、圧倒されました。部屋の暖簾?っていうんでしょうか、つぶつぶが一杯くっついて、下がっている・・懐かし~~、通ると「チャララン♪」、音がして。(話と関係ないじゃん)今のは・・ひとつ、あるんです。毎回録画してます。 でも、ナイショ。(なんで??)長いわりには、何のまとまりもなく、いきなり終わりにします。すいません~~
2005年01月28日
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ぷは~~っ!!面白かった!!え?何がって?「ガラスの仮面」と、「ベルばら」読んでました。どっちも、コンビニで売ってる、廉価版のコミックスです。 「ガラスの仮面」って・・・まだ、続いてるんですね!!最新刊は、「42」。 「43」だったかな・・すごいっ。 (@-@)初めて読んだわ~、これ。 「たけくらべ」編ですって。ドラマも見てないんですよ。視聴率、よかったらしいですね。あ、そうだ。明日は、今見てるアニメとか、ドラマの話にしよ♪家族と、いつも見る番組とか、あります?
2005年01月27日
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これ、あえて、しれっと書きますね。ある日の日記の続きなんです。いやぁ~、今日はいい天気だなぁ!フトン星(布団干し)の誤変換じゃあ!!洗濯もよく乾くし、窓を開けても寒くないもんねえ!窓も拭いたし、ああ~、なんて気持ちがいいのかしら~~~。・・・これ位でいいかな?ちょっと、スペースを、思いっきりかせいでみました。「り、リモネン、おかしくなった??」と思ったかた!その通りですよ~~。え~と、実はですね・・できるだけ、コソっと書きたかったんです。7日の日記に書いたこと・・私が、知人から聞いた話・・・なんですが。その人のお子さんが、「二人で下校中」に、車であちこち連れ回された・・・あれです。実は、続きがあるんです。お子さん達は、無事に警察に保護されました。もう中学年(10~11才)なので、容疑者の特徴も、車の種類なども、よく覚えていました。それを元に、身元を割り出し、住所までわかったんです。でも!・・逮捕されなかったんです。理由は、そいつが運転していた場所が、「市」や、「県」の境目だったから。いわゆる、ショカツだの管轄だのいう、あれです。重大事件でないと、そんなことになっちゃうんですね・・・ただし、これを聞いたのは半年程前なんで、今なら・・動きがあるんじゃないかと思いますが・・・。あると信じたいですね。(新着日記は、初めの方が紹介されるみたいなので、こんな書き方しちゃいました。 ホントは、たくさんのお母さんに見て欲しいんですが。誰が見てるか、分からないですもんね・・。)
2005年01月26日
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昨日の一件を見た後、ショックではあったものの、甘かった自分を反省。「今までが、天国だったわけだし、これも現実なんだし・・」とにかく、みんなで、もう少し楽しく過ごしたい。こっちから働きかければ、良い方向に向くかも?・・・他のお母さんと、軽い会話や家庭のグチなどを、多少大げさにしてみたり、(でも、余程モンダイの多い家庭と思われてしまった。)保育士さんたちにも、「こういうの、どうでしょうねぇ~」なんて、提案してみたり。でも、全く・・無駄でした。「そんなことはできない。前のようには対応できない」 却下、却下。・・・それなら、「参考にできるかも」なんて言わないでよ。・・・無知のふりして(今も無知ですが・・矛盾してるなぁ!)「あんまり小さいうちは、自閉症と診断するのって、難しいんじゃ、ないんですかね~」と聞くと、「そんなことは無い。 経験のある医師なんだから」と、一蹴。「それより、リモネンさんも、○○センターに行ったら?」・・・まあ、そうですけど。・・・医師にかかるのも、全く抵抗はありませんでした。ええ、・・慣れてましたから。(笑)でも、ここの様子~ 保育士さんの態度、他のお母さんの表情を見ると、さすがに気持ちがしぼみました。「診断名は重要だろうけど、もっと大事なものが、ここにはない」生意気な言い方ですが、そう思っていました。保育士さんたちは、ジンすけが自分たちになつかないのが、気に入らないようでした。・・確かに、暴力的な場面は、あれ以来記憶がないんです。悪いことばかりではなかったかもしれません。なんにせよ、楽しい記憶もあまりなかった・・。ある日の夕方、私はぼんやりとリビングに座り込んでいました。「これから、どうしたらいいのかな」ふと、部屋のすぐ下に人の気配がありました。ベランダから外をのぞくと・・社宅の、同じ棟に住む、ジンと同い年の男の子と、そのお母さんでした。2階からでしたが、小さな社宅なので、ふたりの様子は、よくわかりました。さすがに会話までは聞こえませんでしたが・・なんとなく、その子はぐずっているよう。小さな公園・・遊具が少しだけあるところでした。「まだ、外で遊びたいんだよぅ」「また明日にしよう、もう日が暮れてきたからね」・・・想像、ですけどね。ママはしゃがんで、子供と目線を合わせ、話し掛けていました。そうしているうち、動こうとしなかったその子も、納得したのか、目をゴシゴシこすり、・・二人は、手をつないでその場から離れました。眺めながら、私は・・・久しぶりに、「普通の親子」を、うらやましいと、強く思いました。もう、「嫉妬」に近い、「羨望」でした。ポタポタ、涙が落ちました。拭く気にもなれずに。「なぁに、みてるの~?」・・・え?ジンすけでした。お気に入りのオモチャで、遊んでいたのです。でも、立ったまま、カーテンを握りしめる私を、変におもったのかもしれません。はっとしました。「私は・・・何を、見ていたんだろう?」・・見なければいけないのは、この子なんだ。この子が、ゆっくりと成長するのを、見たかったんだ。他人を羨んでばかりじゃ、私は駄目になる。それは、きつい。 でも、ここに私たちが望む場所はない。 決心しました。「ここを出よう」
2005年01月25日
