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西山憲一の作蔵型に感じるもの
このたびヤフオクで西山憲一の渡辺作蔵型を発見、他の欲しいものと一括で落札出来た。私は西山憲一といえば、勝次型、辦之助型で、ちんまりとまとまったこけしであまり好きではなかった。
しかし今回拝見した作蔵型はもっとも作蔵の呪力を継承しているようだ。
憲一の作蔵型は佐久間貞義の勧めによるもので昭和 33 年から数年である。ただ山根屋直系の渡辺忠蔵、渡辺恒彦が作蔵型を作りはじめてからは作っていないというから珍品であろう。他にも今泉源治が作っている。西山憲一の子息西山敏彦も作蔵型らしいものを作っているが、作蔵とは異なるかわいいものである。結局、写しといおうが復元といおうが、それは呪力の継承であってそれを意識していないものは弱い。
なお、<こけし千夜一夜物語>第 751 夜は「作蔵型競作」であった。作蔵は現在 7 本しか知られていないというから、復元は必至である。現在はだれも作っていないというから、やはり西山敏彦に期待するしかないであろうか。
作蔵ほど、評価が激変した工人はいない。「武井武雄は〈こけし這子の話〉の記述を受けて〈日本郷土玩具・東の部〉に「化けて出そうな薄穢い怪奇魅力」と解説を付した。このように昭和初年頃の蒐集家は作蔵のこけしを決して高くは評価していなかった。しかし西田峯吉は作蔵こけしを「「昔の土湯こけしへの唯一の手懸り」「既に失われた土湯こけしと現代のそれとをつなぐ橋」と位置づけた。鹿間時夫は「目鼻は独特のアルカイックスマイルで洒脱飄軽、温泉の湯気にむせたような色調と相俟って、三春張子や文楽の人形首に見るような江戸風の情味を有する」「枯淡というか神秘というか余情極まりない」と評した。江戸期に会津と福島をつなぐ往還の重要拠点として発達し、廻り舞台を備えた常打ち芝居小屋もあった土湯の、爛熟し凝縮した文化の香りさえ感じられるこけしである。」( KokeshiWiki )と評価は一変する。
いずれにせよ作蔵の没年は 1929
年 (
昭和 4
年 )
であるから、それを引き継ぐ工人をこそ求められている。
胴底は署名ではなくゴム印のようだ。それになにか意味があるのだろうか。
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