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2019年07月22日
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カテゴリ: こけし用語辞典

​​ こけし用語辞典(【呪力】 じゅりょく)
呪力とは
私の魅かれる<古作こけし>には系統を超えてすべて呪力がある。 戦前の盛秀太郎には確かな呪力があったが、戦後は呪力をまったく失ってしまった。
​​

戦後まで活躍した工人で呪力があるのは佐藤文吉、佐藤喜一、高橋忠蔵(とその一家)、佐藤巳之助などの肘折系、湯田時代の佐藤丑蔵。現代の工人では佐久間俊雄、小林定雄・佐藤佑介など湯田の丑蔵の系譜、高橋通・順子夫妻、新山吉紀の喜一型、今晃などであろうか。

不思議なことに呪力については、当該の工人がまったく意識していないことが多い。

佐久間俊雄も不思議な工人で、いま私がもっとも欲しい工人だが入手難である。いずれも底辺の民衆の力つまりは祈りと願いの凝縮されたもの。それが呪力である。

これまでの表現として呪力に近いのはグルーミィ( gloomy )、グロテスク(グロ味)、情味であろうか。情味(『こけし辞典』「情味」参照)と言っても範囲が広く、グルーミィ( gloomy )とは陰鬱、陰気な様であるので、やはり呪力が相応しい。土湯系の渡辺作蔵、佐久間由吉。遠刈田系の佐藤文吉の場合はアルカイックスマイルと呼ばれる場合もある。

​佐藤喜一の呪力(松田ひろむ蔵)​

こけしと呪力

 こけしの呪力をいうのはわたしだけではない。そのいくつかをあげる。

1 、(こけしは)山の湯治場で獲得した山の神の五穀豊穣の 呪力 を土産物とともに持ち帰って、隣近所の人達と分かち合う必要があった。 こけしは湯治のご利益(りやく)を持ち帰るためのお土産として最もふさわしいものであり、それ故湯治場で喜んで買われたのだった。

(こけしの文化史 (1) こけし誕生の物語 http://bokujinshi.info/tanjo.htm )

2 、かつて湯治土産だったこけしは、子供たちの玩具であったと同時に、山の神の力、湯沸き出でる大地の力、 呪力 が宿るものとして神聖視され、相容れることのなかった「里のもの」(農民)と「山のもの」(木地屋)を繋ぐ媒介としての役割も担っていたのである。(民芸ジェットリンク http://www.jetl.com/mg18_kozue2.html )

3 、(佐久間由吉は)昭和十年にこれが本当の土湯木でこだという誇りを持ってこけし製作を再開した。そして彼が言ったのは「俺の身体には赤まんまがある」という言葉、赤まんまというのは即ち赤いあざ、土湯の正統な流れを汲む聖痕としての赤いあざを由吉は持っていると言ったのだった。これは身体に刻印された極めて強いアイデンティティであり、この聖徳太子の 呪力 を背負いながら由吉は木でこを作ったのである。

(木人子閑話( 13 ) http://bokujinshi.info/kanwa13.htm )

4 、(「こけし手帖」 648 )「俺の体には赤まんまがある。」と由吉は言った。土湯の正統な流れを汲む聖痕と云われる赤いあざ。その赤いあざが私にもある。俊雄と私を結びつけた ​呪力​ であろうか。こけし友の会・田宮順一。(こけしおばちゃん https://blogs.yahoo.co.jp/ehusako/41010321.html )

5 、子供は「非日常的な(境界との)コミュニケーションの媒体として」使われることになるのです。こけしを手にする子供達は、境界を超えて神の仲介者となり、村中をとぴまわることによって、五穀豊饒の 呪力 を村の隅々にまでゆきわたらせていたといえるでしょう。元気溌剌とした生命力過剰な子供達が、彩り鮮やかなこけしを手にして駆けまわっているのを目にすれば、大人にとっては豊穣の能力が絶対的なかたちとして顕現したと確信せざるを得ないのです。(こけしと杖あるいは棒における象徴作用 http://bokujinshi.info/tsue.htm )

6 、胞吉がこけしを売った時代は、こけしが湯治場で創り始められてから大分時間を経た後ですが、買う側から見れば湯治場でも小正月の参道でもそれ程の違いはなかったのでしょう。小正月は旧正月の一五日、満月の夜であり、新しい年と古い年の本当の境い目として各種の農耕儀礼との密接な結びつきもあり、例の祝儀棒の活躍する時でもあったからです。古い一年が死に新しい一年として再生する晩に裸身の男達が駆けまわる大崎八幡の境内、その松焚神事に参詣した人達によって買われていったこうした小さなこけしも、来るべき一年の豊饒・多産の 呪力 を一身に担っていたに違いないのです。(こけしと杖あるいは棒における象徴作用 http://bokujinshi.info/tsue.htm )

【呪力とマナ】

(呪力とは)物理的な力ではない、神秘的、超自然的、非人格的な力のこと。典型的なものとしてメラネシアにマナの観念がある。マナは、人間、霊魂、動物、植物、石などいかなるものにも宿ることができ、善悪いずれにも働くことができるが、これを所有すれば益を得ることができる超自然的な力である。同様な観念はアフリカの諸民族、ポリネシア、インドネシアなどにもみられる。北アメリカの先住民アルゴンキン系諸族のマニトウも呪力を意味する類似のことばである。このような呪力はタブーと密接な関係があり、そのような呪力を畏怖 ( いふ ) し敬遠する人間の側の態度がタブーとなる。穢 ( けがれ ) の観念も呪力と関係し、たとえば女性の月経血を穢とするのは、月経血に危険な呪力が備わっていると考えるからである。人間が呪力をもつという信仰も広くみられ、学習によって呪力を獲得し意図的にまじないを行ってその力を行使する邪術 ( じゃじゅつ ) 信仰と、先天的にもっている呪力が本人の意志とは無関係に他人に作用し災いを与えるという妖術 ( ようじゅつ ) 信仰がある。呪力の観念はアニミズムより原初的であるとするマナイズム、アニマティズムなどの理論があるが、このような宗教起源論的なとらえ方は今日では批判も受けている。しかし呪力の観念は、宗教、信仰の基盤をなすものの一つであるといえる。[板橋作美](日本大百科全書ニッポニカ)佐久間由吉の呪力(らっこコレクション)
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 2019/7/31一部追加、8/2一部追加(湯田の丑蔵、小林定雄など)、

8/8一部追加(アルカイックスマイル)

<こけし用語辞典 by 松田ひろむ> 本用語辞典は『こけし辞典』(東京堂出版)、< KokeshiWiki >に立項されていない項目。あるいは内容や定義が相当程度異なるもの。内容を相当大きく充実させたものに限定している。必要に応じ順次充実させてゆきたいと考えている。みなさまのご意見、ご叱正をいただければ幸いである。






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最終更新日  2019年09月13日 10時24分28秒
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