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私とジンすけは、新住所で、また療育を始めました。この頃の彼は、以前よりも明らかに後退しました。環境が大きく変わったため、とまどっていたのでしょう。 当時、自閉症とは、まだ診断されていませんでしたが、「環境の変化に弱い」というのは、彼らによくみられる特徴のひとつです。 他人からの働きかけにも、反応が小さかったり、逆に過敏に反応して、相手を驚かせる。自宅・出先で見つけたボタンやレバーに強い興味を持つ。迷子になっても、平気な顔をしている・・・ ただ、・・・言語面では、順調に伸びていました。新しい単語もすいすい覚え、身内となら会話ができました。 不思議な気持ちでした。「子供の成長は、らせん階段のようなもの。一旦後退しているように見えても、成長が止まったわけではない」・・・以前いた、療育施設で聞いた話です。 「そういうことなのかな~、でも、多動が戻ったのは困るな~」と、私はのんきに考えていました。 それでも、母子通園に何度か通ううち、ジンすけも段々と落ち着いてきました。ただ、二人いる保育士さんの、どちらにも、あまりよい表情は見せませんでした。 そんなある日。天気のいい、初夏の、汗ばむような日です。水遊びを始めようとしたとき、ある男の子がぐずり始めました。 私は自分も短パンにきがえようとしていたので、よく分かりませんでしたが・・・どうも、その子は「水遊び」には向いていないものを持ち込もうとしたか、同じ遊びを続けようとしていたようです。 お母さんは、困った顔で、その子と向かい合っていました。すると・・・ 「私にまかせて」ベテラン(健常児を長く保育園でみていた)の保育士さんが、二人の間に割って入りました。 私とジンすけは、近くで準備をしていました。大きな声が、ひびきました。ぎょっとして、そちらを見ると、その保育士さんは、男の子(A君とよびます)の体をつかみ、強く揺さぶったり、怒鳴ったりしたのです。 私は、呆然としました。A君は、ちゃんとした医師から「自閉症」と診断されていました。「そんなことをする子は、いなーい!! どこにも、泣いてる子はいなーい!!」こちらが驚く程の大声、しかもすごい形相・・ ・・??な、何してるの、この人??・・ 「こだわり行動」も、自閉症児によくあるものです。(同じ事を何度も繰り返す、気に入った物を持ち続ける、など) A君は、まさにそれをしようとしていたのでしょう。しかし、彼の様子は、周りをひどく混乱させる程のものでは、ありませんでした。 例えるなら、オモチャ売り場やお菓子売り場で、小さな子が駄々をこねて、ママの服をずっと引っ張っている程度のものでした。 それなのに・・・ その保育士さんは、彼が泡を吹くほど泣き続け、叫び続けても、・・まさに容赦なく、強い叱責を繰り返したのです。 私は、ジンすけを抱きしめていました。「こんなとこ見たら、子供がショックを受ける!」 周りを見ても、止めようとする人はいません。他のママ達は、黙々と水遊びの準備をしていました。 たまらなくなって、若い方の保育士さんに言いました。「あの、これは・・あんまりひどいんじゃ・・?」 彼女は、ため息をついて、「あの子はねえ、ああなっちゃうと、駄目なんだよね~」 耳を疑いました。ああなっちゃうと・・って、そうさせてるのは誰なの?興味を他に向かせたり、本人が落ち着くまで待つのが、大人たちの役目・・なんじゃないの? ほんの数分のことだったかもしれません。しかし、私は・・恐怖さえ感じました。 ほどなくA君は、もう泣く力も失い、ママの元へ戻されました。驚いたことに、A君のママは、こういいました。「先生、すいませんでした。」保育士さんは、吐き捨てるように「いいえ!」とこたえ、さっさと歩き去りました。 私もジンすけも、固まっていました。・・・お母さんがたの、冴えない表情の訳は、こうして、分かったのです。・・・
2005年01月24日
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「迷惑」という言葉を心に持ったまま、ぼんやりしました。・・・やはり、私たちには、「普通」のことは無理なんだ。ため息を大きくついて、「もう一度、やればいいだけじゃん」 車のエンジンをかけ、私は市役所に向かいました。「母子通園」について、担当の方と直接話し、詳しいことをきくために。 驚いたことに、その「担当」となっている方は、一ヶ月以上前に申し込んだ私たちのことを、よく覚えていてくれました。 にっこりと優しく微笑むお顔を見て、少しでも楽をしたいと思った自分を恥じました。 「母子通園施設」の小さなパンフレットをもらい、安心をもらい・・ホっとしました。・・・やっぱり、迎えてくれる場所があるんだ。・・・ そして帰る際、ジンすけに「靴、はいてね」と私が言う途中で、担当の方は、こう話し掛けました。「さあ、ジンすけくん、靴はどこかな~?」 はっとしました。ああ、そうだった。指示するのではなく、相手の注意を促すように、声かけをするのだった。 すっかり、そんなことも抜け落ちていたのです。感謝しました。 「よし、またできる!」私は、楽しみに再スタートを待ちました。 約束の日、紹介された場所へ、二人で向かいました。こじんまりとした、小さな施設。古いけれど、きちんと手入れされ、清潔な感じがありました。 保育士さんが二人、常時いるとのこと。一人は若く、可愛らしいかたでした。もうお一人は、いわゆる健常のお子さんのみを、長く担当してきた、ベテランさんでした。「以前の施設とは比べ物にならないだろうけど、何か気付いたら、 言って下さいね。 参考にできることもあると思うので」 ここなら、のんびりと、無理せずにジンすけのことを見守ることができそう・・・。私は、居場所を見つけた喜びを、再び感じました。 ただ、ひとつだけ気になったのは、そこに集うお母さん・・・彼女らの表情が、あまりよくないことでした。 「きっと、今日は曇っているから・・」私は、気楽にそう思っていました。
2005年01月23日
