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こけしと俳句‐小林輝子句集『木地師妻』
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部ということで、なかなか入手難だった。
小林定雄光子夫婦の共同で出来た句集。定雄のこけしに惚れた佐々木稔の企画編集で、佐々木稔撮影の定雄のこけしの写真が豊富である。函の装丁は簡潔な墨一色でこけし絵が飾られている。表紙は赤地の布装で扉に画像の句と定雄のこけし絵である。
後書きに小林定雄、本名:定夫とあった。これは KokeshiWiki にも記載されていないのでここに明記しておく。
句は<雛知らぬ山の子供にこけし挽く>から始まり、<夢の中まで雪降るや木地師妻>で終る、まさにこけし句集である。中でも<荒挽きのこけしを抱きに雪女郎>が、いかにも雪国の作者らしくて好感が持てた。
資料的にも貴重と思われるので小林輝子あとがきをあげる。
あとがき
「六十になったら句集を作ってくれるんだって」。ある日、ひげもじやで口がどこにあるのかわからないのに盃だけは間違わないで運んでいる佐々木稔氏に私は云ったのでした。「何語(かた)ンの。六十になってからの句集だったら過去を振返る句集になってしまうベだら、皆にコテンパに叩かれる中に出したほうがいいのっしや」。 この一言で小さな句集とも云えない句集を出すことを決意したのですから、いざ出すとなった今、何と私は単純だったのかといささか・・・いいえ大いに困りはてて居ります。この十年間、自分なりに作って来た句なのに、みんな活字にすると消えてなくなりそうな句ばかりなのです。これ程恥かしい思いをしたのは今までの人生の中で二度。一度は中学生の頃、お弁当に前夜の残りもののカレーをつめていきましたところ、隣席の男の子に「うわぁ、ウンコをつめてきた」と大声を出されました。思春期だった私は顔から火が出るなどと云う形容詞ではとても云いきれぬ程恥かしい思いをしました。でもその時はその場で取っ組合の喧嘩をしその男の子を泣かせてしまいました。それからこの度の句集出版です。これだけは取っ組合の喧嘩をすることも出来ません。今程、活字が恐しいと思ったことはありません。思えば十年前のある夏の日、いとも気軽に「輝ちやん、俳句やれよ。」と今は亡き山崎和賀流さんに云われ、いとも簡単に「うん、やってみようか」。 と云ったのが運の尽でした。「輝ちゃんじやなければ出来ないような木地師の句、作れないものかね」。木地師の句、こけしの句を作るたびに師、石川桂郎先生によく云われた言葉でした。今この句集を地獄で俳句を作っておられるはずの先生と和賀流さんにおづおづとしか出されない心境です。でも十年を一つの区切りとして思い切って出版します。又、この先、生きている限り木地師になろうと努力している夫と喧嘩をしたり、助け合ったり、私達の世界を句にしてゆきたいと思って居ります。あとがきの最後となりましたが、この句集の仕上げに御助言、選旬いただきました風土の神蔵器様、森屋けいじ様、写真を撮影して下さいました佐々木稔様、この十年間、私を暖かくみまもって下さいました、菅原たつを先生、佐々木とく子様、はじめたくさんの方々に厚くく御礼申上げる次第で御座居ます。
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