PR
カレンダー
キーワードサーチ
コメント新着
佐藤円吉の梅こけし
-
伝統と創造の葛藤

佐藤円吉( 1889-1947 )のこけしは、昭和 10 年からで、昭和 22 年没であるので、作品はすべて戦前作と判断していいだろう。遠刈田の父茂吉の作風を継いだ堂々としたものが多い。
しかし円吉は昭和 14 年に米浪庄弌が持参した名刺に刷られていた弥治郎の大野栄治のこけし絵をヒントに枝梅のこけしを作るようになった。
円吉が梅こけしを作ったことを知って、米浪庄弌はあわてて梅こけしは遠刈田の伝統ではないので止めるようにといったがすでに時遅しで、多くの梅こけしを作り何人かに送った後であった。(「こけし手帖」 54 号)
ある意味それは衝撃的な事件であったが、それ以降、梅こけしは系統を越えて多くの工人が作るようになった。円吉の梅こけしは子息の治郎、その弟子の大沼昇治に継承された。それだけ梅こけしの需要はあったわけで、工人側(円吉)からすれば、これは面白いと思って作り、それが売れれば成功ということになる。
これもこけしの伝統と創作を考えるいい問題提起である。「梅こけしの成立と伝播」は誰かが書いているだろうか。なお最近の円吉の落札結果をみても約 30 %は梅こけしである。
その後、梅こけしは、まったく伝統とは関係のない土湯系(鯖湖)の高橋忠蔵も作り、その孫の高橋通も作っている。
もともと梅こけしは、弥治郎の大野栄治の創作で、大野栄治が北海道に去ったあと、師の小倉嘉三郎が作り、その後、嘉三郎の子の篤、勝志、大野栄治の息子定良、佐藤誠、誠孝、英之、高橋精志などたくさんの工人が受け継いだ。梅こけしは、興味が尽きないが、すでに一つの伝統となったといっていいだろう。
「伝統と創造の葛藤」というタイトルにしたが、葛藤は工人よりも収集家(コレクター)の方かも知れない。
友の会9月例会の収穫4-梅こけしなど 2019年09月25日
富塚由香(弥治郎)の梅こけし-小寸の魅力 2019年09月18日
遠刈田系<枝梅こけし>5本、朝倉光洋は梅… 2019年09月08日