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さて、私達は引越を終えました。ケースワーカーさんの教えてくれた療育施設には連絡済みだったので、「よし、また始めるか~」と、思っていた矢先・・・ 私の体、あちこちいっぺんにガタが来ました。引越疲れですね。 胃腸風邪をこじらせたり、腰痛が急に悪化したり・・・ 結局、ひと月位、家でデレ~ンと過ごしました。そして、思ったのは・・「私・・・『母子通園』できるかな・・?」 経験がある方は「あ~」と感じるかもしれません。母子通園というのは、文字通り「母親と、子供が一緒に通う」ことです。これ・・ちょっと、キツイとき、ありましてねえ・・ 家事をすませてから、決まった時間に登園します。そして、現地でいろいろ活動するんですが・・かなり体力を使うとき、あります。子をおんぶして走ったり、シーツに子供達をのせて、部屋の中を動いたり、プールに入ったり、長く散歩したり・・。 もちろん、そこの方針があるので、一概にはいえないのですが。子供が小さいうちは、結構体力勝負ですなぁ・・・あと、ぶっちゃけ、活動を嫌がる子もいまして・・。(もちろん、無理強いはしないんですけどね。 ええもう、ジンすけも、初めはよく逃げてたから、追っかけるのも多かったです~。) それで、近所の幼稚園に、「中途入園できますか?」と、電話で聞きました。「園児が多いので大変ですけど、とりあえず面接を・・」と、渋々の返事を聞いて、少し緊張しました。・・まあ、まず無理だろうな・・。 駄目もと、でした。 そして面接の場。園長先生。「わざわざおいで頂いた」理事長さん。(スターウォーズの、『ジャバ・ザ・ハット』?に似てました)・・すっごい威圧感。質問がはじまりました。「お名前は? 何歳?」「・・・・・」「好きな物は、何かな?」「・・・・・」 ジンすけは、一言も答えず、キョロキョロするばかり。相手も驚いていましたが、私は、もっと驚きました。以前の住所では、あれだけ他人を意識したり、2~3語文を発していた、あの子が・・・。 小声の会話の後、返事がありました。「お母さん、この子は発達遅滞なんかじゃないですよ。自閉症です。 私は、何年も子供を見てきたからわかります。」「あの・・ひと月前の医師の診断では、違うようで・・」「とにかく、こういう子がいると、迷惑なんです。やっと、他の子も落ち着いてきたのに、この子が入ったら、またやり直しですから」 ・・・○○会社の社員のお子さんだっていうから、面接してあげたのに・・・。(同じ社宅のお子さん達が、多く在籍していたようです) 深く頭を下げて、そこを後にしました。胸がつぶれるようでした。(今もつぶれたまま・・って、それは元から!) 自閉症だと言われたことが辛かったのではありません。うすうす気付いていたことです。(数日前のに書きましたっけ・・)「こういう子がいると、迷惑だ」前が見えなくなって、車を停めました。新しい住所は、郊外の・・・のんびりした町。以前は、息苦しい位の人が住む、都心に近い場所でした。私は、「遊ぶ所がいっぱいありそう、よかった」と、喜んでいました。 でも・・・「迷惑」ジンすけ、3才。私たちに、「障害」を、強く認識させるこの言葉を、これから何度か聞くことになる、最初の場面でした。
2005年01月22日
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ぶは~、急遽一泊スキー行ってきて、何かボロボロ。ああ、運動不足も行き過ぎると、ホントに危ない。あれだけ、自分の体がいうこと聞いてくれないなんて。。。それにしても、ジンすけ。 がんばったねぇ、すごいよ。お、おかーちゃんは恥ずかしいよ。(一回でリタイヤした)デビューだったのに、あんなにバランス取るの苦手なのに。むー・・やはり、指導者が良かったのね。根気強く教えてくれて、ありがとうございました、Fさん!(あ・・でも、まだここナイショだったわ)
2005年01月21日
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(再編集しました、すいません) まず始めにお話させて下さいね。なぜ、私が「回想録」みたいなものを、延々と・・まるで、金魚のウ○チ(失礼!)みたいにずるずる書いているのか・・。それは、「私たち、こぉんなに苦労したのよぉ~ん」と、苦労自慢??をしたい訳ではないのです。だって、どこの家庭だって、また独身の方だって、それぞれ、いろんな経験をしてきて、今があるんですもんね。で、私の気持ちというのは、15日の日記にも書いたのですが、「障害があるから」という理由で、優遇されると、周りの人からは不満があがるのではないか、という不安があるのです。これ、実際に息子のクラスで、あったのです。私と先生の間に、ちょっとした連絡の行き違いがありました。先生は、その日、ジンすけが下痢気味だと思って、授業中にトイレに行くことを許可しました。すると、一部の子から、こう言われたそうです。「ずるい、何でジンすけだけ特別扱いするの?」理由を話すと、みんなは納得してくれたそうです。・・・でも。私はその話を聞いて、複雑でした。なぜなら、ジンすけは・・他の子と、感覚が違うから。興味が分散しやすい。まっすぐ、長く立つ事が苦手。(体のバランスが良くない)簡単なルールを、忘れる。周りの「空気」を読めない・・・。社会性が、同年齢の子並の発達をしていない。なのに、読み書き・算数は普通?に出来る。これが、発達に凹凸がある・・「発達障害」なんですねぇ。ただし、自閉であるみんながそうかというと、これがもう・・・バラッバラ、なんですよ~。自閉症以外にもLDなどが、わりに知られたものです。(学習障害と発達障害とは、明らかに違う。何でこんな間違いしたのかしら??ここの記述については、きちんと訂正・補足しないと!)←ひとっりごとです、失礼しました!他の物については、いずれフリーページなどで紹介・・・できるよう、頑張りま~す。で、本文に戻ります。周囲の子の不満を聞き、「どうしたら、いいんかな~」と、ちょいと考えてしまいました。今はまだ低学年だから、みんなは納得してくれる。でもねえ。高学年になり、授業内容も変わる、生徒会の活動などもある。いつか、他の子の不満は「本物」に、なる。愚痴になってしまいますが、「社会性」に問題があっても、結局、知的な遅れがないので、「障害児学級」に籍をおいても、ほとんど「通級」(普通学級の中の席で授業を受けることです・・個別授業を受けるときを言うこともあるようです。学校により、名称が変わるのかな?)・・に、なるだろうとのこと。先生からは、これ以上個別対応はできない・・と返事。障害児級には、他にも児童がいるので、大変なのだそうです。それで、提案させてもらったのが、ジンすけにも「人から感謝される経験」をさせてほしいと、先生と相談しました。彼は、人から疎まれることはあっても、感謝される・誉められる事は少ない。小さなことでも、彼にも役割があるのだということ、それを果たしたときには、何か本人にも自信につながり、周囲からも「お、サンキュ!」と言ってもらえれば・・。いわゆる学級内の係の他に、ひとつ役割を持たせてほしい。先生は、いいアイディアを出してくれました。「負担にならずに、毎日できそうなこと」(え~っと・・ごめんなさい、ここでは書くことをやめておきます。)とりあえず、本人も楽しんでやっているようです。まとまりが無いなぁ・・(苦笑)障害があっても、「スタンダード」に近づくことを望まれる場合がある。また、本人が、そう望むときもあるでしょう。しかし、「個別支援」と「特別扱い」は、表面上似ているため、周りが不満を持つことも予想される。。。そういった時、どんなクッションを用意すれば、本人と周囲が、笑顔で過ごせるようになるのか。もちろん、全員が満足・・・というのを期待するのは困難。でも。理想の形を考えていくことは・・・できる、かなあ??できれば、いろんな立場からの意見をお聞きしたいのです。書き込み辛ければ、左側にメールフォームもありますので、どうぞ、よろしく!!(はぁ~、こんなに長い文章?・読んで下さって、ありがとうございました!)・・・あなたの隣に、こういう子がいたら・・どう思います?・・・<タイトルが少々曖昧だったので、変更しました。 前・・「不公平感」を減らしたいな。 後・・「周りの不満」を減らしたいな。です> **大幅に、加筆・訂正しました。**
2005年01月20日
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さて、我が家は一ヶ月後に引越をすることとなりました。実はこれ、ウチが希望したことなのです。ジンパパは、当時の職場で、人員不足による激務の為、体調をくずしていました。過労で入院寸前までになったことも・・。(でも入院してないっていうのは、結局世渡り上手なのかも?)他にも理由はありましたが、またそのうち・・・。 ジンすけは、「通園施設」にいた間、大きな伸びを見せてくれました。まず、言葉が一気に出始めました。発音は今一歩・・・でしたが、私には十分通じました。(笑)ごく簡単な二語文なら、自発的に言えるようにも。(例・○○、ちょうだい・・など) そして行動面。それまでは、周りの人のことはおかまいなし、だった子が、挨拶をする、 気に入ったおもちゃがあれば、見せに来る、迷子になったら泣く・・など。普通の子なら、自然に身に付けて行くことです。でも、ジンにはそれがありませんでした。・・・嬉しかったです。それまでは、迷子になっても平然としていた子が、大泣きして、その居場所を知らせてくれるようになったのですから。今なら、引っ越しても何とかなるかもしれない。そんな期待もありました。ただ、私にはひとつ・・不安がありました。「この子、知的な遅れがあるだけ・・・なんだろうか?」最後となる、ドクターとの相談の日、思い切って、こう聞きました。「先生、うちの子・・自閉症なんでしょうか」医師は、笑ってこう言いました。「お母さん、こういう子は、自閉じゃありませんよ。いろいろ興味持って、動いて・・ほら、私たちにも注意を促してくるでしょう? 反応を見てますよ。ただ、成長するにつれ、他の子との差が開いてくるかもしれませんが・・」…なぜか、そう聞いても、疑問は残りました。でも、一年足らずの間、4度も診てもらったドクターの言葉。うん、とりあえず、信じよう。ケースワーカーさんから頂いた、転居先の「療育施設」のメモ。それを大事に持って、私たちは、友人達にお別れをしました。
2005年01月19日
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思い出は美化されるものですが、「適切な療育」が受けられたこの時期は、楽しい思い出がほとんどです。 さて、「体験入園」をした後、ようやく私達は「障害児通園施設」に通う事ができました。 実際に入ってみて分かったのが、その施設の充実ぶり。少し高台にあり、陽当たりも風通しも良く、園庭に出ると、よく庭師さんが、植え込みの手入れをしていました。 裸足で遊んでも痛くない、柔らかな砂。安全性を考慮した遊具。広い体育館。 温水プール。そして、ボランティアさんの手作りの、可愛い布のおもちゃ。・・・ 変な話ですが、「障害児の親って、幸せだな~」とも思いました。そして何より。 一番嬉しかったことは、私一人で子供に向き合わず、周りのサポートを受けられた事です。 予約を頼めば、ST(言語療法士…言葉の面で、心配がある子に、指導などをしてくれます)、ドクター(児童神経科・心療科など)に、簡単に相談ができました。 同じクラスになったママ仲間とも、カラオケに行ったり、お茶したり・・。ママ同士が仲良くなれたからでしょうか、初めはお互いを、あまり意識しなかった子供達にも、少しずつ変化が見られました。「発音が、すごくきれいになったよね」「手遊びの時、いい表情するよね」「前より、集中して課題を見てるね」・・・一歩ひいた、他人だからこそ気づける小さな変化を、喜び合う。 保育士さんの間の、ちょっとした気持ちのすれ違いには、苦笑しながらも、楽しい時間を過ごす事ができたのです。 でも、こんな「蜜月時代?」は、すぐ終わりました。ジンパパに、転勤の内示がきました・・・・。
2005年01月18日
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ふう・・(いきなりため息?)つくづく思いました。私には、まだ大きすぎるテーマでしたね、「教育」だの「言葉」だの。(14,15日の日記。)ちょっとアクセル踏みすぎるこの性格。(後に、これが大きなネックとなる出来事があるのぉ~)・・・ということで、自戒の意味を込めて、明日からもう一度、「療育日記」に戻ろうっと。・・・だいたい、まだ全然「療育」始まってないし!(苦笑)ああ~~、不適切なおばやん。。。。 頑張るな~、リモネン。 不精な私はぼちぼち、がお似合いよ♪
2005年01月17日
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ドラッグストアで、「ふーーむ・・・・。」と、ため息。スッゴイ種類の、「花粉対策グッズ&サプリ」。毎年、増えてません?? どれを選べばいいのぉ~。私にとって、なじみがないのが、「トマト成分 ナリンゲニンカルコン」。あと、「くうてい茶」。 (漢字、忘れました…)耳鼻科の薬は合わないしぃ。レーザー治療も、怖いしぃ。(んじゃ、あきらめなくちゃ~)とりあえず、「トマトのサプリ」を買って帰宅。ヨーグルトも、ほぼ毎日食べるけれど。・・・皆さんは、どのように、「対策」なさってますか?
2005年01月16日
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今回も、引き続き「固め」の話になってしまいます。今、お疲れの方は、読まない方がいいかもしれません。 さて、私の長男ジンすけは、今でこそペラペラとうるさい位話す子ですが、「バナナ記念日?」(13日)で書いた通り、発語は遅く、またその発音も大変あやふやなものでした。当時、彼の診断名は「言語遅滞」だったのです。 ある休日、家族でのんびりとTVの情報番組をみていました。新作映画の紹介のコーナーの中、担当のタレントさんが、数度言い間違えたり、言葉をつかえさせていました。彼女は…おそらく、照れ隠しでもあったのでしょう。「やだぁ、私って、言語障害だわぁ~」と、笑って言いました。そのとき、私は体が文字通り「フリーズ」しました。お茶をこぼして我に返り、ふきんで拭いていると、CMが終わり、番組が再開しました。その番組の総合司会を務めるアナウンサーさんが、「先ほどは、不適切な表現がありましたことを、お詫び致します」と、頭を下げました。私は、「…こういうことなんだ」と、悟りました。そして、自分も今までこういったことをしたことを、恥じました。やっと、わかったのです。当事者の家族が、そういう形で「障害」という言葉を聞くことは、悲しいことなんだと。出産前には、思いもしませんでした。……正直に言うと、「なんで、そんなこと、いちいち抗議するんだろう?別に、悪意などないのに」と、少し疑問だったのです。でもその時、家族に隠れて泣いていた私は、こう感じました。「どんなに無邪気な言葉でも、誰かを悲しませることがあるんだ」もちろん、障害者を「こわれもの」のように扱うのは、それもある意味で不適切でしょう。(『お体のご不自由な方々』という表現に、違和感をもったことがある方は、少なくないと思います。)何らかの障害を持ちながらも、ほぼ自立し、日々の生活を楽しんでいる人も、多くいるのですから。私は身勝手な人間ですね、距離を置かれることも、やはりとてもさびしいと感じます。「じゃあ、どうすれば良いって言うの???」・・ですよね。(^^;)ひとつの誤解も無く、語り合うことは、仲の良い友人同士でも、おそらく不可能だと思います。言葉の背景、ひいては相手の人生の背景にあるものを全て理解することは、大変難しいかもしれません。でも、だからこそ、「会話・対話」をすることでしか、その壁を低くすることもできないかも……。「理解」抜きでも、会話は楽しいものであり、また意外な発見があるから、やはり気軽に言葉を投げ掛け合うというのは、良いものですよね。私も、被害者意識ばかり持って生きている訳ではないので…おもしろいんですよね、こういう人生も♪凹凸があるから、平坦な道のありがたさもわかるし。・・と言うことで、できれば皆さんからの、率直な言葉を、ばんばん聞かせて下さいね!! WITH LOVE♪(あ、私ですか? ええ、もっちろん、友人にも我が子にも、『不適切』な発言、い~~っぱい、しちゃってますよ!!) ←威張るんじゃないっての!
2005年01月15日
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最近、地方紙で見かけた「読者からの声」。そのテーマは、「60年目の自由」。今年は戦後60年…と、してはあるのだけど、今回集まっていた「声」は、主に「学校教育」について、でした。 5人の意見のみ、掲載されていたけれど、とても驚いたのが、「習熟度別のクラス分け」で、一番レベルの低い(そのままの言葉です)クラスに入った子供達に対し、その担任教師が、「ここは、一番おばかなクラスですから!」・・・と、言ったそうです。 投書は、こう続きます。・・・こどもは、やる気をなくし、個人指導をしてくれる塾へ通っている。 だから、学校の授業についていける…。私の知人で、中学校の教師…を、一人知っています。その人は、こう私に話したことがあります。「どんどん制度が変わっていって、それに合わせるのがせいいっぱい。 本当は、もっと大事なことがあるのに…。」彼女は、以前、とても「荒れた」学校に勤務していました。いろんな生徒さんの家庭へ連絡を取ったり、校内での問題に、頭を痛めていたようです。しかし・・その時の「ぼやき」よりも、「もっと大事なものがあるのに」と嘆く声は、ずっと、深いため息と共に出ていました。投書の中には、こんなものもありました。「週5日制になってから、休み時間はへり、授業の中身も詰まりすぎて、ノートも取れない、質問もできない。」最近になってから・・では、ないですよね・・。みんなが疑問に思い、みんなが窮屈な思いをしている。もちろん、今の現状を、有意義に過ごしている人も、きっと、たくさんおいでなのでしょうが・・・。……学校って、何のためにあったんでしたっけ?……
2005年01月14日
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ジンすけの療育日記、番外編です。先日、書きました「通園施設」。 これ、申し込みしてから、随分長く待ったのです。その間は、「母子サークル」で、親子でお遊戯したり、家でも生活習慣を整えようと、すこしずつ工夫して、一日を過ごしておりました。そして、待ち期間の間、「一日体験」という形で、ちょっとしたお祭りに参加させてもらいました。サークルよりも、大きな施設。もちろん、人の数もずっと多い。ジンすけは、少し緊張しながらも、彼なりにお祭りを楽しんでいたようでした。その後、専門家の人に相談する機会もあり、私はジンに、どんな働きかけをしていけばよいかをいろいろと聞くことができました。毎日を過ごすことが、以前よりずっと楽しくなってきました。おそらく、私の顔つきは、不安だらけだった頃と比べて、全く変わっていたのではないかと思います。 そんなある日。いつものスーパーで、果物売り場を歩いていた時です。山積みされたバナナの横を通ると、・・「・・バァバ」 え?「バァバ」・・・!!! バナナ!? バナナのこと?「これ、のこと? バナナって・・言ったの?」「バァバ♪」 涙がでました。 ジン、2才5ヶ月。初めて、名詞と実物のマッチングが、できました。ここのバナナ、全部買って帰りたい・・・!(それは、さすがにムリなので)カゴの中に、一房だけ入れました。果物売り場で、鼻水をすする女。 いや、みっともないですね~。 「ジンすけが 初めてバナナと言ったから ○月×日はバナナ記念日」 ・・お、お粗末様です・・。
2005年01月13日
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昨日の最後、「幸せな時期」としましたが、付け加えるとすれば、「恵まれた時期」。 まさに、新しい出会いと発見、喜びを次々見つけられた一年でした。保健婦さんからの紹介で、私は「ケースワーカー」さんに会いました。ここでもまた、ジンの様子を見てその人は、心配そうな顔で、こういいました。「月に2回より、週に2回の通園施設に通ってみませんか」・・ジンは、そんなにも心配な状況なのか・・。「はい、ぜひお願いします。」「そうですか。 いや・・断るお母さんも、おいでなので・・」その時の言葉の意味を、私は身内からの反応で知ることとなります。「なんで、そんなとこ行くの? 家で、読み聞かせとかをしてあげればいいじゃないの」「そんなとこ、通ってたことを、もしジンが大きくなってから知ったら、ショックを受けるんじゃない?」私には、意外な言葉でした。彼らは、「そんなとこ」に通うことが、マイナスだと言う。私は、プラスになるだろうと思う。このあたりの、価値観の違い・・見解の相違?は、ジンが大きくなるまで、くいちがったままでした。なんにせよ、数ヶ月待った後、やっと「通園施設」に通うことが、できるようになりました。私が最初に嬉しく思ったことは、そこにはいろんな子が、当たり前のようにたくさんいたことでした。ジンと似たタイプの子もいる。手足に補助具を付け、一人であるけるように練習をしている子もいる。チューブや点滴?を付け、車椅子などで過ごす子もいる。「生きている。」 生きている・・みんなが、「生きて」いる!ここでは、誰もがその存在を認められている。その子のための場所がある。見つかった、ここが私達の居場所なんだ。大げさですが・・感激でした。そして本格的に通園が始まると、ジンはびっくりするような大きい変化を、次々見せてくれたのです。
2005年01月12日
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次の日、さっそく保健センターへ連絡し、「歯科検診」がひと月後にあるので、その際に詳しく相談をすることとなりました。 それを、ただ待っているだけで過ごしたくない。私は、あの電話をきっかけに、気持ちが上向きになっているのを感じました。 億劫だった外出を、どんどんしました。近所で、週一回の「母子サークル」にも入り、ジンを他の子と同じ部屋で遊ばせることも、してみました。 やはり、公園や近所で遊ぶときよりも、「違い」がはっきりわかります。 まず、興味を持つ対象が違う。ジンは、ラジカセや、部屋の明かりのスイッチなどを、何度も触る。 他の子達は、それぞれ友達とじゃれあったり、ごっこ遊びをする。 とにかく、人や物に対する意識の仕方が、違う・・・。 ジンにとって、そこで初めて「子供の群れ」に出会うことは、驚きだったようです。なかなか輪に入らず、たまに気が向くと、遊びに加わる。 私にも、現実を見ることと、我が子に無理を強いているということ・・。 両方とも、少々しんどいことではありました。 それでも、数度通ううちに、彼にも(す~っごく)ちょっぴりずつですが、変化が見られました。 そして迎えた、相談の日。保健婦さんは、ジンすけの様子を見て、表情を曇らせました。 「月2回の療育グループがあるので、そちらを紹介します。」 私が療育という言葉を聞いたのは、多分これが最初だったのではないかと思います。 聞き慣れない言葉。 小さな不安と、期待。 でも、何かできる。 今まで何も、親らしいことを、してやらなかった。やっと、これで動くことができる・・・ 道筋を、案内してもらえたようでした。この先しばらく、私とジンにとって、幸せな時期が続いたのです。 (あ、今がす~んごい不幸ってことではないですよ、もちろん。)!!! ギリギリですが、今夜の「ニュース23」で、「発達障害の実情と支援」について、放送予定です!!!
2005年01月11日
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あの電話、私は一生忘れないでしょう。「元気~? どう、ジンすけ君、大きくなったろうね」学生時代からの友人、Kちゃんでした。 彼女は、結婚して、実家を遠く離れた地に住んでいます。 私の、当時の住所は、そこから車で1時間足らずの場所でした。「Kちゃ・・・」言葉が、続きませんでした。 ジンのことだけでなく、その時住んでいた社宅での付き合いの難しさに、私はかなり参っていました。あちこち引越して、日本中に友達ができるだろうなんて、甘い考えでした。 私にも、きっと落ち度があったのです。「どうしたの?何かあったの?」彼女は、きっと電話の向こうで、大きい目をまん丸にしていたでしょう。「あのね、ジンすけね・・」 私は、緊張が切れて、話すことができました。 ジンが、普通の子と、大きく違う事。 繰り返し注意しても、危ないことをする事。 二人で出かける時、近所の子に会うとからかわれるので、 誰もいない事を確認してから、 いそいでドアを開ける事・・。「なんで、今まで話してくれなかったの・・」 私は、友人を泣かせてしまいました。 ・・言えなかったの、心配させたくなかったもん・・「気付いてあげられなくてごめんね」・・言わなきゃ、わからなくて当然。 彼女も二人の子持ち、近くても、なかなか会えなかったのですから。「どこかに、相談はした? 保健センターとかは?」・・・あ。 恥ずかしい話ですが、私はこのときまで、全く忘れていたのです。 (何かあれば、相談してくださいね)という、保健婦さんの言葉を。 私は、次の日早速、センターへ電話をしました。ジンすけが、2才を迎える、ひと月ほど前のことでした。(ああ~~っ、ちょっとクサいですね~、ガス漏れ装置が反応するから、 換気した方がいいですよぉ~~)
2005年01月10日
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さて、今日はジンと私の、愛♪にまみれた道のり・・について・・。(もうちょっと、気のきいた表現ないの?) 「療育」という言葉、ご存じでしょうか。障害児・者に、社会的な適応を促すための治療・教育・・端的に表現すると、こんな感じでしょうか? 実際は「治療」という言葉が適切でない場合もあるのですが・・、それは、おいといて。 6日の日記で、「ジンは一年障害児通園施設に通った後、保育園へ」としましたが、それは現住所に移ってからのことなんですね。 彼が保育園へ通ったのは、「年長さん」の、一年だけです。 その一年以外は、ずっと「療育施設」、または自宅で過ごしていました。 ジンが普通の子と違う、とはっきり気付いたのは、一歳半検診のときです。 指さしがない、はっきりした言葉がない、他の子供に興味がない。・・ここまで、発達の遅れがあったのに放置してしまったのは、全く、私の責任です。 ジンは、生まれてから4才になるまで、3回の引越を経験しました。 転勤等の事情からです。 1才になってすぐ、初めの引越でした。 一才検診の際にも、医師から「様子をみましょう」と言われていたのですが、新住所に慣れるのがせいいっぱいで、そのことが記憶から消えてしまっていたのです。 そして、一才半検診。 その直前に、ある出来事から「お医者さん」をひどく怖がるようになったジンは、保健婦さんの白衣や、白い壁を見て、大泣きをつづけました。 問診の際、…男の子だけですよね?「タマタマ」を、調べるんです。 もう、ジンの叫び声は、すごいものでした。 ずっと抱きかかえて、落ち着いてもらおうとした私は、すっかりヘトヘトでした。 保健婦さんからの、せっかくの言葉・・「遊び相手などは、近くにいますか?」にも、はっきりと答えず、結局そのままにしてしまいました。 この後、私は一人で悩むことが多くなりました。そんな中、それを一気に良い方向に持っていってくれる電話が、友人からあったのです。
2005年01月09日
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「 皆様、「健康食品」などは、何かお気に入り・・など、ありますか? 我が家では、数種のサプリ、あとは・・「青汁」を、たまに飲みます。 ジンすけは、野菜大好きでして、もちろん青汁も大好き。 今朝は、久しぶりに飲みたがったので、・・冬って、暖かいものが欲しいですもんね。 粉末のものに、ポットのお湯を少し入れて、シェイカーで、しゃかしゃか降っておりました。 「牛乳を足そう・・」と、冷蔵庫を見たとき、「っっぽんっ!!」シェイカーのふたが開いて、ぶわっっと吹き出す青汁。 っうわぁ~・・ヤレヤレ、とあたりを拭いたのですが、雑巾は、なぜかあまり汚れていない・・。 気にしなかったので、そのまま、忘れてました。後になって、私がサプリを飲もうと、上をぐっと向いたら、・・ん?うちの天井、模様なんてあったかしら・・ 緑の水玉模様。 始めて見る柄。 そう、青汁さんは、天井までおいでになっていたのです。いやぁ~~、さすが、「健康パワー」。恐るべし、青汁。 やっぱり、説明書の通り、「水・または牛乳」で、初めから作らないと・・。 人間、素直に生きた方がいいですね~。
2005年01月08日
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冬休み、終わりましたね。とはいえ、すぐ三連休がぁ! もうこれって、「家計の赤字応援作戦」という感じですわ・・。 さて、まったりと休みを過ごした我が家。 昨日の夕方、用事を済ませがてら、ジンが現在通う学校まで、ポチポチと散歩をしてきました。 皆さん、初詣・・は、もういらっしゃいましたよね? 私、まだ行ってないんです。 ちょっと風邪気味だったので・・って、映画のレイトショー観に行く元気はあったのに?? まあ、そんな罰当たりな私ですが、やはり学校が始まるとなると、不安な気持ちにもなるわけで・・。(ここ、「純」風にお願いします) 用事のあと、通学路を二人でテケテケと歩く。 道にお願いをしながら。 「ジンのアホが、急に車道に飛び出したりしませんように・・少し乱暴な上級生から、あまりちょっかいをうけませんように・・」 でも、私の気持ちなど知らず、横でペラペラと独り言を、キンキン声でしゃべり続ける、おかしな息子・・。 (それが、嫌がらせされる原因なんだずぉ~) まあいい。 元気に通ってくれれば、さ・・。 スキップするジンに合わせて、負けずにびよ~~んと飛ぶ私。 はたから見たら、かなり不気味な親子であったでしょう。 それはいいとして、「子供だけでの登下校」が、あまり安心出来なくなってきて、寂しいですね。 通学路の脇にも、何カ所か「不審者に注意」ののぼりが立っているのを見ると、むなしい気持ちになります。 私の知人にも、お子さんが「知らない人」に車で連れ回された経験がある人が、います。 「絶対に、一人では付いて行ってはいけない」と言い聞かせてありました。 しかし。二人で歩いているときに、そういった相手に遭ったそうです。 幸い、二時間位、「ドライブ」に、強制的に付き合わされただけで済んだらしいのですが・・ 親御さんも学校も、「これからは、二人のときでも、どんな事があっても付いて行くな…と、言葉を変えなくてはいけない」と、大変ショックを受けたそうです。 ・・また、予告と違うこと書いてしまった・・。 いやぁ、知人から、「せっかくいろんな立場の人がアクセスしたり、コメントくれたりするんだから、いきなり『意見募集』!と意気込むより、少し今までのジンや、周りのことを載せていった方が、理解をしてもらえるのでは?」と、言われたのです。 んむむ~。 そんなに「抱腹絶倒」エピソードばかりでもないんですけれど・・・ いかがでしょうか、皆さん? (って、聞かれても困るぅ~。。ですよね・・。)
2005年01月07日
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「あれ?予告と内容が違ってない?」と思われた方、すいません! 実は、「発達障害」が一応ここのキーワードになってますが、ちょっと内容が先走りすぎているようなんですね。 それで、今回は変更して、「ジンすけ、初の保育園へ参る」で、いってみます。 さて、ジンすけは、一年「障害児通園施設」に通ってから、保育園へ通うことになりました。 フリーページには書いたのですが、彼は「開きっぱなし・よくしゃべる自閉児」(よくいるタイプ・・かな? 開きっぱなしというのは、周りからの影響を受けやすいという意味)です。 「乱暴なことをあまりしないから、トラブルも少ないはず。健常児の中に一度移行をしましょう」と、DR.からアドバイスもあり、不安ながら、地元の保育園へデビューしました。 数度、そこで交流を持ったことがあったので、同じクラスのみんなは、とっても良い子だとわかっていました、私にはそれだけが頼みの綱・・。 初めの一週間。 それはもうみんな、ジンに興味津々でした。 いっぱい話し掛け、質問し、遊びに誘ってくれ・・。 しかし、そのことが、返ってジンには負担だったようです。 おびえるように、みんなから離れるジンに、いつしかみんなは、「なんて付き合いの悪い子だ」と、不快な気持ちを持っていきました。 「このままじゃ、みんなにも、ジンにも楽しい雰囲気を感じてもらえない・・」私は、ない知恵を絞って考えました。 【笑いを取ろう。】・・それだ。 賢明なお母さんなら、マンガやドラマのように、みんなに理解できるように説明ができるのでしょう。 しかし、私は根っからのおふざけオバちゃん。 とても、周りに納得してもらえるような話をする自信は、ありませんでした。 で、ジンに教えたことは・・「一発芸」。あとは、彼の得意の暗記芸。 ひとつ心配だったのは、彼が、それを「適切な状況」で、出来るかどうか、でした。 しかし。 これが、意外にも、とっても周りにウケたのです。 「おもしろいね!」「ジンって、へんだけど、頭いいね」 ・・そう?ほんと? 何気なく聞き流しながら、私はみんなに、心の中で、手を合わせていました。 ジンも、それまでの表情とは変わり、みんなの積極的な問いかけにも、わらえるようにまでなりました。 保育園への送り迎えも、前より苦痛ではなくなりました。 みんなが笑顔で挨拶してくれる。 ジンも、タイミングを逃すけど、良い感じに反応している。 感謝と安堵感・・胸がいっぱいでした。 ジン、君も、ほんとによく頑張ったね。 あれは、良い経験だったね・・。
2005年01月06日
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(編集しました。 もしAM中に読んで下さった方がおいでなら、すいません!) さて、私が最初に「街の中が歩きづらい」と感じたのは、妊娠中でした。 お腹が大きくなってくるにつれ、ちょっとした段差などが気になって。 もちろん産後の、子連れのお出かけでも同じ。 ベビーカーの通りにくい場所、また禁止される場所。 …ちょっと、方向がずれたかもしれません。 軌道修正。 とにかく、世の中は、多数派に都合よくできている。 それは仕方ないですよね、だって、少数派の立場ばかり考えていては、逆に大勢の人には無意味なものができる。 「それは税金のムダ」というように切り捨てられかねない・・。 ただ、結果がいつも無駄になるとは限らない。 みんなに、役だったり、安全性に貢献できるものも、中には見つかるはず・・。 一人で、自由に歩き、目的や用事を果たして、無事に家に戻る。 大抵の人なら、難なくこなせるもの。 でも、例えば肢体不自由(身体の障害)、視覚の障害のある人にとって、それはいつも容易なことではないかもしれない。 「発達障害」というのも、同じような困り感を持っています。 明日は、どんなところで彼らが困ってしまうのか、書いてみようかと思います。 独り言ですが・・誰にでも意味が通る文章は、ムズカシイですね。 私も、きちんと日本語勉強しなくっちゃ!(^^)
2005年01月05日
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数年前、友人と話していて、はっとしたこと。 電車や地下鉄の中で、ケイタイの電源を切るか、どうかについて。私)「混雑してたら切るけど、すいてたら切らない事が多いかな」友人)「でも、ペースメーカー付けてる人には、危険なんだよね。 なんでわざわざ、電車で外出するんだろう? 命にかかわることなら、混んでる電車や人混みは、避けた方がいいのにね」 …かなり、省略した表現になってるので、ちょっと友人の言葉がキツいものに聞こえるかもしれませんが、彼女の気持ちとしては、「相手を危険な目に遭わせたくない」であり、「排除したい」という意味ではないことが、わかりました。 しかし、その当時すでに、我が子が「普通の子」でないことを知っていた私には・・「自分の身を自分で守れない立場にあるなら、一人で外出しない方がいい」・・そう感じられました。 複雑な気持ちでしたねえ。 それでは、誰かに頼ったり、周りに迷惑をかけてしまう人たちは、ずっと家の中にいた方が良いのかなあ…。 明日からは、この続きを、ちょこちょこ書いて行こうかと思っています。
2005年01月04日
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初めまして、リモネンと申します。とにかく、ベタの初心者です。 何かとソコツなところがあるかと思います。 どうぞ、よろしくお願いします!!
2005年01月03日
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